2020年3月11日水曜日

モーツァルト:ミサ曲ハ短調K427(417a)(S:アーリーン・オジェー、フレデリカ・フォン・シュターデ他、レナード・バーンスタイン指揮バイエルン放送交響楽団)

おそらく史上最も感動的なハ短調ミサのライブ演奏のひとつは、1990年4月、バイロイトにほど近いバイエルンの片田舎にあるヴァルトザッセン修道院内のカトリック教会で行われた。指揮台に立ったレナード・バーンスタインはその半年後に、ソプラノを歌ったアーリーン・オジェーは3年後に亡くなってしまった。しかしこの時の映像が残されたおかげで、私たちは今でも、崇高にして神秘的な大ミサ曲を鑑賞することができる。

コンサートはまず、モーツァルトが書いた最も美しい合唱曲「アヴェ・ヴェルム・コルプスK618」で始まる。わずか3分余りの大変短いこの曲は、妻コンスタンツェの療養を世話した合唱指揮者のために、死のわずか半年前に作曲された。天国的な美しさと諦観に満ちた、透き通るような合唱曲である。バーンスタインは心を込て、この曲を指揮している。

次に演奏されるのが、アーリーン・オジェーを迎えてのモテット「エクスルターテ・ユビラーテK165 (158a)」である。我が国では「踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ」などとして知られ、特に第3楽章「ハレルヤ」が有名である。軽やかな若き日のモーツァルト作品を、バーンスタインは何も付け加えることなく、自然で美しく演奏している。

この2つの、おまけというには豪華すぎるプログラムの後で、ハ短調ミサが始まる。教会での演奏会は、慣例に従い拍手がない。バーンスタインは静かに曲を始めるが、その真摯で飾り気のない指揮姿は、事前の予想通りである。テンポは遅いが、重々しくはない。バーンスタインは晩年、ウィーンを始めとするヨーロッパ各地で、数々の歴史的演奏を繰り広げてきた。丁度2年前にはモーツァルトの「レクイエム」が同じバイエルン放送響と、数か月前にはベルリンの壁崩壊を祝福するベートーヴェンの第九演奏会などを指揮している。

バーンスタインはこの時すでに病気に侵されていた。私たち日本人は、最晩年のバーンスタインの指揮姿と言えば、札幌で開かれたパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)でのシューマンの交響曲を思い出す。かなりつらそうに指揮する姿は、往年の元気一杯の青年の面影はなく、痛々しいほどの指揮ぶりだった。だが、このビデオに登場するバーンスタインは、まだそれほどエネルギーを失ってはいない。

バイエルン放送合唱団のせいきあふれる気迫のこもった合唱に乗って、オジェーは気高い歌を披露する。オジェーはアメリカ人だが、ドイツで大活躍したソプラノで、バッハのカンタータを始めとする透き通った歌声は、今でもファンが多い。にもかかわらず、彼女は50代の若さで亡くなってしまった。このビデオは彼女の歌を聞く(見る)ことができるという点でも、大変貴重である。

バーンスタインは生涯、ライブの人だった。この映像を見るとき、私たちは音楽の力がライブでこそ力を与えられ、聞くものを説得するレベルに昇華する様を体験することができる。すべての音楽が終わっても拍手はされない。ただそこに響き渡るのは、教会の鐘の音である。ビデオはその鐘が鳴る止むまでの間、起立したままのバーンスタインと教会の内部を映し続ける。この時間的な一致は、偶然によるものだろうか。

なお、出演陣については以下の通り。アーリーン・オジェー(ソプラノ)、フレデリカ・フォン・シュターデ(メッゾ・ソプラノ)、フランク・ロパード(テノール)、コルネリウス・ハウプトマン(バス)、バイエルン放送合唱団、交響楽団。同じコンサートを収めたCDも発売されている。重厚長大型の大ミサ曲は、古楽演奏にはない魅力があるのも確かである。

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