モーツァルトが1785年に作曲した「フリーメイソンのための 葬送音楽」は、わずか8分程度の(演奏によってはもっと短い)曲ながら、厳粛なムードに溢れ、旋律は重々しく憂いに満ち、それでいて一種の明るさも感じさせる秀逸な作品である。その理由は、ここにグレゴリオ聖歌の諸要素をちりばめているからと言われている。
私は昔、ブルーノ・ワルターによるモーツァルトの管弦楽曲集というLPを買って、その中に収められていた「フリーメイソンのための葬送音楽」を初めて聴いたことは先に書いた。この演奏は今もってこの曲の代表的な録音である。久しぶりに聞いていると、ワルターにしかできないような、慈しむような、深いため息の出るような演奏である。しかしながらこの短い曲は、そもそも録音がそう多いわけではなく、滅多に演奏されることもないから、私も長い間、聞くことはなかった。
最近になって(と言っても90年代のことで、30年近くも前になってしまったのだが)クラウディオ・アバドがベルリン・フィルを振って入れた交響曲の何曲かのCDに、この曲が挟まれていた。この曲は、そういう形でしかリリースされないので、わざわざこのために買う、というものでもない。従って、偶然耳にすることになったのだ。そういえば昔、ワルターの演奏で聞いたなあ、などと思いながら、「パリ」交響曲が終わっても再生停止をためらっていたら、何とこの演奏が初めて聞くような新鮮さに溢れているではないか。
クラシック音楽の演奏と言うのは不思議なもので、もともとの曲が持つ要素に付け加わって思いもかけないような相互作用をもたらす。すべての聞き手に、というわけでもないのだが、いい演奏はいいタイミングで演奏されると、それが化学反応を起こし、さらに相乗効果によって増幅され、曲自体の魅力を超えるのか、そもそもの魅力が引き出されるのか、そのあたりはよくわからないのだが、いずれにせよ普段聞いてきたものとは全く違う印象を聞き手に与える。この偶然の出会いは、実演だけでなく録音された演奏でも生じる。だからクラシック音楽は面白い。
アバドはベルリン・フィルを指揮して録音した「フリーメイソンのための葬送音楽」 は、丸でついでに収録されてように目立たないが、その演奏はスキっと新鮮で透明感があり、かつての演奏にはない魅力が感じられる。このアバドの演奏に触発されて、他にも数々の演奏を聞いてみた。ケルテスやベームのような往年の名演奏もあるが、昨年亡くなったペーター・シュライアーによる演奏(シュターツカペレ・ドレスデン)の元気の良い演奏や、ノリントンの滅法早い演奏(なんと3分台)などが見つかった。その中で、ヘレヴェッヘによる演奏は、なぜか合唱が入っており、独特の雰囲気がある。これは丸で教会にいるような厳かな気持ちになり、気が引き締まる特別な印象を残す。
しかしアバドの持つ、より自然で、それでいて適度に引き締まった演奏は、かえって聞くものの心を打ち、自己を見つめる気持ちにさせる。その丁度良いバランスは、他の演奏からはなかなか感じられることはなかった。
モーツァルトは亡くなるまでの7年間をフリーメイソンの会員として過ごした。フリーメイソンのための音楽は他にもあるし、あの歌劇「魔笛」についてはその関連性がしばしば指摘されている。だが難しい話はさておき、この音楽は短いながらも美しく、数多くの低音用木管楽器が使われて、それらの上に乗った弦楽器が波うつように心に押し寄せてくる様は、あの「レクイエム」にも通じる厳かな気分にさせるものである。
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