歌劇「トスカ」はそのようなプッチーニのオペラの中でも、とびきり有名である。3人の歌手を揃えるだけで舞台が成り立ち、チケットもよく売れるから世界中の歌劇場の主要なレパートリーである。そしてMETでも25年にわたってフランコ・ゼッフィレッリによる豪華な演出が続けられてきたようだ。だが変化の時が来て、とうとうその演出がスイス人のリュック・ボンディに代わった。新演出の舞台は音楽監督のジェームズ・レヴァインが指揮する予定だったが、これは代役のジョセフ・コラネリになった。
さてその舞台は、反体制派の画家カヴァラドッシがマリアの絵を描く聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会内。アルゼンチン出身のテノール、アルバレスが「妙なる調和」を歌い、トスカも登場して絵に描かれた女性が自分でないことに嫉妬する。この間に脱獄犯アンジェロッティをかくまい、彼を逃すと、悪徳な警視総監スカルピアや「テ・デウム」を歌う子供たちも登場して非常に賑やかである(ここは教会なのに)。
ワーグナーの楽劇なら眠くなって小一時間をうとうとしても、舞台はさほど変わらない。ところが展開の速いイタリア物はわずか10分でも貴重なシーンを見落とす。私は数日来の寝不足がたたり、事前にトール・サイズのコーヒーを飲んだにもかかわらず、第1幕の最後を見逃してしまった!
だが今回のThe MET Live in HDシリーズは休憩時間が2回もあった。インターミッションの間に今後はコーラで気持ちを整え第2幕へ。ストーリーは簡単で、何度も見ているオペラにこちらも余裕で接していたが、それでも「歌に生き、恋に生き」が突如!始まると、見も心もトスカに同情してしまうからオペラとは不思議なものだ。その歌は涙をも誘い、神のむごい仕打ちを恨む。歌い終わって嵐のようなブラボーが沸き起こると、すぐに我に帰るのだが、それもまたしばらくするとスカルピアの殺人シーンとなり絶句。硬直した体が震え始めると、幕間のインタビューが始まって気持ちが戻る。
第3幕はわずか30分ながら、見所が凝縮されている。クラシックを聞いたことがある人なら誰でも知っているアリア「星も光りぬ」を聞くと、私はあのローマで見た「トスカ」を思い出さないわけにはいかない。テルミニ駅のカフェで昼食をとっていると、ある年老いたイギリス人が話しかけてきた。彼は古代遺跡でオペラを上演しており、自分が見た「アイーダ」がいかに素晴らしかったかを語り、そして私たちにも鑑賞を勧めたのだった。
早速私たちはそうすることにしてチケット売り場に行ったところ、その日の演目は「トスカ」だった。「アイーダ」でないことに少しがっかりしたが、ここはローマである。ローマを舞台にした「トスカ」を生で見ることができることを私は嬉しく思い、そしてその夜、生まれて始めてのオペラ体験となったのだった。
真夏のローマは夜になっても気温が下がらず、観客はみなミネラル・ウォーターと扇子!を持ち込んでの観劇となった。木々に宿った大量のセミが、スポットライトの明かりに反応して大合唱を奏でていたが、それも第3幕になると消され、静かなシーンとなった。カラカラ帝の浴場の岩壁は、そのままサンタンジェロ城のシーンに活用された。「星も光りぬ」はまさにローマの夜空にこだまし、私は感極まっていた。実弾が入っていたことがわかったトスカは、芝居で倒れたものと勘違いしてカヴァラドッシに駆け寄る。殺人容疑の追手が迫る中、気が動転したトスカはとっさに城に駆け上がり、その上から投身したのだった!
ボンディの演出の最大の見所はこのラストの場面だったが、トスカが飛び降りると明かりが一瞬にして消えた。現実とフィクション空間を行ったり来たりしているうちに、あっという間の3幕が終了した。グルジア出身のバリトン、ギャグニッザは代役だが素晴らしい出来栄え。フィンランド人のマッティラは当たり役と言える声質でまあ及第点。これに対してアルバレスは雰囲気もなかなか良い。指揮のコラネリもツボを抑えて悪くない。大歌手を3人揃えて聞けるMETならではの豪華なトスカを見るのも悪くない。でも登場する4人がいずれも壮絶な死を遂げる「トスカ」よりは、私は「ボエーム」の方が好きかも知れない。
ボンディの演出の最大の見所はこのラストの場面だったが、トスカが飛び降りると明かりが一瞬にして消えた。現実とフィクション空間を行ったり来たりしているうちに、あっという間の3幕が終了した。グルジア出身のバリトン、ギャグニッザは代役だが素晴らしい出来栄え。フィンランド人のマッティラは当たり役と言える声質でまあ及第点。これに対してアルバレスは雰囲気もなかなか良い。指揮のコラネリもツボを抑えて悪くない。大歌手を3人揃えて聞けるMETならではの豪華なトスカを見るのも悪くない。でも登場する4人がいずれも壮絶な死を遂げる「トスカ」よりは、私は「ボエーム」の方が好きかも知れない。
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