2020年3月12日木曜日

モーツァルト:戴冠式ミサハ長調K317(S:キャスリーン・バトル他、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

モーツァルトとしばしば対立したザルツブルクのコロレド司教は、コンパクトなミサを好んだようだ。その結果、モーツァルトは凝縮された中にも見事なミサ曲を作曲した。「戴冠式ミサ」として知られるハ長調のミサ曲K317は、20曲にも及ぶモーツァルトのミサ曲の中で、ひときわ輝いて見える。明るく、推進力に満ち、聞いていると幸せな気分になる。

けれどもモーツァルトがこの曲を作曲したのは、失意のパリ旅行から帰還した頃で、丁度20歳を迎えた時期だった。苦しい環境が信じられないくらいに、この時期のモーツァルト作品は充実してくる。明確に個性と言うものが感じられ、それはゆるぎないものとなり、その後の飛躍を確かなもであると確信させるほど説得力のあるものだ。

冒頭の「キリエ」でいきなり音響的に圧倒的な感覚に包まれる。派手だと言ってもいい。合唱の壮大なハーモニーに混じって、ソプラノとバスが歌う。間もなく始まる「グローリア」も大合唱で始まる。華やかで推進力に満ちた歌、リズミカルな三拍子、聞いていると嬉しさがこみ上げる

次の「クレド」でも、その大規模に構築された音楽はまだ続く。「クレド」は最も長いパートさが、それでも6分程度の曲だ。そしてさらに「サンクトゥス」もまた、きらびやかでカラフルな2分間。ここまで一気である。

一方、「ベネディクトゥス」ではややテンポも落ち、少し落ち着くが、それもつかの間のことだ。気が付くと最後の「アニュス・デイ」。ここはまるでオペラのアリアのようにソプラノが歌う。美しく、音楽的である。だが、それも3分もしたら次第に盛り上がり、コーダとなって高らかに終わる。全部で25分。何という完成度か、と思う。

その後に作曲された大ミサ曲もレクイエムも、未完成に終わった。そしてこれらの曲はどちらかというと暗い。それに対して、この戴冠式ミサは、まさに典礼に相応しかろう。実際、この曲はプラハで行われたレオポルト二世の戴冠式で演奏され、その名が定着したらしい。

ヘルベルト・フォン・カラヤンは、カトリック教徒でもあったが、かねてよりバチカンでの演奏会を希望していたらしい。当時のローマ法王、ヨハネ・パウロ二世の快諾によりそれが実現したのは1985年6月のことだった。当時カラヤンは、君臨したベルリン・フィルとの関係が大いにこじれていたためか、オーケストラにはウィーン・フィルが選ばれている。ローマのサン・ピエトロ大聖堂で執り行われたこの時のミサは、バチカン放送等により録音、録画された。

独奏は当時のオペラ歌手を揃え、大変豪華である。キャスリーン・バトル(ソプラノ)、トゥルデリーゼ・シュミット(アルト)、エスタ・ヴィンベルイ(テノール)、フェルッチョ・フルラネット(バス)、そしてウィーン楽友協会合唱団。冒頭の「キリエ」から圧倒的に気迫に満ちている。おそらく大きな残響は、うまく処理されて気にならない。

ウィーン・フィルの気合もすさまじいが、それでもオーボエを始めとするソロ部分は、まさにウィーンの歌、そして響きである。カラヤンのライブは、実際のミサの間に挟まれ、その全体の録音が発売された。DVDとCDでこの様子を時系列で知ることもできるが、私が持っているのは「戴冠式ミサ」のみをつなぎ合わせ、ブルックナーの「テ・デウム」とカップリングした廉価盤の一枚である。

シンフォニックな響きに圧倒されつつも、とりわけ印象に残るのは「アニュス・デイ」におけるバトルの歌声である。「フィガロの結婚」 のアリアにも似ていると言われるこの部分になると、カラヤンはぐっとテンポを抑え歌に寄り添う。カラヤンがライブで見せる即興的なリズム処理は、至って職人的であることがここでも証明されている。

カラヤンのこの曲の演奏を聞くと、他の演奏はなぜか聞きたくなくなる。なので、実は私は他の演奏を知らない。それではいかにも、と思ったのでカラヤンの古い方の演奏を聞いてみることにした。演奏は1975年でベルリン・フィル。ソリストはアンナ・トモワ=シントウ(ソプラノ)、アグネス・バルツァ(メゾ・ソプラノ)、ヴェルナー・クレン(テノール)、ジョゼ・ヴァン・ダム(バス)と豪華。合唱はウィーン学友協会。「レクイエム」などとカップリングされて発売されている。

カラヤンのより整ったスタジオ録音の演奏は、ライブとままた異なる見事なものだと感心した。まるで違う曲を聞くようだと感じることもある。ただ終曲のソプラノだけは、バトルの透明で若々しい響きに、どうしても心を奪われてしまう。

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