2014年12月10日水曜日

グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調作品16(P:ラドゥー・ルプー、アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団)

北欧のノルウェーには一度だけ行ったことがある。それもグリーグの生まれ故郷ベルゲンにまで足を運んだ。首都オスロから急行列車でスカンジナヴィア山脈を越える、世界でも屈指の観光ルートを通ってである。この区間は何としても晴れた昼間に乗車する必要があった。夜行でオスロへ到着し、そのままベルゲン行き急行に乗り継ぎ、フィヨルドを一通り観光すると目的地ベルゲンには夜遅い到着となった。

真夏の北欧は夜10時を過ぎても明るいが人通りはほとんどなく、しかも結構肌寒い。だが私はそのまま夜行列車でオスロへ戻る計画であった。北欧のホテル代は貧乏学生旅行者にとって、とうてい支払うことのできない高嶺の花で、夜行列車をホテル代わりにしていたのである。このようにして7日連続夜行という強行軍で北欧各国を駆け抜けた。いまから思えば無謀な旅行も、決して後悔はしなかった。その時はいずれもう一回来ることがあるだろう、という想定のもとでの旅行だった。だがそれは、北欧に関する限り、一生果たせそうにない。

そういうわけで私のベルゲンの思い出は、夜の駅のプラットホームだけという悲惨なものである。時間をかけて公園を散歩したり、魚市場へ出かけたり、そして少し離れたエデュアルド・グリーグ博物館などへ出かけることなどなかった、というわけである。

グリーグのピアノ協奏曲は中学生の時に音楽の時間に出会った。真面目に鑑賞あいた最初のピアノ協奏曲であった。なぜこの曲が数あるピアノ協奏曲の中から選ばれて教科書に載っているか、私にはわからなかった。友人とベートーヴェンやチャイコフスキーのピアノ協奏曲の方が、よほど印象的だね、などと言い合ったりしていたが、困ったことにこの音楽に関する知識を得ておかないと、テストで点数が取れないということだった。しかも音楽のテストには放送テストがあった。私はそういうわけで、FMからエアチェックしたこの曲の演奏をテープに入れて、毎日のように聞いた。

勿論私は音楽好きだったので、これは楽しい「勉強」だった。いや本当のことを言えば、ラジカセでグリーグのピアノ協奏曲を聞きながら、地理や歴史の勉強をするのが好きだった。このことがきっかけで私は「ながら勉強」族の仲間入りをした。以来大学生になるまで、私は勉強中にラジオや音楽を聞くことが習慣になった。そしてグリーグのピアノ協奏曲は、私の大のお気に入りの曲になった。

旅行ガイド「地球の歩き方・ヨーロッパ編」のノルウェイの章に、この曲のことが書かれていた。フィヨルドの断崖絶壁を、第1楽章の冒頭は表しているのだと言う。 なるほどそう言われればそういう気がする。ベルゲン急行を途中下車して、途中滝のある駅に停車しながら、ソグネ・フィヨルドの観光船が発着する深い入り江の小さな町に降り立った。見上げた崖は息をのむほどに圧倒的だった。

観光船に揺られながら、静かな深い海を進んだ。こんなに寒いのに日光浴をしている人がいる。それも誰もいないような岩の淵に、どうやって行ったのだろうというような狭いところで。白夜の太陽がまぶしいからと言っても、そびえる山に太陽は早く沈む。夜ともなれば人もほとんどいない寂しいところだろうと想像した。冬ともなれば日は山の上には登らず、日照時間などないような土地だろう。やがて私はまた誰もいないような小さな町に着き、置き去りにされないかと心配して早々に乗り込んだ乗客で満員のバスに揺られて急こう配を駆け上がり、ベルゲン急行の駅に戻った。

北欧の澄んだ空気と、静かで明るい光景が私の脳裏に焼き付いている。この曲を聞くと、さらにそこに寂しい叙情的な空気が漂う。毎日テストが近付くと、自室の部屋に籠って夕方いっぱいを勉強で過ごした中学生時代が思い出されてくる。第2楽章の雰囲気は、そういうわけで今でも胸を締め付ける。

私の昔からのお気に入りで、おそらく最初に聞いていたであろう演奏が、アドゥー・ルプーによるものだ。この演奏は今でも評価が高い。先日もNHKラジオ「音楽の泉」を日曜日の朝に聞いていたら、この演奏が紹介された。ルプーは一音一音を大切にしながら、繊細でそこはかとない叙情性が染み入るような演奏をする。アンドレ・プレヴィンの音楽に溶け込んだハーモニーと、絹のようなアナログ録音が実にいい。

今でもこの曲を聞くと、様々なことを思い出すのだが、不思議に懐かしいというものでもない。むしろあの畏敬の念をも抱かせるような大自然を前にしたときに感じる、自覚すべき人間の存在の厳しさのようなものを感じていた若いころの自分の姿を発見するのである。第3楽章のスケール感も、このことを一層加速させる。だからこれはやはり、大人になりかけの多感な中学生の頃に聞くに相応しい曲なのだろうと思う。

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