2021年9月4日土曜日

ハイドン:弦楽四重奏曲作品20(第31番変ホ長調、第32番ハ長調、第33番ト短調、第34番ニ長調、第35番へ短調、第36番イ長調)(モザイク四重奏団)

子育ても一段落した中年以降の妻子ある男性とって、家庭内の居場所が徐々に失われて行くことは世界共通の極めて深刻な悩みである。家の大きさや経済状況もその傾向に影響を及ぼす要素ではあるが、本質的な部分は変わらない。無観客となった東京オリンピックのメイン会場に、放送局が特設スタジオを設置しているが、その画面から見える会場周辺をうろつくうろつく人々にも、そのような中年男性の姿が映っている。たいていは一人で写真などを撮っていたりしている。

盛夏となった今年の東京も、青空に雲が沸き、なかなかいい陽気である。五輪選手の中には東京の暑さを訴える人がいるようだが、大阪生まれの私にとっては今年の東京の夏は、理想的な夏である。晴れて風が吹き、日陰に入るとさわやか。これが凪を伴う瀬戸内地方へ行くと、こうはいかない。だから日曜の朝、、家族はまだクーラーなどを書けて朝寝坊をしているが、ひとり家を飛び出して近くのベンチで音楽などを聴いている。もちろんあちこちに同類の友がいる。

自分も腰を痛めて満足に歩けないため、家に籠っていたが、それも限界である。かといってコロナ禍では家族に外出を勧めるわけにもいかない。実家などへ長期に帰省することも憚れる。学校や休みとなる夏だが、観光に出向くこともできず、お酒も飲めない飲食店でゆっくりと過ごすわけにもいかない。コンサートも中止、スポーツ観戦も無観客、展覧会は過密状態が気になり、乗り物への乗車も怖い。もうこういう状態が1年以上続いている。同じ境遇なのか妻は機嫌が終始悪く、子供は引きこもってしまった。私も引きこもってしまいたいが、その場所がない。そして昨年来の腰痛で、外出もできない。いや、そもそも不要不急の外出は、腰の状態にかかわらずすべきでないのだ。持病のある私にとって、感染は命取りになるからだ。ワクチン接種は無事終えたが、重症化を防いでくれるだけで、デルタ株などあまり感染抑止に効果がないらしい。

そんな蒸し暑い休日の朝、人気の少ない家の近くの公園で、ひとり静かに音楽を聞くことができるのは、せめてもの慰めである。そして私の愛するハイドンの弦楽四重奏曲を、今日も聞いている。ボートの講習会に集まった小学生たちが、親と一緒に運河に船を運んでいる。今日聞いているのは、ハイドンがいわゆる「疾風怒涛(シュトゥルム・ウント・ドランク)」と呼ばれた時期に作曲した「太陽弦楽四重奏曲(作品20の6曲)である。「太陽」というあだ名がついたのは、出版された楽譜の表紙に太陽が印刷されていたからだそうだが、なるほどこの夏の暑い日の朝に聞くのに相応しい名前だということだろうか。

作品20の6曲の特長はいくつかあるが、短調で書かれた作品があること(第3番ト短調、第5番へ短調)、そして終楽章にフーガが多用されていることである(第2番ハ長調、第5番へ短調、第6番イ長調)。この作品は、ハイドンが交響曲とともに探求してきた弦楽四重奏曲の、いわば転換点となる作品とされている。ここで様式が確立されたのだそうだ。だから外せない、と私はいつか、モザイク四重奏団の演奏する2枚組のCDを購入していた。購入したのはいいのだが、少し聞いただけで棚に戻してしまい、以後、まとめて聞いた記憶がないのである。ハイドンの弦楽四重奏曲の最後の方の作品を聞いた後で、どうしてまたこのような古い作品を、と思わないでもないのだが、こういった理由で取り上げることにした。もちろん私の朝の散歩の慰めに聞いたことも理由ではあるのだが。

さてCDではまず第1番(第31番)変ホ長調から始まる。疾風怒濤の時期の作品ながら、上品で落ち着いた開始の音楽でほっとするのだが、この第1楽章が滅法長い。10分近くあるのだが、後期の作品を聞いて来たので冗長であるような気がしてならない。第2楽章は少し短いが、ここはメヌエット。そして第3楽章はどうも冴えない曲がだらだらと続く。どうも自分の心理状態を反映しているようで、あまり気分が良くない。

続く収録作品は第5番(第32番)へ短調である。短調であることも珍しいが、へ短調というのも聞いたことがあまりない。そしてそのほの暗い陰鬱なメロディーは、私を再び悲しい気分にさせるのに時間はかからなかった。むしろ今の気分に合っているような気がする。だからなのか、10分も続くが聞いていられるのが不思議である。第2楽章メヌエットを経て始まる第3楽章アダージョは、親しみやすい慰めの音楽にほっとさせられる。そして終楽章の短いフーガは、再び気持ちが現実のものとなってしずかに押し寄せる。それでも重くなり過ぎないこの曲は、なかなか特徴的でいい曲だと思った。

2枚組の1枚目最後は、第6番(第36番)イ長調である。この曲はその調性からか、とても明るく快活である。そして第2楽章アダージョ、カンタービレは、何とも心に淡々と染み込んでいく素敵な曲である。メヌエットを経てフーガ静かに始まる。全体的にまとまりがいい曲である。

2枚目のCDは第2番(第32番)ハ長調で始まる。ここでは第1楽章冒頭のチェロが印象的である。夏の風に揺れる青々した木々を眺めている。静かで落ち着く時間である。そして淡々と続いて行くフーガは落ち着いた風情を見せ、明るさの中身も一定の重みが感じられる。ところが第2楽章は悲痛なモチーフで始まる。続く劇的な音域の激しい上下は、心を突き刺すような激しさで聞く者を驚かせる。ところが中間部に入ると、まるで楽章が変わったように一点、落ち着いた優しいメロディーが聞こえてくる。痛みにもがいていた重症患者が、心地よい眠りに入った時のようなこの落差は、まるでロマン派の音楽のようだ。気が付くと第3楽章の三拍子となっており、第4楽章では再び劇的な音楽が展開されて終わる。この曲は若きハイドンの野心的な試みの曲だと思った。

第4番(第34番)ニ長調もまたハイドンの表現の幅を追求した作品のように思える。第2楽章のどこか懐古的なメロディーは、モザイク四重奏団のモダンで明るい音色によって中和されているとはいえ、懐かしさを覚える。第3楽章は楽し気で、第4楽章は速くて明るく陽気である。第3番(第33番)ト短調は、短調の曲に相応しく、聞いていたあまり楽しくない。第2楽章に陰鬱なメヌエットが置かれており、長い第3楽章の静かなメロディーは、時々途切れるのが新鮮だ。これは第4楽章でも同様である。

ハイドンの音楽の魅力は、古典派の様式を映し出す理性の枠組みは維持しつつも、それを意図的に逸脱して崩す仕組みを随所に散りばめながら、決してその一線を越えない情緒が垣間見えるところであろうか。この交響曲でもさんざんつき合わされた試みが、四重奏曲の分野でも同様に行われている。ひとつひとつの曲は、交響曲のほうが聞いていて楽しいが、かといって浅番の作品をわざわざ取り上げて聞くこともないのが実情である。それにくらべると弦楽四重奏曲の方が、BGM代わりにずっと聞いていられる。仕事の邪魔をしないし、旅行に持って行って車窓風景を眺めながら聞くのにも有用である。この際の欠点は、今どの曲のどこを聞いているのかもよくわからない状態になってしまうことなのだが、まあこれは仕方のないことだろう。

2021年8月9日月曜日

日本フィルハーモニー交響楽団演奏会(2021年8月7日ミューザ川崎シンフォニーホール、指揮:下野竜也)

コロナ禍に見舞われた昨年、NHKは日曜夜のクラシック音楽の放送枠に、全国の地方オーケストラの公演を取り上げた。その中でとりわけ私を注目させたのは、下野竜也が指揮する広島交響楽団のベートーヴェン「エグモント」(全曲)の演奏会だった。序曲だけが有名なこの作品の全曲を、ナレーション(エグモント)とソプラノ(クレールヒェン)付きで演奏する意欲的な取り組みは、ベートーヴェン生誕250周年だったこともあり、事前に組まれていたものだろう。だが私の目を見張ったのは、その演奏の素晴らしさだった。

私は未だにこの鹿児島生まれの指揮者の姿を見たことがない。読売日本交響楽団などをしばしば指揮しているから、接しようと思えば簡単なことだと思いながらも、なかなかその機会が持てないでいた。だがテレビで見たその指揮は、なかなかスマートなもので、特にフレーズが次のフレーズに移ってゆく時、自然に流れを持続させるのが非常にうまいと思った。広島交響楽団というのが、どの程度の演奏団体なのかは実演で接したことがなく未知なものだったが、少なくとも映像で見る限り、これは第1級の演奏だと思った。他のオーケストラと比べても、それは歴然としていたと思う。

そしてエグモントとしてナレーションを担当するのが、バリトン歌手の宮本益光。この単なるナレーションに歌手をわざわざ起用しているのは、この演奏会の成功の要因だと思った。日本語なので自然に頭に入って行くことに加え、音楽との微妙な交わりがとても良い。ミューザ川崎シンフォニーホールで聞いた実演に関していえば、マイクを使う必要もなかったのではないだろうか?かえって残響が耳に残った。

クレールヒェンを歌ったのは、これも広響との公演と同じソプラノの石橋栄美で、彼女を私は新国の「フィデリオ」(2018年)で聞いている(マルツェリーネ)。その経歴から、私の生まれた大阪出身で、しかも私の育った豊中にある大阪音楽大学の出身とある。豊中でもとりわけ庶民的な地域にあるこの大学の前を、私はこの4月に歩いたばかりであるだけでなく、私の通った高校の音楽の先生などもこの大学を出ていたりしたから非常に親近感が沸く。もしかして同じ高校?などと勘繰り、さらに経歴を調べてみたら彼女は東大阪の出身で高校は天王寺にある夕陽丘高校だと判明した。

その石橋のソプラノの素晴らしさも特筆すべきもので、舞台向かって右後方より聞こえてきた自信に満ちた歌唱は、私が聞いた1階席では完全に音楽に溶け込み、素晴らしいバランスで3つのアリアを完璧に歌いこなした。 

ゲーテの戯曲にベートーヴェンは音楽を付けた。そのことだけでも興味が沸くこの作品の全曲が演奏されることは非常に少ない。私はかつてジョージ・セルがウィーン・フィルを指揮して録音した演奏でこの曲を知り、その後、クルト・マズアがニューヨーク・フィルと録音したCDで親しんで来た。だが実演に接する機会が来るとは思わなかった。この度、偶然川崎の音楽祭のパンフレットなどを眺めていたら、昨年テレビで見た広島での公演と同じものを日フィルとやることがわかった次第。迷わずチケットを買い、勇んで会場に入ったがその客席は2割にも満たない状況に、いくらコロナ下とは言えちょっと残念に思った。前日のバッティストーニは、5割は入っていたと思うからなおのことである。

プログラムの前半は、何とシェークスピアを題材にした曲が3つ。ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲で始まり、ヴォーン=ウィンドウズの「グリーンスリーヴス」による幻想曲を経てニコライの歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」と続く不思議な選曲。これらの3曲は非常にポピュラーで聞いていて楽しい作品だが、この日の演奏会は兎にも角にも後半の「エグモント」に注力した感じ。練習していないとは思わないが、軽く流した感じもしてちょっと不満ではある。だが「グリーンスリーヴス」の美しい音色は、心に染み入ってしばし音楽に触れることを喜んだ。

昨日の東フィル、今日の日フィル、いつもの東響、だけでなくここ川崎で聞くオーケストラの音は、いつもちょっと濁っている。これはホールに原因があるのかも知れない。だがこのホールに来ていつも思うのは、その客層の良さである。何かとても音楽を聞くことを楽しみにしている人が多いと思う。醒めたN響の定期会員や、何か特別な感覚のある読響、それに余り音楽に縁のない人がなぜか多い都響、と在京オーケストラにも様々な個性がある。そんな中で、この川崎に集う聴衆は、オーケストラが登場するだけで拍手を送る。だがそのような愛すべき聴衆も、今や高齢化が避けられないようだ。そのことがちょっと淋しいと思った。

なお、毎年夏の「フェスタミューザ」の広告に使われるイラストは凝っていて面白い。今年はベートーヴェンがテニスのラケットを持ち、マーラーがコーラ片手に山登りに出かけるというもの。とても面白いからここにも張り付けておきたいと思う。


2021年8月8日日曜日

東京フィルハーモニー交響楽団演奏会(2021年8月6日ミューザ川崎シンフォニーホール、指揮:アンドレア・バッティストーニ)

 ツイッターでフォローしている音楽ライターが、川崎で毎年夏に開催される「フェスタサマーミューザKAWASAKI」での音楽会について、好評のコメントを寄せている。ということは、このコロナ禍においても演奏会が開催されているということである。考えてみると神奈川県は緊急事態宣言も出ておらず(7月末時点)、中止になる理由はない。そういうわけで私も久しぶりにコンサートに出かけようとプログラムを眺めてみたら、何とバッティストーニ指揮の東フィルがまだ沢山あまっているではないか!

東フィルのコンサートも、首席指揮者として大人気のバッティストーニが指揮する公演は、いつも売切れ。私も過去に何度か行こうとしてきたが、直前だと満員御礼のことが多く、未だに一度も聞いたことがない。そうこうしているうちにコロナが感染爆発を起こし、コンサートそのものが中止になってしまったのが昨年である。東フィルに限らず、辛うじて観客数を抑え何とか公演にこぎつけた場合でも、外国からの指揮者を迎えることはできない日々が続いていた。

それに加えて、私を襲ったのが腰痛とそれに続く長い闘病の始まりであった。もうかれこれ1年近くに及び、私の下半身はいまだに言うことを聞かず、しびれと痛みが時おり襲ってくる。このような状態で2時間もの間、会場の椅子に座る自信もなければ、そもそも会場に足を運ぶだけの力も失せてしまった。クラシック・コンサートの会場では、歩くのも苦労するような人々をいつも大勢見かけるが、彼らはそうやってここへ来て座っているのだろうか、といつも思っていた。ところがその仲間入りを、私も果たしてしまった。

どうせ世の中は不要不急の外出をしないよう呼びかけられている。たとえ外出に成功したとしても、感染の恐怖に怯えながら常時マスクを装着しなければならず、酷暑の中では不快で不自由極まりない。そういうわけでわずかに開催される演奏会にも、出かけたくなる精神状態ではなかったのである。おそらく同様の状況に置かれてる人は多いと推測される。だからチケットが結構余っている。これでは演奏家の方々も可哀そうである。

コロナ禍が襲いつつあった昨年2月の新国立劇場で見た歌劇「セヴィリャの理髪師」を最後に、生の演奏会から遠ざかること1年余り。しかしここへ来てやっとのことで、腰痛は少し軽くなり、我慢をすれば外出もできるように思えてきた。そもそも人間は、旅行をしたり芸術に触れることによって人間性を回復し、家族や友人との交流によって生活を営む存在である。音楽に接することは、生活に必要な行為であると言える。演奏会への参加は、決して不要不急なものではないのである。

そういうわけで私は久方ぶりにチケットを購入し、8月6日の演奏会に出かけた。プログラムはオール・イタリアン。ヴェルディの歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲で始まり、レスピーギの珍しい組曲「シバの女王ベルキス」と続く。賑やかな演奏会になりそうだ、との大方の予想通り、カラフルなサウンドが会場を満たすと、実演で聞く音楽の高揚感が1年ぶりに私の体に押し寄せてきた。

ドリンクの販売もない休憩時間を経て後半には、世界を代表するハーピスト、吉野直子が登場。今日のプログラムの目玉であるニーノ・ロータの珍しいハープ協奏曲を披露した。

ロータは映画音楽で有名な作曲家だが、実際には複数の交響曲を含むクラシック音楽を多数作曲しており、それらの音楽が死後に演奏されることが多くなっている。ハープを独奏楽器とする曲は大変珍しいが、この曲も定番のフルートとハープの組合せだけでなく、トロンボーンやホルンなどといった楽器との二重奏などもあって、この音色の溶け合いが大変新鮮だった。ハープの清涼感あるバロック的な響きが、現代音楽の要素の中に入りこむ野心的作品に思えたが、音楽としての充実度はどうか、と問われるとちょっと答えに困惑する。

吉野直子を聞くのは初めてだった。彼女の弾くハープのディスクは、アーノンクールによるモーツァルトの定番「フルートとハープのための協奏曲」を私も愛聴しているのは、先に書いた通りである。若い頃から頭角を現し、数々の演奏家と共演を重ねている彼女はロンドン生まれだそうだが、私と一つ違いという年齢もあって親近感が沸く。そして音楽学校を出ておらず、国際基督教大学の出身であることも最近知った。

彼女は鳴り止まない拍手に応え、アンコールに小品を披露したが、これはフランスのハープ奏者だったトゥルニエの演奏会用練習曲「朝に」という曲であることが、ミューザ川崎シンフォニーホールのWebサイトに掲載されている。今日のプログラムは編成が大きく、オーケストラの中に2台のハープが置かれていた。だが彼女はこれとは別のハープを演奏した。曲の中で聞こえてくると世界が一瞬にしてモードが変わり、丸で蝶が舞うような感覚にとらわれるハープも、独奏楽器として使われると、長大な時間、重い楽器をずっと弾いていなければならないのは大変タフなことだと思わずにはいられなかった。

プログラムの最後を飾るレスピーギの交響詩「ローマの松」については、もう何も言うことはないだろう。極採色の大編成はオルガンとその左右に計7名もの金管奏者を配するもので、私の知っている音楽の中でもっとも大音量だと思う曲である。キラキラ光る鮮やかな冒頭とに挟まれて、鳥が鳴く静寂な中間部も聞きものである。私のバッティストーニに対する感想は、意外にも落ち着いたオーソドックスな指揮だということ。だから安心して聞ける指揮者だと思った。その分興奮に満ちた音楽という前評判も、私にはどこか醒めたものに感じられた。

楽団員が引き上げても指揮者のみがステージに呼び出されるのは珍しい光景である。来日した巨匠の最後の演奏会ではよく見るが、それが何と実現された。舞台に再び登場したバッティストーニは、惜しみない拍手に応えていたが、それは彼の日本での人気ぶりを表していた。

2021年7月28日水曜日

ハイドン:弦楽四重奏曲作品77(第81番ト長調、第82番ヘ長調)、作品103(第83番ニ短調)(アマデウス四重奏団)

一連のハイドンによる弦楽四重奏曲の最後を飾る「ロブコヴィッツ四重奏曲」(作品77)は、1799年に作曲された。この頃のウィーンにはすでにベートーヴェンがいて、ピアノの名手として名を馳せていた頃である。ベートーヴェンが記念すべき交響曲第1番を初演するのは1800年である。そのベートーヴェンはまた弦楽四重奏曲を数多く作曲しているが、その最初の作品18は、ハイドンの作品と同様にロブコヴィッツ侯爵へ献呈されている。このことは興味深いことである。ハイドンの最晩年の弦楽四重奏曲とベートーヴェンの最初の弦楽四重奏曲は、いずれも同じロブコヴィッツ侯爵の依頼によって作曲された。ハイドンは70代にさしかかろうとしていたのに対し、ベートーヴェンはまだ20代の若者だった。

ハイドンの生涯はモーツァルトを包含し、ベートーヴェンに重なっている。交響曲と弦楽四重奏曲という分野において、この事実は3人の作品が互いに影響を与え合うことになった。弦楽四重奏曲のスタイルを確立したのは紛れもなくハイドンであるが、ハイドンはまたモーツァルトによりプレゼントされた「ハイドン・セット」から影響を受けた。交響曲の分野ではハイドンがモーツァルトやベートーヴェンに与えた影響は計り知れない。モーツァルトによる輝かしい弦楽四重奏曲については、また別の機会に触れなければならいし、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は、ハイドンの古典的スタイルから次第に脱皮し、交響曲同様、新しい極致を開拓している。これについても数多くのことが書かれているし、私も取り上げないわけにはいかないだろう。

だがここで私が聞いているのは、ハイドンが最晩年に作曲した2つの弦楽四重奏曲で、ハイドンによる弦楽四重奏曲はこれ以降は、未完に終わった作品103だけである。ハイドンがロブコヴィッツ侯爵に献呈した最晩年の2つの作品を聞いて感じることは、これらの作品が実に落ち着いているにもかかわらず、軽やかであることである。自然に音楽が体に入って来る感覚。一般に晩年の作品ほど自然体に近い感覚にとらわれる作品を残す作曲家は多いが、常に襟を正しているような格式のあるハイドンの作品で、このような感覚を持つのは異例である。交響曲の最後の作品を聞いてもそのようには感じないし、この「ロブコヴィッツ四重奏曲」と同時期に作曲されたオラトリオ「天地創造」などは渾身の力のこもった作品である。またその後に作曲されたオラトリオ「四季」はハイドン最高峰の作品だと思っているが、ところどころに音楽が自然に身に沁みとおる感覚はあるにせよ、何せ規模が大きく、そして凝っている。

それに対し、弦楽四重奏曲作品77の2曲はどこをどう聞いても、ここにはもう他にどのような曲になるかも考えられないような必然的な音楽が、恐るべきことに何の余分な力も入らない形で、しかもハイドンらしい節度をわきまえた感覚で私の前に存在している。もうこれ以上どこに向かうこともできないような、それでいて行き詰まり感などのない世界。信じられないことに、音楽の完成度という点においてこれ以上のものはないのではないだろうか?そしてそれはモーツァルトのような天才性というのとも少し違う。同様に無欠の完全性を持つ作品であったとしても、ハイドンのそれは、長い試行錯誤の末に築き上げられた努力の結晶ともいうべきものだからである。だから私はハイドンの作品に、モーツァルトにも増して親近感を覚える。そしてまたベートーヴェンがこの先を発展させざるを得なくなる苦悩に対しても。

弦楽四重奏曲第81番ト長調(作品77-1)は、スタッカートのような跳ねるようなリズムで始まるのが印象的である。丸で鞠で遊ぶようなおどけたようなメロディーは、第1楽章を通して聞かれる。一聞、イージーに書かれたような印象を与えるが、決してそうではないと思わせるようなものを持っている。

第2楽章が秀逸で、無駄なく、しかもしっかりと音楽がそこに存在している。そして重要なことは、ハイドンの音楽が決してスピリチュアルではない点である。むしろそれとは対極的に音楽としての存在を主張する。第3楽章の速いメヌエットの中間部では、スケルツォのような激情も登場するが、それもしかしベートーヴェンのように破綻するものではなく、きっちりと中庸の器の中に間隙なく収まっている。第4楽章に至っても無理なく自由である。

一方弦楽四重奏曲第82番は、結果的に完成されたハイドンの弦楽四重奏曲の中で、最後になった作品である。その感想を一言で言えば、第81番同様に無理のない中にも高度な完成度を感じることに加え、さらに深みを覚える作品である。また第2楽章は前作のアダージョとは異なり、メヌエットが置かれている。そのリズムの処理は諧謔的。第3楽章の長いアンダンテが尻切れトンボのように終わると、終楽章のソナタが始まる。

ハイドンはロブコヴィッツ四重奏曲を当初6曲から成る作品として作曲を開始した。しかし完成を見たのは2曲のみである。ハイドンの意欲は、むしろこの時期にはオラトリオ「四季」に費やされた。その作品から3年が経過し、ハイドンは作品103(第83番)として知られる次の弦楽四重奏曲の作曲に取り掛かった。しかしわずか2つの楽章のみを作曲しただけで未完成のままとなった。現在聞くことのできるのは、第2楽章と第3楽章のみということになっている。私もこの機会にこの作品に接して見たのだが、先入観のせいかそれ以外の作品のような優雅さにいささか欠けるような気がする。ハイドン自身、この作品には満足できるものではなかったようだ。だが、それは歳のせいであるとわかっていたハイドンは、そのことを素直に告白して、この作品を未完成のまま出版した。そういうところがハイドンらしいと思う。彼は自分の作品が一定の完成度を持たないといけないと考えた。音楽は常に明るく、楽しいものなくてはならない。そして彼は、出版された楽譜に、そのことをわざわざ告白している。

すでに老いたしまったハイドンは、これ以上の作品を生み出すだけの力を発揮することはなかった。これに代わって6曲から成る弦楽四重奏曲をロブコヴィッツ侯爵に献呈したのは、ベートーヴェンだった。息子よりも若い世代の活躍にハイドンはどう感じていたのだろうか。しかしモーツァルトであれベートーヴェンであれ、彼らの才能をいち早く認めていたのは、ほかならぬハイドンだった。古く懐かしいが、いまなお評価の高いアマデウス四重奏団のセットを聞きながら、コロナ禍が続く2021年の暑い夏を静かに過ごしている。

2021年6月29日火曜日

ハイドン:弦楽四重奏曲作品76(第75番ト長調、第76番ニ短調「五度」、第77番ハ長調「皇帝」、第78番変ロ長調「日の出」、第79番ニ長調、第80番変ホ長調)(タカーチ四重奏団)

室内楽曲と交響曲という2つの形式は、ハイドン自身によって確立されたと言っていい。このうち交響曲は、エステルハージ公を始めとする貴族に仕える職業として専有の楽団を指揮して演奏される比較的大きな規模の作品へと発展し、それはハイドンのまさに正職であった。様々な試みのもと、次第に様式を変遷させ、最終的には古典派の交響曲というジャンルを確立したハイドンは、ロンドンへの演奏旅行で不動の名声を確立する。その過程は華々しく、大器晩成型の作曲家の典型である。

一方、当初はディヴェルティメントと呼ばれていた小規模な楽曲は、せいぜい数人の奏者を必要とするだけであり、その用途も非常に限られた個人的なものだったと思われる。このような曲は、正式な依頼によって要請され、大規模な演奏会で披露されて出版されるものではなかった。ハイドン自身もこのような分野の曲を、個人的な依頼によって作曲した。当初はピアノを加えた三重奏曲が中心だったが、次第に弦楽四重奏曲が、これに変わった。そして面白いことに、2つのヴァイオリン、ヴィオラ、それにチェロからなる弦楽四重奏は、とりもなおさず交響曲のミニチュアのような様相を呈し、いわば交響曲のエッセンスを形作っていると言ってもいい。

ここで私は学者でも音楽家でもないから、弦楽四重奏曲の何たるかについて、縷々語る資格を持たない。従って今回聞くハイドンの有名作品も、まあこれらの曲は一度は触れておかなくてはならない、という程度の義務感と、それに何といっても「ドイツ国歌」として使われるほどに有名な「皇帝」他の曲も聞いてみたい、などといった程度の動機であることを始めに記しておこうと思う。

ホーボーケン番号において77番とされる弦楽四重奏曲作品76の3番は「皇帝」のニックネームで知られるハイドンの、最も有名な弦楽四重奏曲である。なぜならこの曲の第2楽章こそが「ドイツ国歌」だからである。この曲を含め、有名な標題付きの作品「五度」「日の出」はいずれも作品76番として出版された6つの作品(エルデーディ四重奏曲)の一部である。

私はドイツ国歌がオーストリア人によるものだったことに最初は驚いていた。「皇帝」はもともとオーストリアの皇帝、フランツ・ヨーゼフ2世の誕生を祝うために作曲されたものである。そこに歌詞を付け、ドイツ賛歌としての性格を与え、次第にドイツ国歌として成立していく経緯は、ドイツ大使館のホームページなどに詳しく書かれているが、それによれば、ヒトラーの時代と東西に分断された冷戦時代を乗り越え、統一ドイツの国歌として承認されたのはようやく1991年になってからということになっている。

「ハイドンの弦楽四重奏曲は第2楽章が印象に残る」という私の個人的な発見の例にもれず、「皇帝」の第2楽章、すなわち「ドイツ国歌」はとても荘重で格調高い印象を残すカンタービレだが、この曲は第1楽章も印象深い。飾ることなく堂々と正面から対峙している印象は、ハ長調という性格によるものだからだろうか。

しかしハイドンはこの曲を、オーストリアの国歌として作曲した。イギリス滞在中に英国人が自国の国歌を歌うのを耳にしたことから、祖国にも国歌が必要だと感じたからのようだ。そしてめでたくこの曲はオーストリア帝国の国歌となる。しかし現在はこのメロディーがドイツ連邦に引き継がれ(ドイツ人の歌)、オーストリア共和国の国歌はモーツァルトの作品に歌詞を付けたもの(山岳の国、大河の国)となっている。 

第76番「五度」は、第1楽章冒頭の動機が5度の下降を見せ、この主題が曲全体に展開されているからだ。音楽に素人の私は、中学生程度の音楽的知識しか持ち合わせていないため、「5度」を数えることくらいはできるが、それがどういう意味を曲に与えるかについて何かを語ることができない。むしろこの曲の冒頭を聞いて印象的なのは、この曲がめずらしく短調で書かれていることだ。そしてこのメロディーは悲劇的である。ハイドン版「走る悲しみ」といった感さえ漂う。

第2楽章のピチカートを伴うシンコペーションのリズムも何か憂鬱な響きだが、丁度今の梅雨の時期に聞いているからだろうか。第3楽章のメヌエットを聞いているとモーツァルトのト短調交響曲を思い出す(ただし作曲はモーツァルトの方が先である)。そして終楽章も激しくリズムがほとばしり出る。5度という下降モチーフが全体に展開されることによって激情的でシビアな印象を残す。短調だが印象的でまとまりあよく、何度も聞きたくなる曲だと感じた。

第63番「日の出」は一転して伸びやかで明るく、優美な曲である。このようなフレッシュなイメージから「日の出」というあだ名が付けられているが、確かにメロディアスで長音が多い印象を残す。これは細かく音符を刻む「五度」とは対照的である。太陽が東の空に昇ってゆく日の出がそうであるように、これは次第にメロディーが隣の音へと移ってゆく。つまり1度か2度の変化。ハイドンは同じ作品番号の中に、性格の正反対な曲を敢えて揃えた。

梅雨空の続く毎日に美しい日の出は期待できない。今日も台風が近づいているせいか、朝から雨が降り出しそうな陽気である。それでも朝5時半に起きて、バルコニーで熱い紅茶をすすりながらハイドンを聞いている。心が落ち着く時間である。

だがハイドンの多くの作品がそうであるように、安易に付けられたニックネームに騙されてはいけない。第2楽章アダージョの深く沈むような音楽は、まるで深夜の散歩道のような静けさである。またこれに続く第3楽章は、一転して明るいメヌエットだが聞いていてさほど面白くはない。第4楽章では新しい音楽への営みが感じられるのが新鮮ではある。そしてコーダは滅法速い。

作品76番の他の3曲は、いずれもニックネームを持たない曲であるがゆえにか、あまり聞く機会がないのが実情である(ただし第79番は「ラルゴ」と呼ばれる時がある)。タカーチ四重奏団によって録音された目を見張るような名演奏のCD2枚組には、この他の3曲も録音されている。そして標題の付いていない曲こそ、リスナーが余計な先入観を排して自由に聞くことのできる作品でもある。

第1番目の作品である第75番ト長調は、名曲ぞろいの全6曲の最初にあって。これから楽しい弦楽四重奏曲の旅に出るのに相応しい明るい雰囲気を持っている。もっそもソナタ形式の第1楽章が終わると、長いアダージョの第2楽章が始まる。ハイドンは緩徐楽章を(交響曲でもそうであったように)しばしば第3楽章に配置したが、(やはり交響曲でそうだったように)様式を確立してきた後期には第2楽章に固定し、第3楽章のメヌエットが次第にスケルツォの様相を帯びてくる。

この第75番もその例にもれず、第3楽章はスタッカートを多用したスケルツォである。ただし優雅なトリオが中間部に配置され、ピチカートが印象的。一方、静かに始まる第4楽章は悲劇的なト短調の性格を表しているのが印象的である。この1曲だけで当時の弦楽四重奏曲の最先端を見る思いがする。そしてこれは続く「五度」(ニ短調)の前奏曲のようでもある。

表題の付いた名曲を3つ経ての第79番ニ長調は、前作「日の出」同様に伸びやかな曲で始まるが、途中から速い部分もいきなり出現するあたり、交響曲にはない自由さが感じられるのが面白い。ソナタ形式によらず主題を様々に変奏していく様が面白い。その第2楽章は長大なラルゴである。伸びやかでありながら荘重な雰囲気は、卒業式に似合うのではないか、とメモしたことがあった。そしてメヌエットとはいえもはやスケルツォというのが相応しい前衛的な第3楽章を経て演奏される滅法速い終楽章の楽しさと言ったら!

ハイドンの弦楽四重奏曲の集大成とも言うべき「エルデーディ四重奏」の最後の作品である第80番は、非常に自由な作品である。第2楽章は、前作と同様のゆったりとしたメロディーで始まるが、「ファンタジア」と記されている。そして第4楽章ともなると、非常に高速ながら自由に羽ばたくような曲想は、弦楽四重奏曲の当時の可能性を試しているようなところがあり、この分野ではもうやりつくしたというハイドンの気持ちが伝わって来るようだ。実際、このあとに作曲されたのは「ロブコヴィッツ四重奏曲」と言われる作品77番の2曲(及び未完とされる第103番)のみであり、もう頃にはモーツァルトは世におらず、ベートーヴェンがハイドンの弟子としてウィーンの音楽界を席巻していた時期となる。

タカーチ四重奏団はハンガリーのリスト音楽院の学生によって結成されたアメリカの四重奏団である。デッカの録音の効果もあって、透明で新鮮な音楽はベートーヴェンのクァルテットに新境地を示した感がある。ハイドンについても同じことが言えると思い、このCD2枚組をかなり昔に購入していたのだが、取り出して聞くのを忘れていた。今回、コダーイ四重奏団の演奏(これも悪くない)の演奏を聞いていたのだが、すっかり忘れていたタカーチの演奏を思い出し、急遽この録音を聞いてみたところ、これがやはり決定的な演奏であるように思えてくるのだった。

録音は1980年代の後半で、いまとなってはかなり古い部類に入るが、古楽器奏法が台頭し始めていた頃にあたり、その影響が室内楽曲にも当然及ぶ。そこでキラ星の如く登場したのがこの四重奏団だった。私などは室内楽の面白さを初めて認識したようなところがある。だが当時としてはあまりに前衛的だったということだろうか、タカーチ四重奏団によるハイドンは、この2枚組しか見当たらない。

その演奏は若々しく生命力に溢れ、あらゆる部分にまで注意と表現が行き届き、四重奏の分野でもハイドンの魅力がまだ蘇生可能であることを証明している。思わず襟を正したくなるような演奏は、日曜日の朝に聞くのに相応しい。

2021年5月30日日曜日

ハイドン:弦楽四重奏曲作品64より第66番ト長調、第63番ニ長調「ひばり」、第64番変ホ長調(コダーイ四重奏団)

うっとうしい雨の日々が続いている。西日本の一部では記録的に早い梅雨入りとなったようだが、東日本各地でもここ数日は大雨が降り、東京でも曇りか雨の日が1週間以上続いている。いわゆる「梅雨の走り」と呼ばれるこの時期は、それでも晴れると乾いた晴天となるため凌ぎやすく、私は一年でもっとも好きな時期ではある。

そんな毎日の、久しぶりに晴れた休日の朝に、久しぶりに何か音楽が聞きたくなって取り出したのが、コダーイ四重奏団の演奏するハイドンのクァルテットだった。最近はCDを聞くことがほとんどなくなったのだが、今日はどういうわけかCDの気分。1000枚以上はある棚から、作曲家の年代順に並べているのでハイドンは2段目のところに置かれている。このCDはナクソスの録音で、ジャケットがシンプルであり見つけやすい。そしてトレイにCDを載せ、再生ボタンを押す。LPからCDに変わって久しいが、やはりディスクを再生機にかけて聞く音楽には味わいがある。

ハイドンは交響曲を108曲も作曲して「交響曲の父」と呼ばれている。私はこの交響曲をすべて聞きとおそうと思い、第1番から順に聞いて来たことがこのブログを書くきっかけとなった。ブログでは初期の作品の一部を割愛したが、それでも8割以上の作品を聞いて何らかのコメントを書いたと思う。古典派様式を確立し、それを交響曲の形で実現していった模索と発展の道のりは、音楽を専門としない一リスナーとしても聞いていたとても楽しいものだった。

ハイドンは弦楽四重奏の分野においても、これと同様の試みを行っている。作曲された弦楽四重奏曲は現在のところ68曲と推定されている。この中には現在のドイツ国歌となっている第77番「皇帝」も含まれる。しかし俗に「弦楽四重奏の父」とも呼ばれているハイドンのこれらの作品を、最初から聞きとおそうとは思わない。だがそうは言ってもある程度体系的、網羅的に書こうと思い、なかなか手を付けられずにいたのだが、最近はもうそんなことに捕らわれず、好きな作品を思い付きで書く方がいいと思うようになった。室内楽や器楽曲は、もともと近親者やサロンといった、いわば少人数の集いの中で作曲された作品が多いことを考えると、これもまた当然の成り行きかも知れない。

そういうわけで、今日は「ひばり」を聞く。このハイドンを代表する作品の何と気品に満ちたメロディーだろうか。ここにはハイドンにしか書けないような伸びやかさを感じる。ベートーヴェンやモーツァルトのような、人生の苦悩やミューズの化身ともいうような天才性を感じるわけではなく、もっと自然で大人の音楽。それでもそこには確固たる信念と独自性が感じられる。ハイドンの職人的でかつ普遍的な創造性は、以降の作曲家に求められない(あるいは求めることが難しくなった)要素とさえ思われる(私が他に、このような成熟し完成された音楽性を感じるのはヴェルディである。あるいはメンデルスゾーンを加えてもいいかも知れないが、彼は若くして亡くなった)。

ハイドンの弦楽四重奏曲は、3曲あるいは6曲まとめて出版された。出版の順に付けられた作品番号だと、今回聞いた作品は「作品64の第3番、第4番、第5番」ということになるのだが、ハイドンの研究家ホーボーケンによって付与された作品番号(いわゆりホーボーケン番号)によれば、これらは第66番、第63番、第64番ということになる。ホーボーケンの作品番号は、しなしながら後年の研究によって偽作とされた作品をも含んでいることが判明し、これらを除外して並びなおされた番号も存在するからややこしい。いずれにせよこの3つの作品を含む作品64の6曲は、1790年に作曲され、「第2トスト四重奏曲」と呼ばれている。

1790年と言えば長年仕えたエステルハージ公が死去し、新たな境地を目指してロンドンに旅立つ直前のことである。この時ハイドンはもう58歳になっていたというから驚きである。今朝の新聞によれば、私が生まれた頃の日本人の平均寿命(男性)が60歳だったというから、58歳と言えば今では80歳くらいの感覚だろうか(もっとも抗生物質のない時代、若くして亡くなる人が多かっただけで、長生きする人は一定数いた)。

作品64の6つの作品のうち、後半の3曲を収録したCDでは、第4番ト長調(Hob.III-66)から始まる。有名な「ひばり」(Hob.III-63)はその次である。そこで初めてこの曲を聞いてみた。第1楽章の行進曲のようなリズムは、何かわくわくするような気持ちになる。続く第2楽章では、梅雨入り前の肌寒い雨の日に実に良く合う。ハイドンの弦楽四重奏曲の魅力は、まず緩徐楽章にあるのではないだろうか。ただそのことがわかるようになるまでには、交響曲を数多く聞くなどそれなりの努力をしてきた結果だと自負している。

第3楽章の3拍子もまた、弦楽四重奏曲の特長をよく表している。陽気な舞曲風のメロディー。第4楽章は再び早い曲に戻って楽しく終わる。そしてこの形式こそ、交響曲そのものである。交響曲の骨格部分だけを取り出して眺めているような気分が、弦楽四重奏曲を聞くときには起こるものだ。

続く第5番「ひばり」の第1楽章の伸びやかなメロディーの印象は決定的である。一度聞いたら忘れられないようなものがある。しかし第2楽章は、楽天的な第1楽章とは打って変わってちょっとメランコリックな感じがする。「ひばり」の明るく楽天的な印象だけでなく、このような陰影の変化があるからこそ名曲なのかも知れないのだが、私の印象はやや退屈。第3、4楽章も平凡。

しかし最後の第6番変ホ長調(Hob.III-64)は一層複雑で聞きごたえがある。特に印象的なのは第2楽章で、ここではシューベルトに通じるようなロマン的とも言える趣きがある。第3楽章のメヌエットには高音のバイオリンが限界まで鳴らすような印象的な中間部が置かれている。一方、第4楽章では複雑なフーガも聞こえてきて、この作品の深みはちょっとした発見であった。

コダーイ四重奏団はハンガリーで結成されたグループだが、NAXOSに録音した一連のハイドンの演奏は、オーソドックスながら極めて充実した響きを持っていて、おそらく代表的な録音の仲間入りをしている。録音が明瞭でハンガリー系の特長をよく表している。

作品64の後半3つの作品では、親しみやすい第4番、気品のあるメロディーが忘れられない第1楽章の第5番、重層的で音楽的に充実した第6番と、多彩である。ハイドンの魅力に久しぶりに触れた一日。この作品を皮切りに、今後もハイドンの弦楽四重奏曲を時折聞いてみたい。

2021年4月29日木曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(14)マリス・ヤンソンス(2006, 2012, 2016)

もう1年以上が経つというのに、一向に終息の兆しが見えない新型コロナ禍の中にあって、あろうことか腰を痛めて半年が経つ。このようなときにこそ、明るい気持ちになりたいと始めた過去の「ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート」に関する記事も、折り返し地点に達した。カラヤンが歴史的な登壇を果たした1987年から数えても30年以上もあるのだから、これを全部聞くというのは無謀とも言うべきものだ、と最初は思った。

だが、とうとう2006年のコンサートについて書くときが来た。といってもここから先の20年足らずの期間は、実際のところいくつかの年を除き(例えば、2008年のジョルジュ・プレートル)、あまり筆が進まない。毎年のようにわくわくと新年を過ごしていた90年代に比べると、思い出に残るコンサートも減って印象が薄い。これは私だけが持つ感想だろうか。

まあここまで聞いて来たのだから、これから先の2021年までの演奏についても、少しは触れておきたいと思う。実際のところ、ウィンナ・ワルツを主体としたこのコンサートは、万全を期した名門オーケストラと世界的指揮者が、年に1回だけ繰り広げるハレの舞台で、色とりどりの花が所狭しと会場を飾り、それをいくつものシャンデリアが照らす光景は豪華絢爛。知らず知らずのうちに音楽は興に乗って、パフォーマンスや新年の挨拶もあり、誰が演奏してもそれなりに楽しい。思えば2000年代に入り、登場する指揮者にも少しずつ変化が訪れて、より国際的な年中行事となって完成されていった感がある。

そんな中で迎えた2006年のニューイヤーコンサートには、マリス・ヤンソンスが初めて指揮台に立った。ヤンソンスは旧ソビエト連邦、ラトビア共和国の生まれで、レニングラード・フィルの指揮者としてキャリアをスタートさせた。私の場合、オスロ・フィルと録音したショスタコーヴィチやシベリウスの交響曲、それにストラヴィンスキーの名演奏などが思い出に残っている。

ヤンソンスがウィーンに留学していた頃があるとは知らなかったが、ドイツ系の音楽が得意という印象はなく、ましてウィンナ・ワルツのような曲が得意であるという評判も聞いたことはなかった。だから、ニューイヤーコンサートの指揮者に選ばれたことを知った時、正直に言えば意外な感じだった。登場する指揮者のマンネリ化と高齢化が進む中で、ウィーン・フィルとしても新しい指揮者を迎えたかったのだろう。当時の世界的指揮者の中で、誰が相応しいかと慎重に検討した結果、ヤンソンスが無難な選択だったのかも知れない。

そのヤンソンスの2006年のコンサートは、前半にワルツが2曲もあり、「春の声」と「芸術家の生涯」という有名曲が並んでいる。この2曲の演奏では、なかなかいい滑り出しとなっているにもかかわらず、後半のコンサートは、やや失望するものに終わっている。その原因は、パロディを中心としたプログラムの安直さにあるのではないだろうか。

2006年はモーツァルトの生誕250周年にあたり、モーツァルトの音楽が多数演奏された年だった。そこで後半のプログラムの2曲目には、何とモーツァルトの「フィガロの結婚」序曲が演奏されたのである。この演奏は当然悪くはないのだが、ニューイヤーコンサートに登場すると非常に違和感がある。これは1991年のアバドの時を思い起こさせた。

さらにこの曲に続き、ヨーゼフ・ランナーがモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」や「魔笛」のメロディーを取り入れたワルツ「モーツァルティアン」なる曲が演奏された。良く知られたメロディーが次々に登場するこの曲は、ただ1度だけ聞くには面白いが、それ以上でも以下でもないもので、平凡な曲と言えばほめ過ぎの感さえある。まあ記念の年だし仕方がないと思っていると、今度は「芸術家のカドリーユ」なる全編パロディの曲が登場する。

後半に演奏されたもう一つのワルツ「親しい仲」も喜歌劇「こうもり」のワルツで新鮮味に欠け、そしてこの頃から、ヤンソンスの演奏がどこか一本調子でワルツの雰囲気がやや乏しい平凡な演奏になっていくのである。映像で見ていると「電話のポルカ」での携帯パフォーマンスなどを楽しむこともできるが、辛うじて「入り江のワルツ」を除けば、ポルカでさえも表情の変化に乏しく、シュトラウスの音楽の惰性的な部分が露わになってしまい、早い話やや飽きる。全部で23曲にも及ぶこのコンサートで、私は初めて長いと感じたのだった。

このパロディ風の曲が続くプログラムは、次の登場となった6年後の2012年でも顕著である。その極めつけは「カルメンのカドリーユ」で、ワルツ「楽しめ人生を」といくつかのフランス風ポルカを除き、演奏に工夫が見られない。「トリッチ・トラッチ・ポルカ」や「鍛冶屋のポルカ」でウィーン少年合唱団が登場するのは、昔のアバドやメータの演奏を思い出させるが、練習不足なのかどことなく荒っぽい。そして「ペルシャ行進曲」から「うわごと」、「雷鳴と電光」へと続く後半の部分にいたっては、もう音楽が惰性的でさえある。さらに言えば、チャイコフスキーの作品が挿入され、ここにも違和感が否めない。結局、目を引くのはハンス・クリスティアン・ロンビーというデンマークの作曲家による「コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ」くらいだ。有名な曲を並べているにもかかわらず、あまり楽しめない。2006年よりも多い24曲もの作品を並べたこのコンサートも、私にとっては印象の薄いものだった。

おそらくヤンソンスは、2000年代に入って小澤征爾を皮切りに次第に無国籍化、平凡化を余儀なくされるこのコンサートの象徴的な存在となった。そう書くとメータはどうなるのか、といった反論が聞こえてきそうだが、このたび改めて過去の演奏会を聞きなおして感じるのは、アバド、マゼール、メータといった指揮者は、この波を何とか乗り切っている事実である。だが、どう指揮者や時代が変わろうと、このどうしようもない訛り文化を、誇り高く守り抜いているのは、他でもないウィーン・フィルであることは疑う余地がない。

ヤンソンスの最後の登場は、それからさらに4年後の2016年のことであった。3回目の登場を果たしたのは、この間に新しく加わったジョルジュ・プレートル、ダニエル・バレンボイム、そしてフランツ・ウェルザー=メストよりも早かった。そしてこの時のヤンソンスは、最初の登場から10年が経過していた。だがだれも、これが彼の最後のニューイヤーコンサートになるとは思っていなかった。

ニューイヤーコンサート75周年という記念の年にヤンソンスは再登場し、やはり重く平凡な演奏を聞かせてはいるが、この時期の低迷ぶりを考慮すれば、このコンサートは平均以上の聞かせるものとなってはいる。それは珍しくも魅力的な曲を配したプログラムの工夫によるところが大きい。

まずシュトルツの「国連行進曲」なる曲で開始されるが、シュトルツと言えばウィンナ・ワルツ演奏の第1人者であることは前に書いた。そのシュトルツはまた、いくつかの曲を作曲しており、その中の1曲が取り上げられたことになる。この曲はニューイヤーコンサートで演奏された最も新しい曲ではないかと思う。

久しぶりに聞く「宝のワルツ」を経てツィーラーの「ウィーン娘」という曲が始まる。ハープの調べに乗って口笛が聞こえてくるこの曲は大変に美しく、夢見心地のうちに曲が進行する。まさにニューイヤーコンサートに相応しい曲である。ヤンソンスによるニューイヤーコンサートのプログラムは、オペレッタの序曲やギャロップ、それに他国のワルツ作品ありと、その多彩さが魅力である。

その頂点になるのは、フランスのシュトラウスと言われたワルトトイフェルのワルツ「スペイン」であろうか。この曲はシャブリエの同曲をアレンジしている点で、例のパロディ路線を継承している。なぜかヤンソンスが演奏すると、違った曲にさえ聞こえてくる。同様にまるで交響曲のような「天体の音楽」もいいが、ウィーン少年合唱団の歌声が混じるポルカ「歌う喜び」と続く「休暇旅行で」も、聞きなれたこの曲が新鮮に蘇り、楽しいことこの上ない。エドゥアルド・シュトラウスとヨハン・シュトラウス1世の曲がそれぞれ2曲、さらにはヘルメスベルガーの曲まで登場し、「ため息のポルカ」では楽団員の声も混じる2016年のコンサートは、何と2時間にも及ぶ長さだった。

精一杯の仕草とサービス精神で魅せるヤンソンスの指揮は、この3年後の急逝によってもはや聞くことはできなくなってしまった。私はヤンソンスの実演を、異なるオーケストラにより3回聞いているが、不思議なことに思い出の残っているものは少ない。そういうことを考えながら、ニューイヤーコンサートの演奏に耳を傾けていると、その理由が何かわかるような気がした。

 

【収録曲(2006年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:行進曲「狙いをつけろ!」作品478
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「春の声」作品410
3. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「外交官」作品448
4. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「ことづて」作品240
5. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「女性賛美」作品315
6. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「芸術家の生活」作品316
7. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「憂いもなく」作品271
8. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ジブシー男爵」より「入場行進曲」
9. モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲
10. ランナー:ワルツ「モーツァルティアン」作品196
11. ヨハン・シュトラウス2世:ギャロップ「愛のメッセージ」
12. ヨハン・シュトラウス2世:「新ピチカート・ポルカ」作品449
13. ヨハン・シュトラウス2世:「芸術家のカドリーユ」作品201
14. ヨハン・シュトラウス2世:「スペイン行進曲」作品433
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「親しい仲」作品367
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「クラプフェンの森で」作品336
17. ヨハン・シュトラウス2世:「狂乱のポルカ」作品260
18. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ「電話」作品165
19. ヨハン・シュトラウス2世:「入り江のワルツ」作品411
20. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「ハンガリー万歳」作品332
21. ヨハン・シュトラウス2世:「山賊のギャロップ」作品378
22. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
23. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

【収録曲(2012年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス:「祖国行進曲」
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「市庁舎舞踏会」作品438
3. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「あれか、これか」作品403
4. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
5. ツィーラー:ワルツ「ウィーンの市民」作品419
6. ヨハン・シュトラウス2世:「アルビオン・ポルカ」作品102
7. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「騎手」作品278
8. ヘルメスベルガー:「悪魔の踊り」
9. ヨーゼフ・シュトラウス:フランス風ポルカ「芸術家の挨拶」作品274
10. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「人生を楽しめ」作品340
11. ヨハン・シュトラウス1世:「シュペール・ギャロップ」作品42
12. ロンビー:「コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ」
13. ヨーゼフ・シュトラウス「鍛冶屋のポルカ」作品269
14. エドゥアルト・シュトラウス:「カルメン・カドリーユ」作品134
15. チャイコフスキー:バレエ「眠りの森の美女」から「パノラマ」
16. チャイコフスキー:バレエ「眠りの森の美女」から「ワルツ」
17. ヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス:「ピツィカート・ポルカ」
18. ヨハン・シュトラウス2世:「ペルシャ行進曲」作品289
19. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「燃える恋」作品129
20. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「うわごと」作品212
21. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「雷鳴と電光」作品324
22. ヨハン・シュトラウス2世:「チック・タック・ポルカ」作品365
23. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
24. ヨハン・シュトラウス1世:ラデツキー行進曲作品228

【収録曲(2016年)】
1. シュトルツ:「国連行進曲」作品1275
2. ヨハン・シュトラウス2世:「宝のワルツ」作品418
3. ヨハン・シュトラウス2世:フランス風ポルカ「ヴィオレッタ」作品404
4. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「観光列車」作品281
5. ツィーラー:ワルツ「ウィーン娘」作品388
6. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「速達郵便で」作品259
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ヴェネツィアの一夜」序曲
8. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「羽目をはずして」作品168
9. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」作品235
10. ヨハン・シュトラウス2世:フランス風ポルカ「歌う喜び」作品328
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「休暇旅行で」作品133
12. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ニネッタ侯爵夫人」より第3幕への間奏曲
13. ワルトトイフェル:ワルツ「スペイン」作品236
14. ヘルメスベルガー:「舞踏会の情景」
15. ヨハン・シュトラウス1世:「ため息のギャロップ」作品9
16. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「とんぼ」作品204
17. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」作品437
18. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「狩り」作品373
19. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「突進」作品348
20. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
21. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...