2021年12月19日日曜日

東京交響楽団演奏会・第172回名曲全集(2021年12月18日ミューザ川崎シンフォニーホール、指揮:秋山和慶)

本当に感動的なコンサートは、あとあとまで余韻が残るものだ。今年最後のコンサートに、年末の「第九」を選んだ。久しぶりだった。今年は妻が「第九」を聞きたいと言ったからだ。ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」を聞くのは、2018年末のNHK交響楽団(指揮:マレク・ヤノフスキ)以来3年ぶりである。コロナ禍で多くのコンサートが中止となった昨シーズンから年月が経ち、ようやく日常が取り戻せるようになってきた今年の締めくくりに、「第九」ほど相応しい作品はない。

ところが「第九」は人気作品であって、どの公演も満員御礼となることが多く、今年も例外ではなかった。各オーケストラが短い期間に演奏を競い合う中、やや惰性的で散漫な演奏も少なくない。今年のコンサート情報を眺めながら、私たちが行くことのできる日程(それは週末に限られる)と会場から、売れ残っているチケットを探し始めたのが11月のことであった。

幸なことに、東京交響楽団が名曲全集と銘打ったシリーズの中に、辛うじて席を探し出すことができた。とはいえまだクリスマスも1週間後に控えた12月18日。年末の雰囲気には少し早すぎる。これは各公演の中でも最も早いもので、東京交響楽団でもこのあと30日まで断続的に「第九」公演が続く。しかし早くも冬休みに入った高校生の息子に尋ねると、しぶしぶ「行く」と答えた。何でも「オミクロン株」なる新しい変異型コロナウィルスが世界を席巻しつつある中、いつ何時再度ロックダウンという事態も起こりかねない。行けるなら早い方がいい、というのが私たち家族の結論だった。

14時前に会場へ赴くと、すでに大勢の人でにぎわっており、公演情報を映した掲示板にはチケットはが売切れと表示されていた。ホールはすでに満席の状態で、こういう光景は久しぶりのことである。あらためて「第九」の人気に驚くが、やはり今年はちょっと気分が違っているのかも知れない。昨年にも「第九」の演奏がなされたのかは知らないが、まあそんなことはどうでもよい。指揮はこの楽団の音楽監督である秋山和慶。1941年生まれというから御年80歳。私の父とほぼ同年代である。先日(12月4日)ここ川崎で、彼の指揮する洗足学園のオーケストラによるサン=サーンスを聞いたばかりだが、学生オーケストラとは思えない落ち着いた名演奏で、私は息を飲んだほどである。この他にもかつて、東響でマーラーの「嘆きの歌」の名演に接している(もっと古いところでは1989年に神戸でN響公演を聞いている)。

秋山の指揮は私にとって、とても印象深い名演の記憶ばかりである。非常に端正でオーソドックスながら、洗練された美しい響きで新鮮な印象を残す。外面的な効果を狙うわけではなく、音の重なりの微妙な違いをきっちりと表現し、どのフレーズも次につながる時に停滞したり、急ぎ過ぎたりしない。こういうちゃんとしたところは、素人の私が聞いていても大変よくわかるし、几帳面であるものの堅苦しくはなく、むしろモダンである。思えば小澤征爾と始めたサイトウ・キネン・オーケストラの初回の演奏会には、彼が小澤と交代で指揮をしていた記憶がある。桐朋学園における斉藤秀雄の門下生ということになる。もっとも小澤は1935年生まれだから、6歳ほど年下ではあるが。

プログラムの最初にワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲が演奏されるというのも、今となっては大変古風でさえあり、私などは大いに好ましいと感じる。そもそも「第九」のみでは、何か損をした気分になるのだが、ここにワーグナーを持ってくることで、「第九」から最も啓示を受けた作曲家のひとりにスポットライトを当てる。

だがその演奏は、残念ながらオーケストラの試運転状態といったところ。私の席からは、丸でおもちゃのような音がしていた、と書けばちょっと気の毒だが、アマチュアに毛の生えた程度の演奏に思えたのは私だけではなかったようだ。クライマックスのシンバルが少し早すぎたように感じたし、それは1回だけではなかったので、「第九」の時にどうなるのかちょっと心配になった。

休憩なしで「第九」が始まった時、合唱団とソリストはまだ舞台に上がっておらず2巻編成のオーケストラのみ。向かって左手から第1・第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラの順。右手奥にコントラバス。一方、打楽器は左手奥に並び、ちょっと私の席からは見えにくい。この会場は舞台で死角となる部分が、座る席のよって多いのが残念である。また残響が大きく、私の好みとはやや異なる。しかも縦に高く、席は非対称というのも変わっている。この結果、3階席以上となると見下ろす感じとなる上に、間接的な音波のみを聞いているような感じがする。今回はS席2階だったので直接波を聞いている感じがしており、こういう状態で「第九」を聞くのは、もしかすると初めてではないかと思った(正確にはサイモン・ラトルの指揮でウィーン・フィルの「第九」を聞いているのだが、どういうわけかこの時の印象がぼやけている)。

オーケストラから緊張が感じられたのは第1楽章を通しても変わらなかった。決して間違いを犯すわけではないのだが、まだ固く、アンサンブルの溶け合い具合が定まらない。これは実演でよくあることで、仕方がないのだが、この後どうなるかというところがとても大事である。それにしても「第九」というのは長い曲だなと改めて感じる。

第2楽章に入って、オーボエを始めとするソロ、ティンパニの活躍を含む長いスケルツォが進むにつれて、ようやくエンジンの調子が良くなってきたように感じたオーケストラは、第3楽章のアダージョをとても美しく弾き切った。目を閉じると、各パートが管楽器と重なる時の音色の変化がとてもよくわかる。これはやはり実演で聞いてこそ感動的である。録音・調整された音が鮮明に各楽器を捉えているのは当然のことだが(そうでないものもある)、ライブで見ながらこれを実感するのは、驚異的なことだと思う。

まだ録音技術がなかった今から200年前に書かれ、その後多くの作曲家に底知れぬ影響を与えた「第九」は、おそらく実演で聞いた時の感動たるや、想像を絶するものだったに違いない。アダージョ楽章の、管楽器がしばし揺蕩うひとときを経て一気に3拍子で流れを変え、ピチカートでクライマックスを築く時の変化は、この音楽の分岐点としてその後に続く「新しい音楽」への序章でもある。ここを境にして、今日の演奏もまた、大きく飛躍を遂げたと感じたのは私だけではなかったようだ。

間を置かず第4楽章に突入するのが近年の流行りだが(そのため、合唱団とソリストは第2楽章と第3楽章の合間に登場した)、この理由は、やはり第3楽章の「頂点」から一気に下るスピード感に弛緩を許したくないからだろうと思った。第4楽章の最初に各楽章の回想シーン(とその否定)があることから、私は長年、第3楽章のあとに「切れ目」があると思っていた。だがそうではないのだ。

低弦楽器のよっておもむろに「歓喜の歌」の旋律が流れてきたとき、今日の演奏はとてもいいものになると確信した。各楽器が右から左へと重心が移り、その変わる様を「生のステレオ」効果によって実感することができる。そしてついにバリトンが大声で宣言する。「おお友よ、もっと喜びに満ちた歌を歌おう!」

今日の歌手は全員日本人で、バリトンは加耒徹。その声は大音量をもって会場にこだまし、この音楽の際立った目印を示した。「やるな」と思った。決定的な宣言が音波を通し、震えるようなエネルギーとなって体に共鳴を与える。雪崩を打つように合唱団が、ソリストが歓喜を歌う。総勢40人程度しかいない新国立劇場合唱団の、何と見事なことか!ソプラノの安井陽子が、負けじと大声を張り上げる。彼女の歌はもはや誰の耳にも明確に聞こえ、メゾ・ソプラノの清水華澄も円熟の音楽性だ。

長いフェルマータも、秋山は無駄に伸ばしたりはしないあたりが、演奏に程よいストレスを持続させるのだろう。行進曲でテノールの宮里直樹が、これでもかと歌う声はまだ若くて張りがあり、そのことがとてもいい。フーガに突入するオーケストラ、そして大合唱。「第九」の聞きどころは続く。

だが、本日最大の聞きどころは、このあとコーダに入るまでの、天国的な空間に分け入る部分だった。厳かで畏敬の念を感じさせる「第九」の真骨頂を、その通り示したのだ。これは私の「第九」経験史上、初めてのことだった。4人の歌手と合唱が一体となって神を賛美し、人類の歓喜を鼓舞する。ここが「第九」最大の聞きどころだとわかってはいても、そう感じる演奏にはなかなか出会えるものではない。CDやビデオの場合は、ここまで集中力をもっておかないとよくわからなくなってしまう。ライブの場合では、客席を含めもっと数多くの要素が絡む。

消え入るような歌唱に続いてコーダになだれ込む「第九」の最後は、もうどうでもいいような歓喜の中を突っ走る。秋山の指揮は、その状況でも合唱とオーケストラのバランスを鮮明にし、テンポをやや抑え、そこはかとない効果を指示することを忘れない。これは練習通りにやったためでのことかも知れないが、さらに白熱した演奏ぶりは指揮からも十分に感じ取れる。

正攻法の「第九」を久しぶりに聞き、「音楽」を味わったと思った。満場の拍手は途切れることなく続いた。舞台最前列に登場した4人のソリストが、次のカーテンコールでは元の位置(合唱団の最前列)に上がった時、まさかアンコールが演奏されるとは思わなかった。緊張が解けて、最高のアンサンブルに成熟したオーケストラから充実した響きが流れてきた。合唱が重なると、それはあの有名なスコットランド民謡だった。私は感涙し、体の震えが止まらなかった。これほどにまで美しい合唱を聞いたことがない。その震えは暫く続き、涙で舞台が見えにくくなったと思っていたら、照明が少しずつ消えて行き、最後には指揮とコンサートマスターのみを照らし出した。「蛍の光」を歌う合唱団とオーケストラのメンバーがペンライトを持っている。このまま続けて第2番の歌詞も聞いていたいと思ったら、音楽は終わってしまった。だが思いがけない年末のプレゼントに、会場は再び沸いた。

このような企画は、最初から予定されていたのだろう。毎年恒例の行事かも知れない。けれどもそうとは知らない私たちは、この光景に大いに感激し、初めて味わった「第九」の見事な演奏にしみじみととした余韻の時間を過ごした。たった1回限りの音楽は、それが名演であれば、はかないながらも説得力のあるものとなる。「第九」の感動によってワーグナーは、ベルリオーズは、ブルックナーは、そしてマーラーまでもが作曲家になる決意をした。その力は、こういうことだったのか、と思った。また来年も、このコンビによる「第九」を聞きたいと思った。心温まる感動を残しながら私たちは、師走の川崎の街をあとにした。

2021年12月17日金曜日

サン=サーンス:交響曲第3番ハ短調作品78「オルガン付き」(Org: サイモン・プレストン、ジェームズ・レヴァイン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

大阪に日本初のクラシック専用ホールが完成したのが1983年のことである。この時話題に上ったのが、正面に設えたパイプオルガンで、以来、我が国には雨後のタケノコのようにパイプオルガンを備えたクラシック専用ホールが完成してゆく。オーケストラの背後に席を設けるのと同様に、まるでそうしなければならないかのように。丁度バブル景気に乗って、自治体にも潤沢な資金があったのだろう。それを満たすだけの音楽文化が、この国に根付いているのかはよくわからない。何もクラシック専門でなくてもいいのではないかと思うのだが、かといって多目的の文化ホールのみでは、どんな種類の音楽にも中途半端なままである。その極みとも言うべきNHKホールは、丸で紅白歌合戦のためにあるようなホールだが、N響は今でもここを本拠地としており、そして潤沢な受信料収入を背景に大規模なパイプオルガンが備えられている。

ところが世界中を見渡してもパイプオルガンまで備えたホールは、さほど多くはないと思う。オルガンは教会で聞くものだということだろう。私もオルガンの曲を敢えて聞くということはまずない。そしてオーケストラの曲にオルガンが混じると言うのも、実際のところそれほど多くはない。そしてそれを交響曲に取り入れた作品となると、サン=サーンスの交響曲第3番くらいで、オルガン奏者だったブルックナーもオルガンを思わせるような交響曲を書いたが、交響曲にオルガンを混ぜるようなことはなかった。

オルガンとオーケストラの響き合いが困難だと思われたのかも知れない。またオルガンを備えたホールが少ないということもあるのだろう。私が初めてこの曲を聞いたのは、ニューヨークのカーネギーホールだったが、ここにもオルガンは備えられていない。そこで聞いたマゼール指揮フランス国立管弦楽団の演奏会では、小さな移動式のオルガンが設置されていた。どういう響きだったかはもう覚えていない。何せ30年以上も前のことだから。

東京にあるいくつものクラシック専用音楽ホールでこそ、サン=サーンスのオルガン交響曲は演奏に値するだろう。にもかかわらず、私はまだ日本でこの曲を聞いていない。これほど有名な曲であるにも関わらず、どういうわけかこれまで、プログラムに登っていても会場に足を運ぶことはなかった。だが今回、初めて川崎で音大オーケストラフェスティバルというのがあって、この曲を聞く機会があった。学生オケとは思えないようないい演奏で、多分に感心して帰ってきたこともあり、久しぶりに我がCDライブラリの中から、この曲を聞いてみようと思った次第である。

サン=サーンスの「オルガン交響曲」は、2つの楽章から成り、それぞれの前半はオーケストラのみで奏されるが、後半はオルガンの壮麗な響きが加わって、独特のムードを醸し出す。都合4つの部分に分かれ、第1楽章後半はゆっくりとした緩徐楽章、第2楽章前半はスケルツォのような趣を持っているため、全体で4つの楽章から成る交響曲と考えても違和感はない。

メロディーの一部にはグレゴリオ聖歌の音形が引用されていたり、第2楽章に4手のピアノも混じったりと聞きどころは多く、フィナーレでは次第に音量が上がって迫力満点であり、この作品が初演時から一貫して人気を博しているのも頷ける。特に美しい第1楽章の後半は、ロマンチックというよりは静かな美しさに満ち、丸で昇天するかのように崇高で静謐なメロディーは最大の聞きどころではないかと思う。

もしかするとオルガンを用いるということは、教会の領域に半ば踏み込むことになり、相当な覚悟も必要だったのかも知れない。ただ、演奏会を含め、この作品の録音にはオーディオ効果を表現するにはうってつけの作品であり、メロディーも映画やドラマなどに使われることもあって、割に世俗的でもあると思う。特にスタジオ録音された管弦楽に、別の場所で録ったオルガンをミックスするやり方は、デュトワ、カラヤン、バレンボイムなどといった名だたる名盤でも使われている。

さて。今年亡くなった音楽家の中にジェームズ・レヴァインがいる。シンシナティ生まれでジョージ・セルの助手を務めてキャリアをスタートさせ、特に1971年以降はニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の音楽監督を始めとする要職を長年務めた。この間に指揮台に立った回数は2000回を超え、このオーケストラの技量を飛躍的に向上させた。

彼はコンサート指揮者やピアニストとしても有名で、特に1980年代の活躍は世界を席巻するほどのものだった。全盛期を誇るその時代に初めてベルリン・フィルと録音した曲が、サン=サーンスの「オルガン交響曲」だった。ドイツ・グラモフォンによるCDは、今聞いてもほれぼれとするような旋律美と迫力に満ち、丸でイタリア・オペラのカンタービレを思わせるようなフレーズや、ヴェルディ作品のようなドキドキ感を生々しく伝えている。

結論から言うと、私のこの曲のベスト盤のひとつは、ジェームズ・レヴァインがベルリン・フィルを指揮した1986年の録音であると思っている。カラヤンにはカラヤンの、デュトワにはデュトワの、そしてこの作品のモデルとも言うべき古典的なミュンシュやオーマンディにもそれぞれの持ち味と魅力があるが、レヴァインの持つ味わいには彼でなくては引き出せないようなものがあると思う。オルガンを務めるのはイギリス人の著名なオルガニスト、サイモン・プレストンで、第1楽章の後半ではそのオルガンの響きが極小にまで控えられ、天国的な美しさを醸し出す一方で、フィナーレでは前面に出たオルガンを含む全体が壮大なスペクタクルのようにドライブされていく様は、興奮を覚える。

だがこの演奏を含め、レヴァインの数々の名演奏(それはすこぶる多い)に素直な気持ちで接することができなくなってしまった。この心理的ショックを、世界中の人々、とりわけ特に2000年代後半以降に病に倒れてからの、奇跡的な復帰を喜んだばかりのニューヨークの人々は、どう清算しているのだろうか。在任中から数々の疑惑が絶えなかったにも関わらず、その音楽的な才能から彼の活躍に拍手を送り続けて来た私を含むファンは、この時、とうとう最後の絶望の底に突き落とされた気がした。

晩年の生活はほとんど語られておらず、寂しい死だったと思われる。善と悪、芸術と犯罪は隣り合わせにあるような脆弱性の中で成り立っているのだろうか。極度のコンプレックスとその反作用として才気が、彼の演奏の中に共存していたような気がする。教会の崇高さ外面的装飾性を合わせ持つ「オルガン交響曲」を聞きながら、私の心は常にアンヴィヴァレントな状況から脱することができなかった。


(追記)

本CDにはデュカスの交響詩「魔法使いの弟子」も収録されている。こちらもテンポを速めにとった圧巻の名演である。

2021年12月12日日曜日

東京交響楽団第84回川崎定期演奏会(2021年12月5日ミューザ川崎シンフォニーホール、指揮:ジョナサン・ノット)

フランス人ピアニスト、ニコラ・アンゲリッシュが病気のために来日できなくなり、今回の東京交響楽団の定期演奏会でブラームスを弾くピアニストに変更が生じた。だがそれは珍しいことではない。コロナ禍に見舞われて以来、中止となった演奏会は数知れず、開催できたとしても無観客。そもそも聴衆を入れないコンサートなんてほとんど意味がないんじゃないの?と思っていたが、それも今年に入って少しずつ緩和され、聴衆を入れたコンサートが日常に戻ってきた。アーティスト、特に来日する外国人音楽家には高いハードルがあり、感染の状況によっては長い隔離期間が必要だったりしてなかなか思うような日程が組めず、結局、代役に交代というケースが続出する。日本人にも素晴らしい世界的演奏家が多いので、最初から日本人を中心とした演奏家によるプログラムが組まれることも多くなっている。だからアンゲリッシュが来日できなくなったと聞いても、さほど驚きはなかった。では誰が代役を務めるか?

アンゲリッシュのキャンセルが発表されたのは11月5日、そして代役の発表が18日にホームページであった。それによれば何と、丁度来日中だったドイツの巨匠、ゲルハルト・オピッツとなっているではないか!プログラムはブラームスのピアノ協奏曲第2番。「ピアノ付き交響曲」とも言われるこの長い(50分)曲を、急な登板で弾き切るピアニストなどそうそういるわけではない。だがオピッツはそれを引き受けたようだ。そうなると余ったチケットを何としても手に入れたいと思うのが人情というものだろう。ところが実際は、当日券が沢山余っていた。定期演奏会は前日のサントリーホールのものと合わせて2回ある。しかし私はすでに音楽大学オーケストラのコンサートが前日にあるので、迷わず川崎定期にやってきたのだった。

オピッツは親日家として知られ、NHKのピアノ講座も担当したドイツ正統派の巨匠である。ケンプを師匠とすることもあり、ベートーヴェンとブラームスに特に定評がある。メジャーレーベルに数多くの録音もある。オピッツは丁度日本ツアーの最中で、リサイタルを中心に11月から来年1月にかけて3か月もの間我が国に滞在し、各地でリサイタルなどを開くようだ。そしてそのスケジュールの合間にすっぽりと収まる形で今回の代役が決まったのだろう。

それでもブラームスの2番コンチェルトは宇宙的に長く、よほどいい演奏で聞かないと音楽の緊張が持続しない散漫な演奏になる。これは録音されたものでも言える。私は何枚かのCDを持っているが、ことこの曲に限っては捉えどころがないと長年思っていた。実演で聞いた過去の演奏会でも、なかなか忍耐の要る曲である。オピッツは曲目を変えることなく、そのままブラームスのピアノ協奏曲第2番を弾く。会場に現れただけでも総立ちで拍手したいところだったが、そこはコロナ禍でのコンサートである。客席は思い切り熱い拍手をする。

ホルンの調べに乗って冒頭のピアノのメロディーが静かに流れ始めた時、ああやはりこれはブラームスの音だと即座に感じた。そして次々と紡ぎだされゆく音楽に、私は丸でこの曲を初めて聞くような感覚を覚えたのだ。これはどうしてか。もしかするとそれは、これまでに聞いた実演の聞く場所が良くなかったからではないか。とてつもなく広いNHKホールの3階席が、若い頃の私の指定席であったことを思えば、それは納得ができる。そしてCDについては、たった2枚しか持っていない。このCDを真剣に聞きこんだ記憶がないのだ。つまり、私はこの名曲の良さを知らずにここまで来たということだ。長すぎるというのも理由の一つで、CDではどうしても忙しい日常から抜け出せていないし、かといってコンサート会場の安い席では、どうしてもこのような精緻な曲の良さを味わうのは至難の業である。

そういうわけで、私はミューザ川崎シンフォニーホールのオーケストラの真横の席であるにもかかわらず、はじめてピアノが管弦楽と見事に融合してブラームスの音色を出すのを初めて聞いた気がした(興味深いことにこのホールは、オーケストラを正面に見る席は比較的少なく、それは随分高い位置にあるので、その代わりに真横や裏手からオーケストラを見るしかない)。

オピッツが弾くブラームスの1時間は、私にとって至福の時間だった。それが特に感じられたのは、やはり第3楽章のチェロ独奏を伴った静かな楽章だった。ここで私はやはり恥ずかしいことに、楽章の冒頭と最後でチェロの独唱がこんなにもピアノと絡み合うということを発見するのだが、この雰囲気こそまさにブラームスで、それがコンサート会場で再現される様を間近で見ることと、そのような時間を過ごすだけの精神的なゆとりの時間が、とても嬉しくて泣けてきた。兎に角この曲をここまで味わったのは私は初めてのことで、これまで敬遠してきたこの名曲の録音をいろいろ聞いてみようと思った次第である。

さて、休憩を挟んで演奏されたのは、ポーランドの作曲家、ルトスワフスキの管楽器のための協奏曲である。1954年に書かれた30分ばかりの曲ながら、数多くの楽器がはちきれんばかりに鳴り響く。東京交響楽団が全力投球、真っ向勝負するのを指揮するノットは、何と完全暗譜である。そして割れんばかりの拍手に相当満足した様子で、観客の隅々にまで手を振り、何度もカーテンコールに呼ばれては各楽器のセクションの合間を回ってソリストを讃える。その時間が永遠に続いた。オーケストラが去っても指揮者が呼び戻されるのは、定期演奏会では珍しいが、それでも大名演の時にはあり得ないわけではない。ところが、それが2度ともなると私の記憶する限り初めてのことであった。

それほどにまでこの曲に感動した人は多かったようだ。最近ではTwitterで感想を短くつぶやく人がいて、それがリアルタイムでわかるという面白さがあるのだが、昨日と今日の定期を合わせて、このルトスワフスキの演奏に感激している人が非常に多い。しかし私にっとって、この曲は初めてだった。だからどうしても、客観的に評価しにくいのだが、言えることはオーケストラが、この難曲をかなりの自信を持って、しかもすこぶる快速に弾き切ったことである。これは相当な練習量と技量が伴っていないとできないことのように思われる。今日の東響には、それだけの実力があるということの証拠でもある。

東響の定期は、先月のウルバンスキが指揮したシマノフスキに続き、ポーランドの作曲家の作品が並んだ。2日続きの演奏会だったが、やはり昨日の学生オーケストラとは違いプロは上手いと思った。そしてコンサートは、前の方で聞くのがいいとも思った。貧乏な若い時は仕方なく3階席の後で聞いていたが、これでは演奏だけでなく、曲の魅力も伝わりにくい。だから、もう迷うことなく前の席に座ろうと思う。

2021年12月10日金曜日

第12回音楽大学オーケストラ・フェスティバル2021(国立音楽大学オーケストラ、洗足学園音楽大学管弦楽団、2021年12月4日、ミューザ川崎シンフォニーホール)

生で聞く音楽は本当にいいものだと思う。それは演奏の良し悪しに関係なく、メディア再生によるものでは到底味わえないレベルのものだ。理由は簡単で、音楽の演奏とは、消えてなくなるわずかな時間を共有する演奏家と聞き手との間で醸し出される、たった一度限りのものだからだ。真剣勝負のスポーツの試合にも似ているのかも知れない。本当に音楽を愛する人であれば、どのような演奏であっても、そこに何かを発見するし、そういうプロセスを楽しむことができる。

東京には数多くの音楽大学があって、学生は様々な楽器や歌などを学んでいる。その数はちょっとしたものだと思う。各大学にはオーケストラがあって、定期的に演奏会を開いているようだが、その音楽大学の9校が演奏を競い合う「音楽大学オーケストラ・フェスティバル」というのがある。いつもコンサートに出かけると、会場の入り口でチラシの束を受け取るが、その中に今年もこのイベントのものが混じっていた。

今年で第12回を数えるそうで、私はこれまで一度も出かけたことはなかったが、コロナ感染も落ち着きを取り戻し、行けるコンサートにはどこにでも行きたいと思っていたところ、家から比較的近いミューザ川崎シンフォニーホールにおいて、このうちの2回が開催されることがわかった。12月4日に開かれるコンサートは、前半が国立音楽大学オーケストラ、後半が洗足学園音楽大学管弦楽団となっている。

どのオーケストラもプロの指揮者による意欲的なプログラムを組んでいる。この2つのオーケストラが演奏する曲目は、国立音楽大学はオール・アメリカン・プログラム(指揮:原田慶太朗)、洗足学園がサン=サーンスのオルガン交響曲(指揮:秋山和慶)となっていて大変魅力的である。私は妻を誘い、わずか1000円のチケットを購入して師走の土曜日の午後に出かけた。川崎駅は常に物凄い人手で窒息しそうになるが、駅から会場までは近く便利である。そしてこの会場に来る音楽の愛好家は、何かとてもコンサートを楽しみにしているような気がする。もっとも学生オーケストラのコンサートとあっては、家族や先生、それに友人たちが押し掛けて会場はハレの大騒ぎ、かと思いきやそんな雰囲気はなく、至って整然としている。プロを目指す彼らは、ある意味で舞台慣れしているのだろうか。

コンサートの前・後半の最初には、横一列に並んだプラス・アンサンブルがお互いの学校のファンファーレを競演する。私の席からは全員が後を向いている。そしてそれが終わると、所せましと並べられた打楽器を始めとするオーケストラの面々が舞台両袖から登場した。暖かく拍手が送られる。女性が多く、第2バイオリンはすべてが女性。前半のプログラムは最初がメキシコの作曲家、レブエルタスのセンセマヤである。7拍子の生々しいリズムに乗って奏でられるのは、生贄の音楽である。鮮烈な打楽器の、会場をつんざくような冒頭から、一気に引き込まれてゆく。原田の指揮は十八番のアメリカものとあって、速めのテンポが冴えている。

曲の合間の奏者の入替えの時間を使って、原田はマイクを握り、曲の解説を行った。次の作品はバーンスタインのミュージカル「ウェストサイドストーリー」より「シンフォニックダンス」である。有名なマンボの場面では、声を発することができないので、拍手をしてほしいと呼びかける。練習に1回これを行うと、さっそく音楽が始まった。ノリのいい音楽は、若者のエネルギーが爆発するかのように生き生きとしている。一糸乱れないアンサンブルは、興奮するくらいに上手いと思う。ミューザ川崎シンフォニーホールの残響が大きいので、オーケストラの音が重なりとても賑やかである。バーンスタインの音楽の特性もあるのだろう。何せこれでもか、これでもかと、やかましいくらいに多彩な音が鳴る。これは天才モーツァルトと似ているといつも思う。私は昔、大阪で作曲家自身が指揮するこの曲を聞いているが、お尻を振りながら指揮をしたその時のことを思い出した。

前半最後の曲は、コープランドのバレエ音楽「ロデオ」より4つのダンス・エピソード。ここでやっと、何か落ち着いた曲が聞こえてきたように思った。それでもアメリカ気質丸出しの底抜けに明るい音楽である。少し弦楽器が弱いと感じたが、これは学生オーケストラだから仕方がないと思った。そしておそらくは相当な練習量だったに違いない。自信に満ちたアンサンブルが大いに心地よく、馬に乗ったような軽快なリズムに会場が沸いた。そして満場の拍手喝采。1時間半近く及んだ前半のプログラムが、これでようやく終わった。

後半の冒頭には、さきほど演奏を繰りひろげた国立音楽大学の管楽器セクションが再び登場し、ファンファーレを披露。その後、洗足学園の学生が静かに入場した。今度は指揮台が置かれ、打楽器は減り、管の編成も小さくなった。代わりに正面のパイプオルガンにも奏者がスタンバイ。やがてゆっくりと登場した秋山は、コンサート・ミストレスと腕をタッチして登壇。前半とは違った落ち着いた雰囲気が会場に漂う。その空気感の違いが、すでに音楽の一部を構成しているようで、何かとても印象的だった。

第1楽章の冒頭の弦楽器の音が聞こえてきたとき、私は本当にこれが学生オケの音かと耳を疑った。音がスーッと入る時の、一切の乱れがない響きの美しさは、プロ顔負けのものである。指揮者がうまいからだろうか。そして楽器と楽器が溶け合う時のバランスの見事さ。特にこの曲はオルガンと響き合うので、これを意識する瞬間は多い。第2楽章の美しいアダージョは何といったらいいのか。後半に入って次第に音量を増してゆくこの曲は、演奏会での人気曲でもある。だからみな固唾を飲んで聞き入っているし、それゆえにこの演奏の素晴らしさにも気付いている。この曲が終わったときほど、会場でブラボーが発せられないもどかしさを覚えた人は多かっただろう。素晴らしい演奏で目だったミスもなく、若さに任せて勢いで乗り越えてゆくわけでもない、実に音楽的な演奏だった。

秋山はこの大学の芸術監督でもあるようだし、それに東京交響楽団の指揮者としてこのホールの特性を知り尽くしているように思った。私は彼の指揮する「第九」を2週間後に聞きに来ることになっている。今から待ち遠しいが、その前に明日、東京交響楽団の定期演奏会がここで催される。このチケットも買っている。

コンサートが終わると5時半になっていた。もうとっくに暗くなった川崎の夜空を見上げながら、隣の駅の蒲田まで電車に乗る。今夜はギリシャ料理を味わうことになっている。1年以上も続いている足腰の痛みが、ここにきてかなり改善されてきた。そのことが何より嬉しい。前半のエネルギーが充満した音楽と、後半の精緻なアンサンブル。どちらの演奏も大いに魅力的で、生で聞く音楽の良さを堪能した2時間半だった。冬の夜風が火照った頬を冷やし、澄み切った地中海の冷えたビールが乾いた喉を鎮めた。

2021年12月4日土曜日

オルフ:カルミナ・ブラーナ(S: バーバラ・ボニー他、アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ドイツ南部、バイエルン州の州都であるミュンヘンは、20世紀の作曲家カール・オルフの生まれた都市でもある。北部のどんよりとした風景とは異なり、明るく、賑やかな都市であるという印象が強い。そのミュンヘンにあるボイエルン修道院で発見された写本との出会いが、世界的にCMなどで有名な「カルミナ・ブラーナ」を生むきっかけとなった。

この写本は中世(11世紀から13世紀)に書かれたもので、全部で250編に及び、ラテン語を中心に古いドイツ語やフランス語も混じる世俗的な歌で、オルフはその中から24編を選び、「春に」「酒場にて」「愛の誘い」の3部からなる世俗カンタータとして世に送り出した。特に最初と最後に配置された「おお、運命の女神よ」は有名である。合唱団とソリスト、それに打楽器をふんだんに織り込んだ鮮烈なリズムとメロディーは聞いていて楽しいが、その合間に挟まれた静かな独唱(第21曲)や、男声ア・カペラとなる精緻な曲(第19番)など、聞きどころ満載の曲である。

私は大晦日に生中継された1989年の小澤征爾指揮ベルリン・フィルのジルヴェスター・コンサートでこの曲を知った。何でもこの演奏には、わざわざ日本からアマチュアの合唱団を連れて行き、ベルリンのコンサートにアジア人が大勢加わるという何とも不思議な光景だったが、そこで繰り広げられた渾身の演奏は、小澤の集中力のあるリズム感によって、この作品の生き生きとした側面を再構築した名演となった。この演奏とは別のセッション録音(1988年)のCD盤では、先日亡くなったエディッタ・グルベローヴァがソプラノを歌っている(上記ライブはキャスリーン・バトル)。

賑やかな合唱は、繰り返しも多く、比較的単純なメロディーで覚えやすいため、一度聞くと忘れられない。歌詞がラテン語をメインとしているので、日本語とも相性が良いということもあるだろう。そして発音だけを真似ると何とも単純なフレーズに置き換わる。NHK-FMのクラシック番組にも「空耳クラシック」なる知る人ぞ知るマニアックなコーナーがあるが、その常連の曲と言える。しかも打楽器や笛の音がこだますると、私などは時代劇かチャンバラ映画の効果音のように聞こえてしまう。

そういうわけで、この20世紀の音楽にはとても多くのファンがいる。特に合唱を聞くのにこれほどワクワクする曲はない。その凄まじいエネルギーが、中世の抑圧された世相の中にも生き生きとした庶民の心情を表している様を感じるだけでなく、さらに20世紀の音楽とミックスして不思議な感覚をもたらす。その新しさは、ピアノの伴奏と多様な打楽器に加え、拍子がふんだんに変化することではないかと思う。

この曲を解説してくれている数多くのWebサイトのおかげで、私はそれを省略することができる。ただ簡単に言えば、「春に」では明るく陽気な様が溢れる女性的な曲、「居酒屋にて」はテノールとバリトンの歌声に合唱が混じる男性的な曲、そして「愛の誘い」ではその両者がミックス。男声のア・カペラとソプラノの美しいアリアが色を添え、混声合唱と児童合唱が加わってクライマックスを築く。

1時間余りの曲は、コンサートでも録音でも非常に収まりがいいので、演奏される機会も多いし、数多くの指揮者が録音している。古いところでは、陽気でどんちゃん騒ぎのヨッフム盤が有名だが、やや粗削りであることもある。一方、上記で述べた小澤盤は、早めのテンポで新鮮だがやや単調に聞こえる。その他の演奏をほとんど聞いてはいないのだが、個人的にはアンドレ・プレヴィンがウィーン・フィルを指揮したディスクが気に入っている。この演奏は、1994年の発売当時、私がこの曲の魅力を初めて感じた演奏だった。

私がこのディスクを取り上げようと思ったのは、先日東京交響楽団の定期演奏会で、ウルバンスキ指揮による名演奏に接したからだが、この演奏は純粋に音楽の魅力を表現した美しい演奏で、このプレヴィンの演奏に近いと思った。それにしてもプレヴィンという指揮者は、丸で魔法のようにオーケストラの音色を変えると思う。ニューヨークのセント・ルークス管を見たときも、N響を指揮した時もそう感じた。そしてウィーン・フィルとの相性の良さも、多くの録音で知る通りである。

例えば「春に」の冒頭で3回繰り返されるピッコロと打楽器のモチーフは、拍子木が鳴って場面が変わり、真夜中の討入り前といった感じ。この音をいかに印象的に響かせるかは、私の聞きどころのひとつ。他にも沢山あるが、プレヴィン盤の印象を深くしているところは、"Veni, veni, venias"のところ(第20曲)から「楽しい季節」(第22曲)にかけて。ここは合唱とソリストが全員参加して最終盤のクライマックスを築く。

ソプラノはバーバラ・ボニー、テノールがフランク・ロバート、バリトンにアントニー・マイケルズ=ムーア、アルノルト・シェーンベルク合唱団、ウィーン少年合唱団。非常に録音が良く、ウィーン・フィルのふくよかな響きと学友協会の残響が上手く捉えられている。そして驚くべきことにこの録音は、何とライブであることだ。ボニーの美しい歌唱が特に素晴らしいが、他のソリスト、それに合唱も素晴らしい。

この演奏はやや弛緩しているとか、エネルギーが少ないといった意見が聞かれることがある。しかし長い目で見れば、何度聞いても飽きない演奏だと言える。もし不満が残るならば、それは実演でこそ体験すべき領域での話である。録音技術を駆使して、効果を狙った演奏も多いが、それは作られた感じがする(まあ、どんな曲でも同じ話だが)。より自然にこの曲の魅力を伝えているのがプレヴィンの演奏だと思う。

プレヴィンにはロンドン響を指揮した旧盤も有名で、こだわりのある人はこの録音の古い演奏の方が良いと言うのだが、私はまだ聞いたことがないので何とも言えない。一方、シャイーやブロムシュテットにも録音があり興味は尽きない。


【曲目】
§ 運命の女神、全世界の支配者なる
1. おお、運命の女神よ(合唱) O Fortuna
2. 運命の女神の痛手を(合唱) Fortune plango vulnera

§ 第1部: 初春に
3. 春の愉しい面ざしが(小合唱) Veris leta facies
4. 万物を太陽は整えおさめる(バリトン独唱) Omnia sol temperat
5. 見よ、今は楽しい(合唱) Ecce gratum

§ 芝生の上にて
6. 踊り(オーケストラ)
7. 森は花咲き繁る(合唱と小合唱) Flore silva
8. 小間物屋さん、色紅を下さい(2人のソプラノと合唱) Chramer, gip die varwe mir
9. 円舞曲: ここで輪を描いて回るもの(合唱) - おいで、おいで、私の友だち(小合唱)Swaz Hie gat umbe - Chume, chum, geselle min
10. たとえこの世界がみな(合唱) Were diu werlt alle min

§ 第2部: 酒場で
11. 胸のうちは、抑えようもない(バリトン独唱) Estuans Interius
12. 昔は湖に住まっていた(テノール独唱と男声合唱) Olim lacus colueram
13. わしは僧院長さまだぞ(バリトン独唱と男声合唱) Ego sum abbas
14. 酒場に私がいるときにゃ(男声合唱) In taberna quando sumus

§ 第3部: 愛の誘い
15. 愛神はどこもかしこも飛び回る(ソプラノ独唱と少年合唱) Amor volat undique
16. 昼間も夜も、何もかもが(バリトン独唱) Dies, nox et omnia
17. 少女が立っていた(ソプラノ独唱) Stetit puella
18. 私の胸をめぐっては(バリトン独唱と合唱) Circa mea pectora 
19. もし若者が乙女と一緒に(3人のテノール、バリトン、2人のバス) Si puer cum puellula
20. おいで、おいで、さあきておくれ(二重合唱) Veni, veni, venias
21. 天秤棒に心をかけて(ソプラノ独唱) In trutina
22. 今こそ愉悦の季節(ソプラノ独唱、バリトン独唱、合唱と少年合唱) Tempus est iocundum 
23. とても、いとしいお方(ソプラノ独唱) Dulcissime

§ ブランツィフロール(白い花)とヘレナ
24. アヴェ、この上なく姿美しい女(合唱) Ave formosissima

§ 運命の女神、全世界の支配者なる
25. おお、運命の女神よ(合唱) O Fortuna

2021年11月18日木曜日

思い出のうた(3) 坂本九「明日があるさ」(作詞:青島幸男、作曲:中村八大)

小学校低学年頃、NHKの人形劇「新八犬伝」(1973-1975)を見るのが好きだった。この人形劇は、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」を元にした奇想天外なストーリーで、私は夜6時になると夕食までの小一時間、「こどもニュース」から始まる子供向け番組(の中で放映された)を毎日見ていた。

人形劇と言えば「ひょっこりひょうたん島」(原作:井上ひさし)だが、私もこの人形劇の歌をよく覚えていて、見た記憶があるようなのだが、どう考えてもそれはかなり幼少の頃で、記憶していること自体が疑わしい。これに対し「新八犬伝」(脚本:石山透)は、そのストーリーも楽しく私がもっとも好きだった番組である。人形劇はその後も続き、「真田十勇士」などは大いに期待したがさほどでもなく、以降、「笛吹童子」、「紅孔雀」、「プリンプリン物語」と続くが「新八犬伝」を上回るワクワク感に及ぶものはなく、そのうち私も人形劇から卒業してしまった。

なぜ「新八犬伝」がそれほど楽しかったか。の理由のひとつは、坂本九の楽しい語りにあったと思う。所詮、小学生の頃である。飽きない演技とコミカルな表現。黒子となった九ちゃんが丸九と書かれた頭巾をかぶって時々登場する。私はまだ漢字を覚えたての頃だったから、あちこちに「仁義礼智忠信孝悌」などと書いては、知らない文字を書けることに優越感を感じていた。

坂本九は1960年代を代表する歌手で、その絶頂期に丁度世間に行きわたり始めたテレビ・メディアの寵児とも言える芸能人だった。「上を向いて歩こう」(作詞:永六輔、作曲:中村八大)は1961年に始まったバラエティ番組「夢で会いましょう」で紹介された途端にヒットし、日本人として全米ヒット・チャートのトップを飾った記録はいまだに破られていない。さらには、「見上げてごらん夜の星を」、「幸せなら手をたたこう」、「明日があるさ」、「涙くんさよなら」などのヒットソングを連発する。

その坂本九が人形劇の語りを担当し、テーマ曲を歌った。「夕やけの空」というのがそれである。そしてこの曲が、挿入歌だった「めぐる糸車」と合わせてドーナツ盤レコードになり、私も大いに欲しかったが叶わなかったのを覚えている(レコード屋に見つけることができなかったのである)。

小学校3年生になって、私は同級生の友だちの家に遊びに行くことが多くなった。アメリカ人と日本人のハーフというのは当時としては非常に珍しいことで、遊びに行くとアメリカ人のお母さんが瓶入りのコカ・コーラを出してくれた。もっとも彼との普段の会話はすべて普通の日本語で、顔つきは白人なのに英語が喋れないことにコンプレックスを抱いていたようである。

そんなことは知らず、小学生二人が放課後の時間をかけてやるあそびが麻雀だった。と言っても小学3年生二人でやるのだから、簡単に役ができる。そんな見よう見まねの域を出ない麻雀遊びを、毎日彼の家の応接間でしていた。その応接間には立派なステレオセットが置かれていて、当然クラシックのレコードも豊富にあったと思うのだが、彼の家で良く聞いていたのが坂本九のベストアルバムだった。坂本九が、「火薬」と書かれた箱の上で煙草をふかしているというジャケットの写真でが面白く、この人はコメディアンだと思っていたくらいだ(このジャケット写真は後年、ベストアルバムがCD化されたときに復活している)。

人形劇の語りだった坂本九の歌を、私と友人は毎日のように聞きながら、麻雀をしていた。随分変わった小学生だった。そのLPに収録されていた曲には、上記のミリオン・セラーの他に「ステキなタイミング」、「悲しき六十才」、「あの娘の名前はなんてんかな」といったギャグのような歌詞を持つ曲も収録されており、私はそれらの歌詞を覚えては友人に自慢していたようだ。独特の歌い方と伸びやかな声で、坂本は高度成長期の元祖アイドル的存在だった

人形劇に語りを担当した1941生まれの坂本九は、この頃まだ30代である。しかし、1970年代に入るとテレビに登場する機会は減っていった。私の世代から見ると、彼はすでに「過去の人」という感じである。同年代で彼の歌を知っている人はほとんどいない。永六輔や中村八大が細々とでも活躍を続けるのと違い、アイドルの賞味期限は短かったのである。だが誰もが予想しなかった事故が起こった。1985年の日航ジャンボ機墜落事故である。坂本九は偶然にもこの便に乗り合わせ犠牲者となった。享年43歳。その時私は大学受験浪人中だったが、ラジオなどで坂本九の歌が数多く流れた。その中には、かつてLPで親しんだ数多くの楽曲が含まれていた。昭和の終わり、丁度バブル景気が始まろうとしていた頃のことだった。

平成の時代になって、テレビのCMなどで坂本九の歌が復活する。私の最も好きな「明日があるさ」がウルフルズ他の歌手によって歌われ、紅白歌合戦でも披露されている(2001年)。「見上げてごらん夜の星を」(作詞:永六輔、作曲:いずみたく)はゆずがカバーし(2006年)、「上を向いて歩こう」は、最も新しいところではSEKAI NO OWARIが歌っている(2016年)。「明日があるさ」が復活したのは、日本経済が長期的低迷に入り込んでいたことによる諦めから来る開き直りである。けれども本来の「明日があるさ」は、日本経済の高度成長期におけるストレートな明るさと自信を感じさせる。我が国の奇跡的復活は、大雑把に言えば60年代から70年代までである。私はこの最後の部分を、少年時代にわずかに感じることができた最後の世代だと思っている。



2021年11月14日日曜日

東京交響楽団第695回定期演奏会(2021年11月13日サントリーホール、指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ)

新型コロナウィルス感染者が減少し、それにともなって少しづつ日常を取り戻しつつあるように見える昨今である。コンサートも通常通り実施されるようになってきており、人数制限も緩和された。もうしばらくは演目にのぼることはないだろうと思われた大規模な曲、特に合唱を伴うような曲は、飛沫感染の恐れを考えると、当然の如く避けたいところだ。だが、いくらなんでも小規模なオーケストラだけの曲というのも淋しい。

そう感じていたところ、東京交響楽団の定期演奏会でオルフの「カルミナ・ブラーナ」が演奏されるという。3人の独唱に加え、混声合唱団と少年合唱団。結構大声で歌う派手な曲だから、是非聞いてみたい。しかも指揮は、前から注目していたポーランド人、クシシュトフ・ウルバンスキである。彼は既に来日し、隔離期間を過ごしているという。だから公演は間違いない。ただ人気があるプログラムだけに、チケットの残りがあるか心配だった。公演は2回あり、13日のサントリーホールと14日のミューザ川崎シンフォニーホール。後者の方がマチネで、残り枚数も少なくなっていた。私が探した時には2階以上の高い位置の席しかなく、むしろ前日のサントリーホールでの公演の方が、良い席が余っているように見えた。

だが、私には直ぐにチケットを買えない事情がある。愛するオリックス・バファローズがクライマックス・シリーズに進出しており、その試合結果次第では、13日の18時、すなわち丁度コンサートの時間帯に次の対戦がある可能性が高かった。ところが10日から始まった対戦は、バファローズがアドバンテージの1勝を含め3連勝。12日の対戦で早くも日本シリーズ進出を決めそうになった。試合は逆転に次ぐ逆転となり、とうとう最終回、代打サヨナラヒットが出てバファローズが勝利を掴んだのである!こうなったら13日夜の予定がなくなり、コンサートに躊躇なく行くことができる。1階席のチケットを買ったのは当日のお昼で、合わせて日本シリーズのチケットも予約した。

すっかり日常を取り戻したかに見えるコンサートだが、出演者の一部変更が生じている。これは来日するはずだった音楽家が、来日できなくなったことによるようだ。同様の問題は各オーケストラでも生じており、N響でもたびたび指揮者の変更がアナウンスされている。またチケットの販売枚数も感染数の変化を見て修正されており、聞く方としてもなかなか大変である。それでも会場前で配布されるチラシの数は、コロナ前の分厚さに戻っている。お客さんも高齢者を中心に、出足好調のようであり、制限付きながらサントリーホールのバーカウンターも営業している(ここでは「山崎」と「響」が飲める)。

変更が生じた出演者の中には、プログラム前半でヴァイオリンを弾くソリストも含まれていた。ウルバンスキの出身国であるポーランドの作曲家、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番の独奏が、弓新というヴァイオリニストに変更されていた。弓新(ゆみ・あらた)は、1992年東京生まれのヴァイオリニストで、若い頃からヨーロッパに在住しているようだ。丸で弦楽器奏者になるべくしてなったような名前に驚くが、プロフィールによれば佐賀県に多い苗字だそうで、そこに尊敬する著名建築家磯崎新氏の名前を付けたようだ。私などは失礼ながら、中国人ではないかと思った次第。

だが、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲のような難曲を、直前に演奏するように言われたことは想像に難くなく、だとすればこれをこなす相当の実力と努力が必要だったと思われた。3つの部分から成るシマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番は、2つの戦争の間に活躍した彼の比較的若い頃の作品で、聞いた印象ではスクリャービンのようでもあり、ナイーブで神秘的な作品だと思った。弓はこの難曲を、最初はとても安全に弾いているように感じられたが、途中からは若々しく、少しづつ実力を発揮し始めたように思う。メリハリの効いた指揮によってオーケストラは好演。カデンツァでは指揮者は指揮台を下りて、ここは聞きどころであると合図した。オーケストラは雄弁な打楽器とピアノ、ハープなども混じり、あまり聞くことのない新しい音が次々と楽しめる作品ではあったが、ではいまどこを弾いているか、などとなるとまだまだ印象が薄いというのが正直なところ。

休憩を挟んでの「カルミナ・ブラーナ」では、通常のP席の位置に混声合唱団がディスタンスを取って着席。その人数は40名程度と少ない。一方、少年合唱団は十名程度が舞台左手の2階席に陣取っていたようだが、私の座っていた1階席左手奥からは一切見えなかった。このためいつ少年合唱団が入って来るのかとやきもきしていた。できれば正面に配置して欲しかった。

冒頭のメロディーが大音量で鳴り響いた時、ちょっと合唱が弱く聞えたが(もしかしたら席のせいかもしれない)、これは最初だけで続く音楽ではオーケストラと合唱が上手く溶け合って、この曲の精緻な面を多分に表現した名演だった。ウルバンスキの指揮は、その長身を生かしたパースペクティブの良さが際立っており、全体の音量と音感を微妙に調整しながら、各パートのどんな細かいタイミングもわずかのずれもないようにキューを出す。その見事さは特筆に値するだろう。私は初めて聞くこの指揮者の人気がわかるような気がした。

「カルミナ・ブラーナ」はもともと陽気な作品で、演奏によっては時代劇かチャンバラ映画の音楽のように感じることもある変わった作品だ。しかしここでのウルバンスキの演奏は、より精密に音色の変化を追求した。勢いに任せてはしゃぐのではなく、純音楽的な側面を際立たせる、いわば玄人向けの演奏だった。

新国立劇場合唱団と東京少年少女合唱隊の実力がこれを最大限に支えたのは言うまでもない。第1部冒頭の静かな部分では中世の響きが会場に満たされ、まるで教会にいるよう。そして2人が代役に交代という運命に見舞われたソリスト陣も好演。バリトンの町英和は、最初ちょっと線が細いと思ったが、後半になると声も大きくなり、おどけたように舞台右手から現れて第2部「居酒屋にて」を歌ったテノールの弥勒忠史は、出番は少ないながらも聴衆を惹きつけ、酔った演技も大いに素晴らしく、見とれているうちに舞台右手に消えて行った。

ソプラノを歌ったのは盛田麻央。彼女もまた今回の出演はピンチヒッターだったが、それを補って余りある熱演で持てる実力を示したと思う。そしてオーケストラ。ウルバンスキの見通しの良い指揮に合わせ、特にオーケストラのみが活躍する部分での千変万化するリズムを巧みに表現し、このコンビの成熟した関係を良く表していた。ウルバンスキが東響の首席客演指揮者だったのは、2013年からわずか3年だったようだが、このように定期的に指揮台に現れては名演を繰り広げているようだ。私も遅まきながら、そのファンに加わった次第。

前半のシマノフスキを含め、聞き惚れ得ていたら過ぎて行った、あっという間の二時間。コンサートは20時に終了した。合唱やオーケストラが引き上げても鳴り止まない拍手に応え、マスクをしたウルバンスキが再度登壇すると、会場からはさらに大きな拍手が送られた。

バルトーク:管弦楽のための協奏曲(小澤征爾指揮シカゴ交響楽団)

有名曲でもどうにも馴染めない曲というのがある。私にとってバルトークの代表作「管弦楽のための協奏曲」は、まさにその一つだった。他にはストラヴィンスキーの「火の鳥」、R・シュトラウスの「ドン・キホーテ」、あるいはベートーヴェンの「荘厳ミサ」も加えていいかもしれない。馴染めない要因は定...