2021年4月29日木曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(14)マリス・ヤンソンス(2006, 2012, 2016)

もう1年以上が経つというのに、一向に終息の兆しが見えない新型コロナ禍の中にあって、あろうことか腰を痛めて半年が経つ。このようなときにこそ、明るい気持ちになりたいと始めた過去の「ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート」に関する記事も、折り返し地点に達した。カラヤンが歴史的な登壇を果たした1987年から数えても30年以上もあるのだから、これを全部聞くというのは無謀とも言うべきものだ、と最初は思った。

だが、とうとう2006年のコンサートについて書くときが来た。といってもここから先の20年足らずの期間は、実際のところいくつかの年を除き(例えば、2008年のジョルジュ・プレートル)、あまり筆が進まない。毎年のようにわくわくと新年を過ごしていた90年代に比べると、思い出に残るコンサートも減って印象が薄い。これは私だけが持つ感想だろうか。

まあここまで聞いて来たのだから、これから先の2021年までの演奏についても、少しは触れておきたいと思う。実際のところ、ウィンナ・ワルツを主体としたこのコンサートは、万全を期した名門オーケストラと世界的指揮者が、年に1回だけ繰り広げるハレの舞台で、色とりどりの花が所狭しと会場を飾り、それをいくつものシャンデリアが照らす光景は豪華絢爛。知らず知らずのうちに音楽は興に乗って、パフォーマンスや新年の挨拶もあり、誰が演奏してもそれなりに楽しい。思えば2000年代に入り、登場する指揮者にも少しずつ変化が訪れて、より国際的な年中行事となって完成されていった感がある。

そんな中で迎えた2006年のニューイヤーコンサートには、マリス・ヤンソンスが初めて指揮台に立った。ヤンソンスは旧ソビエト連邦、ラトビア共和国の生まれで、レニングラード・フィルの指揮者としてキャリアをスタートさせた。私の場合、オスロ・フィルと録音したショスタコーヴィチやシベリウスの交響曲、それにストラヴィンスキーの名演奏などが思い出に残っている。

ヤンソンスがウィーンに留学していた頃があるとは知らなかったが、ドイツ系の音楽が得意という印象はなく、ましてウィンナ・ワルツのような曲が得意であるという評判も聞いたことはなかった。だから、ニューイヤーコンサートの指揮者に選ばれたことを知った時、正直に言えば意外な感じだった。登場する指揮者のマンネリ化と高齢化が進む中で、ウィーン・フィルとしても新しい指揮者を迎えたかったのだろう。当時の世界的指揮者の中で、誰が相応しいかと慎重に検討した結果、ヤンソンスが無難な選択だったのかも知れない。

そのヤンソンスの2006年のコンサートは、前半にワルツが2曲もあり、「春の声」と「芸術家の生涯」という有名曲が並んでいる。この2曲の演奏では、なかなかいい滑り出しとなっているにもかかわらず、後半のコンサートは、やや失望するものに終わっている。その原因は、パロディを中心としたプログラムの安直さにあるのではないだろうか。

2006年はモーツァルトの生誕250周年にあたり、モーツァルトの音楽が多数演奏された年だった。そこで後半のプログラムの2曲目には、何とモーツァルトの「フィガロの結婚」序曲が演奏されたのである。この演奏は当然悪くはないのだが、ニューイヤーコンサートに登場すると非常に違和感がある。これは1991年のアバドの時を思い起こさせた。

さらにこの曲に続き、ヨーゼフ・ランナーがモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」や「魔笛」のメロディーを取り入れたワルツ「モーツァルティアン」なる曲が演奏された。良く知られたメロディーが次々に登場するこの曲は、ただ1度だけ聞くには面白いが、それ以上でも以下でもないもので、平凡な曲と言えばほめ過ぎの感さえある。まあ記念の年だし仕方がないと思っていると、今度は「芸術家のカドリーユ」なる全編パロディの曲が登場する。

後半に演奏されたもう一つのワルツ「親しい仲」も喜歌劇「こうもり」のワルツで新鮮味に欠け、そしてこの頃から、ヤンソンスの演奏がどこか一本調子でワルツの雰囲気がやや乏しい平凡な演奏になっていくのである。映像で見ていると「電話のポルカ」での携帯パフォーマンスなどを楽しむこともできるが、辛うじて「入り江のワルツ」を除けば、ポルカでさえも表情の変化に乏しく、シュトラウスの音楽の惰性的な部分が露わになってしまい、早い話やや飽きる。全部で23曲にも及ぶこのコンサートで、私は初めて長いと感じたのだった。

このパロディ風の曲が続くプログラムは、次の登場となった6年後の2012年でも顕著である。その極めつけは「カルメンのカドリーユ」で、ワルツ「楽しめ人生を」といくつかのフランス風ポルカを除き、演奏に工夫が見られない。「トリッチ・トラッチ・ポルカ」や「鍛冶屋のポルカ」でウィーン少年合唱団が登場するのは、昔のアバドやメータの演奏を思い出させるが、練習不足なのかどことなく荒っぽい。そして「ペルシャ行進曲」から「うわごと」、「雷鳴と電光」へと続く後半の部分にいたっては、もう音楽が惰性的でさえある。さらに言えば、チャイコフスキーの作品が挿入され、ここにも違和感が否めない。結局、目を引くのはハンス・クリスティアン・ロンビーというデンマークの作曲家による「コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ」くらいだ。有名な曲を並べているにもかかわらず、あまり楽しめない。2006年よりも多い24曲もの作品を並べたこのコンサートも、私にとっては印象の薄いものだった。

おそらくヤンソンスは、2000年代に入って小澤征爾を皮切りに次第に無国籍化、平凡化を余儀なくされるこのコンサートの象徴的な存在となった。そう書くとメータはどうなるのか、といった反論が聞こえてきそうだが、このたび改めて過去の演奏会を聞きなおして感じるのは、アバド、マゼール、メータといった指揮者は、この波を何とか乗り切っている事実である。だが、どう指揮者や時代が変わろうと、このどうしようもない訛り文化を、誇り高く守り抜いているのは、他でもないウィーン・フィルであることは疑う余地がない。

ヤンソンスの最後の登場は、それからさらに4年後の2016年のことであった。3回目の登場を果たしたのは、この間に新しく加わったジョルジュ・プレートル、ダニエル・バレンボイム、そしてフランツ・ウェルザー=メストよりも早かった。そしてこの時のヤンソンスは、最初の登場から10年が経過していた。だがだれも、これが彼の最後のニューイヤーコンサートになるとは思っていなかった。

ニューイヤーコンサート75周年という記念の年にヤンソンスは再登場し、やはり重く平凡な演奏を聞かせてはいるが、この時期の低迷ぶりを考慮すれば、このコンサートは平均以上の聞かせるものとなってはいる。それは珍しくも魅力的な曲を配したプログラムの工夫によるところが大きい。

まずシュトルツの「国連行進曲」なる曲で開始されるが、シュトルツと言えばウィンナ・ワルツ演奏の第1人者であることは前に書いた。そのシュトルツはまた、いくつかの曲を作曲しており、その中の1曲が取り上げられたことになる。この曲はニューイヤーコンサートで演奏された最も新しい曲ではないかと思う。

久しぶりに聞く「宝のワルツ」を経てツィーラーの「ウィーン娘」という曲が始まる。ハープの調べに乗って口笛が聞こえてくるこの曲は大変に美しく、夢見心地のうちに曲が進行する。まさにニューイヤーコンサートに相応しい曲である。ヤンソンスによるニューイヤーコンサートのプログラムは、オペレッタの序曲やギャロップ、それに他国のワルツ作品ありと、その多彩さが魅力である。

その頂点になるのは、フランスのシュトラウスと言われたワルトトイフェルのワルツ「スペイン」であろうか。この曲はシャブリエの同曲をアレンジしている点で、例のパロディ路線を継承している。なぜかヤンソンスが演奏すると、違った曲にさえ聞こえてくる。同様にまるで交響曲のような「天体の音楽」もいいが、ウィーン少年合唱団の歌声が混じるポルカ「歌う喜び」と続く「休暇旅行で」も、聞きなれたこの曲が新鮮に蘇り、楽しいことこの上ない。エドゥアルド・シュトラウスとヨハン・シュトラウス1世の曲がそれぞれ2曲、さらにはヘルメスベルガーの曲まで登場し、「ため息のポルカ」では楽団員の声も混じる2016年のコンサートは、何と2時間にも及ぶ長さだった。

精一杯の仕草とサービス精神で魅せるヤンソンスの指揮は、この3年後の急逝によってもはや聞くことはできなくなってしまった。私はヤンソンスの実演を、異なるオーケストラにより3回聞いているが、不思議なことに思い出の残っているものは少ない。そういうことを考えながら、ニューイヤーコンサートの演奏に耳を傾けていると、その理由が何かわかるような気がした。

 

【収録曲(2006年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:行進曲「狙いをつけろ!」作品478
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「春の声」作品410
3. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「外交官」作品448
4. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「ことづて」作品240
5. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「女性賛美」作品315
6. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「芸術家の生活」作品316
7. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「憂いもなく」作品271
8. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ジブシー男爵」より「入場行進曲」
9. モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲
10. ランナー:ワルツ「モーツァルティアン」作品196
11. ヨハン・シュトラウス2世:ギャロップ「愛のメッセージ」
12. ヨハン・シュトラウス2世:「新ピチカート・ポルカ」作品449
13. ヨハン・シュトラウス2世:「芸術家のカドリーユ」作品201
14. ヨハン・シュトラウス2世:「スペイン行進曲」作品433
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「親しい仲」作品367
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「クラプフェンの森で」作品336
17. ヨハン・シュトラウス2世:「狂乱のポルカ」作品260
18. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ「電話」作品165
19. ヨハン・シュトラウス2世:「入り江のワルツ」作品411
20. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「ハンガリー万歳」作品332
21. ヨハン・シュトラウス2世:「山賊のギャロップ」作品378
22. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
23. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

【収録曲(2012年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス:「祖国行進曲」
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「市庁舎舞踏会」作品438
3. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「あれか、これか」作品403
4. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
5. ツィーラー:ワルツ「ウィーンの市民」作品419
6. ヨハン・シュトラウス2世:「アルビオン・ポルカ」作品102
7. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「騎手」作品278
8. ヘルメスベルガー:「悪魔の踊り」
9. ヨーゼフ・シュトラウス:フランス風ポルカ「芸術家の挨拶」作品274
10. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「人生を楽しめ」作品340
11. ヨハン・シュトラウス1世:「シュペール・ギャロップ」作品42
12. ロンビー:「コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ」
13. ヨーゼフ・シュトラウス「鍛冶屋のポルカ」作品269
14. エドゥアルト・シュトラウス:「カルメン・カドリーユ」作品134
15. チャイコフスキー:バレエ「眠りの森の美女」から「パノラマ」
16. チャイコフスキー:バレエ「眠りの森の美女」から「ワルツ」
17. ヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス:「ピツィカート・ポルカ」
18. ヨハン・シュトラウス2世:「ペルシャ行進曲」作品289
19. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「燃える恋」作品129
20. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「うわごと」作品212
21. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「雷鳴と電光」作品324
22. ヨハン・シュトラウス2世:「チック・タック・ポルカ」作品365
23. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
24. ヨハン・シュトラウス1世:ラデツキー行進曲作品228

【収録曲(2016年)】
1. シュトルツ:「国連行進曲」作品1275
2. ヨハン・シュトラウス2世:「宝のワルツ」作品418
3. ヨハン・シュトラウス2世:フランス風ポルカ「ヴィオレッタ」作品404
4. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「観光列車」作品281
5. ツィーラー:ワルツ「ウィーン娘」作品388
6. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「速達郵便で」作品259
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ヴェネツィアの一夜」序曲
8. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「羽目をはずして」作品168
9. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」作品235
10. ヨハン・シュトラウス2世:フランス風ポルカ「歌う喜び」作品328
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「休暇旅行で」作品133
12. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ニネッタ侯爵夫人」より第3幕への間奏曲
13. ワルトトイフェル:ワルツ「スペイン」作品236
14. ヘルメスベルガー:「舞踏会の情景」
15. ヨハン・シュトラウス1世:「ため息のギャロップ」作品9
16. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「とんぼ」作品204
17. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」作品437
18. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「狩り」作品373
19. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「突進」作品348
20. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
21. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

2021年3月31日水曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(13)常連指揮者の再登場-ムーティ(2004)、マゼール(2005)、メータ(2007)

2001年から2003年にかけて、アーノンクールと小澤によるコンサートは、少々窮屈だったと感じた人は多かったのかも知れない。そのような反省が実際にあったのかどうかは想像の域を出ないのだが、2004年からしばらくは90年代に入れ替わりで登場した指揮者がカムバックする。すなわち、2004年のムーティ、2005年のマゼール、そして2007年のメータである。

2004年のムーティによるニューイヤーコンサートは、ウィーン・フィルがこれほどにまで伸びやかで楽し気に演奏しているのは珍しいくらいに感じられる。それはちょっと演奏を聞けばわかるほどだ。この2004年のコンサートは、ムーティの中でもベストではないかとさえ思えるのだが、ムーティが指向してきた無名の埋もれた曲にスポットライトを当てる傾向が、一層顕著になっている。第1部の冒頭から、良く知られた曲が何も登場しないのだ。このことが、この年のニューイヤーコンサートを目立たなくさせてしまったようだ。

第2部に入ってしばらくすると、ようやく「加速度円舞曲」が登場する。ただ「加速度円舞曲」にしてもさほど有名な方ではない。そうか、こんな曲だったなあ、などと思っていると再び知られざる曲が始まり、ようやく「天体の音楽」で有名曲が来たと思ったらもう終わりなのである。結局、これほどにまで無名曲を並べたのは他にないくらいのプログラムに少々うんざりする。ただ、ムーティはこれらの曲を、丸で有名曲のように指揮している。どういうことかと言えば、良くこなれていてぎこちない箇所がない。どの曲の演奏も、実に堂に入っている。これはウィーン・フィルがいつになく乗っているから、そう感じるのかも知れない。

この2004年のコンサートでは、前半に生誕200周年を迎える父ヨハン・シュトラウス1世と、その同時代に活躍し、言わばライバル関係にあったヨーゼフ・ランナーの曲ばかりが取り上げられている。この二人は、、息子のヨハン2世が活躍する前の時代にあって、いわばウィンナ・ワルツを確立した作曲家である。従ってまだ華やかさに満ちた曲とは言い難い側面があるのだが、そういった面を含め、この時代のワルツの変遷を楽しむことができる。

後半では「ジプシー男爵」と「こうもり」の2つのオペレッタの「カドリーユ」が取り上げられている。オペラ指揮者として名声を確立しているムーティのお得意作品とも言うべきもので、特に前者は珍しい作品ながら飽きない名曲のように感じられる。また後半冒頭の喜歌劇「女王陛下のハンカチーフ」序曲は珍しい曲だが、しばらくするとどこかで聞いた曲が出てくる。これはワルツ「南国のバラ」の主題で、このワルツはもともと、このオペレッタの中の曲だったようだ。

後半に進むにつれて次第に有名な曲が目立ち始め、「天体の音楽」で頂点となるが、この作品は弟ヨーゼフの作品であり、どこか物憂げで孤独さを漂わせている。全般に玄人受けするようなプログラムによって、ムーティはニューイヤーコンサートの表面積を広げようとした。この意欲的な取り組みは選曲の妙と演奏の確かさに支えられて、高評価を得たと言うことができる。

続く2005年の指揮台に立ったのは、何とマゼールだった。マゼールは1999年以来の登場で、6年ぶりということになる。私はとても意外なことに思えた。そもそもマゼールは80年代に毎年このコンサートを指揮していたばかりか、1994年、1996年と久しぶりに登場し、特に1996年のコンサートはこれ以上ない成功だったと思った。にもかかわらず彼は1999年、またもやこのコンサートを指揮した。この演奏も悪くはないが、何となく既視感のあるのも事実で、いよいよもうこれが最後かと思ったものである。

ところが何と、彼は2005年にも登場するのである。そしてこのコンサートは、さらにマゼールの演奏に円熟味が加わったと言うべきだろう。年季の入った指揮ぶりはさすがで、このコンサートを落ち着いた雰囲気でありながらも新鮮味のあるものにした。特に秀逸なのはプログラムで、珍しい曲と有名曲がうまく配置され、その合間に緩急のポルカや喜歌劇の序曲がアクセントとなっている。無名の曲でも十全の準備で指揮するあたりはムーティに及ぶレベルであり、有名曲をまた一味違った妙味で聞かせるのは、メータなどに及ばない。そういうわけで、この2005年のコンサートもまた、大成功の部類に入るレベルとなった。

特に後半のプログラムの充実ぶりは、ちょっとしたものだ。速いポルカが多いが、それらはほとんど完璧なテンポで聞く者を楽しませている。理想的な「観光列車」はこの上なく楽しく、ワルツ「北海の絵」と「ロシアの行進曲的幻想曲」は他のどんな演奏より印象的である。これには録音の良さも手伝って、そのように感じるのだろうか。

しかし残念なことが2つある。ひとつは「ウィーンの森の物語」が、みたびマゼール自身の弾き振りで演奏されたことだ。もう十分であると思ったのが1999年だったことを思うと、演出過剰気味である。むしろ「春の声」や「南国のばら」、あるいはヨーゼフの「うわごと」など、まだ演奏していない曲を聞きたかったと思う。今一つの難点は、アンコールの最後に演奏される「ラデツキー行進曲」が省略されたことだ。これは直前に発生した未曽有の大地震、スマトラ沖地震に対する哀悼の意を表したためなのだが。

「ラデツキー行進曲」が省略されたにもかかわらず、このコンサートは全部で21曲、2時間足らずの長さとなっている。いつのまにかニューイヤーコンサートは、長いコンサートになった。そしてビデオとCDがそれぞれリリースされるようになったのもこの頃からだ。テレビと同様のビデオ映像で楽しむか、あるいは音源のみの演奏に耳を傾けるかは難しい問題で、それぞれにそれぞれの良さがあると思う。ただCDでは意外なことに、映像では発見できなかった部分を発見することが多い。映像では情報量が多すぎて、どうしても印象が散漫になるか、あるいは特定的なものとなるようである。より客観的で、音楽そのものの魅力を発見するのは、私の場合、むしろCDの方である。特に緩やかなポルカのように、靄の中に立ち込めるかの如き色合いは、華麗な花に飾られた豪華な舞台の映像付きで見ると、ちょっと感じにくい。

マゼールは2014年に没するが、ニューイヤーコンサートとしてはこの2005年が最後の登場となった。8歳より指揮台に立ち、ベルリンやウィーンを始めとするクラシック界の名声をほしいままにしてきた天才指揮者の最後の晴れ舞台だった。

2007年に再登場したメータのコンサートは、少し意外だった。なぜかというとこのコンサートは、その5年前の小澤が指揮したのと同じ曲で始まったからだ。ヨハン・シュトラウス2世の行進曲「乾杯!」がそれである。ニューイヤーコンサートの冒頭の行進曲などは、誰も気にしない曲なのかも知れないし、どう演奏してもよさそうな曲なのだが、この二人の表現は見事に異なっている。小澤は終始軽やかで、まるで重心が空中にあるかのような浮遊感さえ漂うのに対し、メータは旧来の、どっしりとした重心と揺れ動くリズムを重視いている。

このことからメータの2007年のコンサートは、好意的に考えれば、昔から続く伝統的なウィンナ・ワルツのスタイルを懐古的に求めたと言える。確かにヨーゼフの名曲「うわごと」などはちょっとした乱れや性急なところもあって、細部がややおろそかになっているが、それもかつては散見されたことだ。ボスコフスキーの時代はそれで良かった。だが時代は30年以上が経過し、この間に他の指揮者が進化させたワルツのスタイルは、もっと精緻で凝ったものになっている。

メータの2007年のコンサートに高い評価を与える向きもあるが、私の感想では、この年のメータは冴えないと思う。手抜きだとか練習不足とは考えたくないが、いくつかの演奏は私を失望させた。ポルカ「水車」や「町と田舎」でさえ、あの微妙な音色のずれが感じられず単調だし、喜歌劇「くるまば草」序曲にしろワルツ「レモンの花咲くところ」にしろ、マゼールやムーティの演奏に劣ると思う。これは完成度の問題なのだろうか。

映像で見るメータの指揮は、楽し気で明るく、時に気取って芸達者なところを見せてはいるが、せいぜい右手だけを振り上げて低弦の方を振り向く動作のみがやたらと目に付き、よくこれであの音楽が出てくるもんだと感心する。もしかすると、何もしない方がウィーン・フィルはワルツを上手く演奏できるのかも知れない。

プログラムは意識的にヨハン2世の作品が少ないものの、すべてはシュトラウス一家とヘルメスベルガーの作品で占められている。どことなく賑やかな曲が多く、初めて聞く曲は結構楽しい。一方、後半の終盤では楽しいやりとりもあるが(「エルンストの思い出」)、これはCDで聞いても観客から笑い声が聞こえるだけで、何もわからない。

2007年のコンサートは私にとって異色の、ちょっと風変わりなものに思えた。選曲が不思議なくらいに珍しく、かといて有名曲はさほど成功していない。そしてそれは2002年の小澤に通じるものがある。この2つのニューイヤーコンサートは、他の年と比較して、あまり成功しているとは思えないものだ。CDで音だけ聞くよりも、DVDで映像付きで見る方が、いいコンサートのように感じるのも共通している。何とメータの登場は1997年以来10年ぶりだった。そして何と、この8年後の2015年にも登場する。長い間隔をあけて登場するのは、この他にいまや重鎮となったムーティがいる。これらのコンサートについては、また機会を改めてレビューしてみたい。

 

【収録曲(2004年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:行進曲「とても美しかった」作品467
2. ヨハン・シュトラウス1世:「シュペアル・ポルカ」作品133
3. ヨハン・シュトラウス1世:「小夜鳴き鳥のワルツ」作品82
4. ヨハン・シュトラウス1世:「フレデリーカ・ポルカ」作品239
5. ヨハン・シュトラウス1世:「カチューシャ・ギャロップ」作品97
6. ランナー:「宮廷舞踏会の踊り」作品161
7. ランナー:「タランテラ・ギャロップ」作品125
8. ヨハン・シュトラウス1世:喜歌劇「女王陛下のハンカチーフ」序曲
9. ヨハン・シュトラウス2世:「ジプシー・カドリーユ」作品24
10. ヨハン・シュトラウス1世:「加速度円舞曲」作品234
11. ヨハン・シュトラウス2世:「サタネッラ・ポルカ」作品124
12. ヨーゼフ・シュトラウス:「スケートのポルカ」作品261
13. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」のチャルダーシュ
14. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ「喜んで」作品228
15. ヨハン・シュトラウス1世:ポルカ「三色すみれ」作品183
16. ヨハン・シュトラウス2世:「シャンパン・ポルカ」作品211
17. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」作品235
18. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「突進」作品348
19. ヨハン・シュトラウス2世:「インド人のギャロップ」作品111
20. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
21. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228 

 

【収録曲(2005年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「インディゴ行進曲」作品349
2. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「上流社会」作品155
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「楽しみを追う人たち」作品91
4. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・フランセーズ「冬の愉しみ」作品121
5. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「モダンな女」作品282
6. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「千夜一夜物語」作品346
7. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「インドの舞姫」作品351
8. スッペ:喜歌劇「美しきガラテア」序曲
9. ヨハン・シュトラウス2世:「クリップ・クラップ・ギャロップ」作品466
10. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「北海の絵」作品390
11. ヨハン・シュトラウス2世:「農夫のポルカ」作品276
12. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「蜃気楼」作品330
13. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「観光列車」作品281
14. ヘルメスベルガー:ポルカ・フランセーズ「ウィーン式に」
15. ヨハン・シュトラウス2世:「ロシアの行進曲的幻想曲」作品353
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「心と魂」作品323
17. ヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス:ピツィカート・ポルカ
18. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンの森の物語」作品325
19. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ「電気的」
20. ヨハン・シュトラウス2世:「狩りのポルカ」作品373
21. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314

 

【収録曲(2007年)】
1. J.シュトラウス2世:行進曲「乾杯!」作品456
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「調子のいい男」作品62
3, ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「水車」作品57
4. ヘルメスベルガー:「妖精の踊り」
5. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「うわごと」作品212
6. J.シュトラウス1世:「入場のギャロップ」作品35
7. J.シュトラウス2世:喜歌劇「くるまば草」序曲
8. ヨーゼフ・シュトラウス:「イレーネのポルカ」作品113
9. J.シュトラウス2世:ワルツ「レモンの花咲く所」作品364
10. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「ブレーキもかけずに」作品238
11. J.シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「町と田舎」作品322
12. ヨーゼフ・シュトラウス:「水夫のポルカ」作品52
13. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「ディナミーデン」作品173 
14. J.シュトラウス1世:「エルンストの思い出」作品126
15. J.シュトラウス1世:「リストのモティーフによる熱狂的なギャロップ」作品114
16. ヘルメスベルガー:ポルカ・シュネル「足取り軽く」
17. J.シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
18. J.シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

2021年3月14日日曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(12)小澤征爾(2002)

2002年のニューイヤーコンサートをどう評価したらいいのだろうか?我が国のクラシック界を代表する指揮者「セカイのオザワ」が、とうとうウィーンの晴れ舞台に登場するというので、日本人としてはこれほど誇らしく、またハラハラするイベントはなかった。小澤征爾が誉れ高い新年のコンサート指揮者に選ばれたのは、その年からウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任することが決まっていたからだ。これはご祝儀のコンサートということになる。

しかし国立歌劇場の音楽監督になったからと言って、ウィンナ・ワルツを主体とするニューイヤーコンサートの指揮に相応しいかと言えば、そう簡単な話ではなく、例えば2020年から音楽監督の座にあるフィリップ・ジョルダンは、まだ一度もこのコンサートを指揮していない。小澤自身もウィーン・フィルにたびたび登場しているとはいえ、ウィーンに留学していたわけでもなく、特にワルツに長けた指揮者ではないし、有名なレコード録音があるわけでもない。

ニューイヤーコンサートの会場に日本人の姿が目立つのはテレビ放送を見ているとよくわかるし、ウィーン・フィルの楽団員には日本人と結婚した奏者も多いことは良く知られている。ウィーンの街を歩けば日本人観光客がたむろしている光景を見かけないことはない。そういうわけで、これは日本とオーストリアの友好を記念して特別な関係により実現したのか、あるいは少し穿った見方をすれば、日本の経済力を期待した、したたかな戦略なのかも知れない。事実、このコンサートを記録したCDやDVDは売れに売れたようだ。

小澤の音楽の特徴は、一旦音楽を解体して彼流の枠の中で組み立てなおし、集中力を持って表現することである。楽譜に書かれていることと、それ以外のことを分類する必要も出てくる。その時に問題になるのは、慣例にとらわれない表現が、西洋の文化の新たな一面に光を当てるという側面と、伝統や常識をないがしろにした無謀な表現に帰着するという側面である。この相反する評価は表裏一体である。

ウィンナ・ワルツという、いわば伝統の上にも伝統を塗り重ねたような演奏会に、小澤は相当な覚悟で挑んだに違いない。音楽は国境を超える言語であるとはいえ、地域性と保守性の権化とも言えるようなウィーンの音楽文化の中心に、微妙に抵触する可能性があった。たとえそれが打ち解けた音楽であろうとも。そういうわけで、同じ日本人として、この日は相当気を揉んだ。本当に大丈夫だろうか、と。

テレビ映像に映し出された元旦の学友協会大ホールは、いつものように色とりどりの花が溢れんばかりに飾られ、輝くシャンデリアもいつになく眩しかった。この日から流通する通貨、ユーロのマークが舞台の上部にに据えられていた。普段通りに笑顔で登場する我がセイジ・オザワは、とてもリラックスした表情で冒頭の行進曲「乾杯!」を、しかし慎重に指揮した。若い頃は肩に力が入り過ぎていると言われた指揮姿も、「パントマイムのようだ」と評されるくらいに自然なものだった。

ビデオで見る小澤の指揮とウィーン・フィルの演奏は、大変好ましいものに見える。会場に詰め掛けた家族も映し出す。クラシック・コンサートのビデオを長年手掛けてきたブライアン・ラージというディレクターの秀逸なスイッチング効果もあり、大変見ごたえがある。ワルツ「水彩画」、そして意外なことに「ウィーン気質」が名演である。

小澤の功績は、なぜか近年徐々に遅くなっていたワルツやポルカの音楽を従来の速さに戻したことだろうと言えば、批判されるだろうか?たとえばポルカ「とんぼ」の適切なテンポは見事である。またポルカ・シュネルで見せるスポーティーな速さは、彼自らが運転する自動車に乗っているような感覚である。これは映像で見ることによってより伝わる。つまり小澤の音楽は、いつもそうであるように、一定の集中力を持って見た場合には、なかなか考えられた表現だと得心する。

このコンサートを見ていて、やはり小澤には小澤流の演奏と言うのがあって、ちゃんとウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの流れの上に、確かな魅力を付け加えているように思った。そして最も成功しているのが、ヘルメスベルガーの「悪魔の踊り」であることは言うまでもない。このような、まるでバレエ音楽の戦闘シーンのような何の変哲もない曲を選んでプログラムに含めるのは、指揮者の特性を熟知した憎らしい演出である。小澤の指揮の良さが最大値となるような曲である。

ところが、CDで聞くこのコンサートは何故かあまり印象が良くない。特に、初期に発売された1枚の抜粋盤では、何と「こうもり」序曲から始まり、そして「芸術家の生涯」になる。ポルカの何曲かと「常動曲」までもが省略されているのに、あの長い新年の挨拶が収録されていたりする。小澤の音楽も何かとても矮小なものになってしまい、ちょっと楽しめないのだ。これは翌年のアーノンクールや後年のプレートルにも言えたような気がする。思えば、2000年代に入ってからのニューイヤーコンサートは、いっそう映像中心のコンサートになっていったような気がするのは、私だけだろうか。

映像と言えば、毎年テレビ中継で流れるオーストリア放送協会が制作するビデオ映像も実に楽しめる。凝ったバレエ演出は、場所を変えて見ごたえ十分である分、その時の演奏が映らないという不満もある。しかしこのコンサートを収録したDVDには、この別映像は特典メニューにまとめられている。従って購入者は、テレビで見た別テイクの映像と演奏だけでなく、コンサートで演奏された実際のものも見ることができる。これは大変良心的で嬉しいことだ。特典映像に含まれた「常動曲」の際の映像は、何とユーロ貨幣の造幣シーンだった。この様子が音楽に実に合っていて、私はまだ幼かった子供と何度も見て楽しんだ。

日本人には特別なものとなった2002年のニューイヤーコンサートは、これはこれでユニークな成功を収めたと言えるだろう。国立歌劇場の音楽監督に就任した小澤征爾は、その後健康を害してウィーンを去らなくてはならなくなる。コンサートには何度か復帰したものの、その後さらなる闘病で演奏会はしばしば中止された。同じ時期をやはり闘病で過ごした私の、最初の苦悩の年となったのは、奇しくも2002年だった。だから私はこのコンサートのDVDを手元に置いて、再び健康の戻る日が来ることを祈る日々だった。小澤ももし健康を害していなければ、再度、ニューイヤーコンサートの指揮台に登場する姿を見ることができたかも知れない。

 

【収録曲】
1. ヨハン・シュトラウス2世:行進曲「乾杯!」作品456
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「カーニバルの使者」作品270
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「おしゃべり女」作品144
4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「芸術家の生活」作品316
5. ヨハン・シュトラウス1世:ポルカ「アンネン・ポルカ」作品137
6. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「前進」作品127
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
8. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「手に手をとって」作品215
9. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「水彩画」作品258
10. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「とんぼ」作品204
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「おしゃべりな可愛いお口」作品245
12. ヨハン・シュトラウス2世:「常動曲」作品257
13. ヘルメスベルガー:「悪魔の踊り」
14. ヨハン・シュトラウス2世:「エリーゼ・ポルカ」作品151
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーン気質」作品354
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「チク・タク・ポルカ」作品365
17. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「大急ぎで」作品230
18. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
19. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

2021年3月7日日曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(11)ニコラウス・アーノンクール(2001, 2003)

元日に行われる「ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート」はあくまで「ウィーン・フィルの」コンサートであって、「カラヤンのニューイヤーコンサート」とか「クライバーのニューイヤーコンサート」というのではない。つまり主役は指揮者ではなく、あくまでウィーン・フィルということである。ウィーン・フィルは年に一度、少し格下に見られているシュトラウス一家を中心としたウィンナ・ワルツやポルカの演奏会を、豪華なゲスト指揮者とともに開催するというのが、このコンサートの伝統である。

「ウィーンはいつもウィーン」という行進曲があるが、ウィンナ・ワルツもまた誰が指揮したところで、決して変わらない部分があって、それに少しだけ指揮者によるアレンジが施される。音楽だけでなく、プログラムや雰囲気、聴衆も含めて、長い年月を続けてきた慣習があって、極めて自由度の低い中で催されるちょっとした違いを楽しむのが、まあ面白いというか興味深い。そんなものでありながら堅苦しくないのは、音楽が愉悦に満ち、誰がどう演奏しようと浮き立つようなメロディーに、幸福感が満たされてゆくからだろう。

ウィーン・フィルが21世紀最初のニューイヤーコンサートの指揮者に選んだのは、古楽復興の祖とも言うべきニコラウス・アーノンクールだった。当時71歳。アーノンクールはオーストリアの貴族の血を引き、ウィーンで学んだあとウィーン交響楽団のチェロ奏者も務めている。ヨハン・シュトラウスの演奏や録音も多く、ウィーン・フィルの公演にも数多く出演している。そういう意味から、このコンサートへの抜擢は、むしろ遅すぎたくらいであるとも言えなくはない。

しかしアーノンクールがニューイヤーの指揮台に立つことへの期待感の大きさは、あのカラヤンやクライバーに匹敵するほどで、久々に新しい指揮者の登場となることも相まって、年末から待ち遠しいほどであった。あれからもう20年の歳月が流れたが、その時の感覚は今でも忘れ難い。

アーノンクールがオリジナル楽器による復興を目指し、地道に活動を続けていたのは60年代にまでさかのぼるが、当然のことながらその音楽が理解されるまでには、長い時間を要した。80年代に入り、音楽の演奏が行き詰まりが顕著になり始めた頃、長年活動を続けて来た古楽奏者に活路が見いだされた。クラシック音楽の演奏は、伝統を打ち破って新しい時代に入ってゆく。そしてその流れが主流にまで及んだ時、アーノンクールはウィーン・フィルとの刺激的なコンサートを持つようになる。その考えが聴衆にまで支持されるのは、さらに長い歳月が必要だった。

アーノンクールがヨハン・シュトラウスのワルツやポルカを演奏するようになったのは、ウィーンの保守的な観衆にまで彼の音楽が浸透した結果であった。そしてついに、ワルツ演奏の最高峰へと登りつめたと言って良い。そんなことを考えながら、私のような単にエンターテインメントの視点しか持たない者でも、一体どんなコンサートになるのだろうかと期待が膨らんだ。

2001年はヨーゼフ・ランナーの生誕200周年の年だった。ランナーは「ワルツの始祖」と呼ばれており、その活躍はシュトラウス(父)の頃である。従って、くしくもアーノンクールの登場した年は、ワルツの原点に視野が及ぶことになる。原典主義のアーノンクールともなれば、そのプログラムも工夫が凝らされた。演目の最初は、何と「ラデツキー行進曲」の原典版だった。

毎年プログラムの最後に演奏されるヨハン・シュトラウス1世の「ラデツキー行進曲」が、いつもとはいささか違う音符が混じった形で演奏された。もちろん最後にはいつもの「ラデツキー行進曲」が演奏されたから、この年のコンサートは「ラデツキー行進曲」で始まり「ラデツキー行進曲」で終わることになった。そしてランナーの曲は、冒頭の「ラデツキー行進曲」に続く2曲(ワルツ「シェーンブルンの人々」とギャロップ「狩人の喜び」)、及び後半の「シュタイヤーの踊り」の計3曲だった。

アーノンクールの演奏は、彼を批判する人がしばしば口にするものだった。すなわち流れが悪く、意外にあっさりと進む部分があるかと思えば、奇妙に変化するリズムがあり、通常は聞こえない楽器が強調されたりする。音楽はいわば破壊され、幸福感は望めず、下品でさえある・・・云々。だがこれはもう確信犯であって、これを聞き続けているうちに、こういう演奏もまああるのか、という考えに変わり、そしてついには、この緊張と裏切りが快感にさえなってゆく。かくしてシュトラウスのワルツもまた、アーノンクール流に刺激的に料理され、聞く者を渦に巻いてゆく・・・と信じていたものにとっては、やや拍子抜けするものだった。

「オーストリアの村つばめ」で見せるぎこちない小鳥たちも、郊外や都会に引っ越してきたわけではなく、村にいて歌っている。「観光列車」は脱線することなく時刻表通りに運行されている。アーノンクールならもう少し、流れを堰き止めたり、警笛を思いっきり鳴らしてもいいのに、と思うようなところがある。ウィーンの・フィルを相手にして、やはりここはアーノンクール節も影を潜めざるを得なかったのだろうか。

喜歌劇「ヴェニスの一夜」序曲では「ベルリン版」とのことで、どこがどう違うのかまではわからないが、期待通りの演奏だった。また、時にしか演奏されないワルツ「もろびと手を取り」も、あのテレビ中継に挟まれる華麗なバレエが目に浮かぶような名演だった。だが総合的に見れば、指揮者にもオーケストラにもやや硬さが見られ、アーノンクール本来の演奏の面白さが十分に伝わったような気がしない。だから、なのだろうか、彼は2年後の2003年に再び登場する。この2003年の演奏については個人的な思いがあり、私にとっては唯一無二のコンサートであった。

2002年の春に重病患者となった私は、このままでは余命2年などと指摘された。原因不明の難病は私を歩けないまでにさせ、夏には入院。秋からは本格的な治療が始まった。成功確率も低いこの治療を、やっとのことで切り抜け、何とか退院できたのは11月も終わりころ。コロナ禍の今と同様、あらゆる感染症対策を十二分にしたうえで、風邪などを引くことは命取りになるという中、私は毎日ベッドの上でひたすら時間が過ぎるのを待つ日々。これはあと1年続くことになる。

2003年のお正月を、とにもかくにも迎えることができたのはあらゆる人々と神様のおかげだった。このお正月を、私は狭い賃貸住宅の暗い部屋で迎え、寒さの中、辛うじて食べられるお雑煮を楽しんだ。夜の7時になって、「皇帝フランツ・ヨーゼフ1世危機脱出祝賀行進曲」が聞こえてきたときには、涙があふれた。指揮者はアーノンクール。2001年の時よりも打ち解け、オーケストラにも自信と余裕が感じられた。

続く「宝のワルツ」では「ジプシー男爵」からのメロディーがふんだんに取り入れられ、これはアーノンクールの良さが出た名演。そして楽しいロシア風の「ニコ・ポルカ」へと続く。カラヤン以来久しぶりに「うわごと」が聞けるのも嬉しい。ヨーゼフ・シュトラウスによるこのワルツは、私の最も好きなものの一つである。アーノンクールの演奏では、一部主題が繰り返され、他の演奏とは少し違う。

この夢見るようなコンサートで私を圧倒的に感銘させたのは、「皇帝円舞曲」だった。演奏もさることながらここで挿入されたビデオ映像は、あのシェーンブルン宮殿の庭園を余すところなく撮影したもので、その美しさと言ったら!最後のシーンでは空撮した庭園の画像が空高く舞い上がり、そこからウィーン郊外の森の風景が広がる。私はお酒も飲んでいないのに、そのあまりに美しい映像に見入った。こんなに美しい映像は見たことがない。そして「美しく青きドナウ」ではドナウ川を行く遊覧船の外輪に合わせて、あの有名なメロディーが回転する。そうか、このメロディーは、そうだったのか、と思った。このあと汽船は、紅葉したドナウ川をゆっくりと航行し、沿岸の赤く染まった教会などを映し出す。

この2つの感銘深い映像を、再び見てみたいと思った私は、3月頃になって発売されたDVDを買うことになった。そして嬉しいことにその中には、テレビで見たのと同じものが収録されていた。私をくぎ付けにし、まさに生きていることを実感した美しいシェーンブルン宮殿には、20歳の頃に出かけている。夏だったか色とりどりの花が植えられ、宮殿から長い時間をかけて庭園を進み、一番高いところに上ってゆく頃には雨もあがり、遠くの山々がきれいに見渡せた。

一時はもう外にでることさえできないと思われたが、春には徐々に外出をしはじめ、夏には微熱も下がり、秋になると急に元気になった。それから仕事ができるようになるには、さらに1年を要した。ウィンナ・ワルツは、こういう私を慰め、そして気持ちを明るくさせた。そう、再発するまでは。

2003年のアーノンクールによるニューイヤーコンサートには、このほか「うわごと」や「舞踏への勧誘」(ウェーバー作曲、ベルリオーズ編曲)も収録されている。そして何とブラームスのハンガリー舞曲まで。そうかと思うと「中国人のギャロップ」などもあって、全部で20曲は最高記録。まるで「ごちゃまぜ」(前半の最後に演奏されたポルカ)である。

【収録曲(2001年)】
1. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228(原典版)
2. ランナー:ワルツ「シェーンブルンの人々」作品200
3. ランナー:ギャロップ「狩人の喜び」作品82
4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「朝の新聞」作品279
5. ヨハン・シュトラウス2世:電磁気のポルカ 作品110
6. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「起電盤」作品297
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ヴェニスの一夜」序曲(ベルリン版)
8. ヨーゼフ・シュトラウス:「道化師のポルカ」作品48
9. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「オーストリアの村つばめ」作品164
10. ランナー:レントラー「シュタイヤーの踊り」作品165
11. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「観光列車」作品281
12. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「もろびと手をとり」作品443
13. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「いたずらな妖精」作品226
14. ヨハン・シュトラウス2世:「ルシファー・ポルカ」作品266
15. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「憂いもなく」作品271
16. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
17. ヨハン・シュトラウス1世:ラデツキー行進曲 作品228

【収録曲(2003年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝フランツ・ヨーゼフ1世危機脱出祝典行進曲」作品126
2. ヨハン・シュトラウス2世:「宝のワルツ」作品418
3. ヨハン・シュトラウス2世:「ニコ・ポルカ」作品228
4. ヨハン・シュトラウス2世:「冗談ポルカ」作品72
5. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「うわごと」作品212
6. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「ごちゃまぜ」作品161
7. ウェーバー(ベルリオーズ編):「舞踏への勧誘」作品65
8. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・フランセーズ「セクンデン(2度のポルカ)」作品258
9. ヨハン・シュトラウス2世:「ヘレーネ・ポルカ」作品203
10. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」作品437
11. ヨハン・シュトラウス2世:「農夫のポルカ」作品276
12. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「女性賛美」作品315
13. ヨハン・シュトラウス1世:「中国風ギャロップ」作品20
14. ブラームス:「ハンガリー舞曲」第5番ト短調
15. ブラームス:「ハンガリー舞曲」第6番変ロ長調
16. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「戴冠式の歌」作品184
17. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「うわ気心」作品319
18. ヨハン・シュトラウス2世:「狂乱のポルカ」作品260
19. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
20. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

2021年2月27日土曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(10)ロリン・マゼール(1994, 1996, 1999)

1994年の最初の曲「カルーセル行進曲」を聞くと、強弱のはっきりしたムーティや、陽気で楽しいメータとはまた異なる、精緻でバランス感覚に優れた音作りというのが存在するのだということがわかる。職人的な指揮は、各楽器の混じり合った微妙な色合い、テンポの微妙あ揺れを際立たせる。こうして、1986年以来13年ぶりとなるマゼールの復帰公演が始まった。

ウィーン国立歌劇場の音楽監督だったマゼールは、ボスコフスキーが勇退した1979年の翌年からニューイヤーコンサートの指揮をつとめ、1986年までの7年に及んだことは前に書いた。当時はまだニューイヤーコンサートといっても、誰かが指揮しているな、といった感じで、今のように指揮者が毎年交代するわけではない地味なものだった。そのマゼールは既にもう7回も指揮しているのだから、何も再びお正月の指揮台に上がることはないだろう、と思った人も多かったに違いない。オーストリア人でもなければ、ワルツの専門家でもない。他に指揮姿を見てみたい指揮者は何人も存在する。よりによって、過去の指揮者を再登場させる必要などないではないか、というわけである。

ところがマゼールは、この1994年を皮切りに2年後の1996年、1999年と立て続けに登場し、さらには2005年にも彼の人生の最後になるニューイヤーコンサートの指揮をすることになる。過去の分を合わせると計11回に及ぶ。ここのとは、90年代に入ってからの演奏会がまた、それなりに高い評価を得ていたことを示しているのではないだろうか。実際、私が90年代でもっとも良く聞いたのは、1994年のコンサートだった。これはVHSテープに録画して繰り返し見ている。80年代のカラヤンとクライバーを除けば、このようなことは他の年にはなかった。

ワルツの名手としての自分を忘れてくれるな、とでも言わんばかりに登場するマゼールの指揮は、その何とも人を見下したようなところが嫌いな人には嫌いなのかも知れない。けれども私にとってマゼールは、実演での裏切りに会ったことがない。フィルハーモニア管弦楽団、フランス国立管弦楽団、ピッツバーグ交響楽団、それにNHK交響楽団。私が聞いたマゼールの指揮する演奏会は、様々な国のオーケストラ、様々な作品に及ぶが、そのいずれもが高い水準を示した。若い頃から世界中の名声をほしいままにし、この他にも多数のオーケストラに客演しているのだから、その音楽づくりと指揮の確かさは、名前だけの売れっ子指揮者とは違うのだと、言いたいのではないかと思う。

マゼールはどの曲も「技あり」の一工夫を施し、いつもの演奏とは一味違うという側面を見せる。そこが面白さでもあるのだが、時に鼻につくところがあるのも事実で、あまり続くともういいよ、という気分になって来る。「こうもり」のチャルダーシュなどはそのようなものを私は感じるのだが、「鍛冶屋のポルカ」などはとても懐かしく、楽しい演奏だと思った。

そのマゼールの1984年のコンサートでの最大の見せどころは、自らがヴァイオリンを持ち、シュトラウスがかつてそうしたようにワルツを指揮したことだろう。これはコンサート・マスターだったボスコフスキーもやっていたことだ。これはマゼールにとってヴァイオリン演奏を披露する絶好の機会となった。「ウィーンの森の物語」は、私の最も愛するワルツだが、ここで通常はツィターによって引かれる前奏と後奏の一部分を自らのヴァイオリンで演奏して見せたのである。この演目は後半の真ん中に配置され、以降はポルカ・シュネルが続き、アンコールへとなだれ込む前の最高の見せ場となった。しかもポルカ「憂いもなく」では、今度は鉄琴を自ら弾いて聴衆の注目を引いた。そしてこの年の「新年の挨拶」では、マゼール自ら演説し、各国語で「おめでとう」と言うなど(日本語もある)、そのサービス精神旺盛な健在ぶりをアピールした。

さて、このようなパフォーマンスはニューイヤーコンサートの恒例だが、後半の最後の演目かアンコールあたりで聴衆を驚かせるような工夫がなされることが多い。1996年のコンサートもまた凝ったものだった。第2部最後のプログラムであるポルカ「騎手」で、マゼールの指揮棒が打楽器奏者にパスされ、指揮をしたのは何とこの奏者だった。ではマゼールは何をしたのかと言うと、彼に変わって鞭を打ち、鉄琴を鳴らした。このような演出に観客は沸きあがり、なかなか拍手は鳴り止まず、そのあとのアンコール1曲目「狂乱のポルカ」になだれ込んでいく。いわばマゼールの真骨頂が発揮されているのだが、このような光景はビデオで見るしかなく、CDでは雰囲気を感じるのみである。

パフォーマンスだけではない。1996年のコンサートでは珍しい曲が並んでいるのも特徴だが、マゼールは聞かせどころを捉えた理知的なアプローチで、これらの曲を上手く料理してみせる。第1部の2曲目は、カール・ミヒャエル・ツィーラーという作曲家のワルツ「ウィーンの市民」という作品だが、もう何度も指揮しているかのようにこなれている。またその後に続くポルカ・マズルカ「ナスヴァルトの娘」(ヨーゼフ・シュトラウス)は、マゼール自らが持つヴァイオリンとの二重奏となって溶け合う。何と曲が始まると会場が暗くなり、マゼールにスポットライトが当たるという目立ちぶり!

喜歌劇の序曲が後半に2曲も置かれているのは興味深いが、それ自体がワルツを含む変幻自在な名曲「くるまば草」序曲など、マゼールのためにあるような曲に思えてくるくらい、この演奏は名演だと思う。そしてもう一つ、「理性の女神」序曲では再びマゼールのヴァイオリンが披露される!一昨年の「ウィーンの森の物語」で味をしめたのか、恒例の新年の挨拶に至るまで、この指揮者の自己顕示欲は最高潮に達する(ただし、念のために指摘しておくと、マゼールのヴァイオリンはオーケストラのヴァイオリン奏者に比べると大したほどではない。だから、マゼールがヴァイオリンを弾いた曲の演奏は、完成度という点では他の作品に劣る)。

この演奏を私は当時住んでいたニューヨークで見た。テレビ中継は時差を考慮して、夕方辺りに公共放送で流れたように思う。ただテレビの音質は悪く、しかも第2部のみの中継だったこともあり、あまり記憶に残っていない。そもそも元日と言ってもただの祝日くらいでしかないニューヨークで、ウィーンのクラシック・コンサートなどをゆったりと楽しむ感じではなかった。帰国して後から聞きなおしてみると、この年のニューイヤーコンサートは大変充実したもので、マゼール指揮によるものの中では、この1996年が最高だと私は思っている。

ところが、である。マゼールはさらに3年後の1999年にも指揮台に立つ。しかもヴァイオリンを持って!この年、マゼールが弾き振りをしたのは、前半に「冗談ポルカ」、後半に「パガニーニ風ワルツ」の2曲である。かつて弾き振りをした「ウィーンの森の物語」は、マルティ=エーラーという人の奏でるツィターに変わっている。この曲は、やはりツィターで聞くのが好きである。

1999年は1900年代最後の年だったが、シュトラウス一家にとっても記念すべき年で、ヨハン・シュトラウス1世没後150年、ヨハン・シュトラウス2世没後100年の年にあたり、演目もこの父子の曲のみが取り上げられた。

マゼールは生涯最後のニューイヤーコンサートだと思われた1999年の再登場後にももう一度登場する(2005年)。このあたりになるとよくわからなくなってくるが、これらは整理して別の機会に述べようと思う。 

 

【収録曲(1994年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「カルーセル行進曲」作品133
2. ヨハン・シュトラウス2世:「加速度円舞曲」作品234
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「遠方から」作品270
4. ヨーゼフ・シュトラウス:「鍛冶屋のポルカ」作品269
5. ヨハン・シュトラウス2世:「愛唱歌のカドリール」作品275
6. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「粋に」作品221
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ヴェニスの一夜」序曲
8. ヨーゼフ・ランナー:ワルツ「シェーンブルンの人々」作品200
9. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「無邪気ないたずら」作品202
10. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「心と魂」作品323
11. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」より「チャルダッシュ」
12. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンの森の物語」作品325
13. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「憂いもなく」作品271
14. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「暁の明星」作品266
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
16. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

※CDでは後半冒頭の喜歌劇「ヴェニスの一夜」序曲が省略されている。前半に他にも省略されている曲があるかどうかは不明。

 

 【収録曲(1996年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「祝祭行進曲」作品452
2. ツィーラー:ワルツ「ウィーンの市民」作品419
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「ナスヴァルトの娘」作品267
4. ヨハン・シュトラウス2世:フランス風ポルカ「花祭り」作品111
5. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「入江のワルツ」作品411
6. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ「喜んで」作品228
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「くるまば草」序曲
8. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「フェニックスの羽ばたき」作品125
9. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「踊るミューズ」作品266
10. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「理性の女神」序曲
11. ヨハン・シュトラウス2世:「短2度のポルカ」作品258
12. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」作品437
13. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「騎手」作品278
14. ヨハン・シュトラウス2世:「狂乱のポルカ」作品260
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
16. ヨハン・シュトラウス1世:「デツキー行進曲」作品288

※この頃からCDは全曲を収録し2枚組で発売されるようになった。
 

【収録曲(1999年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「格言詩」作品1
2. ヨハン・シュトラウス2世:「冗談ポルカ」作品72
3. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「心と魂」作品323
4. ヨハン・シュトラウス1世:「フランツ・リストの主題による熱狂的なギャロップ」作品114
5. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンの森の物語」作品325
6. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
7. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝フランツ・ヨーゼフ1世救命祝賀行進曲」作品126
8. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ドナウ川の乙女」作品427
9. ヨハン・シュトラウス2世:「ホプサー・ポルカ」作品26
10. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「気まぐれ」作品197
11. ヨハン・シュトラウス1世:「パガニーニ風ワルツ」作品11
12: ヨハン・シュトラウス2世:「こうもり」のカドリーユ
13. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「芸術家の生活」作品316
14: ヨハン・シュトラウス2世:「山賊のギャロップ」作品378
15: ヨハン・シュトラウス2世:フランス風ポルカ「お気に召すまま」作品372
16: ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「雷鳴と電光」作品324
17: ヨハン・シュトラウス2世:「常動曲」作品257
18: ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
19: ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

2021年2月21日日曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(9)リッカルド・ムーティ(1993, 1997, 2000)

コロナ禍の緊急事態宣言が続く毎日の、それは鬱陶しい在宅勤務を終えて、わずかな気晴らしに近所を散歩する時に聞くウィンナ・ワルツの心地良さは、ちょっとしたものだ。寒い運河を照らす電球の薄明かりも、耳元で円舞曲が鳴ると、踊るかの如く揺れている。だが、1994年のニューイヤーコンサートは、少々戸惑いの残るものだった。知っている曲がほとんどないのである。

ワルツ「ジャーナリスト」に始まり、ポルカ「外交官」、「すみれ」、「何か小さなもの」(CDでは省略)と続いた後、ヨーゼフ・ランナーによる「シュタイヤー風舞曲」、ヨハン・シュトラウス1世による「シュペアル・ギャロップ」で終わる!このような曲を並べて見て、旋律を歌える人は果たしているのだろうか。ムーティはわざとこのような知られざる曲を並べ、他の指揮者との違いを見せつけようとしたのだろうか。

後半のプログラムも、隠れた名曲、喜歌劇「インディゴと40人の盗賊」序曲で始まるものの、しばらくは地味だ。ヨーゼフ・ランナーの「ハンス・イェルゲル・ポルカ」、「クリップ・クラップ・ギャロップ」と続く(CDでは「レモンの花咲くところ」は省略されている)。もっとも後半のプログラムも、後になればなるほど有名曲も顔を覗かせ、聴衆も沸き返る。その頂点は「エジプト行進曲」だろう。テンポをぐっと落としてたっぷりと聞かせる中東風のメロディーが、ウィーンの異国趣味を感じさせ、ちょっとした感銘を呼ぶ。

このプログラムの渋さは、前年のクライバーと比較してあまりにも隔たりがある。一昨年前のアバドは、ウィンナ・ワルツ以外の曲が多く、風変わりとも思えたが、そういったプログラム・ビルディングを含め、この時期は新しい趣向を試す模索の時期だったのかも知れない。ただこの頃からワルツの演奏が遅くなったような気がする。ムーティの指揮が及ぼした、やや格好をつけて溜を打つ演奏が、2000年代になって主流となってゆくのである。

そのムーティの演奏も、最初の頃は溌剌としおり、結構評判が良かったのだろう。沸き返る拍手が良く聞える。同世代のアバドやメータにやや遅れてニューイヤーコンサートの舞台に登場したムーティは、以後、6回も登場することになる(2021年現在)。これはメータを抜き、80年代に毎年登場していたマゼールを除けば、1980年以降で最も多い。その最初となる1994年の演奏は、いつものように強弱をはっきりとつけ、陽光と影がくっきりと表れるイタリア風。

この「珍しい曲ばかりを並べる」傾向は、それが自分の方針であると言わんばかりに再現される。1997年の前半のプログラムは、「モーター・ワルツ 」、ポルカ「帝都はひとつ、ウィーンはひとつ」、「キャリアのポルカ」、ポルカ「女心」、ワルツ「宮廷舞踏会」、ポルカ「閃光」、ポルカ「インドの舞姫」。しっとりとした曲が溶け合うように並べられているので、バックグラウンドに流しっぱなしにして聞くのに合っている。ムーティの音楽は、有名曲ではなくてもすみずみにまで考え抜かれ、細部でもおろそかにしない。そういう真摯な姿勢がオーケストラにも聴衆にも評価されたのだろう。

第1部冒頭はあえかな序奏で始まるワルツ、後半は威勢のいい序曲で始まるのも特長だ。そのあと再び珍しいポルカの合間には、比較的よく知られた(と言っても「超」有名曲でもない)ワルツが演奏されていく。1993年は「レモンの花咲くところ」と「トランスアクツィオン」、1997年は「人生を楽しめ」と「ディナミーデン」、2000年は(いずれも第1部で)「入り江のワルツ」と「愛の歌」といったところ。

興味深いのは、ムーティ指揮による演奏が、時間が経つにつれて次第に耳に馴染み、なかなかいい演奏会になることである。これは3回に共通する。そして回数を経るごとに、これまた次第にこなれたいい演奏会になっていった。2000年のコンサートは、ムーティの中ではベストの一つだろうと思う。プログラムも優れており、「入江のワルツ」に始まる演目に耳を傾けている間中、丁度いいお正月のほろ酔い気分が持続する。後半になってスッペの「ウィーンの朝・昼・晩」で威勢よく幕が開き、それはまるでヴェルディの初期の作品のようでもあると感心していたら、ワルツ「酒、女、歌」の、通常は省略される長い序奏が続いた後に、お馴染みのメロディーが聞こえてくるあたり、とてもいい感じなのである。

珍しい曲にスポットがあてる方針は、以降の、特に初登場の若い指揮者に顕著なものとなった。下手に有名曲を指揮すると、往年の巨匠の演奏と比較されるのを避ける狙いがあるのではないか、といった穿った見方もできなくはない。ただムーティに始まる(と思う)この確信的なプログラム構成により、より多くのウィンナ・ワルツやポルカを聞けるようになった。特にムーティは、綿密に曲を選んでいると思うようなところがある。曲そのものの性格を良く捉えており、曲順も実に麗しい。ただ、過去のニューイヤーコンサートを、そう何度も繰り返し聞くこともないので、よほど印象の強い曲でないと頭に残ることはないのも確かなのだが。

 

【収録曲(1993年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ジャーナリスト」作品321
2. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「外交官」作品448
3. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「すみれ」作品132
4. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・フランセーズ「何か小さなもの」作品190
5. ランナー:「シュタイヤー風舞曲」作品165
6. ヨハン・シュトラウス1世:「シュペアル・ギャロップ」作品42
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「インディゴと40人の盗賊」序曲
8. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「レモンの花咲くところ(美しきイタリア)」作品364
9. ランナー:「ハンス・イェルゲル・ポルカ」作品141
10. ヨハン・シュトラウス2世:「クリップ・クラップ・ギャロップ」作品466
11. ヨハン・シュトラウス2世:「エジプト行進曲」作品335
12. ヨハン・シュトラウス2世、ヨーゼフ・シュトラウス:ピツィカート・ポルカ
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「トランスアクツィオン(民事訴訟)」作品184
12. ヨハン・シュトラウス2世:「常動曲」作品257
13. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「狩り」作品373
14. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
15. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228 

※CDでは 「何か小さなもの」、「レモンの花咲くところ」が省略されてる。

【収録曲(1997年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「モーター・ワルツ」作品265
2. ヨハン・シュトラウス2世: ポルカ「帝都はひとつ、ウィーンはひとつ」作品291
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「カリエール」作品200
4. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「女心」作品166
5. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「宮廷舞踏会」作品298
6. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・フランセーズ「閃光」作品271
7. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「インドの舞姫」作品351
8. スッペ:喜歌劇「軽騎兵」序曲
9. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「人生を楽しめ」作品340
10. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・フランセーズ「パトロネス」作品286
11. ヘルメスベルガー:ポルカ「軽い足どり」
12. ヨハン・シュトラウス2世:「新ピチカート・ポルカ」作品449
13. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「蜃気楼」作品330
14. ヨハン・シュトラウス2世:「ロシア風行進幻想曲」作品426
15. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「ディナミーデン」作品173
16. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「前へ!」作品127
17. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「短いことづて(新聞コラム)」作品240
18. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
19.ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

【収録曲(2000年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「入江のワルツ」作品411
2. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「ヘレネン・ポルカ」作品203
3. ヨハン・シュトラウス2世:「アルビオン・ポルカ」作品102
4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「愛の歌」作品114
5. ヨハン・シュトラウス2世:歌劇「騎士パスマン」より「チャルダーシュ」
6. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ・シュネル「駅伝馬車で」作品259
7. スッペ:喜歌劇「ウィーンの朝・昼・晩」序曲
8. エドゥアルド・シュトラウス:フランス風ポルカ「プラハに挨拶」作品144
9. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「酒、女、歌」作品333
10. ヨハン・シュトラウス2世:「ペルシャ行進曲」作品289
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「とんぼ」作品204
12. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「訴訟」作品294
13. ヨーゼフ・シュトラウス:フランス風ポルカ「芸術家の挨拶」作品274
14. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「マリエン・クレンゲ」作品214
15. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「ハンガリー万歳」作品332
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「ドナウ川の岸から」作品356
17. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
18. ヨハン・シュトラウス1世:ラデツキー行進曲 作品228


2021年2月19日金曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(8)ズビン・メータ(1990, 1995, 1998)

1987年カラヤン、1988年アバド、1989年クライバーと、年変わりで指揮者が登場するようになった。そして1990年のニューイヤーコンサートは、ズビン・メータが指揮することになった。そしてここからニューイヤーコンサートは、以前にも増して国際的な演奏会へと発展する。ウィーンに学んだとは言え、オーストリア人でもなければウィーン国立歌劇場の音楽監督経験者でもないアジア人が、初の晴れ舞台に立った。以降、1992年のクライバーの再登場を除き、ムーティ、マゼールと3人のローテーションが20世紀の最後の十年を彩る。

メータの指揮も喜びと生気に溢れ、清々しい。ウィーン・フィルも乗っている。このようなコンサートを指揮するメータは、なかなかいい、と聴衆を含め思った事だろう。でなければ、以後、計5回(2015年まで)にも及ぶ登場はなかったと思われる。

1990年のコンサートの特長を一言で言えば、プログラムがいいことだ。まず、「ジプシー男爵」の入場行進曲で幕を開ける。他の指揮者を含め、次第に遅くなっていくワルツやポルカ・マズルカの演奏が、この頃のメータでは停滞せずにさっさと進むのがいい。第2曲「モダンな女」も健康的で若々しい。そして第3曲目、ギャロップ「インド人」は、どう考えてもメータを意識した作品だが、今となっては人種をことさら強調したプログラムは差別的と捉えかねないところだろう。だがメータは陽気にこの曲を指揮している。

4曲目になっていよいよワルツの登場である。取り上げた作品は「ドナウの乙女」というやや地味な作品。けれどもメータの演奏は、このような作品でも明るく飽きずに聞かせるあたりがなかなかいいのである。つまりはシュトラウス作品のツボを心得ているとでも言うべきか、そもそもそんな深刻な音楽でもなく、どんどん先に進んでいけばいいのである。そして前半は「スポーツ・ポルカ」で締めくくられる。我が国では運動会の徒競走あたりでかかっていそうな曲である。

第2部の最初はスッペで、「ウィーンの朝・昼・晩」序曲だったが、CDでは犠牲になっている。これは残念なので、できればDVDで鑑賞したいところ。以降の演目では、「ウィーン気質」での肩の凝らない演奏や、「破壊ポルカ」「突進ポルカ」「爆発ポルカ」といった、題名だけでも驚くような終盤に向けたポルカの連続に飽きることはない。メータ自身大いに気を良くしたのであろう。アンコールにかけてあまりに聴衆に愛嬌を振り向くものだから、テレビ中継が予定された時間内に収まらず、「ラデツキー行進曲」が尻切れになってしまったのである。

明るく威勢のいい指揮ぶりは、2回目の登場となった1995年の演奏でも健在である。前回同様、行進曲で幕を開けるとポルカが2曲。そして名曲「朝の新聞」へと続く。1990年との違いは、珍しい曲が増えたことだが、あまり知られていないマズルカ風ポルカ(「手に手をとって」)やワルツ(「メフィストの地獄の叫び」)などでも、楽天的な演奏で聞く者を惹きつけるあたり、メータの演奏の特性が最大限に生かされている。私はこの1995年の演奏が、メータによるニューイヤーコンサートの最高峰だと考えている。

このメータ2回目のコンサートをテレビで見たのは、上京して3年目となる独身寮でのことだった。私は当時、お正月も出勤する必要がある勤務だったが、元日の夜は普通に過ごしていた。この年の3月にはニューヨークへの転勤が決まっていたので、来年は米国で見ることになるな、などと思っていた。ライブだとすると、その放送は早朝になるが、果たしてそのような放送局はあるのだろうか、などと考えていた。その半月後に、私の実家のある兵庫県南部を大地震が襲った。

底抜けに陽気なメータの演奏は、1998年にも再現されることになった。行進曲「われらの旗がなびく所」で始まるとわくわくする雰囲気に一気に包まれる。この年に演奏されたワルツは「美しく青きドナウ」を含め5曲もあり、さらにオペレッタの序曲が1つ。ヘルメスベルガーによるわずか1曲を除き、すべてシュトラウス一家の作品で占められている。このコンサートでは、「トリッチ・トラッチ・ポルカ」と「アンネン・ポルカ」でウィーン少年合唱団による歌声を聞くことができる。

面白いのは「ニュー・メロディー・カドリーユ」という作品で、これはイタリアのオペラから有名メロディーをつなぎ合わせたような作品。シュトラウス作品の安直さをさらけ出すようなところもあるけれど、これを聞いていたらいっとき流行した「Hooked On Classic」を思い出した。

90年代の3回に及ぶメータ指揮によるニューイヤーコンサートの特長は、特にゆっくりとしたポルカの打ち解けた明るさだろう。1998年は全部で19曲もあるのだが、ほろ酔い気分のままあっという間に進行する。白痴的なまでの明るさをメータの演奏に感じるのは、久しぶりだと思った。そして、毎年必ず演奏される「美しく青きドナウ」に関しては、メータの演奏が最高だと思っている。どの年も素晴らしい(ただし1998年はやや平凡)。そして2000年代に入ってからも、メータは何度か登場している(2007年と2015年)。これらについては別に記そうと思う。


 【収録曲(1990年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ジプシー男爵」より入場行進曲
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「モダンな女」作品282
3. ヨハン・シュトラウス1世:ギャロップ「インド人」作品111
4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ドナウの乙女」作品427
5. ヨーゼフ・シュトラウス:「スポーツ・ポルカ」作品170
6. スッペ:喜歌劇「ウィーンの朝・昼・晩」序曲
7. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「思いやり」作品73
8. ヨハン・シュトラウス2世: ワルツ「ウィーン気質」作品354
9. ヨハン・シュトラウス2世: 「取り壊しポルカ」作品269
10. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「突進」作品348
11. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンの森の物語」作品325
12. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
13. ヨハン・シュトラウス2世:「爆発ポルカ」作品43
14. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「短いことづて」作品240
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
16. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

※CDでは後半のプログラムから「ウィーンの朝・昼・晩」と「破壊ポルカ」の2曲が省略されている。

【収録曲(1995年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「騎士行進曲」作品428
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「手に手をとって」作品215
3. ヨーゼフ・ランナー:「お気に入りポルカ」作品201
4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「朝の新聞」作品279
5. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「訴訟」作品294
6. スッペ:喜歌劇「山賊の仕業」序曲
7. ヨハン・シュトラウス2世:「常動曲」作品257
8. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「メフィストの地獄の叫び」作品101
9. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「タリア」作品195
10. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ・シュネル「電気的」
11. ヨハン・シュトラウス1世:ポルカ「アリス」作品238
12. ヨハン・シュトラウス2世:「ロシアの行進曲的幻想曲」作品353
13. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「わが人生は愛と喜び」作品263
14. ヨハン・シュトラウス2世、ヨーゼフ・シュトラウス&エドゥアルド・シュトラウス:射撃のカドリーユ
15. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「休暇旅行で」作品133
16. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
17. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

※CDでは少なくとも後半の冒頭、スッペの喜歌劇「山賊の仕業」序曲が省略されている。また曲順が微妙に入れ替えられている。

 【収録曲(1998年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:行進曲「われらの旗がなびく所」作品473
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「蛾」作品157
3. ヘルメスベルガー:ギャロップ「小さな公告」
4. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「浮かぶ聖処女」作品110
5. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「気晴らし」作品216
6. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「北海の絵」作品390
7. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
8. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「メトシュラ王子」序曲
9. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンのボンボン」作品307
10. ヨハン・シュトラウス1世:「マリアンカ・ポルカ」作品173
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「故郷にて」作品231
12. ヨハン・シュトラウス2世:「アンネン・ポルカ」作品117
13. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「おしゃべりなかわいい口」作品245
14. ヨハン・シュトラウス2世:「ニュー・メロディー・カドリーユ」作品254
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「南国のバラ」作品388
16. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ「テープは切られた」作品45
17. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「前進せよ!」作品383
18. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
19. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

※CD2枚組(RCA)に全曲が収められている。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...