2020年3月14日土曜日

ベートーヴェン:三重協奏曲ハ長調作品56(ストリオーニ三重奏団、ヤン・ヴィレム・デ・フリエンド指揮オランダ交響楽団))

ベートーヴェンのヴァイオリン、チェロ、ピアノと管弦楽のための協奏曲(三重協奏曲)は駄作と言われてきた。私のベートーヴェン好きの知り合いも、この曲は聞くべきものがないと決めつけている。確かにベートーヴェンの傑作らしい凝縮されたエネルギーはさほど感じられず、ちょっと完成度が低いのかな、などと思っていた。

客観的な視点では、ピアノのパートが極めて安易に作られているにもかかわらず、チェロについては結構なテクニックを要するらしい。つまりバランスが悪い、と言うのだ。この曲をベートーヴェンが自ら弾いた時も、難聴のせいか音が合わず、彼自身の人気の凋落を決定的にしただけでなく、曲の評判も落とした。現在ではソリスト3名を揃えるだけのコストが大きく、それなりの長さもあってプログラムが組みにくい。

けれどもそう言われれば聞きたくなるのも人情で、私はわりに早い段階でこの曲のレコードを購入したし、実演でも聞いたことがある。今では3枚のCDを持っている。その感想は決して悪くはない、というものだ。むしろベートーヴェンの自然な姿がそこにあり、それでいてロマンチック、フレーズのいくつかは耳から離れない。例えば第1楽章の出だし、第2楽章から第3楽章にかけての移行部分、あるいは第3楽章の中間部などである。

かねてから、有名ソリストを3名揃えることが可能となった段階で、レコード会社の記念すべき企画として、この曲は意外に多く録音されてきた。以下に思いつくまま挙げてみたい。

  • P: ゲザ・アンダ、Vn: ヴォルフガング・シュナイダーハン、Vc: ピエール・フルニエ、フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団(1960年)
  • P: ユージン・イストミン、Vn: アイザック・スターン、Vc: レナート・ローズ、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団(1964年)
  • P: スヴィヤトスラフ・リヒテル、Vn: ダヴィド・オイストラフ、Vc: ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1969年)
  • ボザール三重奏団、ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(1979年)
  • P: イェフィム・ブロンフマン、Vn: ギル・シャハム、Vc: トルルス・モルク、デイヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団(1998年)

検索してみれば、この他にも数多くの録音が存在する。例えばカラヤンには、ムターやマとの新録音が、ボザール・トリオにはマズアとの新録音がある。どの演奏も超有名ソリストを揃えての録音で、例えばソビエトの大音楽家3人と共演したカラヤンの歴史的名盤は、名人芸の絡み合う様がつとに名高い。私もこの演奏を最初に聞いてこの曲を知った。

けれどもどうしたことか、次にこの曲を聞く気がなかなか起こらない。もしかするとそれは名人芸の極め付けを、それほど入念に聞くだけの時間的ゆとりを持たなかったからかも知れない。どこか平板な曲なので、一般的なモダン楽器の演奏では、どれほど技巧的に素晴らしくても、曲の等身大の魅力が伝わってこないのではないか。そう思っていたところ、ジンマンのベートーヴェン交響曲全集にこの曲が含まれており、そのスッキリした味わいに心を奪われた。

古楽奏法が曲の魅力を発掘していった90年代を経て、この曲にも新たなスポットライトが浴びせられたと思う。そしてとうとう、理想的な演奏に出会った気がした。オランダの三重奏団、ストリオーニ・トリオとの演奏こそが、この曲の新たな魅力を再発見するきっかけを与えてくれた。

この演奏は、しかしながら、古い聞き手にはやや混乱をもたらすだろう。なぜなら三重奏はピリオド楽器、オーケストラはモダン楽器による演奏なのだ。ピアノはいつものピアノではなくフォルテ・ピアノ。少しペラペラとした平板な音が鳴る。ヴァイオリン、チェロもビブラートがなくすっきりとしている。だが慣れてくるとこの組み合わせが、なかなか楽しい。そして最後まで一気に聞きとおした後で、もう一度最初から聞いてみたいと思う。こういう経験は、上に挙げた過去の大演奏からは感じられなかったものだ。

もやの中に浮かび上がってくる港の漁船のような幽玄の中に始まり、やがてチェロとヴァイオリンが呼応する主題にピアノが絡む。ひとしきり3つの楽器に聞き惚れていたら、たまにオーケストラが前に出てくる。第1楽章はソナタ形式で書かれているが、16分にも及ぶ長い曲である。これを飽きさせずに聞きとおせる演奏は少ない。ときおりティンパニが乾いた音を強打する様は、古楽器風演奏では顕著になったが、ここがベートーヴェンらしくてなかなか魅力的である。平坦な曲のアクセントとなっている。

第2楽章は短いが、ロマンチックな曲である。春霞の中を行くかのようだ。そして切れ目なく第3楽章に移行すると、ロンド形式の軽妙な曲となる。この中間部では何と、ポロネーズのリズムが聞こえてくる。3つの楽器の見せどころ。室内楽を聞いているのか、管弦楽曲を聞いているのか、その移り変わりの妙がこの曲の魅力だ。ストリオーニ・トリオによる演奏は、興に乗って最後まで飽きさせない。

春が来て、史上最も早い桜の開花宣言が出た今日の東京は、寒い冬に逆戻りしてしまった。毎年、この時期になると聞いてみたくなるベートーヴェンの三重協奏曲は、私にとってはなかなか魅力的である。そしてその演奏の中で、とりわけ素敵な演奏に出会うことができ、ちょっと嬉しい。

0 件のコメント:

コメントを投稿

ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調作品102(Vn: ルノー・カピュソン、Vc: ゴーティエ・カピュソン、チョン・ミュンフン指揮マーラー・ユーゲント管弦楽団)

ブラームスには2つのピアノ協奏曲、1つのヴァイオリン協奏曲のほかに、もう一つ協奏曲がある。それが「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲」という曲である。ところがこの曲は作品番号が102であることからもわかるように、これはブラームス晩年の作品であり(54歳)、すでに歴史に残る4つの交...