モノラル録音しか残されていない演奏のうち、もしステレオの良い録音で聞けるとすれば何が聞きたいかひとつ挙げよ、と言われたとしたら、私はトスカニーニの演奏をと答えるだろう。トスカニーニの演奏を聞くと、これが本番ではどのような音で鳴っていたかを想像しないことはない。勿論私は実演でトスカニーニを聞いたことがないので、トスカニーニの演奏はいつもノイズとセットになっている。ノイズのないトスカニーニというのが考えられない。デジタル技術を駆使して、かつての古い録音が優秀なステレオ・デジタル録音に変換することができるようにならないものだろうか。
そのトスカニーニの名演奏のいくつかは、いまだに他の録音を圧倒して断トツの素晴らしさだと言われているものがいくつも存在する。思いつくままに挙げると、レスピーギの「ローマ三部作」、ムソルグスキー(ラヴェル編)の「展覧会の絵」、あるいはメンデルスゾーンの「イタリア」交響曲などであろうか。だが勿論、いくつかのイタリアのオペラ演奏を省くわけにはいかない。
イタリアのオペラ録音のうち全曲演奏のものも数多いが、序曲集もいい。ロッシーニやヴェルディの序曲や前奏曲は、トスカニーニでないと表現されていない雰囲気というのがあると思う。それで私もトスカニーニの「イタリア・オペラの音楽集」を買って持っているのだが、それはまた何とも素敵なCDである(付け足せばワーグナーの音楽集もいい)。
ヴェルディの音楽をトスカニーニで聞きたくてこのCDを買ったが、ほぼ作曲年代順にモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲から始まる。そしてこれが見事にいい。モーツァルト最高のオペラの醍醐味が、序曲をわずか数分聞くだけでわかるような気がする。
ドニゼッティやロッシーニの音楽も入っているが、何と言ってもヴェルディのオペラからの数曲は圧巻である。「シチリア島の夕べの祈り」序曲と「運命の力」序曲は、そのような中でも欠くことのできないものだ。前者は少し録音が古いが、後者は迫力満点である。グイグイと聞き手を引きずって行くパワーに圧倒されるが、ではただパワフルなだけの演奏か、と言えばそうではない(ちょっと偏見だがムーティには若干そのようなところがある)。
例えば「椿姫」の前奏曲は静かに始まるが、そのような時でもカンタービレの緊張感は物凄い。特に第3幕の前奏曲は、弦楽器の震えるような微音とピチカートがノイズとともに重なると、哀れなヴィオレッタの涙までもが流れてきそうだ。とにかく「運命の力」序曲を聞くだけでも価値がある(今ならYouYubeを検索すると映像が見つかる)。
できればオーディオ装置の音量を上げて、ノイズをかき消すように聞いてみたい。だが、それができなくても・・・寒い町を散歩しながらイヤホンでこのCDを聞いていると、身が引き締まる。iPodが丸でカイロのように熱を発しているようで、心の中まで熱くなってくる。
【収録曲】
1.モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲
2.ドニゼッティ:歌劇「ドン・パスクァーレ」序曲
3.ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」~6人の踊り
4.カタラーニ:歌劇「ワリー」~第4幕への前奏曲
5.カタラーニ:歌劇「ローレライ」~水の精の踊り
6.プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」~間奏曲
7.ヴェルディ:歌劇「ルイザー・ミラー」序曲
8.ヴェルディ:歌劇「椿姫」~第1幕への前奏曲
9.ヴェルディ:歌劇「椿姫」~第3幕への前奏曲
10.ヴェルディ:歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲
11.ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲
12.ヴェルディ:歌劇「オテロ」~バレエ音楽
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