東海自然歩道の看板だけがひっそりと立っており、そこを間違えないようにしながら進むと、再び山地に入り、そしてとうとう大原の里に出た。大原三千院で知られる左京区のこのエリアは、バスで観光客が訪れるのは一部に過ぎず、それ意外の場所は何とものどかな所である。1981年の4月のことで、私たちは中学3年生になったばかりの、入学式の前日のことであり、そして桜が丁度見頃を迎えていた。
うららかな春の陽がさんさんと降り注ぐ穏やかな昼下がりを、私たちは北に向って歩いたときほど幸福な気持ちの時はなかった。今でもその時の気持ちはよく覚えており、東海自然歩道の思い出の中でもとりわけ印象に残る時間だった。付近は京野菜などを作る農家で、静かに作業をする人々がもくもくと野菜を収穫している。昔から変わらない里山の風景の中を、私たちは寂光院の前に出た。
寂光院は聖徳太子が立てたと言われる、それは古いお寺で、しかも平家の滅亡後、建礼門院が隠遁生活を送ったという大変由緒あるところである。対岸にある三千院よりも私はこちらに惹かれた。だがその時も、例にならってまた来ることがあると、拝観を避けて素通りした。三千院にも寄らずに、私たちはバスに乗って三条河原町へと帰った。もちろん次回はここからの歩きである。だがその時に拝観するわけでもないだろう。中学生にとって、往復の交通費だけでも高額になり、そこへ加えて拝観料を支払うのがもったいなかったのである。
だが2000年の5月に放火事件が起こった。金閣寺に続き、またもや貴重な文化財が焼失した。何百年も前に作られた本尊なども焼けてしまい、私はその時、ここを見ていなかったことを大いに悔やんだ。2006年には再建されたようだが、かつて何とも古い建物が、田んぼの畦道のようなところを進んだ場所にあるという風情が失われたのではないかと思う。京都はしばしば文化財が放火によって焼失する。だから行ける時に行っておくべきだと思う。
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