2020年8月24日月曜日

Sound of Silence(G: ミロシュ・カラダグリッチ、他)

大学を卒業するまで、私の部屋にはエアコンがなかった。高校三年生の夏は、猛暑の中で受験勉強を強いられた。その頃も大阪の夏は暑く、毎日36度を超える日が続いた。当然のことながら勉強は手に着かない。ひたすらベッド上で大量の汗をかきながら、扇風機を回して昼寝をする。ようやく涼しくなってくる夜間に備えるためだ。8月も終わりになる頃には、いつのまにか鈴虫が鳴いている。

午後10時になってNHKラジオが一日のニュースを放送する。勉強をしながらこれを聞くのが日課だった。11時になるとFMに切り替える。すると、今でも時々再放送される名番組「クロスオーバーイレブン」が始まる。「今日一日のエピローグ」というナレーションとともに、分野のミックスした軽音楽が静かに流れてくると、私の勉強は佳境に入ってゆく。12時になると、民放で始まるのが城達也の「ジェットストリーム」である。さらには「ABCヤングリクエスト」が午前3時まで…。

「クロスオーバー・イレブン」の話をするのは、異なるジャンルの音楽がミックスされた新しい領域が、この頃よくもてはやされたからだ。フュージョンやロックなど、私が普段聞かない音楽も、心地よいナレーションをミックスした構成によって、頭の中にスーッと入って来る。まだラジオが全盛の時代だった。

クラシック音楽も、分野の異なるロックやジャズなどに編曲されたり、逆にポップスのナンバーをクラシック風にアレンジしたりして、いわゆるクロスオーバーというジャンルに分類される録音がたまに出回る。専らアレンジの妙と、器楽のテクニックに酔うことになる。少し大人のセンスで、静かな語り口ということが多い。クロスオーバーはいわゆる「アダルト・コンテンポラリー」や「ソフト・ロック」の延長にあるとも言えるかも知れないが、我が国ではいつのまにか洋楽が底流となり、どこの放送局を聞いても最近のJ-POPばかりという状況である。クラシック専門局はおろか、洋楽専門の放送局も(かつてはあったが)今はない。

モンテネグロ生まれのギターリスト、ミロシュがドイツ・グラモフォンにデビューしたのはもう10年近く前になるのだが、その後手を痛めて休養し、最近活動を再開したようだ。私が今回聞いた最新アルバム「Sound of Silence」は、その名の通りサイモンとガーファンクルの名曲がタイトルとなっている(ただしサイモンの歌は「The Sound of Silence」と定冠詞が付いている。アルバムの方にはない)。ここでは、いわゆる「クラシック」の名曲も取り上げられているが、すべて必要最低限の編成にアレンジされていて、最高のヒーリング・ミュージックとなっている。

どの曲がどうの、ということはなく、最後の武満徹編曲による「虹のかなたに」に至るまで、選曲と編曲のセンスが素晴らしい。 それは静寂がまた音楽の一要素であることを思い出させ、空中に漂う音波のゆらぎに心を奪われるひとときである。強いてどの曲が好きかと問われれば、「Moving Mountains」ということになろうか。パーカッションと弦楽アンサンブルが寄り添い、流れるメロディーが美しい。他には、ギター単独の曲も散りばめられている。どの曲もつぶやくようで、ひとりで静かに聞き入るのがいい。

どんな猛暑になったところで夏が好きだ、という人がいる。こういう人は9月頃になって人が途絶えた海岸に佇み、行く夏を惜しむのだそうだ。北国生まれの私の妻などは想像できないらしいが、関西育ちの私にはよくわかる。8月もお盆を過ぎると、蝉の鳴き声が遠く鳴って聞こえるような気がする。

熱海に向かう快速列車が小田原を過ぎた頃、このアルバムが鳴っていた。どこまでも広い太平洋と快晴の真空を眺めながら、静かなギターに耳を傾けた。もうすぐ秋がやってくるのだと思うと、少しセンチメンタルな気分になった。私にとってはギターは、晩夏に聞くのが好きな楽器である。


【収録曲】
1. サイモン: サウンド・オブ・サイレンス
2. サワー・タイムズ
3. タレガ: 哀歌
4. ムーヴィング・マウンテン
5. ファリャ: ナナ
6. ストリート・スピリット
7. マグネティック・フィールド: ブック・オブ・ラヴ
8. メルリン: エヴォカシオン
9. コーエン: フェイマス・ブルー・レインコート
10. タレガ: 祈り
11. カランドレリ: ソリテュード
12. ブローウェル: キューバの子守歌
13. ムーディー・ブルース: サテンの夜
14. プホール: ミロンガ
15. アームストロング:  ライフ・フォー・レント
16. アーレン: 虹のかなたへ

2020年8月16日日曜日

「サンチャゴへの巡礼(中世スペインの音楽)」(S: キャサリン・ボット他、フィリップ・ピケット指揮ニュー・ロンドン・コンソート)

バロック以前の音楽、いわゆる「古楽」あるいは「アーリー・ミュージック」と呼ばれるジャンルの音楽ディスクを初めて買ったのは、このところのような猛烈な暑さの続いた1993年夏のことだった。当時発売された「サンチャゴへの巡礼(The Pilgrimage to Santiago)」という新譜のタイトルが目に留まった。デッカの古楽レーベル、オワゾリールの2枚組。「中世スペインの音楽」という副題が付けれれ、もちろん知っている曲など皆無。だか詳しい解説書が欲しくて6000円もする邦盤を買うことにした。

サンチャゴとは聖ヤコブを祀るサンチャゴ・デ・コンポステーラのことで、スペイン北西部に位置する巡礼の最終地点である。中世の頃から巡礼地として栄え、フランスからピレネー山脈を越えて続く1000キロ以上にも及ぶ街道は、いまもって人が絶えることがない。いやそれどころか、高度に文明の発達した現代に至って、むしろこのような古風な習慣がブームとなり、世界中からの巡礼者が訪れているという。我が国でも四国霊場を訪ねる人が後を絶たないのと同じである。

この巡礼について、私はかねてから関心があった。今のようにブームとまではいかないものの、古くからこの道を歩く巡礼者は多かった。巡礼の道には彼らが寝泊まりをする修道院や宿舎も用意され、そこには宿坊であることを示すホタテ貝のマークがつけられた。ホタテ貝のことを、フランス語で「聖ヤコブ」という。ホタテ貝のマークは、シェル石油のガス・ステーションにも使われている。

巡礼の宿場町で歌われた音楽は、これまでにもいくつか録音されてきたが、その中でも最も多くの作品、すなわち知られてるほぼすべての作品を網羅したのがこの2枚組というふれこみだった。巡礼は少なくとも13世紀には整備され、これらの音楽は街道沿いの巡礼者用宿泊施設などで奏でられていただろう。当時の音楽と言えば、単旋律歌曲、あるいはモテットなどど呼ばれる多声音楽が中心で、トルバドゥールと呼ばれる吟遊詩人によって継承された。この中世の世俗音楽には、興味深いことにイスラムの影響が見られ、そのことが特に異国的に響く。私たちが普段接しているバロック以降の「クラシック音楽」とは、一味も二味も違い、まるで別の音楽である。

ヨーロッパの文化的背景を持たない私たちが、これらの古い写本をもとにした歌曲に接する積極的な理由は、音楽や歴史の研究者を除けば、それが単に珍しく新鮮で、そして癒しにも通じるリラクセーションを与えてくれるからだろう。実際、私の場合はこの音楽を、真夏の夜に聞くことが習慣になっていた。遠くから聞こえてくるような信心深い音楽が、教会で歌われる正式な典礼歌ではなく、むしろストリート・ミュージックであることも手伝って親しみやすい。ただそのことを知ったのは、このCDを聞いてからのことだった。

このCDでは巡礼の街道に従って、「ナバーロ」「カスティーリャ」「レオン」「ガリシア」という4つの地域に区分けされ、順に紹介されている。独唱や合唱の他に、名前もわからない楽器が登場し、それらが独特の(イスラムの影響を受けた中世の)リズムによって一種独特な世界を形作っている。いまでこそサヴァールなどの活躍によって、これらの古い音楽が見事に蘇っている様に接する機会は多いが、それはこれらの音楽が、学究的に貴重な試みであることよりもむしろ、中世の巡礼とまさに同様に、いわば現代人をも感化するだけのスピリチュアルな魅力を有しているからだろうと思う。

今年の夏は盆踊りも高校野球も中止となり、季節感がないまま過ぎて行く。気が付けば暦の上ではもう秋である。このCDを、私は猛暑とコロナで自宅に軟禁状態になっていたある日、久しぶりに聞いてみた。透き通るような歌声や、遠くから響いてくるエキゾチックなメロディーに、しばし時の経つのも忘れて聞き入った。日課の散歩コースは、夜になっても人が絶えない。ベンチに腰掛け、灯が運河に反射してゆらめく様を眺めている。熱帯夜とは言え湿気の多い生暖かい風が吹いてくると、日中とは違って少しは心地よい。

この音楽を聞きながら、息子が成人したら妻と再びヨーロッパ旅行がしたいと思った。いや、その時はいっそ仕事をやめ、1年かけて世界一周でもいい。その頃にはコロナも終息しているだろう。そう心に誓い、さあ、明日も何とか乗り切ろうと思いを新たにした。



【収録曲】

CD1 ナヴァラとカスティーリャ
1.カンティガ「聖母様によく仕える者は」(カンティガ第103番)
2.モテトゥス「ベリアルは狡猾なるもの」(ラス・ウエルガスの写本より)
3.モテトゥス「主は墓よりよみがえりたまいぬ」(ラス・ウエルガスの写本より)
4.カンティガ「たいしたことではない」(カンティガ第26番)
5.モテトゥス「輝かしき家系より生まれたる」(ラス・ウエルガスの写本より)
6.コンドゥクトゥス・モテトゥス「アルファに,牛に」(ラス・ウエルガスの写本より)
7.4つのプランクトゥス(ラス・ウエルガスの写本より)
8.セクエンツァ「心地よく良き言葉を」(ラス・ウエルガスの写本より)
9.トロープス「神の小羊/良き生活の規範」(ラス・ウエルガスの写本より)
10.モテトゥス「ファ・ファ・ミ・ファ」/「ウト・レ・ミ・ウト」(ラス・ウエルガスの写本より)
11.一族の父(カリストゥスの写本より)

CD2 レオンとガリシア
12.カンティガ「聖母マリアは喜んで」(カンティガ第253番)
13.コンドゥクトゥス「毎年なされる祝典が」(カリストゥスの写本より)
14.カンティガ「星が船乗りを導くように」(カンティガ第49番)
15.コンドゥクトゥス「不滅なる栄光の王に」(カリストゥスの写本より)
16.カンティガ「聖母マリアは責められない」(カンティガ第159番)/「聖母マリアに焦がれて」(同第175番)
17.コンドゥクトゥス「われら喜ばしき一団は」(カリストゥスの写本より)
18.カンティガ「神のみ母」(カンティガ184番)
19.コンドゥクトゥス「全キリスト教徒はともに喜ばんことを」(カリストゥスの写本より)
20.7つのカンティガス・デ・アミーゴ(コダス)
21.巡礼歌「一族の父」(カリストゥスの写本より)

2020年8月15日土曜日

ロドリーゴ:アランフェス協奏曲(G: ナルシソ・イエペス、アタウルフォ・アルヘンタ指揮スペイン国立管弦楽団)

高校生の頃だった。文化祭で記録映画を作るという友人に協力して、私は猛暑の大阪市内を連日取材。手を付けていない宿題が日に日に意識される中、友人宅での編集作業も大詰めを迎えていた。まだバブルが発生する前の、ごく平凡な夏休み。もう40年近く前だったが、大阪の夏は今と変わらず暑かった。

大阪環状線を映したシーンで、そこの背後に流れる音楽をどうしようかという話になった。友人も私も、少しクラシック音楽を聞いていたから、もちろん候補は友人宅にあった十数枚のLP。手当たり次第に針を落としてゆく。そしてその中から選んだのは、ホアキン・ロドリーゴが作曲したギターの名曲「アランフェス協奏曲」だった。演奏はギターにスペインの巨匠ナルシソ・イエペスで、伴奏はアタウルフォ・アルヘンタ指揮スペイン国立管弦楽団だった。録音はフランコ独裁の真っただ中にあった1958年とされていて、この時期はまだモノラル録音が主流。しかしステレオ録音されており、奇跡的と言うべきか音質は悪くない。

アランフェス協奏曲はイエペスによって有名になったと言っても過言ではない。特に有名なのは第2楽章で、深い哀愁を讃えたメロディーはどこか懐古調でもあり、私などはまだ見ぬスペインへの想像力を膨らましながら、アランフェスってどんなところだろう、一度行ってみたいものだ、などと考えてはこのロマンチックなメロディーの虜になっていた。ポピュラー音楽にも転用され、知らない人はいないのではないかとさえ思われるほどに、この第2楽章は有名である。

だが友人と私が記録映画のBGMに選んだのは、このアダージョではなく第1楽章だった。冒頭からギターのソロで始まる軽快な音楽は、これから行楽に向かおうとワクワクするような出発のシーンに相応しいと思った。これは今でも正解だったと思っている。この第1楽章は、あまりに有名な第2楽章と比較してほとんど知られておらず、そのことがかえって私たちを刺激した。

何かと言うと対立し、ことあるごとに口論に発展した編集作業も終わり、9月の文化祭でこの映画は何とか上映にこぎつけた。8ミリフィルムの時代だった。この曲を聞くと、迫り来る受験への不安と、友人との喧嘩を繰り返した高3の夏を思い出す。そして大学生になり、やがてそのアランフェスに行く機会があった。その時同行していたのが、この時の友人だった。初めてのヨーロッパへの海外旅行。私たちはマドリッドから郊外に向かう電車の中から、Aranjuezと書かれた駅名表示板を発見した。 

ロドリーゴは2歳の頃から盲目だったことで知られている。だからアランフェスにしろどこにしろ、実際に目で見ているわけではないだろう。おそらくあらんかぎりの想像力を働かせて、作曲したのではないかと思う。そもそも目が見えないことの苦労は想像を絶するだろうし、それが作曲という作業においてどのように克服されているのかは、もう凡人の理解を超越している。

私たちはアランフェスという街を通り過ぎたが、決して訪問はしていない。世界遺産にも登録されている宮殿が有名な小都市で、美しい写真がスペイン政府観光局のサイトに掲載されている。だが忙しい私たちの日帰り旅行の目的地は、タホ川に面し、かつての西ゴート王国だったトレドだった。旧市街がすべて博物館のような城郭都市は、陽射しを遮るものなど何もなく、従って猛烈に暑い。砂漠の中にある要塞都市だが、スペイン内戦の舞台になったことでも知られる。私たちが訪れた80年代と言えば、独裁と内戦の爪痕が残るころだった。


スペインが辿った悲劇的な歴史は、その後ECに加盟してヨーロッパの仲間入りを果たし、バルセロナ・オリンピックを契機に経済が目覚ましい発展を遂げる90年代までは、この国を旅行者から遠ざけていた。物価が安いにもかかわらず、旅行はしにくい方だった。荒涼とした自然の中に中世の姿を残し、イスラム教とキリスト教の混在する文化遺産を目にするのは、ヨーロッパの旅行の中でも特別な魅力であり、スペインこそ最後に行きたい国だなどと旅行好きの人は話したものだった。

アランフェス協奏曲の魅力は、古典的な造形の中にギターの愛すべき旋律が散りばめられていることだと思う。ギターという楽器の特徴から、ごく小規模なオーケストラが小さい音で伴奏する必要があり、コンサートでは取り上げられることよりはむしろ、録音で知られることの多い曲である。全体を通してとても親しみやすいので、どのギタリストが演奏しても楽しめる曲である。イエペスにも何種類かの録音が存在する。このうち最も有名なナバーロ指揮フィルハーモニア管弦楽団によるドイツ・グラモフォン盤は、テンポも遅く精緻だが、私はアルヘンタによる盤を好む。これは上記の自作映画に使ったという個人的な思い出の他に、テンポよく駆け抜けて行くような演奏がまさに風光明媚な旅行への誘いを喚起するからかもしれない。つまり、この曲に関する限り、演奏へのこだわりは個人的な思い出と結びつき、そこから逃れることができないし、それで良いと思っている。

この古色蒼然とした歴史的名盤によって、すでに遠く過去の人だと思っていたロドリーゴが没したのは1999年だった。ある日私は新聞で作曲家の97歳の死を知った。もうその時には私のスペイン旅行からも10年以上が経過していた。この曲は過去の記憶の古さを増幅させてくれる効果があるように思う。

2020年8月12日水曜日

モーツァルト:セレナード第7番ニ長調「ハフナー」K250(フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ)

モーツァルトには「ハフナー」の名の付く管弦楽曲が2つある。そのうちの1つが1776年に作曲されたニ長調のセレナードK250である。もう一つの交響曲第35番ニ長調K385は1782年の作品で、この頃にはモーツァルトは、すでにウィーンに出てきていた。後期六大交響曲の最初の作品でもあるK385とは異なり、「ハフナー」セレナードはザルツブルク時代の若きモーツァルトの作品である。「ハフナー」とはモーツァルトが親しくしていた一家の名で、ザルツブルクの市長も務めた富豪だった。ハフナー家に依頼されて、モーツァルトはこれらの曲を作曲した。

「ハフナー交響曲」は20分程度の短い曲だが、「ハフナー・セレナード」は1時間にも及ぶ長大な曲である(もっとも交響曲の方は、もともとセレナードだったものから抜粋されたのだが)。モーツァルトはこのセレナードを、ハフナー家の結婚式の前夜祭のために作曲した。そして、この楽団の入場のために別の曲を作曲した。それが行進曲ニ長調K249である。多くのCD録音では、この2つの曲がこの順番に演奏されていることが多い。ここで紹介するフランス・ブリュッヘンによる演奏もまた同じである。

長い演奏時間を要する「ハフナー・セレナード」を聞くと、丸で2つの交響曲作品を聞いたような気持になる。第1楽章はアレグロを中心としたソナタ形式、第2楽章はアンダンテ。ここでソロ・ヴァイオリンが活躍する(これは第4楽章まで続く)。第3楽章メヌエット、第4楽章はロンドとアレグロである。ここで作品が終わったかのように感じるが、この曲はまだまだ続く。第5楽章は再びメヌエット、第6楽章がアンダンテ、第7楽章はみたびメヌエット、そして終楽章はアダージョで始まり、アレグロ調で終わる。

第8楽章まである曲が1時間もかかるのは、ひとつひとつ楽章が平均7分にも及ぶような長い曲だからである。なので、聞いていると徐々に退屈するかと思いきや、そこはモーツァルト、天才的な美しいメロディーの連続で心地よい。屈託のない若い頃の作品であるにもかかわらず、音楽的な充実度には驚くべきものがある。特にブリュッヘンの演奏で聞くと、若々しいエネルギーの迸りによって、ともすれば急ぎ過ぎる傾向がやや抑えられて、大人の響きになっている。

ハフナー・セレナードを聞きながら、猛暑の古都を歩きたくなった。 

今年の夏は、長く続いた梅雨が明けると一気に猛暑となった。湿度は相変わらず高いが、ある日の関東平野は快晴の青空だった。私が原体験として持っている夏の日。雲は沸き、光あふれる夏の一日を、私は古都鎌倉の散策に費やした。関東の他の地域とは違い、ここは中世の街である。さほど広くない土地に、寺や神社がひしめく。その狭い路地を人々が群れを成して歩いている。だがその道も少しそれると、静かで時間が止まったような路地が出現する。鎌倉の面白いところだ。出会ったお寺に詣でると、そこは長い年月を経た有名な古刹 だったりする。そう、できればガイドブックを持たずに歩くと面白い。目立たない標識と勘を頼りに、行ったり来たり。たとえ道に迷ったとしても、それはそれで発見がある。

2020年7月29日水曜日

モーツァルト:ディヴェルティメント集(トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック管弦楽団)

ディヴェルティメントというのはよくわからない分野の管弦楽曲で、一昔前は「喜遊曲」などと訳されていたが、どういうわけかモーツァルト以外の作曲家の例はほとんどお目にかかれない。ずっと後になって、バルトークやバーンスタインにディヴェルティメントの名が付く作品があるが、それはかつてのモーツァルトの作品を意識して作られたのだろう。

そのモーツァルトのディヴェルティメントと言えば、辞典によれば十曲以上も作曲されているようだが、規模や楽器編成は随分自由である。セレナーデとの区別もよくわからない。他にシンフォニアや初期の交響曲、あるいはカッサシオンといったものとの違いも。そして最も良く演奏されるK136からK138までの3曲は、実は弦楽四重奏曲に分類されていたりする(「クラシック音楽作品名辞典」(井上和男編、三省堂))。

 難しい話は音楽評論家にまかせよう。これらの作品には気軽に楽しめる作品が多いのだから。K136のニ長調は、これらのディヴェルティメントの中でも最も良く知られているが、我が国の場合、その理由はもしかしたらサイトウ・キネン・オーケストラにあるのかも知れない。小澤征爾らによって結成されたこのオーケストラは、丸で同窓会のような団体だったかつての頃には、いつもこの曲を演奏していた。恩師斎藤秀雄の厳しいトレーニングでは、何度も繰り返し合奏させられたのだという。磨き抜かれたそのサウンドは確かに見事で、一糸乱れぬアンサンブルというのはこういうものか、などと思ったものだが、今から思えば編成も大きく、ちょっと厚ぼったい。

もともとこの曲が弦楽四重奏曲だったことを考えると、私が良く聞くトン・コープマンの演奏がスッキリしていて好ましい。洗練された音色とリズムにより、大変軽やかで上品である。梅雨空の続く湿気の多い日本の夏に、一服の清涼剤といったところ。

変ロ長調K137は、一連の作品の第2曲目だが、これはちょっと風変わりな曲だ。というのも緩徐楽章で開始されるからである。そして第2楽章こそが、まるで通常の第1楽章のような快活な曲だ。まだ古典派の様式の確立過程にあった当時の作品には、例えばハイドンの初期の交響曲にも、このような楽章構成が見られる。ハイドンの交響曲を、かつて順にすべて聞いてきたので驚くには値しないが、モーツァルトの作品では珍しいと思う。これらの作品を作曲したのはモーツァルトがまだ若干16歳の頃で、1772年のことだった。

一方、ヘ長調K138では再び通常の「急ー緩ー急」の形態に戻る。K136同様に、どこまでも優雅な第2楽章など、聞いている間に心地が良くて、どこの曲を聞いているのかもわからなくなってしまいそうになる。そのようにしてK136からK138までの3曲は、まさに快く遊び心満点のかわいい曲で、たまに聞きたくなる。

このCDには、さらにもう1曲、K251が収められている。第11番目となるディヴェルティメントには、K136-138とは違い管楽器が登場する。オーボエとホルン。楽章も6楽章まであって演奏時間は30分程度と規模がやや大きい。解説によればこの曲は、姉のナンネルの誕生日(霊名の祝日)のために作曲された。ザルツブルクでのことである。

姉思いのモーツァルトの心情は、男ばかりの兄弟で育った私にには理解しにくい部分が多い。それはさておきK251は、フランス風の雰囲気に溢れている。第2楽章、第4楽章がそれぞれメヌエットで、最終楽章の第6楽章はフランス風のゆったりとした行進曲となっている。通常の「急ー緩ー急」の第1楽章、第3楽章、第5楽章に上記のフランス風楽章が挟まった感じである。第3楽章にあたる緩徐楽章は秀逸で、聞いていて何とも心地よいし、第5楽章はロンド形式で聞きどころが多い。これで終わってもいいのに短い終楽章が始まり、曲を締めくくる。全体に管楽器が目立つ。


【収録曲】
ディヴェルティメントニ長調K136
ディヴェルティメント変ロ長調K137
ディヴェルティメントヘ長調K138
ディヴェルティメント第11番ニ長調K251

2020年7月23日木曜日

「スペインの旅」(G: 朴葵姫)

朝から夜まで休みなしで続くリモート・ワークが終わり、スマホを持って夜の散歩に出かける。毎日降り続く雨も、この時はあがって遊歩道は濡れている。虹色に電飾された橋は、コロナ禍の異常な日々を少しでも勇気づけようとしているように見える。湿度は高いが、気温が少し低いのがせめもの救いである。

オフィスワーカーにとって在宅勤務は、いまや世界標準の業務スタイルへと変化しつつある。ただ問題なのは、家庭が仕事仕様になっていないことだ。通勤がないのはいいが、公私の区別がつきにくい。仕事中はずっと聞けると思っていた音楽も、結局、この夜の散歩のいっときだけ。そして集中力を要する遠隔会議の後では、難しい曲など聞きたくないと、ここのところは連日かねてから気にしていた韓国生まれのギターリスト、朴葵姫(パク・キュヒ)のアルバムに耳を傾けている。

私が彼女の音楽を聞いたのは、もう10年ほど前のことだ。たまたまラジオか何かで耳にした演奏に心を奪われた。何を聞いたのかは覚えていない。ただ同様の経験をした人は多かったようで、彼女のアルバムはたちどころにヒットし、 同時に数々のコンクールを制覇。若干26歳にして世界的ギターリストとして音楽界を駆け上がっていった。韓国生まれというものの、活躍の舞台は日本のようだ。東京音楽大学を経てウィーン国立音楽大学を首席で卒業している(この学歴はどこかの知事とは違い、詐称されているとは思えない)。

そんな彼女が2012年、淡路島で録音したのが「スペインの旅」というアルバムだった。所属する日本コロンビアの録音で、いわゆるDENONサウンド。隅々まで明晰なデジタル録音は耳を洗うようにヴィヴィッドである。「天使のトレモロ」と称される指使いの空気感が、目前に迫ってくるような。

そもそもギター曲に疎い私は、ここに収められている名曲の数々のうち、タレガの「アルハンブラの思い出」やアルベニスによる「アストゥリアス」くらいしか知らなかったのだが、その他のどの曲を聞いても心の緊張がほぐれて行くような気分にさせてくれる。

例えば、タレガの「ラクリマ」は寝静まった深夜に、ひとり脱力感を楽しむにはうってつけである。そういえばどこか、NHKラジオの終了音楽に良く似ている。もっともこの曲は、NHKラジオが終夜放送となった今、第2放送でしか聞くこととはできない。同じタレガの「グラン・ホタ」は10分近い長い曲だが、途中に太鼓が入ったりしてリズムや音色の変化が面白い。もちろんスペイン情緒は満点。

トラディショナルなカタロニア民謡は、パブロ・カザルスがチェロで弾いた「鳥の歌」で有名だが、リョベートという作曲家がギターの作品に編曲していて、名曲の宝庫と言われる。いずれもつぶやくような曲で、「アメリアの遺言」はひたすら恐ろしく悲しい。また最後のトローバによる「ソナチネ」の第2楽章に至っては、静かに夢の中へと消えてゆくような曲だが、最後は快活なスペイン舞曲風のリズムが戻り、脳に心地よい余韻を残しつつ1時間に亘る「スペインの旅」は終わる。

さてスペイン、である。私がピレネー山脈の西に位置するこの国に初めて出かけたのは、1987年のことだった。南仏マルセイユから列車に乗って国境を越え(ここから急に殺伐とした風景になる)、長い時間をかけてバルセロナに到着した。当時スペインはすでにECの一員になってはいたが、財政的にはまだ貧しく、長く続いた独裁政治の後遺症から抜け出せていないように感じられた。私はそのバルセロナで1泊したあとグラナダに向かい、イスラム文化の残るアルハンブラ宮殿にも出かける予定だった。

バルセロナからアンダルシア地方に直接向かう列車はほとんどなく、確か唯一の夜行列車に乗った。マドリッドを中心に放射状に延びる鉄道網の中で、この列車はローカルな線路を走るのだろう。そして乗り換えようとしていた分岐駅リナレス・バエサで事件は起こった。私が砂漠の中にぽつりと立つ、ごく小さな村の駅に到着したのは、何とマドリッドからグラナダ行きの特急列車が発車した後だったのである。夜行列車は見事に1時間以上遅延し、何もなかったように私一人を、この小さな駅に残して去って行った。乗り換える客など他にはいない。

リナレス・バエサの町並み
私の「スペインの旅」はこのようにして始まり、当時まだヨーロッパの後進国のように言われていたスペインの旅は、おかげで印象深いものとなった。マドリッドから何日もかかると言われたセヴィリャ観光は、今では超高速列車が走り、日帰りも可能となっている。だがアンダルシア地方への旅行は、今もって実現できていない。従って私のこの地方の印象は、子供の時のままである。「アルハンブラ宮殿の思い出」に欠かせないトレモロは、ここの噴水をイメージしている、と確か「名曲アルバム」で紹介されていた。私はこの曲を初めて聞いた時、この演奏は2人の奏者でされているものだと勘違いしたものだ。その時のイメージが、私の頭の中でそのまま残っている。このアルバムを聞きながら、私は30年以上前のスペイン旅行を思い出し、そしてそれよりはるか前のスペインのイメージを膨らませている。


【収録曲】
1. ファリャ:バレエ音楽「三角帽子」より「粉屋の踊り」
2. ファリャ:バレエ音楽「恋は魔術師」より「きつね火の歌」
3. ファリャ:バレエ音楽「恋は魔術師」より「漁夫の物語」
4. タレガ:ラグリマ(涙)
5. タレガ:アラビア奇想曲
6. タレガ:グラン・ホタ
7. タレガ:アルハンブラの思い出
8. タレガ:前奏曲第10番
9. タレガ:前奏曲第11番
10.  アルベニス:「スペイン組曲」より「アストゥリアス(伝説曲)」
11. アルベニス:「スペイン組曲」より「カタルーニャ奇想曲」
12. トラディショナル(リョベート編):「13のカタロニア民謡」より「アメリアの遺言」
13. トラディショナル(リョベート編):「13のカタロニア民謡」より「盗賊の歌」
14. トラディショナル(リョベート編):「13のカタロニア民謡」より「聖母の御子」
15. トラディショナル(リョベート編):「13のカタロニア民謡」より「クリスマスの夜」
16. トローバ:ソナチネ

2020年6月30日火曜日

ガーシュイン:歌劇「ポーギーとベス」(The MET Live in HD Series 2019-2020)

ユダヤ系ロシア人を親に持つブルックリン生まれの作曲家ジョージ・ガーシュインは、その短すぎる39年の人生を終えるわずか2年前に、ジャズを土台とする斬新なオペラ「ポーギーとベス」を作曲したのは1935年のことだった。この頃はまだまだ黒人差別が当たり前のように存在し、特に南部では大規模な農園で働く黒人の多くが貧しい生活を強いられていた。

公式には南北戦争によって廃止された人種差別は、第2次世界大戦を過ぎて公民権運動が沸き起こる1960年代に至るまで続く。その様子は生々しく、ごく最近まで南部では、バスに乗るにも黒人用と白人用の座席が違っていた。例えば小田実の名著「何でも見てやろう」にはこのように書かれている。
ガラス窓があり、それごしに、向こうの別世界、「黒人用」待合室が見えた。うす暗く狭く汚い。そして、こちらの世界にはわずか五六人の客しかいないのに、それよりはるかに小さい別世界は、人間―黒い色を持った人間でみちていた。
私はニューヨークに滞在した1年間を中心に、アメリカ東部を南北に貫くインターステート(州間高速道路)95号線を、北はメーン州のアケーディア国立公園から南はフロリダ半島南端(さらにはキーウェストまで)ドライブした。感謝祭の週末、早朝にワシントンDCを発ってすぐにバージニア州に入る。ここから「南部」が始まる。さらに南下を続け、サウスカロライナ州に入ると、どこまでも続く平原地帯を走る。途中で東へ折れ、プランテーション農園などを目にしながら海を目指し、やがてハリケーンが時折襲う大西洋岸の港町チャールストンに着いた。ここは歴史的観光地でもあり、今では多くの教会や南北戦争の遺跡などを見て回るツアーがあって、なかなか興味深いところだった。

さて、キャットフィッシュ・ロウ、すなわち「なまず横丁」と名付けられた黒人の居住区を舞台に「ポーギーとベス」は進行する。この作品の原作を書いた小説家は、自身が生まれ育ったチャールストンを舞台にこの物語を書いた。ガーシュインもオペラ化に際して、この街を訪れ黒人音楽などを取材している。私もチャールストンの通りを歩いていたら、教会から大きな声の合唱が漏れ聞こえてきたのを覚えている。それは通常の讃美歌のような、まるで天上から降りてくるような音楽ではなく、地の底から響く激しいリズムを持った霊歌ー魂の響きであった。

ガーシュインは、二十世紀の音楽が定めるべき方向を模索していた時代に、黒人を主人公としたオペラを作曲した。歌手はほぼみな黒人(今風に言えばアフリカ系)でなければならないとされる。しかしここで展開される音楽は、そのストーリーからもわかるようにどちらかというと重く、私は最初楽しく聞く事ができなかった。ガーシュインと言えば、底抜けに楽しいミュージカル「ガール・クレイジー」(その主要な音楽を取って構成した「クレイジー・フォー・ユー」は当時、ブロードウェイでロングランを達成していた)などを聞いていた私には、いつまでたっても続く暗い音楽がつらかった。ストーリーに救いがないのは、この時代の作品の特徴でもあるのかも知れないが、明らかに娯楽作品と異なるのは、この作品が自らが確立したクラシック・ジャズの様式をオペラに昇華させることを目的とした、おわば彼にとっての野心作だったからではないだろうか、と思う。

考えておかなくてはならないことは、この作品はあくまで白人の部類に属する側で作曲された作品であるということだ。ただ今回、何と30年ぶりとなるMETに登場した多くの歌手たちは、並々ならぬ意欲を見せていたように思う。主役のポーギーを歌ったエリック・オーウェンズ(バス・バリトン)は、長年この劇場で歌ってきたバスの第1人者である。大柄で優しい風貌もまたピッタリだと感じられる。幕前に舞台に登場したゲルブ総裁は、彼が風邪をおして舞台に立つことを告げるので、その出来栄えを心配したが杞憂に終わった。大成功だった。

ポーギーによって口説かれ、一時は一緒に暮らす仲となるベスを歌うのはエンジェル・ブルー(ソプラノ)で、この組み合わせでビデオ収録も行われ、昨年リリースされたそうである。それくらいピッタリの役どころといったところ。黒人特有の野太い声が、広い会場に響く。一方、ベスの愛人で悪党のクラウンは、アルフレッド・ウォーカー(バス・バリトン)によって歌われ、筋肉質の巨漢がピッタリ。その他大勢いる女声陣は、クララにゴルダ・シュルツ(ソプラノ)、セリナにラトニア・ムーア(ソプラノ)、マライアにデニース・グレイヴス(メゾ・ソプラノ)。またクラウンを絞め殺した容疑でポーギーが収監されている間にベスを誘惑し、麻薬で誘ってニューヨークへ連れてゆくまた一人の悪党、スポーティング・ライフにはフレデリック・バレンタイン(テノール)が、一人若々しい青年の声で聴衆を魅了した。ジェイムス・ロビンソンの演出は、舞台中央に設えた2階建ての木造家屋が頻繁に回転し、視覚的にも楽しい。一方、中央にピアノを置いたオーケストラを率いたのは、デイヴィッド・ロバートソン。ジャズのスイングはメトのオーケストラでも健在で、熱狂的な聴衆はこのようなリベラルな街で、わめくように喝采を送る。

第1幕の第1場、すなわち幕が開いてすぐに歌われる「サマー・タイム」が特に有名なこのオペラは、勿論ジャズを中心とした様々な音楽的要素が盛り込まれ、詳細に聞いてみるとなかなか聞きごたえがある。だが舞台を伴って見ると、登場人物が多く複雑なうえに、いつも同じような音楽が聞こえているように感じる。それでも今回、私はポーギーとベスによる二重唱、あるいはベスを口説くクラウンやスポーティング・ライフとの、それぞれの二重唱などで見られる、歌の進行と共に起こる心情の変化を、子細に見ることができた。

意志の弱いベスは、純粋なポーギーが自分の身を任せられる存在だとは、やはり信じられなかったのだろう。だが足の不自由な物乞いのポーギーには、他に夢などなかった。ハリケーンで足止めされた島へのピクニックでベスを誘惑した憎むべきクラウンを、決闘のうえ絞殺し、白人の警官に取り調べを受ける1週間の間に、ベスはスポーティング・ライフによってまたも誘惑され、拘留期間が長くなるとそそのかされたこともあり、とうとう一緒にニューヨークへと旅立ってしまう。そんなベスをポーギーは忘れる事ができない。コミュニティの人々の静止を振り切って、ポーギーはベスを追って旅立ってゆくところで幕となる。

この映像を見ながら、私は25年前に訪れたチャールストンの町を思い出した。そして今なおアメリカ社会に影を落とす人種差別に、複雑なものを感じた。最近でも黒人が白人警官に殺され、そのことによって全米でかつてない規模のデモが沸き起こったばかりである。この上演は今年の2月1日だった。直後にコロナ禍が襲ったアメリカでは、1か月後にメトロポリタン歌劇場も封鎖された。この上映はその直前。奇しくもそのような年に、30年ぶりの「ポーギーとベス」は上演された。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...