言うまでもなくウィンナ・ワルツはウィーン・フィルが専売特許を持っているわけではない。むしろウィーン・フィルがヨハン・シュトラウスの作品を取り上げることが例外で、いわばポピュラー音楽をクラシックのオーケストラが演奏するような趣を持っているとされてきた。しかし時代は変わり、いまではウィーン・フィルまでもが人気取りの野外コンサートのような類のものにまで登場するようになった。この傾向に伴いニューイヤーコンサートの注目度が増し、80年代後半からは特に、お祭り化、大規模化した。シュトラウスの音楽は、世界的指揮者が大見得を切って演奏する難しいものになってしまい、すでに長い年月が流れた。
ウィンナ・ワルツを演奏した今年のニューイヤーコンサート2025は、早くもSpotifyでリリースされた。元日に放映されたテレビ映像と比べると、録音媒体として発売される方が完成度が高い。元日の放送は、今年は特に演奏が粗いと感じた。ウィーン・フィルの技量が落ちたのか、あるいはムーティの指揮がかつての統制力を失ったのか、近年ではもっとも満足度が低い演奏に思われたのだ。しかし本日Spotifyで聞くこの演奏は、いつものように洗練された音がしっとりと鳴っていて悪くはない。ムーティの指揮はとうとう音楽が止まるのではないかというくらいに速度が遅くなることもしばしばで、それはそれで面白いのだが、ウィンナ・ワルツの魅力をそのようにしてまで示し得ているのかどうかはわからない。
今年はヨハン・シュトラウス2世の生誕200周年だそうで、久しぶりにウィンナ・ワルツ演奏を取り上げようと思った。ただし、ウィーン・フィルの演奏についてはここにしこたま書いたので、今日はそれ以外のオーケストラが演奏したものを選ぼうと思う。私がウィーン・フィルのニューイヤーコンサート以外で好きな演奏は6つある。うち3つは米国のオーケストラによるもので、そのうちのひとつがエリック・カンゼル指揮シンシナティ・ポップス管弦楽曲によるものでる。
意外に思われるかもしれないが、彼はオハイオ州シンシナティのオーケストラを指揮して2枚のシュトラウスのCDを残しており、なかなかの高水準の演奏を聞かせる。80年代に大ブレークしたテラークの名録音により、様々な効果音が挿入されていて、これはシュトラウスの意思を現代に受け継ぐものとして、私は好意的に評価している。どちらのディスクも、それはもう効果音挿入のオンパレードである。先にリリースされた「Ein Straussfest」のCDにワルツはたった2曲しかない(「美しく青きドナウ」「ウィーンの森の物語」)。それ以外はすべてポルカや行進曲で、しかも効果音が使われるものばかりだ。
数分間の短いポルカやギャロップにどういう効果音が使われているかは、わざわざここに書く必要もないだろう。なぜならその曲名を見ると明らかだからだ。「爆発ポルカ」では爆発音が、「クラップフフェンの森で」ではお馴染みのカッコーの泣き声が、そして「シャンパン・ポルカ」では栓を抜く音が威勢よく飛び出す。あまりにそういう音ばかりが強調されているので、もういい加減にしてくれ、と言いたくなるころにワルツが流れる。
ワルツの演奏はこういう演出が目立つものの、意外にも真面目でオーセンティックである。ウィーン訛りとも言うべき微妙な休拍も表現される。最近のやたらテンポを揺り動かす演奏というよりは、円舞のための音楽という側面を堅持しているのは好感が持てる。つまり、効果音も含め「おふざけ」の演奏とはなっていないばかりか、それとは一線を画している。あくまでシュトラウスが求めたであろう音楽の愉快さを求めた結果である。
楽譜に指定された音だけでなく、録音技術を用いて音楽に挿入されたものもある。2枚目の「Ein Straussfest II」の冒頭に収められたエデュアルド・シュトラウスのポルカ「急行列車」では、蒸気機関車の発車するシーンが登場し、その蒸気を発しつつ走行するリズムがいつのまにか音楽に乗っている。ポルカも楽しいが、やはりワルツのストレートな表現を、私は楽しみたい。嬉しいことにこの2枚で聞けるワルツは、どれも有名な名曲ばかりだ。「天体の音楽」はヨーゼフ・シュトラウス最高の1曲だし、ヨハンの名曲ワルツ「酒、女、歌」に長大な序奏が省略されることなく演奏されているのも嬉しい。
40年余りに亘ってシンシナティ・ポップスを率い、数々のベストセラーを生み出したエリック・カンゼルは、2009年亡くなった。もし今でも生きていたら、ウィーンでワルツを演奏することもあり得たかも知れない。私はカンゼルが、かつてウィーンで学んだ経験があると思っていたが、そのような記載は発見できなかった。だが彼自身がライナーノーツで語っているように、ドイツ系の両親が聞いていたウィンナ・ワルツの虜になって、これらの作品を演奏することがこの上なく楽しい、というのは真実だろう。
2. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「クラップフフェンの森で」作品336
3. ヨハン・シュトラウス2世:「シャンパン・ポルカ」作品211
4. ヨハン・シュトラウス2世:「山賊のギャロップ」作品378
5. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
6. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228
7. ヨーゼフ・シュトラウス:「鍛冶屋のポルカ」作品269
8. ヨハン・シュトラウス2世:「狩りのポルカ」作品373
9. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンの森の物語」作品325
10. エデュアルド・シュトラウス:ポルカ・シュネル「テープは切られた」
11. ヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス:「ピツィカート・ポルカ」
12. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「雷鳴と電光」作品324
1. エデュアルド・シュトラウス:ポルカ・シュネル「急行列車」作品112
2. ヨハン・シュトラウス1世:ギャロップ「中国人」作品20
3. ヨハン・シュトラウス2世:「エジプト行進曲」作品335
4. ヨハン・シュトラウス2世:「芸術家のカドリーユ」作品201
5. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」作品437
6. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「百発百中」作品326
7. ヨハン・シュトラウス1世:ポルカ・シュネル「おしゃべりなかわいい口」作品245
8. ヨハン・シュトラウス2世:「祝典行進曲」作品396
9. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
10. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」作品235
11. ヨハン・シュトラウス2世:「鞭打ちポルカ」作品60
12. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「騎手」作品278
13. ヨハン・シュトラウス2世:「クリップ・クラップ・ギャロップ」作品466
14. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「酒、女、歌」作品333
15. ヨハン・シュトラウス2世:「常動曲」作品257
さて、ここで残りの5つの演奏についても触れておきたい。これらは今もって素敵な録音で、ニューイヤーコンサートでは聞けなくなった打ち解けた雰囲気、リラックスしたムード、肩の凝らない情緒を持っている。これこそウィンナ・ワルツの王道ではないかとさえ思えてくる。
■ロベルト・シュトルツ指揮ベルリン交響楽団・ウィーン交響楽団ウィンナ・ワルツといえばシュトルツの代名詞だった。彼自身もいくつかの作品を作曲している。シュトルツはウィーンとベルリンのオーケストラを指揮して何十枚もに及ぶワルツの遺産を築いた。そのどれもが色あせることなく、素敵な時間を約束してくれる。その素晴らしさは、ウィーン・フィルと膨大な録音を残したあのウィリー・ボスコフスキー以上と言っておきたい。平日午後のFM放送でたまにシュトルツのワルツ集が放送されると、私は喜んでテープに録音したものだった。
■ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
カラヤンはニューイヤーコンサートにも登場し、それ以外にもウィーン・フィルとは豪華絢爛な「こうもり」全曲を残しているが、手兵のベルリン・フィルとも多くの録音を残している。EMIに録音したCDはここでもとりあげたが、この他に70年代、80年代に何枚組にも及ぶディスクがある(と記憶している)。そのいずれもがカラヤン流の美学に貫かれた豪華な演奏だが、それがウィンナ・ワルツのあるべき姿かどうかはわからない。だがカラヤンでしか聞けない美しい演奏であることも確かだ(https://diaryofjerry.blogspot.com/2014/03/j.html)。
■ヤコフ・クロイツベルク指揮ウィーン交響楽団
ウィーンの2番手のオーケストラを指揮して、夭逝した指揮者クロイツベルクが真面目で正統的なウィンナ・ワルツの録音を残してくれていることは、もう少し注目されても良い。ここのブログでもいち早く取り上げたので、そちらを参照して欲しい(https://diaryofjerry.blogspot.com/2016/01/j.html)。
■フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団ハンガリー人のライナーは機能的に完璧なオーケストラに、完璧にウィンナ・ワルツを演奏する方法を伝えたのだろう。それを真面目に再現するオーケストラをここでは楽しむことができる。私の記憶が正しければ、シュワルツコップが「無人島に持って行く一枚のレコード」に選んだのがこの演奏である。それがパロディなのかどうかはわからないが、この演奏は休日のドライブ中に聞くにはうってつけである。当時の演奏の欠点として、序奏や繰り返しが省略されている。
■ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団もう一人のハンガリー人指揮者は、ペンシルベニアのオーケストラを指揮して黄金の「フィラデルフィア・サウンド」を打ち立てた。その指揮はゆるぎなく完全で、しかも絢爛豪華である。ウィンナ・ワルツの要諦も抑えつつ、機能美を生かした演奏は、ライナーのものによく似ている。いまだにファンが多いのだろう、今になってもリマスターされ発売されている。
(補足)
この他にもフリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団による演奏を取り上げた(https://diaryofjerry.blogspot.com/2015/01/j.html)。また、レハールを中心としたワルツ集(https://diaryofjerry.blogspot.com/2018/08/blog-post_20.html)とワルトトイフェルの作品(https://diaryofjerry.blogspot.com/2019/07/blog-post.html)については別の記事がある。
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