2022年1月31日月曜日

思い出のうた(4)NHKみんなのうた「おお牧場はみどり」(作詞:中田羽後、チェコスロバキア民謡)

私が小学生の頃は、まだ世の中がいまよりは落ち着いていたと今になっては思う。それまで一本調子で登りつめた高度成長時代が終わりかけ、石油ショックに見舞われる。東西の冷戦は極限に達し、いまや円高とバブルがそこまで迫ってきつつあった時代。だがそれは、その後に続く動乱の時代から見れば、まだ時間がゆったりと流れ、「世界」は自分の手の届くところにしかなかった。私が少年時代を過ごしたそのような時代は、わずか5年後にはもはや違ったものになっていた。情報化が進み、世界が一気にせまくなったからである。

そんなわずかの隙間の時代に、私は小学生だった。そしてその私が毎日楽しみにしていた夕方のテレビ番組の中で、とりわけ「NHKみんなのうた」はわずか5分の間に2つの曲が、アニメーションや実写などとともに流れるだけの番組。流れる曲は毎日違うが、それも1か月程度ですべて入れ替わった。そしてそのような中からヒット曲が数多く生まれた。「山口さんちのツトム君」や「南の島のハメハメハ大王」というのがそれである。「NHKみんなのうた」で流れる有名曲のみを集めたLPレコードも発売されていて、私も何枚かを持っていたが、なぜか歌う人が違っていたりして違和感を覚えた。録音はモノラルだった。

「NHKみんなのうた」は1961年にテレビ放映が開始され、1971年からカラー化された。私はカラーしか知らないから、おそらく5歳以降の記憶しかないのだろうと思う。だが、それまでに作られたいくつかの曲は、国民的に有名な曲となり広まった。そのような中には、「えんぴつが一本」(作詞・作曲:浜口庫之助)、「手のひらを太陽に」(作詞:やなせたかし、作曲:いずみたく)、「ちいさい秋みつけた」(作詞:サトウハチロー、作曲:中田喜直)などがあり、遠足に持っていく歌集などに載っていたので、知らない人はいない。

従来の文部省唱歌や童謡の枠を超えて国民的な良質の歌謡を提供する路線は、70年代になると独自の音楽をさらに加えて全盛期を築いたと思う。「NHKみんなのうた」は、とっくの昔にその役割を終えたと思うのだが、信じられないことに何と2021年の現在でも放送されている。一体どんな曲が作られ、聞かれているのかはさっぱりわからない。そのような中から国民的歌唱曲が生まれているという話は聞かない。そもそも「NHKみんなのうた」というのは、いわば「オモテ」の歌で、子供から大人まで親しめる歌詞は模範的で教科書的。そんな歌が流行するのは気持ち悪いな、などと1980年代に荒れる青春時代を過ごした私などは思うのだが、あろうことか、平成の時代に入って流行する歌はみな、NHK的、みんなのうた的なものばかりになってしまった。例えばいきものがかりの歌などは丸で毒がない。

世界中のどこでも、大多数の歌のテーマは恋愛である。片思いの歌もあれば失恋の歌もある。あるは戦争。悲しい友人との別れ。喪失感、焦燥感。そういった陰のない歌は、小学生までである。丁度そのような層を対象にしたのが「NHKみんなのうた」だと言える。

1970年代に私が接した「みんなのうた」は、数多い。おもいつくままに並べると、

  • 「それゆけ3組」(作詞:桑嶋賢二、作曲:中村秀子、歌:西六郷少年少女合唱団、1971年)
  • 「算数チャチャチャ」(作詞・作曲:山口和義、歌:ペギー葉山、1973年)
  • 「想い出のグリーングラス」(訳詞:山上路夫、作曲:C.ブットマン、歌:上條恒彦、1974年)
  • 「勇気一つを友にして」(作詞:片岡輝、作曲:越部信義、歌:山田美也子、1975年)
  • 「さとうきび畑」(作詞・作曲:寺島尚彦、歌:ちあきなおみ、1975年)
  • 「遠い世界に」(作詞・作曲:西岡たかし、歌:チューインガム、1975年)
  • 「宗谷岬」(作詞:吉田弘、作曲:船村徹、歌:ダ・カーポ、1976年)
  • 「さらば青春」(作詞・作曲:小椋佳)1975年、歌:田中健
  • 「山口さんちのツトム君」(作詞・作曲:みなみらんぼう、歌:川橋啓司、1976年)
  • 「ボクたち大阪の子どもやでェ」(作詞・作曲:西岡たかし、歌:T.J.C、1976年)
  • 「南の島のハメハメハ大王」(作詞:伊藤アキラ、作曲:森田公一、歌:水森亜土、トップギャラン、1976年)
  • 「切手のないおくりもの」(作詞・作曲:財津和夫、歌:財津和夫、チューリップ、1978年)
  • 「ビューティフルネーム」(作詞:伊藤アキラ、作曲:たけかわゆきひで、歌:ゴダイゴ、1979年)

このように書いていくと、私の「みんなのうた」は1970年代の前半に集中している。小学生1年から4年生まで「3組」だった私は、「それゆけ3組」という曲が好きだったし、大阪生まれとしては「ボクたち大阪の子どもやでェ」のファンだった。興味深いのは、この中に「大人のうた」が混じって来ることだ。団塊ソングでもある「さらば青春」は異例だし、「さとうきび畑」は沖縄に爪痕を残す戦争の歌である(何か暗い曲だなあ、などと思っていた)。

「NHKみんなのうた」は少なくとも私にとっては1970年代後半には馴染みの薄いものになっていく。2000年に入って子供が生まれ、ひさしぶりに図書館などで「NHKみんなのうた」のCDなどを借りてみた。何十周年かの記念アルバムだったりしていたが、上記の曲が未だに収録されていた。久しぶりに聞いてみると、これが最近のJ-POPに見られる幼稚な歌詞よりももっとしっくりくるから不思議である。そして80年代以降の曲にまったく関心が向かない。唯一の例外は「川はだれのもの?」(作詞・作曲:みなみらんぼう、歌:東京放送児童合唱団、1995年)くらいだろうか。

「川はだれのもの?」のように「NHKみんなのうた」には、少年合唱団による歌が数多い。幼児向けの童謡などを集めたCDにも少年少女合唱団の歌が多いが、大人になって聞くようなものではないし、かといって難しい合唱曲となると、あまりに技巧的で私はあまり聞く気がしない。しかし「NHKみんなのうた」はその中間にあって、大人になってもそれなりに楽しい曲だったりする。その大半は実は60年代に作られたものだ。「線路は続くよどこまでも」や「クラリネットこわしちゃった」などである。そのような中でもとりわけ秀逸と思われるのが、「おお牧場はみどり」である。この曲は「NHKみんなのうた」で最初に放送された曲である。だがこの曲をきっちりと歌う合唱団の溌剌とした歌声は魅力に溢れ、小学生時代の音楽室を懐かしむ曲である。当時、この曲が作られたチェコとスロバキアは、ひとつの国だった。この曲を「チェコスロバキア民謡」としたのは、その理由からである。

私は丁度小学生の頃、ボーイスカウトの下部組織であるカブスカウトに入団し、これらの歌を数多く歌わされた。その思い出は別に書くが、合唱というのは終わりのない高みを目指すようなところがあって、大いに怖い先生が指導にあたるのが通例だった。いわば、上級の子女教育である。その範囲は歌う時の姿勢や服装などの生活態度にまで及ぶ。私にとって「怖い」ということしか思い出のない合唱団が、名曲「おお牧場はみどり」を歌う時に感じる規律の見事さは、背筋を伸ばして聞かなくてはならないほど屹然としたものだ。だからこの曲を、親しみやすい軽い曲だと思ってはならない。



2022年1月26日水曜日

東京ニューシティ管弦楽団第145回定期演奏会(2022年1月23日東京芸術劇場、指揮:曽我大介)

ルーマニアを代表する作曲家、ジョルジュ・エネスクの最も有名な作品である「ルーマニア狂詩曲」を昨年10月に取り上げたとき、このような曲が実際に演奏されることはほとんどないが、いつか実演で聞いてみたいと書いた(https://diaryofjerry.blogspot.com/2021/10/210.html)。ところが実際には、パーヴォ・ヤルヴィが9月のN響定期で第2番を取り上げたことを、その後のテレビで見て知った。だからたまにはあるのだと思っていたら、何と東京ニューシティ管弦楽団が、エネスクの作品を中心にプログラムを組むことを知った。その中に、当然「2つのルーマニア狂詩曲」が入っていた。

2022年は日本とルーマニアが国交を樹立して100周年にあたるのだそうである。そこでそのことを冠した演奏会となったようだが、このオーケストラと関係が深い同フィルの正指揮者曽我大介が、ルーマニアの音大を卒業しているというから彼にうってつけのコンサートということになるのだろう。東京で生まれ育った音楽家が、まだ社会主義独裁国だったルーマニアに留学したということにも興味が沸くが、彼はその後ウィーンに渡り、ブザンソンの国際指揮者コンクール第1位、そしてキリル・コンドラシン国際指揮者コンクールでも第1位を果たすという偉業を成し遂げている。

いわば指揮者としては折り紙付きということだが、その割には我が国における活動は地味で、私もかつてただ1度だけ、医療関係者のアマチュア・オーケストラで「シェヘラザード」を聞いたくらいである。ただこの時の「シェヘラザード」はなかなか良かった。音楽を専攻していないアマチュアの学生オーケストラから、かくも整った響きが出るのかと思った。そしてそれは指揮者の功績によるものではないか、とも。

だから、東京ニューシティ管弦楽団なるオーケストラは、私も初めて聞くオーケストラだったが結構期待が持てると判断、当日券を求めて池袋の東京芸術劇場へと足を運んだ次第である。しかし驚いたことに客席は4分の1も入っていないほど閑散としている。万延防止等特別措置とやらが発令され、新型コロナのパンデミックも第6波が到来していることが影響しているのだろうが、それにしても寂しい限りである。ただ私を含め、大いに期待を込めてこの演奏会に出かけた人もいるわけだし、第一、指揮者を始めオーケストラのメンバーの意気込みは十分に感じられた。

プログラムの最初は、コンスタンティン・シルヴェストリの「トランシルヴァニア地方のルーマニア民族舞曲」という曲で、もちろん私も初めて聞く曲だったが、シルヴェストリと言えば、フランスのオーケストラを指揮して録音されたドヴォルジャークの「新世界交響曲」などで我が国では有名な指揮者である。わずか56歳で死去したが、いまもってその情熱的な指揮による演奏は繰り返しリリースされ、我が国にファンも多い。そのシルヴェストリはルーマニア人で、このような曲を作曲していたのだと知る。

続いての曲は、ドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲だった。この曲のソリストは当初、韓国人のイム・ジヨンと発表されていたが、コロナ・ウィルスに伴う隔離措置の影響を受けて来日がかなわなくなり、奈良生まれのヴァイオリニスト、吉田南が代役となった。ドヴォルジャークと言えば、チェロ協奏曲が飛びぬけて有名だが、ヴァイオリン協奏曲もピアノ協奏曲も作曲している。

プログラムと共に配布された日本音楽財団のパンフレット
ドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲は比較的若い頃の作品で、そういう理由からかどこか冴えない曲である。それでも冒頭で、演歌のようにうなるようにヴァイオリンが登場した時、吉田の弾くストラディバリウスの豊穣な響きが会場を満たした。ブルッフのヴァイオリン協奏曲を思わせるメロディーだが、ブルッフほど印象的ではなく洗練されていないように感じる。第1楽章と第2楽章が続けて演奏される。

急登板にも関わらず気合の入った演奏は、もう少し豊かな音楽性を持たせてもいいのではとも思ったが、そこは現代流にさらっと流れてゆき、その分テクニックが要求されるだろう。だが吉田はどこも弛緩することなく、情熱的に第3楽章を弾き切った。拍手に応えてアンコールが演奏された。

休憩中にラウンジへと向かったが、あまりに閑散としていて誰もコーヒーなど飲んでいない。ここのホールの2階以上はロビーが狭い上に景色も悪く、あまり好きな方ではないが音響はサントリーホールの次に好きな方である。後半の最初で指揮者の曽我が登場し、今日の演奏会の意味を話し、客席に招待された在日ルーマニア大使を紹介した。

後半はエネスクの曲で占められた。まず管弦楽組曲第1番より 第1楽章「ユニゾンの前奏曲」である。ティンパニ1台だけを除いてすべて弦楽器のこの作品は、ユニゾン(同じ音程)のみで演奏されるユニークな曲である。従ってアンサンブルの乱れが許されない集中力の要る8分程度の曲だが、オーケストラの豊かな響きが会場に溶け合い、透明な中にも東欧の陰を感じさせる。重厚なロシアでもなければ、明晰なイタリアでもないこの国の象徴のような音を聞いた気がした。

プログラムの最後には、2つのルーマニア狂詩曲が続けて演奏された。ここでまず、比較的穏やかで牧歌的な第2番が演奏され、「ユニゾンの前奏曲」から続く弦楽器のアンサンブルに酔っていると、底の方から民俗風のメロディーが流れてきて、何か胸が締め付けられるような気持になる。どこか日本の民謡にも通じるような懐かしさがあると言おうか。やはり生で聞く音楽はいいものだと実感する。

合間を入れず第1番のメロディーが流れてくる。ここから最終に至るまでのリズムの変化と高揚は、このような曲をプログラムの最後に持ってきているからこそ成功するものだと思う。そういう意味で、このコンサートは非常に貴重であり、また楽しいものだった。オーケストラもかなり練習して挑んだのだろうと思う。そして演奏に満足した曽我は、コーダの部分を再演するという「おまけ」まで付けて会場を沸かせた。

なお、エネスクの作品を手軽に楽しめるCDとしては、ローレンス・フォスターがモンテカルロ管弦楽団を指揮した演奏があることを忘れていた。この中には、「2つのルーマニア狂詩曲」だけでなく、管弦楽組曲(全曲)を始め、エネスクの管弦楽作品の主要なものが収録されている。

2022年1月23日日曜日

ムソルグスキー:歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」(The MET Live in HD Series 2021-2022)

紛れもなくムソルグスキー最大の作品「ボリス・ゴドゥノフ」には様々な版が存在する。もっとも有名なのがリムスキー=コルサコフ版で、これをさらにイッポリトフ・イヴァーノフが改訂した版が存在する。さらにはこれから派生した細かい違いも多い。あのカラヤンやアバドまでもがこの作品の録音を行っており、ロシアのオペラでありながら国際的な名声を確立している作品としては、チャイコフスキー以外ではこの作品をおいて他にない。そしてどの版を用いるかによって、作品の長さも趣きも違ってくることだろう。近年ではゲルギエフによるキーロフ劇場の録音が記憶に新しいところだが、原典指向の流れを反映して、ムソルグスキーが初演の頃に行った改訂をもとにした版なども、演奏、録音がなされている。長いものでは4時間近くに及ぶこの作品も、原典版のもっとも短いものでは2時間程度の作品となる。このたび上演されたのも、「1869年の原典版」となっており、休憩なしの2時間だった。

METの歴史における「ボリス・ゴドゥノフ」の存在も、ちょっとしたもののようだ。手元にある同作品の簡単なディスコグラフィによれば、ボリス役としての往年の名歌手だったシャリアピンやピンツァなどが未だに高い評価を得ている。METとしても1年半にも及ぶ閉鎖を余儀なくされた後の幕開きに、この作品を登場させることにためらいはなかったのだろう。そして今回、ボリスを歌ったのはドイツのバスの第1人者、ルネ・パーペだった。彼は満を持してこの作品に挑んだ。指揮者は我が国でも有名な、セバスティアン・ヴァイグレである。新演出を手掛けるのは、スティーヴン・ワズワース。原作はプーシキン。

ごく短い序奏付きの冒頭で、この作品の主人公とでも言うべきロシアの民が、力強い民衆の歌を歌う。この作品を味わう一つの視点は、この合唱ではないかと思う。皇子が病弱なために摂政となったボリスは、王位に就く気はないなどと謳うが、これは嘘である。やがてクレムリンで戴冠式が開かれ、彼は皇帝に即位する。ディミトリ―皇子が死んだからだ(以上、第1部。改訂版ではプロローグに相当)。

舞台が変わり、中央に巨大なノートが置かれていた。ロシアの年代記を執筆しているのは、老僧ピーメン(バスのアイン・アンガー)である。彼は若い僧であるグレゴリー(テノールのデイヴィッド・ハット・フィリップ)との対話の中で、皇子ディミトリ―はボリスによって暗殺されたのだと語るのだ。

もし生きていれば同い年だと悟ったグレゴリーは、僧侶になることをやめて脱走する。行き先はリトアニア。死んだディミトリ―に成りすまして、実は生きているとの噂を民衆に広め、ボリスの失脚を狙おうとするのだが、実はこのくだりは後からそうだと知っているから書けるわけで、物語だけを追っていると少しわかりにくい。それどころか、この辺りまでの小一時間、暗い舞台に実に男声しか登場しない。やはり音楽の力を借りないと、とても緊張感が続かないわけである。

舞台が少し明るくなり、リトアニア国境に近い旅籠屋。官吏が脱走者(つまりは破戒僧であるグレゴリー)を見張っている。ここで脇役の女将や他の浮浪人の会話が展開されるが、この歌い手たちの実力がなかなかで、今回のMETライブの成功は、彼ら主人公以外の役者の歌と演技によるとこころも実に大きいように感じた。正体が知られたグレゴリーは、宿屋を抜け出して逃走する(以上、第2部、改訂版の第1幕)。

本来ならこの辺で休憩が欲しくなるのだが、今回の公演では原典通りだそうで休憩はなく、そのまま第3部(改訂版の第2幕)へと進む。感染の機会をなるべく減らそうとする劇場側の配慮の結果だろうか。映画館で見るものとしては、辛抱してついて行くしかない。

クレムリン内でのボリスとその息子、娘との対話が始まる。やっとこの辺りから、少し舞台が明るくなってくる。やがて王位に就くことになる息子には帝王学や地理を教える。娘は父親ボリスによって暗殺されたディミトリ―の許嫁だったこともここで判明する。しかし、安定した生活は続かない。殺されたはずのディミトリ―が生きていて、潜伏先のリトアニアで謀反を企てようと画策しているとの知らせが、側近のシェイスキー公によってもたらされるのだ。

ボリスの最側近であるヴァシリー・シェイスキー公は、テノールのマクシム・パステルによって歌われた。彼は巨大な体を揺らせながら、ルネ・パーペの演じるボリスと丁々発止の会話。ここからがこのオペラ最大の見せ場である「時計の場」(バス版「狂乱の場」)に移る。8時を打つ時計の音は、オーケストラが発する鐘の音で、モスクワにいるような雰囲気が醸し出されて舞台は最高潮に達する。

だが、本公演では拍手もなく次の場に入る。次のシーンは第4部で、改訂版の第4幕(終幕)となっている。すなわち第3幕に相当する部分がカットされていることになる(というより原典版では存在せず、後から書き加えられた部分。ここの扱いが版によって大きく異なる)。私はこの作品を初めて見たから、それに気づくこともできず、聖ワシリー聖堂前でボリスの前に愚者が現れるシーンを目撃する羽目になる。

ここで少し説明が必要になるだろう。白痴を装う愚者はロシアでもっとも聖なる存在とみなされていたそうである。彼はボリスに自分のために祈るよう懇願するが、「ヘロデ王(子を殺した暴君)に祈ることはできない」と突っぱねるのだ。ここまで聞き進んでいたこのオペラの最高の見せ場は、何とここから幕切れまでである。実に人間的なドラマが展開されるのだ。

オペラとしての興業を考えた時、このようなドラマの展開が、他の部分との若干の違和感を感じないわけではない。だが想像にまかせて、ここからのボリスの死に至る場面を堪能しよう。クレムリンで諸侯を集めた政策会議が始まる。側近のシェイスキーを極刑にするボリスの乱心。そして気が狂った彼は、息子に「立派な皇帝になるように」と王位を譲り、そのまま息絶えるのだった。ピーメンの歌があまりに朗々していて、起伏を伴うボリスと対照的だが、ここが同時に進行する様は、ムソルグスキーの歌の真骨頂とも言うべき部分だと思った。

今回の舞台はここで終了した。改訂版ではこのあと、偽ディミトリ―がポーランドから侵攻するシーンがあるようだが、今回の上演では存在しなかった(と思う)。ムソルグスキーの音楽に触れた2時間は、このようにして終わった。不思議な感覚だった。イタリア・オペラの楽しさとはまた違った醍醐味が、ここには存在している。それを知るきっかけとしたい、と思った。なぜならこれまで、どちらかというと避けてきた作品だったからだ。だが、意外と親しみやすいのかも知れない。

「ボリス・ゴドゥノフ」がどんな音楽だったかは、膨大な数にのぼる録音で知ることができる。そしてそれらの録音のみを聞くだけの感覚と、映像や字幕を伴って見るときの感覚とでは、大きな違いがあることに気付く。多くの作品で、映像付きの作品として見ることの自然さと楽しさを書いてきたし、そのことに偽りや迷いはない。けれども、録音された音源だけの演奏を、言語もわからないまま聞き続けることもまた、別の味わいがある。モーツァルトやワーグナーなどその典型だが、ここにロシア・オペラの大作を加えてもいいのではないかと思った。カラヤンの念入りに録音されたウィーン・フィルとの演奏など、まさにその典型のような気がする。

マスクをした会場からは、盛大なブラボーが飛び交った(我が国と違う)。そしてルネ・パーペはエネルギーを使い果たし息を切らさんばかりの格好で何度も舞台に呼ばれた。ヴァイグレの指揮も手堅く、この作品にマッチしていたと言える。読響のシェフとなったヴァイグレの演奏を、さっそく聞いてみたいと思った。METライブの今シーズンの演目は、ニューヨークならではの新機軸となる新作品や、イタリア物の新演出が目立つ。私はフランス語版「ドン・カルロス」と「ルチア」の新演出に早くも期待をしている。

2022年1月21日金曜日

ブランデンブルク協奏曲(全曲)演奏会(2022年1月19日サントリーホール)

J.S.バッハの最高傑作のひとつ、ブランデンブルク協奏曲については、クラウディオ・アバドの指揮する録音と映像が素晴らしく、私もこのブログで書いた(https://diaryofjerry.blogspot.com/2014/09/j-s-bwv1046-1051.html)。しかし恥ずかしいことに、この曲を実演で聞いたことはなかった。全6曲を一気に聞く演奏会というのにも、なかなか出会えるものではない。ところが先日もらったチラシの中に、そういうコンサートの案内が入っていた。

「ニューイヤーコンサート」と題されたその案内には、「日本古楽界を牽引する特別合奏団が奏でるバロック管弦楽作品の最高峰」と書かれていて、コンチェルト・ケルンのコンサート・ミストレスを務める平崎真弓の写真が中央に掲げられていた。その他の独奏陣もみな、国内外で活躍する我が国を代表する古楽奏者たちで、彼らが勢ぞろいするコンサートのように思われた。私も仕事の都合がつけば行こうと思っていたが、なかなか予定が決まらない。ところがその2日後にも出かけようとしていたチョン・ミュンフン指揮の東京フィルの定期演奏会(マーラーの交響曲第3番!)が、新型コロナの影響で何と公演中止と発表されてしまった。こうなるとどこにも行けないのは淋しいから、やはり行くしかない。

と、いろいろ迷っているうちに前売りも終わってしまい、当日の夕方までシステム障害に追われる羽目になった時にはもう諦めざるを得ないかと思っていた。しかし事態は公演開始45分前に好転し、目途が立ってきた。以降の対応は若い人に任せて私はコンサートに行ける!オンライン会議のメリットを生かして打合せ中に着替えを済ませ、公演30分前に家を出た。私の家からサントリーホールまでは、タクシーで15分もかからない。

当日券がなければ諦めようと賭けに出たのだが、実際には多くの席が売れ残っており、1階のA席を確保することができた。そして会場に足を踏み入れようとしたとき、何とポスターの中心人物が平崎真弓から新日フィルのコンサートマスターを務めた豊嶋恭嗣に代わっていることを発見したのだ!配られたプログラムに「お詫びとお知らせ」が挿入されており、他にもリコーダーの伊藤麻子、ヴァイオリンの朝吹園子の計3名が、オミクロン株の水際対策強化(いまさら必要なのか?)により帰国できなくなり、奏者が代わると発表されていたのだ。

ただそれでも、開演にこぎつけた関係者の努力はいかばかりだったろうかと思う。そして何より音楽を聞く喜びを味わうことができるだけでも良かったではないかと思った。今日のコンサートはある企業の主催ということもあって、会場の雰囲気も少し違う。そして何故かネクタイを着用したスーツ姿の人が多い。プログラムによれば、最終的な出演者は以下の通りである。

豊嶋泰嗣(ヴァイオリン/ヴィオラ)※ゲスト
西山まりえ(チェンバロ)
菅きよみ(フラウト・トラヴェルソ)
福川伸陽(コルノ・ダ・カッチャ)
藤田麻理絵(コルノ・ダ・カッチャ)
荒井豪、森綾香、小花恭佳(オーボエ)
宇治川朝政、井上玲(リコーダー)
永谷陽子(ファゴット)
廣海史帆、小玉安奈、原田陽、髙岸卓人(ヴァイオリン/ヴィオラ)
丸山韶(ヴァイオリン/ヴィオラ)
懸田貴嗣(チェロ)
エマニュエル・ジラール、島根朋史(チェロ/ヴィオラ・ダ・ガンバ)
角谷朋紀(ヴィオローネ)

そして、ブランデンブルク協奏曲は前半に第1番ヘ長調、第4番ト長調、第3番ト長調が、休憩を挟んだ後半に第5番ニ長調、第6番変ロ長調、そして第2番ヘ長調という順番に演奏される。それぞれ曲毎に演奏者の人数と配置が入れ替わり、都度、係員が出て譜面台などを運び、各曲の開始前にはチューニングが念入りに行われた。

第1番の出演者が最も多く、曲も華やかなのだが、この曲だけ第4楽章まであって長い。そしてその第1音が鳴った時、私はちょっと音の弱さに戸惑った。古楽器ばかりということもあり、どうしても音量が小さい。だがもしかすると、これは会場の問題ではないかとも思った。音楽の規模から言ってサントリーの大ホールは少し大きすぎるのである。最初はちょっと硬さも感じられたが、直ぐに耳は慣れ、次第に音楽が流れてくるようになった。テンポは幾分速めで、そのことによって緊張が程よく続く。さすがだと思った。そして楽器から楽器への受け渡しが次々と行われ、見ていて楽しい。やはりこの曲の演奏は目で見たいものである。

第1番では冒頭に、コルノ・ダ・ガッチャという楽器が2人登場する。この楽器はホルンのようなもので音が横に向かって出るのだが、舞台左手に並んでいたためこの楽器の音色が目立つこととなった。この曲は「狩のカンタータ」からの引用で、牧歌的な音色がするこの楽器を強調する部分が多く、今回もそれが見事に意図されていたように思う。ところが、この2人は曲の後半になると舞台右手に移動し、オーボエの後に並んだ。弦楽器と管楽器の掛け合いを楽しんでいるうちに、第1番は終わってしまった。

続く第4番と第3番はいずれもト長調だが、まず第4番では2人のリコーダーが登場し、有名なメロディーで始まる。規模の小さいこの第4番では、2人のリコーダーと独奏ヴァイオリンのみが活躍する明るく伸びやかな曲(残りは他の弦楽器と通奏低音)。特に第3楽章ではヴァイオリンの活躍が目覚ましい。一方、第3番は弦楽器のみの曲で、管楽器のない世界だがチェンバロの心地良いリズムに酔いながら、気持ちよく聞ける曲である。

後半の冒頭に第5番のメロディーが流れるように始まった。ザ・ブランデンブルク、とも言うべきメロディーが、心地よい速さで進み、チェンバロの軽妙なリズムが時おり見え隠れしながら、菅きよみの弾くフラウト・トラヴェルソの響きが伸びやかに歌う。リコーダーの透明な音もいいが、フルートの原型のようなこの楽器からは、ややくすんだ音色が聞こえる。この曲は楽器の多彩な組み合わせをリズムに乗って楽しむことができるバロックの最高峰の管弦楽作品という、チラシの謳い文句がその通りだと納得する。それにしてもこの第5番におけるチェンバロの活躍は目覚ましく、これを全曲出ずっぱりの西川まりえの安定した響きに酔いしれた。

続く第6番は比較的規模が小さく、そのことによってプログラムの最後に置かれることは少ない作品である。そしてヴァイオリンが舞台から消え、2人のヴィオラ、2人のヴィオラ・ダ・ガンバが並ぶ。2人のヴィオラは、ヴァイオリンから持ち替えた豊嶋泰嗣と、ピンチヒッターで登場した原田陽が最前列に、そして実に心地よく体をゆらすチェロの懸田貴嗣が正面のちょと後に構える。中低音の弦楽器ばかりの第6番を、私はことのほか好む。

最後になった第2番は、第1番の次に規模が大きいのではないかと思うのだが、ここで再びコルノ・ダ・ガッチャが登場する。ブックレットによれば福川伸陽は、世界的な奏者でN響の首席にも在籍していたそうである。そしてこの第6番には、さらにオーボエやリコーダーなどの管楽器も混じる。プログラムの最後を飾る華やかな曲が、ふわっと宙に浮くような感じで終わったときには、2時間半に及ぶこのコンサートが、あっというまに経過してしまったことを淋しく思うのだった。

舞台にはさらに他のメンバーが再登場し、アンコールがあることをうかがわせた。そして同じバッハの管弦楽組曲から、有名な「G線上のアリア」が演奏された。拍手に応え、すべての奏者が舞台に勢ぞろい。地味だが心が温まるコンサートが、無事終了した。軒並み出演者が変更される中で、オミクロン株の新型コロナ感染者数は、ここのところうなぎのぼりに増えている。いつまた、音楽が日常的に聞けなくなる日が来ないとも限らない。そう思うと、今日のコンサートもまた、大変貴重なものだったと実感する。

2022年1月12日水曜日

第65回日本赤十字社献血チャリティ・コンサート(2022年1月8日サントリーホール、Vc:上野通明、広上淳一指揮東京都交響楽団)

昨年の10月に、私は都響の定期でドヴォルジャークのチェロ協奏曲を聞いている(サントリーホール)。この時のソリストは佐藤春真で、彼は2019年にミュンヘン国際コンクールに優勝した新鋭のチェリストとしてドイツ・グラモフォンからブラームスの作品をリリースするなど、その活躍ぶりが目覚ましい(https://diaryofjerry.blogspot.com/2021/11/39320211020.html)。

ところが丁度この頃、もう一人の日本人チェリストが何とジュネーヴ国際音楽コンクールに優勝したニュースを耳にした。上野通明はパラグアイで生まれたチェリストで、数々の世界的コンクールを総なめにしてきているが、ジュネーヴとなると別格でもある。そしてその彼が凱旋公演を行うことになり、最初がソニー音楽財団の主催する日本赤十字社チャリティコンサートだった。

私はこの公演のことを12月に知り、さっそく妻の分と2枚のチケットを購入した。オーケストラも佐藤の時と同じ東京都交響楽団で指揮は広上淳一。広上は昨年11月に、やはりここサントリーホールにて京都市交響楽団の演奏会を聞いているので、立て続けである。しかもこの時はベートーヴェンの第5交響曲を聞いているから、年末の第九、今回の第7番とベートーヴェンのシンフォニーが続く。私は白血病の患者として過去に何度もの輸血で命をつないでいるから、日本赤十字社のチャリティというのも嬉しい。音楽を聞くだけで、募金ができるというわけである。

2人の新進気鋭のチェリストによりドヴォルジャーク、広上の楽天的で目一杯楽しい指揮、ベートーヴェンの奇数交響曲、そして都響のサントリー公演。こうも同じ傾向が続くとどうしても比較をしたくなるところだが、音楽は繰り返し聞くこともできず、聞いている席も違うし、第一聞き手のコンディションも日によって違うので、あまりそういうことに意味はない。ただ2人の演奏は対照的で、どちらも素晴らしく、そして感動的であったことは確かである。

今回はA席ながら1階席前方で、ソリストも指揮者もよく見える。スラリとした体形によれよれのジャケット、もじゃもじゃの頭髪。その第1音を聞いた時、物凄いエネルギーで耳に押し寄せてきた。たった1台の低音楽器からこんなに豊穣な音波が発生するのかと思った。佐藤春真のときは2階席真横だったので比較はできないが、上野通明のチェロの存在感は圧倒的でさえあった。

ドヴォルジャークのチェロ協奏曲の骨格を良く理解し、体に染み込んでいるのだろう。流れ出る音楽は時にゆっくりとフレーズを取り、貫禄も十分である。広上の指揮がこれを好意的にサポート。終楽章はいくぶん勢いが出て、若さゆえか粗削りになる部分もないわけではなかったが、それでも音楽がうねって盛り上がり、チェロとオーケストラが織りなす競演に興奮さえ覚えた。都響は昨年10月の佐藤春馬の時(指揮は小泉和裕)よりも上手いと思った(特に木管)。

佐藤のチェロは繊細で、それも素晴らしかったのだが、上野のチェロはむしろエネルギッシュだと思った。音も根太い。だがこういう印象は、聞いた場所、競演した指揮者によって違う効果と区別がつきにくい。私は実演で、あのドボコンが聞けるというただそれだけで感激するたちだが、今回の上野のチェロは、私をノックアウトした。アンコールで演奏されたバッハの無伴奏から第1番の「クーラント」がまた素晴らしかった。この無伴奏は丸でヨーヨー・マのように速く開放的で、音色も美しかった。

休憩を挟んでのベートーヴェンは、第1音を聞いた時から広上の心地良いアクセントに驚かされた。この第1音はずっしりとドイツ風の重厚さを強調する場合と、明瞭で強い場合(ハンガリー風とでも言おうか)があるが、広上は後者である。これがモダンな雰囲気を醸し出すのだが、陽気で広がりのある音楽は、今回も私の心を捉えて離さなかった。

時に飛び跳ねるかのような指揮は、この音楽がダンスの権化であることからもわかるように、広上にマッチしている。時にソロを弾く木管楽器の巧さも光るし、第2楽章の歌謡風のメロディーも耳に心地よい。第4楽章に至ってはオーケストラも大変な熱演で、1階席前方からは指揮者と弦楽器の第1列しか見えないから、視線は自然と指揮に釘付けとなる。

聞きなれた第7番も、実演で聞く機会が多いかと言えば、私の場合そうでもない。だが今回の演奏は過去の300回あまりのコンサートの中でも上位10%に入る出来栄え、そして感銘度だった。私は昨年のマーラーで広上のファンになってしまったから、春の京都で開催されるマーラーの交響曲第3番も出かけて行こうかと考えている。

興奮のうちに終楽章が終わって、何度も舞台に呼び出される指揮者の後ろから、打楽器奏者が入場。良く見ると弦楽器奏者の譜面台にもう一枚、楽譜が置かれている。新年のコンサートに相応しく、アンコールとしてヨハン&ヨゼフ・シュトラウスの「ピツィカート・ポルカ」が演奏された。外連味たっぷりのリズムに合わせ、弦楽器ばかりが一斉に弦を弾くと、その響きは乱れることなく会場にこだまする。やはりこの実演の空気感は、どんな再生装置でも再現できないだろう。

チャリティ・コンサートと銘打った名曲ばかりのニューイヤーコンサートだったが、独奏、指揮、オーケストラとも大変な熱演、そして名演だったことはとても嬉しい。今年、2022年がどうか良い年でありますように、と会場に居合わせた全員が思ったに違いない。そういう時だからこそ音楽は社会にとって必要不可欠であり、演奏会も決して不要不急なものではないことを、ここ何回かのコンサートで実感している。

2022年1月4日火曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(16)ダニエル・バレンボイム(2009, 2014, 2022)

お正月の過ごし方にもいろいろあって、飲んだくれの寝正月もあれば正座して書初めを営む正月もある。バレンボイムのニューイヤーコンサートは、どちらかと言えば後者に属する方である。ただ生真面目にワルツやポルカを指揮する姿は、この舞台を見慣れた者からするといささか違和感を覚えた。バレンボイムがウィーンに少しはゆかりのある音楽家だとわかってはいても、ウィンナ・ワルツを指揮する人ではないと決めつけていたからかも知れない。

私は2009年のニューイヤーコンサートを、病院で見た。前年のクリスマスには骨髄バンクから提供を受けた造血幹細胞が無事生着し、私の血液は順調に回復傾向にあった。あとすこしすれば、同時に3つもある限りなく続く点滴から解放される。無菌室の窓から、今年最初の夕日が暮れてゆく都会の風景を眺めた。24時間体制で患者を看る看護師も、さすがにお正月ともなると数時間おきにしか病室に来ない。ひっそりとした個室のベッドに慎重に横たわりながら、有料のカードをテレビに差しこんで2チャンネルに変え、今日だけはしばしウィンナ・ワルツの調べに身を委ねようと思った。このあと2週間は続くことになる猛烈な副作用に苦しむ直前の、少しリラックスした元日だった。

バレンボイムの神経質で重苦しいワルツは、病気治療中の気の休まらない私の体調に奇妙にマッチしていた。そうであるが故に、私の心は晴れやかさからはいっそう遠いものであり続けた。今思い出しても気が滅入るその頃に、バレンボイムのニューイヤーコンサートは行われた。思えば2003年の時は、アーノンクールがあの美しい「皇帝円舞曲」を聞かせてくれたではないか。その時と状況は似ていたが、私の気分はワルツどころではない。そしてこれは退院してからも続き、そういう時にはやはりマーラーの交響曲が相応しいような気がした。それも第7番ホ短調。この倒錯した心情を初めて理解できたような気がした。

そんな音楽とは対極にあるようなシュトラウスのワルツ。マーラーでも名演を残し、すでに巨匠としての歩みを確かなものとしているバレンボイムに、何もこんなコンサートを振らせなくてもいいのではないか、と思ったにもかかわらず、5年後の2014年に再登場。そして何とそのさらに8年後となる2022年には三たび登場することとなった。バレンボイムのウィンナ・ワルツが大名演だったという声は聞こえないし、むしろその怒ったような表情から表現される硬い音楽は、華やいだお正月の気分にそぐわないとさえ思ったものだった。

このブログで過去の演奏を振り返ってみるにあたり、バレンボイムの演奏を避けて通るわけにもいかない。そこで都合3年分の録音を図書館で借りるなどして聞いてみた。特に2008年は、上記で述べたように音質の酷いテレビでしか見なかったこともあって、先入観を払拭する必要もあった。以下は3年分の演奏を聞いた記録。

2009年の演奏を一言で言えば、有名曲で勝負した渾身の一夜。重厚な(といってもシュトラウスの話だが)力強い作品が並び、指揮者の実力が問われる。冒頭のベルリン版「ヴェネツィアの一夜」序曲でそのような演奏が始まる。ベルリンは今やバレンボイムがもっとも活躍する都市であり、ヴェネツィアは東洋への入口を果たした街である。そして「東方のおとぎ話」という珍しい曲により、その視線は中東地域へと注がれる。

バレンボイムの天才性とレパートリーの広さ、特にピアニストとしてのそれを認めたうえで、しかしながら、ウィンナ・ワルツの演奏に彼でなければならない要素を見つけるのは大変難しい。「アンネン・ポルカ」ではあのカラヤンの優雅でしっとりとした演奏に及ばない硬さが感じられ、「南国のバラ」ではベームの暖かく活気にあふれたイタリアへの憧憬が感じられない。後半の「ジプシー男爵」の「入場行進曲」などは丸で軍隊の運動会のようである。

バレンボイムの演奏は真面目の一言につきる。従って恒例の打ち解けた雰囲気には乏しい。そのような中で、何かいつもと違う響きが聞こえてくると思ったら、ハイドンの交響曲だった。2009年に没後200年を迎えるハイドン・イヤーを記念して、「告別」交響曲の第4楽章が演奏された。ここで楽団員がひとり、またひとりと舞台を去ってゆき、最後に残された数名の奏者と指揮者だけが淋しく演奏を終えるという冗談が演じられた。そういういきさつを知ってはいたものの、実際に見たことのある人は多くないこの曲のエピソードが実演されるパフォーマンスに、客席からは笑い声が漏れる。しかしその後には通常のアンコールが3曲、うち最初はポルカ・シュネルというのも、いつも通りだった。

私が病室で見た2009年のニューイヤーコンサートは、イスラエルがガザ地区に侵攻しているさ中でのことだった。バレンボイムはユダヤ人としてイスラエル国籍を持っているにもかかわらず、たびたびイスラエル政府を批判し、むしろパレスチナとの共存を目指すことを主張することで知られている。バレンボイムの登場は、ある意味で象徴的でさえあった。恒例のスピーチで「中東に正義を」と挨拶したことには、こういう背景がある。

続く2014年の演奏は、オッフェンバックの喜歌劇「美しきエレーヌ」をカドリーユに仕立てた作品から始まる。通常、行進曲や喜歌劇の序曲から開始されることの多いこのコンサートでは異例だが、音楽が途切れ途切れになってしまう。ビデオで見るとそのことが強調されるのが残念だ(この頃からビデオ・ディレクターが代わっている)。

第1次世界大戦から100年を迎えたこの年は、「世界平和」が隠れたテーマになっていて、そこへバレンボイムが招聘されたのではないかと思う。珍しいヨーゼフのワルツ「平和の棕櫚(しゅろ)」やヨハン(2世)の「もろびと手をとり」などにそのことが現れている。また生誕150周年を迎えたリヒャルト・シュトラウスの曲が初めて演奏された。歌劇「カプリッチョ」から間奏曲である。ワーグナーやリヒャルト・シュトラウスを得意とするバレンボイムの演奏は、ヨハン・シュトラウスの単純なポピュラー曲よりも、こういう複雑な曲でこそ真価を発揮する。

全体に真面目ではあるが高圧的な指揮姿から出てくる音楽は、アクセントが強く、打楽器が目立ちすぎるきらいがある。その結果、悪くはないのだが特にいいところもない演奏になっている。これはバレンボイムの演奏に共通した特徴のような気がする。私が2回接した実演でもそうだった。アンコールの「ラデツキー行進曲」では指揮をせず、オーケストラの間を徘徊してプレイヤーと握手を繰り返すパフォーマンスは、楽しいというものとは程遠い。テストの合間に先生が教室を回って生徒の答案を見る時のような緊張感が伝わる。

さらに8年後となる今年の演奏を聞いて、バレンボイムも年老いたなと感じた。前の2曲よりも肩の力が抜け、「千一夜物語」などではしっとりとした演奏を聞かせてくれたが、全体の印象は以前とさほど変わらず、真面目すぎて面白みに欠け、次第に尊大な指揮姿が目に付いてくる。挿入されたバレエは少なく、バレンボイムは舞台に出たり入ったり。それでもコロナ禍を乗り越えて、有観客でニューイヤーコンサートを開催できたことは素晴らしいと思った。「不死鳥」が今年のテーマの一つ。

バレンボイムの恒例の新年の挨拶に加え、困難な時期に音楽をすることの意義、分断を結合へと導く音楽の意味についての短いスピーチが英語でなされ、そのことが記憶に残った。ともあれ、演奏会を開催できたこと自体に感慨を持つ今年のニューイヤーコンサートは、やはり特別な意味があっただろう。来年の指揮は3度目となるウィーン生まれの指揮者、ウェルザー=メストが登場するらしい。


【収録曲(2009年)】

1. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ヴェネツィアの一夜」序曲(ベルリン版)
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「東方のおとぎ話」作品444
3. ヨハン・シュトラウス2世:「アンネン・ポルカ」作品117
4. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「速達郵便で」作品259
5. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「南国のバラ」作品388
6. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「百発百中」作品326
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ジプシー男爵」序曲
8. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ジプシー男爵」より「入場行進曲」
9. ヨハン・シュトラウス2世:「宝のワルツ」作品418
10. ヘルメスベルガー:スペイン風ワルツ
11. ヨハン・シュトラウス1世:「ザンパのギャロップ」作品62a
12. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「アレキサンドリーナ」作品198
13. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「雷鳴と電光」作品324
14. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」作品235
15. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「ハンガリー万歳」作品332
16. ハイドン:交響曲第45番嬰ヘ短調「告別」より第4楽章
17. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「別に怖くありませんわ」作品413
18. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
19. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

【収録曲(2014年)】
1. エドゥアルト・シュトラウス:「美しきエレーヌ・カドリーユ」作品14
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「平和の棕櫚」作品207
3. ヨハン・シュトラウス1世:カロリーネ・ギャロップ作品21a
4. ヨハン・シュトラウス2世:「エジプト行進曲」作品335
5. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「もろびと手をとり」作品443
6. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「恋と踊りに夢中」作品393
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「くるまば草」序曲
8. ヨハン・シュトラウス2世:ギャロップ「ことこと回れ」作品466
9. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンの森の物語」作品325
10. ヘルメスベルガー:フランス風ポルカ「大好きな人」作品1
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「花束」作品188
12. リヒャルト・シュトラウス:歌劇「カプリッチョ」から間奏曲「月光の音楽」
13. ランナー:ワルツ「ロマンティックな人々」作品167
14. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「からかい」作品262
15. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「害のないいたずら」作品98
16. ドリーブ:バレエ「シルヴィア」から「ピツィカート」
17. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「ディナミーデン」作品173
18. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「憂いもなく」作品271
19. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「カリエール(馬の疾走)」作品200
20. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
21. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

【収録曲(2022年)】
1. ヨーゼフ・シュトラウス:「フェニックス行進曲」作品105
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「フェニックスの羽ばたき」作品125
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「海の精セイレーン」作品248
4. ヘルメスベルガー:ギャロップ「小さな広告」
5. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「朝の新聞」作品279
6. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「ちょっとした記録」作品128
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
8. ヨハン・シュトラウス2世:「シャンパン・ポルカ」作品211
9. ツィーラー:ワルツ「夜遊び」作品466
10. ヨハン・シュトラウス2世:「ペルシャ行進曲」作品289
11. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「千一夜物語」作品346
12. エドゥアルト・シュトラウス:フランス風ポルカ「プラハへご挨拶」作品144
13. ヘルメスベルガー:家の精霊
14. ヨーゼフ・シュトラウス:フランス風ポルカ「ニンフのポルカ」作品50
15. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」作品235
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「狩り」作品373
17. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
18. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

2022年1月1日土曜日

謹賀新年

 2022年の年頭にあたり、新年のご挨拶を申し上げます。

一昨年、昨年と続いた新型コロナウィルスの世界的な流行により、緊張と忍耐の強いられた日々がこれからも続くのでしょうか?先の見えない日々が続けば続くほど、音楽を聞くことのできる普通の日常がいかに重要なことかを思い知らされます。徐々にコンサートが再開されるに従い、そのことを実感した昨年でした。

秋山和慶の指揮する東響の「第九」、広上淳一指揮京響によるマーラーなど、数少ないコンサートはいずれもが、音楽を演奏する、聞く喜びに満ちた感動的なコンサートでした。日頃良く接する日本人演奏家の演奏会に、音楽の素晴らしさを改めて見出だすことができました。地元オーケストラの定期演奏会にこそ、こういう機会に巡り合うことができると思いました。そして今年は、東フィルの定期会員になることにしました。今から楽しみです。

謹賀新年

  2026年の年頭に当たり、新年のご挨拶を申し上げます。 ますます混迷する世界情勢において、いまだ戦争がなくならず、生活格差が拡大するなど、憂慮すべき事態が絶えません。暮らしにくくなる日常で、少しでも平和で落ち着いた方向に向かうことを祈念しながら、今年も音楽に耳を傾けたいと思っ...