2016年3月1日火曜日

ハイドン:交響曲第100番ト長調「軍隊」(オイゲン・ヨッフム指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)

かつてLPの新譜が2800円もしていた頃、音楽は今ほど簡単に聞くことができないものだった。ハイドンの交響曲を聴いてみたいと思っても、我が家にはレコードが一枚もなかった。図書館もレンタル屋もない時代。音楽評論家の書いたクラシックの鑑賞読本を読んで、ある時私は、交響曲第101番「時計」を聞きたいと思った。だけど手段がないのである。レコードは高価でおこずかいでは買えないし(そんなにいいステレオもうちにはなかった)、クラシックを聞く高尚な友人も周りにはいない。

それでも当時もう、FM放送というのがあったから、私は毎週雑誌を買ってきて、今とは違って1日中クラシックを流しているNHK-FM放送の番組から、自分の聞けそうな時間帯に聞きたい曲が放送されないか毎日チェックしては印を付け、放送が始まるとテープレコーダーを用意してスタンバイ、曲の開始のタイミングで正しく録音ボタンを押すことに神経を集中させた。

だがハイドンの交響曲など、なかなか取り上げられることがない。私はほとんどあきらめかけていたある日、NHK交響楽団の演奏会が放送され、その中に交響曲第100番「軍隊」が流れることがわかった。知らない曲とは言えタイトルがついているから、それなりに興味を覚えた。「軍隊」と「ハイドン」がうまく連想できないのは、近代の軍隊が昔とは比べ物にならないからだろう。どうしてもミサイルや原爆などを思い浮かべる世代にとって、「軍隊」とは戦争するための恐ろしい組織ということでしかない。戦後の平和教育に「軍隊」なるタイトルのクラシック音楽は、非常に違和感のあるもの思えたのだ。

小学生だった私は、初めて買ってもらったモノラルのラジカセにTDKの60分テープを入れ(片面にぎりぎり収録可能な長さだ)、この曲を録音した。そしてそこから聞こえてきた初めてのハイドンの響きは、私を一気にこの曲の虜にさせた。第1楽章の柔らかい響き、第2楽章の気品に満ちたメロディー。嬉しくて家族にまで聞かせて回った。母は「きれいな音楽ね」と言った。私は擦り切れるまでその音楽を毎日のように聞いた。今でも全106曲中、どの曲が一番好きかと問われたら、迷わず100番「軍隊」と答えるだろう。

その時のNHK交響楽団の演奏会は、後年になって手に入れた「Philharomy 全演奏会全記録3 戦後編2」(2001/2002)によると1977年5月の演奏会であることがわかる。指揮はなんとウォルフガング・サヴァリッシュであった。しかし、N響がこの曲を取り上げたのを他に知らない。他の演奏家を含め、今でも実演で聞いたことはない。

CDでならいくつかを持っている。その中で私が最初に買ったのはジェフリー・テイトの演奏である。クレンペラーの再来と言われたテイトの指揮はゆったりとして遅いが、やさしくてそよ風のような音楽が静かに流れる。録音が少し大人しいのが残念だが、今でも大好きな一枚だ。だがここでは、2番目に買った演奏に登場してもらうことにする。それは全ロンドン交響曲を4枚に収めた定番中の定番の演奏、オイゲン・ヨッフム指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団のものだ。この演奏はすべて素晴らしいが、その陽気な明るさが最大に生かされているのが、この第100番「軍隊」ではないかと思うからだ。

長い序奏も重くはならず、主題が始まると生き生きと音楽が進む。その感興は音楽の喜びをしみじみと味わうように、 曲全体を覆っている。第2楽章では、太鼓やシンバルが登場して楽しいことこの上ない。トルコのリズムとウィーンの貴族文化が見事に融合している。ウィーンがトルコに包囲されたのはずっと前だが、そのようにして始まった文化の交わりが、ウィーンにコーヒーと行進曲をもたらした。モーツァルトもベートーヴェンもトルコ風のリズムを取り入れた曲を書いている。これは当時の流行であったと言えるだろう。ハイドンは100番目の交響曲において遂にこれを取り入れ、新しい物好きのイギリス人に新曲として披露した。曲は大いに気に入られ、何度も再演されたようだ。

そのロンドンで収録されたヨッフムの演奏も、気品を保ちながらユーモアを感じさせる演奏である。第3楽章の忘れられないメロディーも心地よく過ぎ去り、第4楽章のコーダで再びシンバルが登場するとき、ヨッフムはこれを大きな音でバンバン鳴らし、遊興のうちに曲を閉じる。愉悦に満ちた陽性の音楽は健康的で、なるほど「軍隊」という標題は、この頃の兵隊の行進をイメージしているのだな、との思いに至る。

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