ヴェルディ生誕200周年の今年は、ヴェルディ作品の上演が多い。私が最近よく行くThe MET Live in HDシリーズでも今シーズンはヴェルディの作品が数多く取り上げられている。その一つが新演出の「仮面舞踏会」で、昨年12月8日の上演をビデオ収録したものをお正月明けに東劇で見ることができた。演出はデイヴィッド・アルデンで、舞台は20世紀初頭に移したリアルなもの。オリジナルのスウェーデン版による上演であった。
ヴェルディの輝かしい中期から円熟の後期に至る端境期に作曲された「仮面舞踏会」は、もはやカヴァティーナ・カヴァレッタ形式が姿を消し、音楽はより物語性を重視する方向へと向かう。かといって「ドン・カルロ」や「オテロ」のような成熟はなく、「アイーダ」のような祝祭感にも乏しい。ややもすれば目立たない本作品も、ヴェルディの多彩な作品群の中では埋もれてしまうどころか、最も完成度が高いという評価をする人もいる作品なのだから驚く。そうだ、まだまだヴェルディには聞くべき作品があるのだ。何とも奥深く、そして嬉しい話である。
私はかつて「仮面舞踏会」をメトで見ている。しかし天井桟敷の席からは舞台の半分が見えず、ところどころに綺麗な音楽や歌があったかな、といった程度の印象しかない。当時のプログラムも見当たらず、メモにフランシスコ・アライサとレオ・ヌッチという2人の大歌手の記録があるだけだ!あと豪華な舞台だったことも記憶にある。もし今からでもこの舞台が見られるのなら、再度見てみたいと思うのだが・・・。手持ちのCDはただ一組だけ、古いスカラ座の録音で指揮はカヴァッツェーニ。録音は60年である。
さてこの作品はスウェーデンの国王暗殺事件という実話に基づいていることで有名である。もはや国民的作曲家となったヴェルディは、シェークスピアを題材とする作品を探していたがうまくいかず、結局ナポリの劇場の求めに応じて「仮面舞踏会」に着手した。しかしそれも検閲のためにストーリーを変更し、さらには舞台をスウェーデンからボストンに移していることは周知の通りである。
主役のスウェーデン王グスターヴォ3世を歌うのは、アルゼンチン出身のテノール、マルセロ・アルヴァレスであった。今回の上演では何よりもまず彼の素晴らしさを語らねばならないだろう。だが私はまたしても体調不良であった。風邪による咳に加え、折からのドライ・アイにより目が痛い。これは映画を見る上で致命的と言ってよく、特に第1幕は何度目薬をさしても改善されないという今までにないハンディを負うこととなった。
グスターヴォの友人で秘書でもあるレナート(アンカルストレーム伯爵)はバリトンの歌手が歌う。ロシアの歌手ディミトリ・ホヴォロストフスキーは近年、メトにおけるヴェルディ作品の常連だが、彼の歌う声に不満はないものの、ロシア語訛りのイタリア語が私にはどうにもしっくり来ない。加えて彼の威厳ある風貌は、国王のそれを上回ってしまうという、見栄えの問題が実在する。満場のブラボーは彼と、そしてアメーリアを歌ったソンドラ・ラドヴァノフスキーに寄せられたが、彼女のイタリア語もまた私には変なのである。CDで聞く古いスカラ座の録音は、もっと普通に美しい声の連続で、このオペラの魅力を伝えてやまないことを思うと、残念で複雑な気持ちになった。会場が広すぎて歌声を響かせるように大声で歌うことによるものも不満な点だ。
その点、第1幕にしか登場しない占い師のウルリカを歌ったメゾ・ソプラノのステファニー・ブライスは、声の大きさも含めて貫禄の出来栄えだったと言える。けれども彼女が歌いだすと、いやそれ以外の場面でも、音楽の流れがぎこちない。ヴェルディの音楽が流れてこないのは、ファビオ・ルイージの指揮のせいなのだろうか?
韓国人の小柄なソプラノ、キャスリーン・キムの歌声は、この役にはまっていたとは思う。徐々にしりあがりの出来栄えの彼女の、時にコミカルな登場は、舞台に華やかさと楽しさを大いにもたらしたが、ズボン役とは言え中途半端な付け髭と、意味不明な衣装(天使の羽根、あるいはイカロス)が目障りであった。
第2幕の「愛の二重唱」は全体の白眉だ。ヴェルディが生涯作品のテーマとした心の葛藤は、ここでも3人の主人公にそれぞれの形で現れる。アメーリアはもちろんグスターヴォとレナートとの間に揺れ、レナートも友人(グスターヴォ国王)と妻の不倫の中で悩む。そしてまたグスターヴォも国王でありながら、その重みと許されない恋の間に悶絶する。
第3幕になると舞台はより小さい部屋の中・・・そこはレナートの書斎ということになっている・・・で展開されるが、それは続く第2場の豪華なグランド・オペラのシーン・・・仮面舞踏会・・・を印象づけるためかも知れない。オスカルまでが再登場し、踊りや合唱が入るこのシーンは、明るい調子であるにもかかわらず暗殺計画が実行される。この生々しい劇に政治的な意味は消されている。それゆえに気高い愛の姿が描かれることとなった。だがヴェルディの存在はイタリアの統一運動の象徴となり、その後の祖国統一に大きな役割を果たした。「仮面舞踏会」が紆余曲折を経て、結局ローマで初演されたのは1859年、そのような中での出来事だった。
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