マゼールによるワーグナーの演奏のCDから10年近くが経って、私が次に手にしたのがヤコフ・クライツベルクによる演奏である。これは2011年の東日本大震災の後、最初に買ったCDであった。正確にはこれはSACDで、録音がいいのなら重複する曲でも買って楽しもうかと思った。その時の文章を転記する。
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3月11日の大震災でしばらく音楽から遠ざかっていたのだが、先般新宿のタワーレコードを覘いたところ、何とヤコフ・クライツベルクが死亡したことを知った。この指揮者はまだ若手だったが、私はどういうわけか好きになり、実演こそ聞いたことがなかったが、何枚かのCDを持っている。
ウィーン交響楽団を指揮したウィンナ・ワルツ集は隠れた名盤だし、まだ売り出し中だったユリア・フィッシャーとのモーツァルトは、しっかりとした伴奏がとても合っていて、私は大変気に入っている。これらの録音は、オランダのPentaToneレーベルから発売されていたので、当然ながらすべてがSACDハイブリッドである。やや高価だが、間違いなくいい録音であることから、私は最近このレーベルの新譜はいつも気にしている。
それにしてもまだ51歳だった指揮者が急逝するというのは何ともショッキングな出来事だった。日本で東日本大震災のニュースばかりに気をとられていたが、昨年より急に体調を壊し、3月15日モンテカルロで帰らぬ人となったようだ。
私は何か追悼のためのディスクが欲しくなり、そしていろいろ考えた挙句、2006年に録音されたオランダ・フィルハーモニー管弦楽団とのワーグナーの序曲
集を買い求めた。今、最後の曲である楽劇「トリスタンとイゾルデ」の「愛の死」が静かに終わるところである。抑制がきいた中にも十分な感情の流れが感じ取れる名演奏で、オランダ・フィルの音作りも丁寧、しかも良く鳴っている。
ロシア生まれのこの指揮者の兄はビシュコフであることも最近知ったが、クライツベルクは堅実で真面目な指揮者だったと思われる。彼の音楽を聞けば、音楽そのものの良さを引き出すことが得意で、ゆったりと音楽を楽しむことができる。楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の前奏曲は、冒頭であっと
言わせる演奏も多いが、この曲はまだ前奏曲なので、その後に5時間も続く音楽のほんの最初に過ぎない。そこにはこれから始まる音楽への期待が高らかに宣言されていく様子こそ、本来のこの曲の魅力であるように思う。だから音楽が十全に鳴り響く中で、徐々にその嬉しさがこみあげてゆくのが楽しい。けれどだからと言って、最初が物足りないわけでは毛頭ない。
楽劇「ローエングリン」の第3幕への前奏曲も、決して煽らない音楽が好感されよう。純音楽的、ということか。そのために、滔々と流れる管弦楽が高らかにワーグナーを表現している姿は、健康的で節度をわきまえている。
SACDの録音は音楽量が違う。私はもう最近はほとんどハイブリッド盤しか買わなくなってしまったが、メジャーレーベルがSACDを出さないために、購入量が減ってしまったのが残念である。おそらく同じ思いのファンも多いのではないかと思う。オランダ・フィルも、SACDの録音が伝える重厚感を十分に持ち合わせているように思える。指揮者がいいからだろうか。つまりこのSACDは、指揮、オーケストラ、録音、それに曲目の4拍子が揃った名盤であると言え
る。
ワーグナーの管弦楽曲集は世の中に数多あるが、まあどれを聞いても曲の魅力が伝わってくるという点で、やはり素敵な曲なのだろうと思う。その魅力を、最高の演奏と音質で聴くことのできるディスクが、何年かぶりにまた登場した、ということだろう。だが、クライツベルクの本番での演奏は、とうとう聴くことができなくなってしまった。残念である。
【収録曲】
1.歌劇「さまよえるオランダ人」序曲
2.歌劇「リエンツィ」序曲
3.歌劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲
4.歌劇「タンホイザー」序曲
5.歌劇「ローエングリン」より第3幕への前奏曲
6.楽劇「トリスタンとイゾルテ」より「前奏曲」と「愛の死」
(2011年6月17日)
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