2020年3月10日火曜日

モーツァルト:ミサ曲ハ短調K427(417a)(S:クリスティアーネ・エルツェ、ジェニファー・ラーモア他、フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮シャンゼリゼ管弦楽団)

昨年N響の定期で聞いたヘルベルト・ブロムシュテット指揮によるモーツァルトのハ短調ミサ曲が、先日テレビで放映された。インタビューでブロムシュテットは、これがモーツァルトの最も美しい音楽、などと語っていたが、初めて実演に接した私としてはそうも思えないままコンサートが終わり、戸惑いの中を帰宅した。決して悪い演奏ではなかったのだが。

これは聞きこみが足りないからなのだろうと思い、一度真剣に聞かなくてはならないと考えていたところ、「フリーメイソンのための葬送音楽」のヘレヴェッヘの録音に出会った。この録音では「フリーメイソン」に何と歌詞が入っていて、「マイスタームジーク」とタイトルが付けられている。そしてその後に、このハ短調ミサが始まった。

ミサ曲ハ短調(あるいは大ミサ曲)は、モーツァルトがウィーンにて作曲した宗教音楽で、「レクイエム」に次ぐ規模を誇る。カラヤンやバーンスタインといった有名指揮者に加え、数多くの古楽演奏者も録音しているが、わが国では上演される機会はさほど多くはない。それでも宗教音楽には一定のファンがいるようで、Webで触れているブログは多い方だ。合唱団などで歌ったことがある人が、それなりの人数いることが要因ではないかと思う。

この曲の作曲にまつわるいきさつとしては、父レオポルトが反対したコンスタンツェとの結婚を何とか認めてもらおうとしたこと、しかし多忙を極めるモーツァルトは予定のザルツブルクへの帰還まで完成が間に合わず、結局未完に終わったことでいくつかの補筆版が存在すること、などが挙げられる。作曲の動機は、妻がソプラノ歌手として技量があることを示すためであったと言われている。またその初演の経緯から、この作品を重厚長大にすることによって、自分を見くびったザルツブルクへのし返しの意図があったのではとも言われている。

どのようないきさつがあったにせよ、重要なことはモーツァルトがこの作品を、誰からの依頼にもよらず、自らの意志で作曲したという事実である。これは「レクイエム」とも異なり、モーツァルトのミサ曲では唯一のことであるとされる。

このヘレヴェッヘ盤は「ベーレンライター版、シャペル・ロワイヤルによる校訂版」と記されているが、調べてみるとべーレンライター版は、1956年にオーケストレーションのみの補筆を行ったランドン版に非常に似ているらしい。細かい版の違いまではよくわからないが、昨年N響定期で聞いたのもこのべーレンライター版である。これらはほぼ同じと考えて良いようだ。

「キリエ」「グローリア」「クレド」「サクトゥス」そして「ベネディクトゥス」の5つの部分から成る。ただし、完成しているのは「キリエ」「グローリア」及び「サンクトゥス」のみで、「クレド」は一部のみ、「ベネディクトゥス」は再構成されることにより完成された。作られるはずだった「アニュス・デイ」に至っては未完である。このため演奏は尻切れトンボのように終わる。

第1曲「キリエ(主よ、憐れみたまえ)」は悲壮感いっぱいの厳かなムードで始まる。しかし中間部では長調に転じ、ソプラノの透明で一条の光の差すような慰めの歌となる。初演時、ここをコンスタンツェは歌ったそうだ。キリエはこの1曲のみ。

第2曲「グローリア(神に栄光あれ)」は長い。全部で8つの部分から成る。まず力強い合唱(第一部:Gloria in excelsis Deo)が、次に流れるような音楽に乗って、二人目のソプラノが登場する(第2部:Laudamus te)。一通り登場したところから、音楽はいよいよ厚みを増して行く。まず合唱が(第3部:Gratias agimus tibi)、続いて二人のソプラノによる二重唱が(第4部:Domine Deus)、さらには二重合唱が続く(第5部:Qui tollis)。そしていよいよテノールが加わり(第6部:Quoniam tu solus) で、二人のソプラノと3重唱、そして終盤に向け合唱が音楽を盛り上げてゆく(第7部:Jesu Christe、第8部:Cum Sancto Spiritu)。

第3曲「クレド(我信ず、唯一の神)は未完成だったが、補筆され2つの部分から成る。まず合唱が歌われた後(第1部:Credo in unum Deum)、一人目のソプラノによって長い歌が歌われる(第2部:Et incarnatus est) 。ここが全体の白眉とも言える部分で、モーツァルトのソプラノに託す思いがひしひしと感じられる秀逸な曲である。「クレド」はすべて3拍子の曲である。

第4曲「サンクトゥス(聖なるかな)」は短い合唱のみの曲だが、大規模で輝きに満ちている。後半はフーガとなって2部の合唱が複雑に絡み合う。続いて終曲となるのが第5曲「ベネディクトゥス(祝福あれ)」である。ここで4人のソリストと二部合唱がすべて登場する。5分程度の短い部分だけが再構成されている。高らかに歌い上げられるが、短いのでもう少し聞いていたいと思いながら、未完成の大ミサ曲は終わる。
 
ヘレヴェッヘ盤は、古楽器を使用しているが、音楽は極めて充実しており、完成度の高さが際立つ。いくつかの演奏を聞いたが、この演奏が一番だと思った。ソプラノがクリスティアーネ・エルツェとジェニファー・ラーモア、テノールがスコット・ワイヤー、バスがペーター・コーイ、合唱はシャペル・ロワイヤル、コレギウム・ヴォカーレとなっている。

0 件のコメント:

コメントを投稿

ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調作品102(Vn: ルノー・カピュソン、Vc: ゴーティエ・カピュソン、チョン・ミュンフン指揮マーラー・ユーゲント管弦楽団)

ブラームスには2つのピアノ協奏曲、1つのヴァイオリン協奏曲のほかに、もう一つ協奏曲がある。それが「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲」という曲である。ところがこの曲は作品番号が102であることからもわかるように、これはブラームス晩年の作品であり(54歳)、すでに歴史に残る4つの交...