シベリウスの交響曲第3番は、3つの楽章から構成されている。第1楽章はリズミカルで田舎風のメロディーが心に残る。のどかな風景を眺めながら、北国のローカル線を行くイメージ。それもそのはずで、この作品にはシベリウスが英国を旅した時のイメージが音楽になっているらしい。一方第2楽章になって、いっそう素朴で味わいが増すのも不思議である。ドラマの一シーンを回想するような気持ちになる。終始弦楽器に支えながらフルートが奏でる陰音階風のメロディーは、どこか日本風でもある。
終楽章になっても、音楽はずっと平衡を保ったように進む。スケルツォ風で時に起伏がそれまでにくらべると大きくなるが、それでも大人しい方である。全体で30分のこの曲は、実演で演奏される機会がほとんどない。地味すぎてプログラムに乗せにくいからだと思われる。だが、見落としてしまうにはあまりに惜しい。実演で是非とも聞いてみたい、室内楽風の曲である。
シベリウスの第一人者ユージン・オーマンディは、この曲と第6交響曲を「理解できない」として録音しなかったことで有名だ。何を持って理解することができるのか、その必要条件を聞いてみたい気もするが、私tろしてはこの曲に関する限り、大変印象的で親しみやすい。
大学生の頃にFMで聞いたこの時の演奏は、ロリン・マゼールがピッツバーグ交響楽団を指揮した(当時の)新譜で、1990年代初頭のものである。マゼールのシベリウスと言えば、1960年代にウィーン・フィルを指揮して録音したデッカの全集が、今もって代表的な録音とされているが、この時のまだ30代の頃の演奏から随分月日が経っての再録音だった。私は再録音の方しか知らなかったが、ソニーの響きとどこか冷めた中にも熱いものが感じられる不思議な感覚が、シベリウスに面白い魅力を与えている。
第1楽章を、定評あるベルグルンドの演奏などと比較してみると、速めにテンポを設定し颯爽と音楽を進めていく。ややビブラートを抑えているのだろうか、弦楽器の響きが新鮮である。また第2楽章のほの暗い気分も、マゼール節によって名人芸的にムード音楽になりきっている。第3楽章においてもマゼールのリズム処理の上手さとそこから転じる穏やかな迫力からは、冷ややかな熱狂が感じとれる。これはマゼールが好きな人にはたまらない演奏だろうと思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿