2021年11月3日水曜日

東京都交響楽団第393回プロムナードコンサート(2021年10月30日サントリーホール、指揮:小泉和裕)

1982年に大阪のザ・シンフォニーホールが我が国初のクラシック音楽専用ホールとして開館した時、全国各地のオーケストラが招待され、連日オープニングコンサートが開催された。最初は朝比奈隆の大フィルで、トリがNHK交響楽団だった。このコンサートは後日朝日放送でオンエアされ、コンサートホールの違いが各オーケストラの響きをどう変えるのか、私も大いに注目して見た記憶がある。

その中に記憶が正しいか自信がないのだが、小泉和裕が指揮する京都市交響楽団というのがあった。曲目も忘れてしまったが、アンコールに演奏されたブラームスのハンガリー舞曲第1番だけは鮮明に覚えていて、世界各国のオーケストラと華々しく共演を続ける若干33歳の若手指揮者の才能を見たような気がした。

あれから私は小泉和裕のコンサートをいつか生で聞いてみたいと思いつつ、なんとこれまで一度も接したことがなかったのである。この間40年の歳月が流れている。中学生だった私は55歳になり、俊英の指揮者も70代に達した。小泉はこの間、いくつもの国内のオーケストラを指揮しているから、何度もチャンスはあったのである。だが私は何故か、小泉の演奏会に行くことはなかった。20代前半でカラヤンコンクールに優勝した指揮者は、その後の演奏を国内に限定してしまったにもかかわらず。

予期せぬ感染症が全世界を多い、すでに1年半が経過した。ここへきてようやく日常を取り戻しつつあるが、この世界的パンデミックはクラシック音楽界にも激震をもたらした。海外からの演奏家が来日できない状態が続いたのだった。しかし我が国には世界を股にかける演奏が大勢いる。今年のショパン・コンクールもその例にもれず、日本人の活躍が目立ったのは言うまでもない。

そんな中で目にした都響のプロムナードコンサートと題するわずか一夜だけのポピュラーコンサートに、私は目を惹かれた。ドヴォルジャークのチェロ協奏曲と交響曲第8番という取り合わせ。メールで送られてくる当日券情報にも、まだ席が数多く残っていることが記されていた。

通常、日本人指揮者を迎えて演奏される有名曲ばかりのコンサートに、あまり行く気がしない。オーケストラも小遣い稼ぎ程度としか思っていない可能性がある。エキストラを数多く配して、にわか作りの感が否めないようなものも多かった。しかし、今回は違った。

まずチェロ独奏は、目下最も期待される日本人演奏家である佐藤春真という若者である。ブックレットに記載されたプロフィールによると、2019年ミュンヘン国際音楽コンクールに優勝したとある。この時若干22歳。ということはまだ24歳ということになる。少し詳しく検索して見ると、名古屋生まれでベルリン在住。ドイツ・グラモフォンよりデビューアルバムも発売されている。私はさっそくSpotifyでアクセス。若々しいブラームスのソナタが聞けた。

実際に舞台左手横真から聞いた独奏チェロは、木管楽器ととても上手く響き合う。正面を向くチェリストを見ながら、オーケストラに指示を与えるのは指揮者である。指揮者を介した木管と独奏のアンサンブルの妙は、CDなんかではなかなか聞けない醍醐味であることを知る。こんな有名曲でも私のコンサート記録には、過去にたった一度しかない。舞台正面の席であれば、もう少しオーケストラの音が一体化されているのだろう。だがこの場合には逆に、管楽器が見えにくい。左横からは音を少し犠牲にしている反面、指揮者と独奏者、それにオーケストラのソリストの呼吸が大変良くわかる。

それにしてもドヴォルジャークのこの曲ほど、琴線に触れる曲はないと思う。おそらくカザルスやフルニエの歴史的名演、それに続く万感のロストロポーヴィチの名演などにCDで接してきた聴衆は、その時に聞いた音を重ね合わせているに違いない。そのしびれるようなカンタービレ。もう一体何度聞いたかわからないほど馴染んだ曲なのだが、それでもああここはこういう風にフルートが、オーボエが、クラリネットが重なっているのか、という発見の連続だった。

佐藤春真のチェロが技術的に巧いのは言うまでもないのだが、それが小泉の指揮にピッタリ寄り添って、オーケストラとの交差が見事である。完全にオーケストラに溶け込みつつも、ソロの巧さを表現している。オーケストラの中に入った独奏という感じ。これは相当練習し、かつ指揮が上手いからに違いない。

佐藤春真のことをTwitterなどで見るていと、その辺りを歩いている普通のいまどきの学生と変わらない表情で、私の会社にもいる感じである。ごく普通の感覚でありながら、聞かせどころにうまく歩調を合わせ、親しみやすいドヴォルジャークの旋律をフレッシュに聞かせてくれた。

後半のプログラムは交響曲第8番だった。舞台に上がったマエストロが指揮棒を自然に振り下ろすと、オーケストラが一斉に鳴り響いた。前半の独奏者に遠慮した硬い感じからは解放され、オーケストラの醍醐味が満喫できた。特に中低音が活躍するドヴォルジャークのメロディーは、チェロとコントラバスの人数が多い今日の編成では特に重要である。そしてチェロ協奏曲を含め、オーケストラが音を外すことなどなく、すべての楽器が素晴らしかった。第1楽章のフルートや、第2楽章でのオーボエとヴァイオリンのソロ、第4楽章冒頭のトランペットに至るまで、それは完璧だった。

第3楽章のスラブ舞曲風メロディーや、第4楽章のハンガリー風ダンスも興に乗った演奏で会場の聴衆は大いに沸き立った、と書きたいところだが、コロナ禍で「ブラボー」は禁止され、この日のコンサートには空席が目立ったことは残念である。ところが、驚くべきことにオーケストラがすべて退散した後にも拍手が鳴りやまないという、珍しいことが起きたのである。来日した老齢のマエストロならわかるのだが、通常の都響のコンサートでこの光景は特筆に値するだろう。熱心な観客は、この演奏の素晴らしさを長い拍手で表現したのである。

思えば小泉はカラヤンの弟子の一人で、アシスタントも務めていたのだろう。その指揮はやはりカラヤンのようにスタイリッシュで、流れるような旋律も颯爽と乱すことはなく、そして多くの楽器で旋律を始める時に、もたつかず自然に、しかもすっと入るあたりの職人的な感覚は、見ていて惚れ載れする。こういうところは目立たないが、なかなかのものである。一緒にコンサートを聞いた妻も、一気に小泉の演奏に引き込まれたようだ。私も毎年何度か開催される彼の名曲コンサートに通ってみたいと思う。

土曜日の昼下がり。ようやく秋めいてきた快晴の赤坂を歩く。今宵は神谷町のイタリアン・レストランで妻の転職・昇進祝いをする予定である。まだ少し時間があるので、新しくなったホテル・オークラのカフェにて1時間余りの時間を過ごす。贅沢な秋の一日は、素敵なトスカーナのワインと、北イタリアの郷土料理に舌鼓を打って帰宅。彼女は明日から北海道の実家に出かけ、妹と母親、それに私の母も参加して沖縄旅行をする予定である。その準備に取りかかりなら、久しぶりに聞いたドヴォルジャークの旋律が心地よい週末の夜だった。

※ご本人のTwitterに当日のコンサートの写真が掲載されていたので、転載させていただきました。

2021年10月17日日曜日

NHK交響楽団第1939回定期公演(2022年10月16日東京芸術劇場、指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット)

10月に入っているというのに気温の高い日々が続いている。例年だとすっかり秋めいて行くこの時期、今年はまだ半袖のシャツが欠かせない。オリンピックで日程が後に倒れた今年のプロ野球ペナントレースも、いまだに両リーグの優勝チームが決まらない。我が愛する阪神タイガースは辛うじて優勝の可能性を残してはいるものの、いくら連勝してもそれを上回るヤクルト・スワローズの快進撃にあっては焼け石に水である。むしろ25年も優勝から遠ざかっているオリックス・バファローズを私は応援している。万年最下位のこの弱小チームは、多くの選手を怪我などで欠きながらも奇跡的に首位を独走しているが、ここへきて2位のロッテ・マリーンズに優勝マジックが点灯してしまった。これもまた今年の異常と言える。

異常と言えば、あれほど感染者があふれた新型コロナウィルスの猛威が9月に入り原因不明の収束を見せつつあることは喜ばしいことだ。そしてその機会をとらえ、自民党・岸田政権は衆議院を一気に解散し、史上最速で総選挙に突入しようとしている。株価が連日乱高下し、台湾海峡では緊張が高まっている。サプライチェーンの乱れに端を発した世界的なインフレや円安にもはや打つ手がないというのに、日本中がつかの間の安堵を感じている。

そんな毎日のある日、私はNHK交響楽団の定期公演に関するメールを受け取った。昨年は中止になった定期公演が今年から復活、9月にはパーヴォ・ヤルヴィが来日し、予定通りのプログラムをこなしたようである。そして10月には何と、94歳にもある世界最高齢の現役指揮者、ヘルベルト・ブロムシュテットが3つの公演に登場するというのである!さらに地方公演も含めると1か月近くを日本に滞在することになる。もっともそのようなことは、ファンの間では知れ渡っていて、チケットは早々に売り切れ。改装工事で使えないNHKホールよりも収容人数の少ないホールとあっては、もはや手にする術はないとあきらめていたのだが、緊急事態宣言の終結を受けて追加販売されたようで、何と初日土曜日のコンサートのA席が、横並びで余っていることを当日の朝に発見した。妻に聞くと行くとう。私はさっそくこれをを購入し、夕方6時開演のコンサートに東京芸術劇場まで出かけた。

2年ぶりの池袋は、物凄い人々でごった返している。いつ行っても好きになれない街だが、コンサートとあっては仕方がない。長いエスカレータに乗ると、いつもは目にする老人や杖をついたような人をあまり見かけない。渋谷には行き慣れた人々も、池袋までとなると諦めざるを得ないのだろうか。久しぶりの満員のコンサートは、やっと取り戻された「日常」の光景である。客席がマスクをして開演を待っていると、同じようにマスクをした二人の人間が舞台に登場した。オーケストラは管楽器を除いてまだ舞台には登場していないから、係の人が何かを告げに来たのではないかと思っていたが、会場は大きな拍手に包まれた。何とその2人こそ、ヴァイオリニストのレオニダス・カヴァコスと指揮者のヘルベルト・ブロムシュテットだったのである。

驚いたことにブロムシュテットは杖もつかず、歩いて指揮台に向かった。そしてその後を追うようにオーケストラの残りのメンバーが舞台に現れた。何とも粋な演出は、9月のヤルヴィの時にもそうだったらしい。やがてチューニング。今日のコンサートはFMで生中継、テレビ録画もされる。プログラムの最初はブラームスのヴァイオリン協奏曲である。ギリシャ生まれの世界的ヴィルトゥオーゾ、カヴァコスは、1967年生まれというから私とほとんど年齢が変わらない。若いと思っていたら、もう50代なのである。ブックレットによれば、すでに過去3回もN響と共演しているようだ。

一言で言えば、ブラームスのヴァイオリン協奏曲をこんなに軽々しく演奏したのを見たのは初めてだ。CDで数多くの演奏に接している名曲だが、どの演奏もずっしりと重く、相当真剣になって弾く曲という印象が強い。録音ならなめらかで美しく聞かせるか、ライブなら必死の形相で難曲を弾き切るか。ところがカヴァコスは、どんなに速いところでも圧倒的なテクニックで難しいフレーズを乗り切って見せる。これは言ってみれば、パガニーニ風のブラームス。そして驚くのは、その速さに指揮がきっちりとついて行っている、というと失礼で、完全に独奏者の求める伴奏をこなしていることだろう。

これまで私たちは、老齢の指揮者がしばしば椅子に腰かけながら演奏する弛緩した音楽を、「枯淡の境地」などと形容しながら受け入れてきた。ブルーノ・ワルターやオットー・クレンペラーの生気を失った音楽は、辛うじて間に合ったステレオ録音によって忘却を免れ、故障続きのヘルベルト・フォン・カラヤンや晩年のレナード・バーンスタインの常軌を逸した演奏も、理解ある聴衆と商売気の塊であるレコード会社、それに献身的オーケストラによって、評論家をも巻き込んだ賛美の嵐が演出されてきた。それでも何十年かが経つと評価は歴史の波にさらされる。結局、80歳を過ぎても矍鑠として、一切の妥協を許さない指揮をしたのは、ギュンター・ヴァント、ピエール・ブーレーズ、それにニクラウス・アーノンクールくらいしか思いつかない。しかしかれらは80代で突然この世を去ってしまった。

94歳のブロムシュテットは、まだ20年は若かろうと思うような生気に満ちた音楽で私たちを瞠目させた。コロナ禍でなかったら、ブラボーの嵐が絶えなかったであろう。ブラームスでのオーケストラは、それでもやや練習不足か、少し硬いところが目立った。第2楽章の導入部分などがそうである。だがカデンツァの深く味わいに富んだ表現や、そこからそっと入って溶け合うフレーズの、なんとも洗練された品格は、まるでそれが当然のことのように示されるとあっというまに通り過ぎてしまう。だがそこは、高い技量があってこそであることは、この曲を知っている人なら納得するだろう。軽々しくヴァイオリンを操るカヴァコスは、終始ブラームスを楽しんでいるようだったし、ブロムシュテットの指揮も若々しく、それこそが奇蹟だった。そう、ブラームスは枯れてはいけないと思った。この音楽、どのフレーズも生々しい野心に満ちている。それを表現できない演奏は、本物のブラームスではないような気がしている。

しかし、本日の圧巻はブラームスよりもむしろ、後半のニールセンにあったことは確かだ。一音を聞いただけでオーケストラの響きが違った。この日のN響は、確かな練習量を想像させた。特にクラリネット独奏の見事さと言ったら!ブロムシュテットの十八番であるニールセンの音楽を、初めて聞く曲でありながらかくも新鮮な感覚で聞かせる演奏に出会えたのは、一生の思い出になるだろう。ブロムシュテットは愛する北欧が醸し出す独特の風景を、圧倒的な自信を持って聴衆に明示した。そのエネルギーは強力にオーケストラに乗り移り、乾いてやや冷たい色彩感と打楽器に象徴される独特の緊張感を、30分以上に亘って維持するというものだった。

記憶する限りニールセンの交響曲を、ブロムシュテットは過去に2回録音している。1回目はEMIへの録音(70年代)でデンマーク放送響によるもの、2回目デッカへのデジタル録音で、オーケストラはサンフランシスコ響である。このことからもわかるように、彼はこの作曲家の第1人者と言える。その確固たる解釈でニールセンを聞いていると、確かにこの作曲家にしかないようなものを感じる。それはシベリウスとも異なるものだ。

作曲された1920年代という時代は、第1次世界大戦が終結し、つかの間の平穏を取り戻しつつあった頃である。時折鳴り響く小太鼓が、いつのまにか世界を巻き込む戦争を想起させるが、そのこととこの度の世界的なパンデミックとを重ね合わせて考えることができる。もう元に戻らないのではないかとさえ思わされた災いが次第に遠ざかり、少しずつ日常を取り戻していくことができるのだろうか。そんなことを考えながら聞いたコンサートだった。何度も舞台に呼び出されては満員の聴衆から総立ちの拍手を受けるマエストロ。その光景を2年ぶりのN響定期で味わうことができた。今回こそもうこれが最後かと思った前回のブロムシュテットの演奏会から、もう2年以上の歳月が流れた。コロナ禍が世界を覆っても、忘れてはならない日常が存在する。日常と異常の交錯。そのことを音楽で示したのは、ニールセンを指揮するマエストロの飽くなき情熱だったような気がする。

2021年10月3日日曜日

エネスク:「2つのルーマニア狂詩曲」作品10(アンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団)

中学生の頃、ルーマニアに行ってみたいと思っていた。何故かはわからない。もしかすると「ラジオの製作」という今は無くなってしまった雑誌の表紙か何かに、東欧のどこかの国の広場の風景が載っていて、その石畳の広場では民族衣装をまとったグループがダンスを踊っている。そんな風景に憧れたのだろうと思う。なぜラジオに興味を持つ中高生向け技術雑誌の表紙に、そんな写真が掲載されていたのかはよくわからない。だが当時、短波放送を聞くといった趣味が流行していて、私もその影響を受けたのだが、異国の放送を聞くことはその国の文化に触れることにもなるわけで、ここに技術的な追及が諸外国への関心とが結びつく。

ある日の早朝だったか。ルーマニア国営放送の海外向け放送を聞いたのはそんな頃で、当時はチャウシェスクによる独裁国家だったのだが、なかなか受信が困難なその放送を聞いた時の喜びは計り知れないものだった。雑音にまみれた不明な言語で放送されていたその放送が、確かにルーマニアの放送であることを確信したのは、その放送開始の音楽にエネスクの「ルーマニア狂詩曲第1番」のフレーズが使われていたからである。このルーマニアを代表する作曲家の作品の中で、ひときわ有名な曲だったが、今のようにオンライン配信サイトで気軽に聞くことなどできなかった時代、これがどんな音楽かを知るには多くの困難が伴った。けれどもこの音楽は、確かに「ルーマニア狂詩曲」であることを確信した。

もっとも「ルーマニア狂詩曲」の全曲を聞いたのは最近になってからのことである。「ルーマニア狂詩曲」は第1番と第2番の2曲からなる作品だが、第2番は地味であまり演奏されないことに比べ第1番の録音は多い。それは曲の親しみやすさにあると思う。兎に角全曲舞曲風のリズムが弾け、聞いていて楽しいことこの上ないのである。しかし弦楽器のメロディーが印象的な第2番も味わい深い作品であるように思う。この2つの曲は対照的で、エネスクは2つで1つの作品としていることからも、ルーマニアの2つの側面を様々に表現したからだろうか。想像するに民族舞踊に代表される文化的側面と伸びやかで美しい自然、といった感じだろうか。あくまで勝手な想像に過ぎないのだが。

「ドナウ河紀行」(加藤雅彦著、岩波新書)は、ドナウ川が起源を発する南ドイツから黒海に至るまでの東欧各国について、その歴史や文化を美しい文章で綴った名著である。この本を読みながら、ウィーン以外は行ったことのないドナウ川の河流に思いを馳せた。この中に当然、ルーマニアの章もある。それによれば、ルーマニアはローマが支配した間にラテン化されたダキア人の国だったとのことである。だが、ルーマニアを巡る諸民族の興亡は、この国に多彩なものをもたらす。例えば、ドナウ川に面していないトランシルヴァニア地方は、ハプスブルク家の領土だったこともあり、ドイツ風の街並みが見られるとのことだ。そしてその役割を果たしたのがハンガリー帝国だったと聞くに及び、この地域の入り乱れた文化的背景は、隣国のユーゴスラヴィアなどどともにまさに民族のモザイクとも言うべき歴史を持っている。

私が有名な第1番を聞いた時の演奏は、ハンガリー人アンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団だった。Mercuryの古いにも関わらずヴィヴィッドな録音は、音符の隅々にまで各楽器がきっちりと音色を響かせるさまと沸き立つようなリズムを明確に捉えており、今聞いても興奮する。けでどもこのディスクは、どういうわけか第1番と第2番が別々に収録され発売されている。第1番の方はリストの「ハンガリー狂詩曲」などと一緒に収録されていた。一方、第2番の方はブラームスの「ハンガリー舞曲」。この「ハンガリー狂詩曲」と「ハンガリー舞曲」の演奏は大変有名で素晴らしく、今もってこの曲の代表的な録音なのだが、エネスクの方は何か付け足し、レコードの余白を埋めるための小ピースという扱いを受けていた。

Spotifyの時代になって、うまく検索すればこの2つの曲を別々に聞くことができる。さらにはストコフスキーやロジェストヴェンスキーといった指揮者による名演奏にも触れることができる。Enescuと検索すれば、もっと珍しい他の作品や、彼自身が指揮した古い録音などもあって興味が尽きない。

長く続いた緊急事態宣言が解除され、大雨をもたらした台風一過の晴天が本格的な秋の訪れを感じさせる朝になった。私はひさしぶりに音楽が聞きたくなり、「ルーマニア狂詩曲」を聞いてみたくなった。第1番の冒頭は、クラリネットとオーボエなどが掛け合ってメロディーの一節を歌う。これらが噛み合ってやがてひとつの流れになると舞踊風の曲が弦楽器で流れてくる。スメタナの「モルダウ」などを思い出させるが、こちらはもっと明るい。そういえばルーマニアはローマの流れを組むラテン人の国だと思いだす。音楽は常に早く、ジプシー風の舞踊曲が次から次へと流れて行くので聞いている方はウキウキする。このような曲を集めたポピュラー・コンサートもかつては結構開かれていたように思うが、最近ではほとんど見かけなくなった。一度実演で聞いてみたいと思う。

第2番は打って変わって、弦楽器のアンサンブルが懐かしいメロディーを奏でる序奏部にまず憑かれる。ただ底流を流れる明るさは第1番と共通した傾向だ。オーボエのソロが終始印象的で、これは夜のシーンで多用されるような感じだが、やがて大きく、明るくなると、どこか大自然を感じるような気分になるのは私だけだろうか。終結部でもまた、妖精が出てくるような静かなシーンが心地よい余韻を残す。

このブログでは最初、有名な第1番のみを取り上げようと思っていた。第2番は聞いたことがなかったからだ。だが検索の仕業により第2番を間違って聞いたことから、この曲との出会いが始まった。そしてこの第2番は第1番とは異なったムードでありながら、やはり明るく高らかにルーマニアの魅力を伝えているように思われた。目立たないが、それなりに演奏されているエネスクの代表作は、また音楽以外の面でもあまり知る事のできないかの国への関心を掻き立ててくれる。丁度中学生の私がラジオ雑誌の表紙でイメージを膨らませたように。

あれから40年以上が経過したが、今ではEUの一員にもなったルーマニアにも、やはり一度は出かけてみたいと思っている。

2021年9月4日土曜日

ハイドン:弦楽四重奏曲作品20(第31番変ホ長調、第32番ハ長調、第33番ト短調、第34番ニ長調、第35番へ短調、第36番イ長調)(モザイク四重奏団)

子育ても一段落した中年以降の妻子ある男性とって、家庭内の居場所が徐々に失われて行くことは世界共通の極めて深刻な悩みである。家の大きさや経済状況もその傾向に影響を及ぼす要素ではあるが、本質的な部分は変わらない。無観客となった東京オリンピックのメイン会場に、放送局が特設スタジオを設置しているが、その画面から見える会場周辺をうろつくうろつく人々にも、そのような中年男性の姿が映っている。たいていは一人で写真などを撮っていたりしている。

盛夏となった今年の東京も、青空に雲が沸き、なかなかいい陽気である。五輪選手の中には東京の暑さを訴える人がいるようだが、大阪生まれの私にとっては今年の東京の夏は、理想的な夏である。晴れて風が吹き、日陰に入るとさわやか。これが凪を伴う瀬戸内地方へ行くと、こうはいかない。だから日曜の朝、、家族はまだクーラーなどを書けて朝寝坊をしているが、ひとり家を飛び出して近くのベンチで音楽などを聴いている。もちろんあちこちに同類の友がいる。

自分も腰を痛めて満足に歩けないため、家に籠っていたが、それも限界である。かといってコロナ禍では家族に外出を勧めるわけにもいかない。実家などへ長期に帰省することも憚れる。学校や休みとなる夏だが、観光に出向くこともできず、お酒も飲めない飲食店でゆっくりと過ごすわけにもいかない。コンサートも中止、スポーツ観戦も無観客、展覧会は過密状態が気になり、乗り物への乗車も怖い。もうこういう状態が1年以上続いている。同じ境遇なのか妻は機嫌が終始悪く、子供は引きこもってしまった。私も引きこもってしまいたいが、その場所がない。そして昨年来の腰痛で、外出もできない。いや、そもそも不要不急の外出は、腰の状態にかかわらずすべきでないのだ。持病のある私にとって、感染は命取りになるからだ。ワクチン接種は無事終えたが、重症化を防いでくれるだけで、デルタ株などあまり感染抑止に効果がないらしい。

そんな蒸し暑い休日の朝、人気の少ない家の近くの公園で、ひとり静かに音楽を聞くことができるのは、せめてもの慰めである。そして私の愛するハイドンの弦楽四重奏曲を、今日も聞いている。ボートの講習会に集まった小学生たちが、親と一緒に運河に船を運んでいる。今日聞いているのは、ハイドンがいわゆる「疾風怒涛(シュトゥルム・ウント・ドランク)」と呼ばれた時期に作曲した「太陽弦楽四重奏曲(作品20の6曲)である。「太陽」というあだ名がついたのは、出版された楽譜の表紙に太陽が印刷されていたからだそうだが、なるほどこの夏の暑い日の朝に聞くのに相応しい名前だということだろうか。

作品20の6曲の特長はいくつかあるが、短調で書かれた作品があること(第3番ト短調、第5番へ短調)、そして終楽章にフーガが多用されていることである(第2番ハ長調、第5番へ短調、第6番イ長調)。この作品は、ハイドンが交響曲とともに探求してきた弦楽四重奏曲の、いわば転換点となる作品とされている。ここで様式が確立されたのだそうだ。だから外せない、と私はいつか、モザイク四重奏団の演奏する2枚組のCDを購入していた。購入したのはいいのだが、少し聞いただけで棚に戻してしまい、以後、まとめて聞いた記憶がないのである。ハイドンの弦楽四重奏曲の最後の方の作品を聞いた後で、どうしてまたこのような古い作品を、と思わないでもないのだが、こういった理由で取り上げることにした。もちろん私の朝の散歩の慰めに聞いたことも理由ではあるのだが。

さてCDではまず第1番(第31番)変ホ長調から始まる。疾風怒濤の時期の作品ながら、上品で落ち着いた開始の音楽でほっとするのだが、この第1楽章が滅法長い。10分近くあるのだが、後期の作品を聞いて来たので冗長であるような気がしてならない。第2楽章は少し短いが、ここはメヌエット。そして第3楽章はどうも冴えない曲がだらだらと続く。どうも自分の心理状態を反映しているようで、あまり気分が良くない。

続く収録作品は第5番(第32番)へ短調である。短調であることも珍しいが、へ短調というのも聞いたことがあまりない。そしてそのほの暗い陰鬱なメロディーは、私を再び悲しい気分にさせるのに時間はかからなかった。むしろ今の気分に合っているような気がする。だからなのか、10分も続くが聞いていられるのが不思議である。第2楽章メヌエットを経て始まる第3楽章アダージョは、親しみやすい慰めの音楽にほっとさせられる。そして終楽章の短いフーガは、再び気持ちが現実のものとなってしずかに押し寄せる。それでも重くなり過ぎないこの曲は、なかなか特徴的でいい曲だと思った。

2枚組の1枚目最後は、第6番(第36番)イ長調である。この曲はその調性からか、とても明るく快活である。そして第2楽章アダージョ、カンタービレは、何とも心に淡々と染み込んでいく素敵な曲である。メヌエットを経てフーガ静かに始まる。全体的にまとまりがいい曲である。

2枚目のCDは第2番(第32番)ハ長調で始まる。ここでは第1楽章冒頭のチェロが印象的である。夏の風に揺れる青々した木々を眺めている。静かで落ち着く時間である。そして淡々と続いて行くフーガは落ち着いた風情を見せ、明るさの中身も一定の重みが感じられる。ところが第2楽章は悲痛なモチーフで始まる。続く劇的な音域の激しい上下は、心を突き刺すような激しさで聞く者を驚かせる。ところが中間部に入ると、まるで楽章が変わったように一点、落ち着いた優しいメロディーが聞こえてくる。痛みにもがいていた重症患者が、心地よい眠りに入った時のようなこの落差は、まるでロマン派の音楽のようだ。気が付くと第3楽章の三拍子となっており、第4楽章では再び劇的な音楽が展開されて終わる。この曲は若きハイドンの野心的な試みの曲だと思った。

第4番(第34番)ニ長調もまたハイドンの表現の幅を追求した作品のように思える。第2楽章のどこか懐古的なメロディーは、モザイク四重奏団のモダンで明るい音色によって中和されているとはいえ、懐かしさを覚える。第3楽章は楽し気で、第4楽章は速くて明るく陽気である。第3番(第33番)ト短調は、短調の曲に相応しく、聞いていたあまり楽しくない。第2楽章に陰鬱なメヌエットが置かれており、長い第3楽章の静かなメロディーは、時々途切れるのが新鮮だ。これは第4楽章でも同様である。

ハイドンの音楽の魅力は、古典派の様式を映し出す理性の枠組みは維持しつつも、それを意図的に逸脱して崩す仕組みを随所に散りばめながら、決してその一線を越えない情緒が垣間見えるところであろうか。この交響曲でもさんざんつき合わされた試みが、四重奏曲の分野でも同様に行われている。ひとつひとつの曲は、交響曲のほうが聞いていて楽しいが、かといって浅番の作品をわざわざ取り上げて聞くこともないのが実情である。それにくらべると弦楽四重奏曲の方が、BGM代わりにずっと聞いていられる。仕事の邪魔をしないし、旅行に持って行って車窓風景を眺めながら聞くのにも有用である。この際の欠点は、今どの曲のどこを聞いているのかもよくわからない状態になってしまうことなのだが、まあこれは仕方のないことだろう。

2021年8月9日月曜日

日本フィルハーモニー交響楽団演奏会(2021年8月7日ミューザ川崎シンフォニーホール、指揮:下野竜也)

コロナ禍に見舞われた昨年、NHKは日曜夜のクラシック音楽の放送枠に、全国の地方オーケストラの公演を取り上げた。その中でとりわけ私を注目させたのは、下野竜也が指揮する広島交響楽団のベートーヴェン「エグモント」(全曲)の演奏会だった。序曲だけが有名なこの作品の全曲を、ナレーション(エグモント)とソプラノ(クレールヒェン)付きで演奏する意欲的な取り組みは、ベートーヴェン生誕250周年だったこともあり、事前に組まれていたものだろう。だが私の目を見張ったのは、その演奏の素晴らしさだった。

私は未だにこの鹿児島生まれの指揮者の姿を見たことがない。読売日本交響楽団などをしばしば指揮しているから、接しようと思えば簡単なことだと思いながらも、なかなかその機会が持てないでいた。だがテレビで見たその指揮は、なかなかスマートなもので、特にフレーズが次のフレーズに移ってゆく時、自然に流れを持続させるのが非常にうまいと思った。広島交響楽団というのが、どの程度の演奏団体なのかは実演で接したことがなく未知なものだったが、少なくとも映像で見る限り、これは第1級の演奏だと思った。他のオーケストラと比べても、それは歴然としていたと思う。

そしてエグモントとしてナレーションを担当するのが、バリトン歌手の宮本益光。この単なるナレーションに歌手をわざわざ起用しているのは、この演奏会の成功の要因だと思った。日本語なので自然に頭に入って行くことに加え、音楽との微妙な交わりがとても良い。ミューザ川崎シンフォニーホールで聞いた実演に関していえば、マイクを使う必要もなかったのではないだろうか?かえって残響が耳に残った。

クレールヒェンを歌ったのは、これも広響との公演と同じソプラノの石橋栄美で、彼女を私は新国の「フィデリオ」(2018年)で聞いている(マルツェリーネ)。その経歴から、私の生まれた大阪出身で、しかも私の育った豊中にある大阪音楽大学の出身とある。豊中でもとりわけ庶民的な地域にあるこの大学の前を、私はこの4月に歩いたばかりであるだけでなく、私の通った高校の音楽の先生などもこの大学を出ていたりしたから非常に親近感が沸く。もしかして同じ高校?などと勘繰り、さらに経歴を調べてみたら彼女は東大阪の出身で高校は天王寺にある夕陽丘高校だと判明した。

その石橋のソプラノの素晴らしさも特筆すべきもので、舞台向かって右後方より聞こえてきた自信に満ちた歌唱は、私が聞いた1階席では完全に音楽に溶け込み、素晴らしいバランスで3つのアリアを完璧に歌いこなした。 

ゲーテの戯曲にベートーヴェンは音楽を付けた。そのことだけでも興味が沸くこの作品の全曲が演奏されることは非常に少ない。私はかつてジョージ・セルがウィーン・フィルを指揮して録音した演奏でこの曲を知り、その後、クルト・マズアがニューヨーク・フィルと録音したCDで親しんで来た。だが実演に接する機会が来るとは思わなかった。この度、偶然川崎の音楽祭のパンフレットなどを眺めていたら、昨年テレビで見た広島での公演と同じものを日フィルとやることがわかった次第。迷わずチケットを買い、勇んで会場に入ったがその客席は2割にも満たない状況に、いくらコロナ下とは言えちょっと残念に思った。前日のバッティストーニは、5割は入っていたと思うからなおのことである。

プログラムの前半は、何とシェークスピアを題材にした曲が3つ。ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲で始まり、ヴォーン=ウィンドウズの「グリーンスリーヴス」による幻想曲を経てニコライの歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」と続く不思議な選曲。これらの3曲は非常にポピュラーで聞いていて楽しい作品だが、この日の演奏会は兎にも角にも後半の「エグモント」に注力した感じ。練習していないとは思わないが、軽く流した感じもしてちょっと不満ではある。だが「グリーンスリーヴス」の美しい音色は、心に染み入ってしばし音楽に触れることを喜んだ。

昨日の東フィル、今日の日フィル、いつもの東響、だけでなくここ川崎で聞くオーケストラの音は、いつもちょっと濁っている。これはホールに原因があるのかも知れない。だがこのホールに来ていつも思うのは、その客層の良さである。何かとても音楽を聞くことを楽しみにしている人が多いと思う。醒めたN響の定期会員や、何か特別な感覚のある読響、それに余り音楽に縁のない人がなぜか多い都響、と在京オーケストラにも様々な個性がある。そんな中で、この川崎に集う聴衆は、オーケストラが登場するだけで拍手を送る。だがそのような愛すべき聴衆も、今や高齢化が避けられないようだ。そのことがちょっと淋しいと思った。

なお、毎年夏の「フェスタミューザ」の広告に使われるイラストは凝っていて面白い。今年はベートーヴェンがテニスのラケットを持ち、マーラーがコーラ片手に山登りに出かけるというもの。とても面白いからここにも張り付けておきたいと思う。


2021年8月8日日曜日

東京フィルハーモニー交響楽団演奏会(2021年8月6日ミューザ川崎シンフォニーホール、指揮:アンドレア・バッティストーニ)

 ツイッターでフォローしている音楽ライターが、川崎で毎年夏に開催される「フェスタサマーミューザKAWASAKI」での音楽会について、好評のコメントを寄せている。ということは、このコロナ禍においても演奏会が開催されているということである。考えてみると神奈川県は緊急事態宣言も出ておらず(7月末時点)、中止になる理由はない。そういうわけで私も久しぶりにコンサートに出かけようとプログラムを眺めてみたら、何とバッティストーニ指揮の東フィルがまだ沢山あまっているではないか!

東フィルのコンサートも、首席指揮者として大人気のバッティストーニが指揮する公演は、いつも売切れ。私も過去に何度か行こうとしてきたが、直前だと満員御礼のことが多く、未だに一度も聞いたことがない。そうこうしているうちにコロナが感染爆発を起こし、コンサートそのものが中止になってしまったのが昨年である。東フィルに限らず、辛うじて観客数を抑え何とか公演にこぎつけた場合でも、外国からの指揮者を迎えることはできない日々が続いていた。

それに加えて、私を襲ったのが腰痛とそれに続く長い闘病の始まりであった。もうかれこれ1年近くに及び、私の下半身はいまだに言うことを聞かず、しびれと痛みが時おり襲ってくる。このような状態で2時間もの間、会場の椅子に座る自信もなければ、そもそも会場に足を運ぶだけの力も失せてしまった。クラシック・コンサートの会場では、歩くのも苦労するような人々をいつも大勢見かけるが、彼らはそうやってここへ来て座っているのだろうか、といつも思っていた。ところがその仲間入りを、私も果たしてしまった。

どうせ世の中は不要不急の外出をしないよう呼びかけられている。たとえ外出に成功したとしても、感染の恐怖に怯えながら常時マスクを装着しなければならず、酷暑の中では不快で不自由極まりない。そういうわけでわずかに開催される演奏会にも、出かけたくなる精神状態ではなかったのである。おそらく同様の状況に置かれてる人は多いと推測される。だからチケットが結構余っている。これでは演奏家の方々も可哀そうである。

コロナ禍が襲いつつあった昨年2月の新国立劇場で見た歌劇「セヴィリャの理髪師」を最後に、生の演奏会から遠ざかること1年余り。しかしここへ来てやっとのことで、腰痛は少し軽くなり、我慢をすれば外出もできるように思えてきた。そもそも人間は、旅行をしたり芸術に触れることによって人間性を回復し、家族や友人との交流によって生活を営む存在である。音楽に接することは、生活に必要な行為であると言える。演奏会への参加は、決して不要不急なものではないのである。

そういうわけで私は久方ぶりにチケットを購入し、8月6日の演奏会に出かけた。プログラムはオール・イタリアン。ヴェルディの歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲で始まり、レスピーギの珍しい組曲「シバの女王ベルキス」と続く。賑やかな演奏会になりそうだ、との大方の予想通り、カラフルなサウンドが会場を満たすと、実演で聞く音楽の高揚感が1年ぶりに私の体に押し寄せてきた。

ドリンクの販売もない休憩時間を経て後半には、世界を代表するハーピスト、吉野直子が登場。今日のプログラムの目玉であるニーノ・ロータの珍しいハープ協奏曲を披露した。

ロータは映画音楽で有名な作曲家だが、実際には複数の交響曲を含むクラシック音楽を多数作曲しており、それらの音楽が死後に演奏されることが多くなっている。ハープを独奏楽器とする曲は大変珍しいが、この曲も定番のフルートとハープの組合せだけでなく、トロンボーンやホルンなどといった楽器との二重奏などもあって、この音色の溶け合いが大変新鮮だった。ハープの清涼感あるバロック的な響きが、現代音楽の要素の中に入りこむ野心的作品に思えたが、音楽としての充実度はどうか、と問われるとちょっと答えに困惑する。

吉野直子を聞くのは初めてだった。彼女の弾くハープのディスクは、アーノンクールによるモーツァルトの定番「フルートとハープのための協奏曲」を私も愛聴しているのは、先に書いた通りである。若い頃から頭角を現し、数々の演奏家と共演を重ねている彼女はロンドン生まれだそうだが、私と一つ違いという年齢もあって親近感が沸く。そして音楽学校を出ておらず、国際基督教大学の出身であることも最近知った。

彼女は鳴り止まない拍手に応え、アンコールに小品を披露したが、これはフランスのハープ奏者だったトゥルニエの演奏会用練習曲「朝に」という曲であることが、ミューザ川崎シンフォニーホールのWebサイトに掲載されている。今日のプログラムは編成が大きく、オーケストラの中に2台のハープが置かれていた。だが彼女はこれとは別のハープを演奏した。曲の中で聞こえてくると世界が一瞬にしてモードが変わり、丸で蝶が舞うような感覚にとらわれるハープも、独奏楽器として使われると、長大な時間、重い楽器をずっと弾いていなければならないのは大変タフなことだと思わずにはいられなかった。

プログラムの最後を飾るレスピーギの交響詩「ローマの松」については、もう何も言うことはないだろう。極採色の大編成はオルガンとその左右に計7名もの金管奏者を配するもので、私の知っている音楽の中でもっとも大音量だと思う曲である。キラキラ光る鮮やかな冒頭とに挟まれて、鳥が鳴く静寂な中間部も聞きものである。私のバッティストーニに対する感想は、意外にも落ち着いたオーソドックスな指揮だということ。だから安心して聞ける指揮者だと思った。その分興奮に満ちた音楽という前評判も、私にはどこか醒めたものに感じられた。

楽団員が引き上げても指揮者のみがステージに呼び出されるのは珍しい光景である。来日した巨匠の最後の演奏会ではよく見るが、それが何と実現された。舞台に再び登場したバッティストーニは、惜しみない拍手に応えていたが、それは彼の日本での人気ぶりを表していた。

2021年7月28日水曜日

ハイドン:弦楽四重奏曲作品77(第81番ト長調、第82番ヘ長調)、作品103(第83番ニ短調)(アマデウス四重奏団)

一連のハイドンによる弦楽四重奏曲の最後を飾る「ロブコヴィッツ四重奏曲」(作品77)は、1799年に作曲された。この頃のウィーンにはすでにベートーヴェンがいて、ピアノの名手として名を馳せていた頃である。ベートーヴェンが記念すべき交響曲第1番を初演するのは1800年である。そのベートーヴェンはまた弦楽四重奏曲を数多く作曲しているが、その最初の作品18は、ハイドンの作品と同様にロブコヴィッツ侯爵へ献呈されている。このことは興味深いことである。ハイドンの最晩年の弦楽四重奏曲とベートーヴェンの最初の弦楽四重奏曲は、いずれも同じロブコヴィッツ侯爵の依頼によって作曲された。ハイドンは70代にさしかかろうとしていたのに対し、ベートーヴェンはまだ20代の若者だった。

ハイドンの生涯はモーツァルトを包含し、ベートーヴェンに重なっている。交響曲と弦楽四重奏曲という分野において、この事実は3人の作品が互いに影響を与え合うことになった。弦楽四重奏曲のスタイルを確立したのは紛れもなくハイドンであるが、ハイドンはまたモーツァルトによりプレゼントされた「ハイドン・セット」から影響を受けた。交響曲の分野ではハイドンがモーツァルトやベートーヴェンに与えた影響は計り知れない。モーツァルトによる輝かしい弦楽四重奏曲については、また別の機会に触れなければならいし、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は、ハイドンの古典的スタイルから次第に脱皮し、交響曲同様、新しい極致を開拓している。これについても数多くのことが書かれているし、私も取り上げないわけにはいかないだろう。

だがここで私が聞いているのは、ハイドンが最晩年に作曲した2つの弦楽四重奏曲で、ハイドンによる弦楽四重奏曲はこれ以降は、未完に終わった作品103だけである。ハイドンがロブコヴィッツ侯爵に献呈した最晩年の2つの作品を聞いて感じることは、これらの作品が実に落ち着いているにもかかわらず、軽やかであることである。自然に音楽が体に入って来る感覚。一般に晩年の作品ほど自然体に近い感覚にとらわれる作品を残す作曲家は多いが、常に襟を正しているような格式のあるハイドンの作品で、このような感覚を持つのは異例である。交響曲の最後の作品を聞いてもそのようには感じないし、この「ロブコヴィッツ四重奏曲」と同時期に作曲されたオラトリオ「天地創造」などは渾身の力のこもった作品である。またその後に作曲されたオラトリオ「四季」はハイドン最高峰の作品だと思っているが、ところどころに音楽が自然に身に沁みとおる感覚はあるにせよ、何せ規模が大きく、そして凝っている。

それに対し、弦楽四重奏曲作品77の2曲はどこをどう聞いても、ここにはもう他にどのような曲になるかも考えられないような必然的な音楽が、恐るべきことに何の余分な力も入らない形で、しかもハイドンらしい節度をわきまえた感覚で私の前に存在している。もうこれ以上どこに向かうこともできないような、それでいて行き詰まり感などのない世界。信じられないことに、音楽の完成度という点においてこれ以上のものはないのではないだろうか?そしてそれはモーツァルトのような天才性というのとも少し違う。同様に無欠の完全性を持つ作品であったとしても、ハイドンのそれは、長い試行錯誤の末に築き上げられた努力の結晶ともいうべきものだからである。だから私はハイドンの作品に、モーツァルトにも増して親近感を覚える。そしてまたベートーヴェンがこの先を発展させざるを得なくなる苦悩に対しても。

弦楽四重奏曲第81番ト長調(作品77-1)は、スタッカートのような跳ねるようなリズムで始まるのが印象的である。丸で鞠で遊ぶようなおどけたようなメロディーは、第1楽章を通して聞かれる。一聞、イージーに書かれたような印象を与えるが、決してそうではないと思わせるようなものを持っている。

第2楽章が秀逸で、無駄なく、しかもしっかりと音楽がそこに存在している。そして重要なことは、ハイドンの音楽が決してスピリチュアルではない点である。むしろそれとは対極的に音楽としての存在を主張する。第3楽章の速いメヌエットの中間部では、スケルツォのような激情も登場するが、それもしかしベートーヴェンのように破綻するものではなく、きっちりと中庸の器の中に間隙なく収まっている。第4楽章に至っても無理なく自由である。

一方弦楽四重奏曲第82番は、結果的に完成されたハイドンの弦楽四重奏曲の中で、最後になった作品である。その感想を一言で言えば、第81番同様に無理のない中にも高度な完成度を感じることに加え、さらに深みを覚える作品である。また第2楽章は前作のアダージョとは異なり、メヌエットが置かれている。そのリズムの処理は諧謔的。第3楽章の長いアンダンテが尻切れトンボのように終わると、終楽章のソナタが始まる。

ハイドンはロブコヴィッツ四重奏曲を当初6曲から成る作品として作曲を開始した。しかし完成を見たのは2曲のみである。ハイドンの意欲は、むしろこの時期にはオラトリオ「四季」に費やされた。その作品から3年が経過し、ハイドンは作品103(第83番)として知られる次の弦楽四重奏曲の作曲に取り掛かった。しかしわずか2つの楽章のみを作曲しただけで未完成のままとなった。現在聞くことのできるのは、第2楽章と第3楽章のみということになっている。私もこの機会にこの作品に接して見たのだが、先入観のせいかそれ以外の作品のような優雅さにいささか欠けるような気がする。ハイドン自身、この作品には満足できるものではなかったようだ。だが、それは歳のせいであるとわかっていたハイドンは、そのことを素直に告白して、この作品を未完成のまま出版した。そういうところがハイドンらしいと思う。彼は自分の作品が一定の完成度を持たないといけないと考えた。音楽は常に明るく、楽しいものなくてはならない。そして彼は、出版された楽譜に、そのことをわざわざ告白している。

すでに老いたしまったハイドンは、これ以上の作品を生み出すだけの力を発揮することはなかった。これに代わって6曲から成る弦楽四重奏曲をロブコヴィッツ侯爵に献呈したのは、ベートーヴェンだった。息子よりも若い世代の活躍にハイドンはどう感じていたのだろうか。しかしモーツァルトであれベートーヴェンであれ、彼らの才能をいち早く認めていたのは、ほかならぬハイドンだった。古く懐かしいが、いまなお評価の高いアマデウス四重奏団のセットを聞きながら、コロナ禍が続く2021年の暑い夏を静かに過ごしている。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...