勿論私たちは、後年のベートーヴェン作品をよく知っている。難聴を始めとする数々の困難に立ち向かいながら、あのエネルギーが凝縮された名曲の数々を。どれほど下手な演奏で聞いても感じずにはいられないベートーヴェンらしさ。運命を克服し歓喜に至る感動的なテーマ、深い人類愛と正義感に満ちた誉れ高い作品は、それ以降のすべての作曲家に影響を与えたといっても過言ではない。誰もがベートーヴェンを讃え、ベートーヴェンを愛し、そしてベートーヴェンを越えようとした。
そのベートーヴェンも、比較的若い頃の作品となると軽視されがちだ。むろんそれは、以降の作品に比べての話であるが、それにしてもベートーヴェンのいくつかの作品は、あまりに演奏されなくなっている。作曲当時に評判が良かった作品でさえも。
現在、バレエ音楽「プロメテウスの創造物」全曲を聞くことの興味のひとつは、ベートーヴェンがかくも軽妙で、まるでモーツァルトかロッシーニのように、 肩の凝らない作品を書いていたということかも知れない。それは交響曲には表れない、ベートーヴェンの若き日の素顔とでも言うべきものなのかも知れない。
序曲とフィナーレ以外にほとんど触れることのない「プロメテウスの創造物」の音楽を、私はチャールズ・マッケラス指揮スコットランド室内管弦楽団の演奏のCDで聞いている。辛うじてしばしば演奏される序曲も、「エグモント」や「コリオラン」ほど有名ではない。丁度1800年頃の作品なので、交響曲で言えば第1番、第2番の頃である。もちろん耳は良く聞え、ベートーヴェンはピアノの名手としてウィーンの聴衆を魅了していた頃だ。
バレエ音楽は、このような時期に書かれた。「プロメテウス」とはギリシャの神の一人で、人類を創造し火を盗んで与えたとされる。だとすれば「プロメテウスの創造物」とは人類のことだと言える。この物語がどのようにバレエ化されているのかは、私もよくわからない。荒唐無稽な物語だという話も聞く。だがこの作品は評判が良く、何度も上演されたようだ。今では70分を超える管弦楽曲を、そのままコンサートで演奏することはまず考えられず、従ってそのバレエを見る機会も皆無である。純粋に音楽のみを、しかも録音されたメディアによって聞くしかない。
序曲は和音の連打からゆっくり重々しいメロディーが続くと一転、すこぶる早い音楽に転じる。序曲はそのまま第1部のイントロダクションに引き継がれる。ここの不気味な旋律はウェーバーの歌劇「魔弾の射手」のフレーズを思い出させるのだが、やがて明るい舞踊音楽となって幕が開く、と言う感じである。第1部の音楽は、全16曲中第3曲メヌエットまでと短いが、それなりに印象的。
いつのまにか第2部に入っているが、ハープとフルートのメロディーが聞こえてきたら第5曲アダージョである。ここの朗らかなメロディーは、後半にチェロの独奏も混じってベートーヴェンの音楽とは思えない。そもそもベートーヴェンがハープを用いた曲を作ることなど、他にあっただろうか。続く第6曲は、流れるような軽やかな音楽で短いが印象的である。そのまま第7曲グラーヴに続く。やはり朗らかで楽天的である。そう、ベートーヴェンの音楽は、その底辺に楽天的な部分があると思う。この音楽などはその典型のような気がする。
ティンパニの連打が聞こえてくると、長い第8番アレグロ・コン・ブリオに入る。ここはベートーヴェンらしい勇壮な部分である。何度か繰り返されながら7分も続く。ちょっと長い行進曲を楽しむ感じである。全体の曲が長いので、通して聞く場合にはこのあたりで休憩するといいだろう。第9番アダージョはオーボエのメロディーが奏でられたあと、アレグロに転じるドラマチックな音楽。第10番パストラーレは牧歌的なのびのびとした音楽。
バレエの後半は、例によって様々な踊りが続く楽しいひとときとなる。真面目なベートーヴェンのこの音楽も例外ではない。まず華麗で堂々とした冒頭で始まりフルートのソロが続く第12番は「ジョイアのソロ」、第14番は「カッサンティーニのソロ」、そして第15番は「ヴィガーノのソロ」。それぞれの踊り手に捧げられた曲である。第13番の変奏曲のメロディーも楽しい。特に有名なのは、バセットホルンが使われる「カッサンティーニのソロ」だろうか。後半のメロディーは、何か「大きなノッポの古時計~」に似ていると思う。いずれの曲もそれぞれに異なる味わいがあって面白い。そして何度も言うように、ここにはベートーヴェンの交響曲などにない軽やかな音楽が満ち溢れていていて、聞けば聞くほど味わいが感じられる。
さて、やっとフィナーレに来たところで聞きなれた音楽が聞こえてくる。「エロイカ」交響曲第4楽章の主題に使われたメロディーである。ただ交響曲と違い、ここの音楽は別の方法で変奏され6分余りも続く。なぜかとても安心した気持ちに浸りながら、ひとしきりたっぷりとダンスを味わったあと、音楽は終わる。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調作品102(Vn: ルノー・カピュソン、Vc: ゴーティエ・カピュソン、チョン・ミュンフン指揮マーラー・ユーゲント管弦楽団)
ブラームスには2つのピアノ協奏曲、1つのヴァイオリン協奏曲のほかに、もう一つ協奏曲がある。それが「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲」という曲である。ところがこの曲は作品番号が102であることからもわかるように、これはブラームス晩年の作品であり(54歳)、すでに歴史に残る4つの交...
-
現時点で所有する機器をまとめて書いておく。これは自分のメモである。私のオーディオ機器は、こんなところで書くほど大したことはない。出来る限り投資を抑えてきたことと、それに何より引っ越しを繰り返したので、環境に合った機器を設置することがなかなかできなかったためである。実際、収入を得て...
-
当時の北海道の鉄道路線図を見ると、今では廃止された路線が数多く走っていることがわかる。その多くが道東・道北地域で、時刻表を見ると一日に数往復といった「超」ローカル線も多い。とりわけ有名だったのは、2往復しかない名寄本線の湧別と中湧別の区間と、豪雪地帯で知られる深名線である。愛国や...
-
1994年の最初の曲「カルーセル行進曲」を聞くと、強弱のはっきりしたムーティや、陽気で楽しいメータとはまた異なる、精緻でバランス感覚に優れた音作りというのが存在するのだということがわかる。職人的な指揮は、各楽器の混じり合った微妙な色合い、テンポの微妙あ揺れを際立たせる。こうして、...
0 件のコメント:
コメントを投稿