
デイヴィッド・ジンマンはニューヨーク生まれのアメリカの指揮者で、近年はチューリヒのオーケストラを指揮してSACDによるマーラー全集を録音して評判である。しかしジンマンの演奏を、これもまた私はいままで聞いたことがないのである。プログラムはこの1曲だけ、当然ながら休憩はない。よく晴れた冬の原宿は、年明けのショッピングやデートを楽しむ若者でごった返している。14時に降り立ち、その人混みをかき分けて行く。まだ初詣を済ませていない人たちの、明治神宮へ向かう人とも別れ、代々木公園の脇道を進む。
NHKホールは多くの人出であった。そして私の求めた自由席を含め、3回席の隅まで満員ということはそれほど多くない。そんな中、ジンマンが登場した。NHK交響楽団は100人を超えるような大人数で、特に打楽器セクションの多彩な楽器が上から見下ろすと目に付く。弦楽器も相当に多く、合唱こそ伴わないものの、この編成は管弦楽のみの交響曲としては史上最大規模ではないかと思われた(思いつく所ではあとショスタコーヴィッチの第4番、それにメシアンのトゥーランガリラ交響曲くらいだが、これはマーラーの後の作品である)。
第7番は「夜の歌」という副題がつくことがある。これは第2楽章と第4楽章のタイトルに由来する。しかし音楽は長い第1楽章から始まる。このまるで気違いじみた第1楽章が全体を惑わす。もう一つのややこしい音楽は第5楽章である。両端の楽章が、もはやつかみどころのない曲である。私はこの曲のCDをただ一組だけ持っているが、なかなか聞く機会はない。そういうわけでほとんどぶっつけ本番で挑んだ演奏会、しかも今週は風邪をこじらせて咳がひどい。体調不良にマーラーの第7番という組合せは、ほとんど体力勝負であった。
ジンマンの演奏はあの刺激的なベートーヴェンを持っている。そして評判が良くてシューベルト、シューマンなどと続き、ついにマーラーに至ったのは周知の通りである。透明な響きと凝縮された音型が特徴のジンマン、NHK交響楽団との間でどのようになるかが聞きどころと思われた。その第1楽章はややオーケストラが散漫に思えた。もともと難しい音楽なのだからこなれていないのだろうと思った。
第2楽章からはそれでも少しづつ音楽らしく聞こえてきた。ジンマンとN響はもはやこのような曲でも、まるで古典派の音楽のように、あっさりと大袈裟ではなく弾こうとする。それが新鮮といえば新鮮だが、こってりずっしりのマーラーとは異なる。で私の持つシャイーのCDのように完成度が高いかというと、残念ながらそうでもない。第2楽章のアンダンテはもっとも印象的、第3楽章のスケルツォは時おりメロディーが印象的だが、それがまとまって聞こえてこないのは演奏の故か、それとも曲のせいか。わからないまま第4楽章へ。ここでマンドリンが入って交響曲のイメージにはないムードとなる。このようなむしろ静かな真ん中の3つの楽章が、ハチャメチャな両端楽章に挟まれていることで、聞き手の忍耐力を必要とする。
第5楽章はパロディーの音楽と言われている。ティンパニーで始まる音楽は打楽器のセクションを見ているだけで楽しい。次から次へととりとめのない音楽が流れる。それを一体の音楽として聞くことも難しいが、さらにそれが「音楽的」に聞こえるように演奏するのはもっと難しいだろう。今回の演奏が成功したといえるかどうかは、私の当日の体調と乏しい実演経験から早計に判断はできないが、終演時の様子を書いておこうと思う。
まず大きな拍手とブラボーに包まれたが、平均的には必ずしも熱狂的というほどではない。なかには明確にブーイングをしている人もいて不思議な感じ。多くの聴衆は演奏自体には冷めた好意を寄せつつも、音楽自体の難解さにはやはり疲れた様子で、繰り返し指揮者が登場する間は熱心だった拍手も、オーケストラが解散すると一気に鳴り止んだ。
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