2017年3月14日火曜日

モーツァルト:ホルン協奏曲集(Hrn:ラドヴァン・ヴラトコヴィッチ、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管弦楽団)

モーツァルトの管楽器のための協奏曲を集中して聞き続けてきてつくづく思うのは、モーツァルトは本当に楽器の特性を良く理解して手を抜くことなく作曲したのだな、ということである。私は楽器を弾けないどころか、楽譜すら読めないのでこれは感覚的なことでしかないのだが、ここで聞くホルン協奏曲集は、ホルンに良く溶け合っている。それぞれの協奏曲でそのように感じる。「フルートハープのための協奏曲」「クラリネット協奏曲」などとともに。

ホルン協奏曲集は1枚のディスクとして発売されることが多い。4つある協奏曲をすべて収録すると丁度1枚の長さになるからだろう。CDの時代になってもこのことは変わらず、さらに「ロンド」や「断章」を加えることが多くなった。ここで取り上げるラドヴァン・ヴラトコヴィッチ盤も同様である。

私のホルン協奏曲体験は、LPの時代、バリー・タックウェルによるものが最初である(マリナー指揮)。この演奏は今聞いても独特の響きがする。それは通奏低音としてチェンバロが活躍するからだ。第1番など初めて聞いた時は、何かバロック時代の名残を残した賑やかな曲だと思ったものだ。他の演奏にもチェンバロが使われいないか注意して聞いてみたが、目だないのか最初から入っていないのか、ほとんど聞くことがない。最初の体験というのは恐ろしいもので、私はこのタックウェル盤をもう一度聞いてみたいと思っている。

ところでホルン協奏曲といえばこの演奏を無視するわけには行かないというのが、デニス・ブレインによる演奏(カラヤン指揮)である。モノラルながら何度も再発売され、その都度高評価であることは驚異的でさえある。若くして事故死したこともこの演奏を伝説化している。若いカラヤンが颯爽とフィルハーモニア管弦楽団を指揮している。春風のように通り過ぎるような演奏だが、そこに完璧なテクニックが存在していることは明らかである。

さて私の妻は1月27日の生まれで、この日はウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの誕生日である。それが理由で彼女はとりわけモーツァルトを愛しており、長男が生まれる時もモーツァルトを聞きたいと言っていた。10年以上前の2月、北風の吹く快晴の東京で息子は生まれた。10時間以上に及ぶ陣痛に耐えての出産だった。丁度予定日の早朝に産気づき、慌てて電話を入れた産婦人科の看護師は、こちらの狼狽をよそに「気に入ったCDでも持ってきてください」などとのたまった。

私は、我がCDラックの中からモーツァルトのCDを何枚か選んだ。長くなることも想定して、ピアノ協奏曲全集(独奏:ペライア)と、ホルン協奏曲を選んだ。こういう時、宗教曲やオペラ(特にダ・ポンテ三部作)はどは不適格であり、晩年の作品も良くない。押しては返す痛みの中で、ホルン協奏曲を皮切りにピアノ協奏曲を順に聞き始め、ピアノ協奏曲第22番だったかの時に産声を上げた。その後の音楽的才能は別として、長男はモーツァルトの音楽の中で誕生したことになっている。

ホルン協奏曲は妻が特に希望した曲であった。なぜかはわからないが、長い管の中を通って響くホルンの響きがお産に合っているのかしら。そしてその時の演奏が、ルーマニア生まれのホルン奏者ヴラトコヴィッチによるものだったのである。このCDは作曲順ではなく、いきなり第4番から始まるのだが、有名な第3番が聞こえてくるころにはこちらの耳もすっかりモーツァルト耳になっており、こんなに心地よい演奏はない。

このようなこともあって個人的にはヴラトコヴィッチの盤を好むのだが、この演奏は少し物足りないものを感じることがある。大人しすぎるのである。けれどもその不足感がまた何度もこの曲を聞く機会を与えてくれるような気がしている。それから特筆すべきはテイトの指揮である。

モーツァルトのホルン協奏曲は全部で4曲あるが、多くの人と同様第1番と第3番が通俗的でもあり、好きである。それ以外のすべてがとても魅力的で、どの曲がどの曲なのかよくわからなくなるのだが。モーツァルトのホルン協奏曲はすべてケッヘルの400番台が付けられている。モーツァルトが後にウィーンでチーズ工場経営者になるザルツブルク宮廷オーケストラのホルン奏者のために、この素晴らしい曲を作曲したことで、音楽史に残るホルン協奏曲は誕生した。丁度ザルツブルクからウィーンに移る頃に位置している。モーツァルトの管楽器のための協奏曲は、このあと最晩年のクラリネット協奏曲まで、作曲されることはなかった。


【収録曲】
1.ホルン協奏曲第4番変ホ長調K495
2.ホルン協奏曲第2番変ホ長調K417
3.ホルン協奏曲第3番変ホ長調K447
4.ホルン協奏曲第1番ニ長調K412
5.ホルンと管弦楽のためのロンド変ホ長調K371

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