----------

だが、私にとって「ボエーム」こそ人生最初のオペラ体験となった作品なのだ。それは1981年9月のことで、中学生だったころである。ミラノ・スカラ座が来日し、東京と大阪で公演を行った。その時にテレビとFMで放映されたのがプッチーニの「ボエーム」で、指揮はカルロス・クライバーだった(今一つの公演はヴェルディの「オテロ」とアバドによる「シモン・ボッカネグラ」)。
この伝説的な指揮者については私は当時何も知らなかった。ただFMで生中継が行われ、40分もの幕間をつなぐ時間に解説の話がそう長くは続かないことを想定したNHKは、ここに適当な音楽を挿入する予定だったようだ。ところが解説を担当した数名の音楽評論家が興奮してしまい、話が白熱する。結局この音楽は放送されなかったのである。その舞台はやがて教育テレビでオンエアされ、私も最後の幕に見入った記憶があるのだ。
ベッドに横たわるミミに対し、ロドルフォが大声で歌うがなかなか死なない。ずっとやりとりが続くのを見て、オペラとはかくも変わった劇なのかと思ったと同時に、その音楽の魅力に触れた気がしたのだ。演出はフランコ・ゼッフィレッリ、ミミが当たり役のミレルラ・フレーニでロドルフォがペテル・ドヴォルスキーという夢のようなコンビ。クライバーの指揮棒が舞台の下で勢いよく動きまわるのが大変印象的であった。
それから30年が過ぎたが、私が「ボエーム」に触れるのは、音楽のみのディスクを除けば実にこれが初めてである。そういうわけで、今回新たにアンナ・ネトレプコとローランド・ビリャソンの21世紀の黄金の組み合わせで映画が作成されたので(監督はロバート・ドーンヘイム)、私はさっそく出かけたというわけである。
映画館に入って驚いたのは観客の少なさである。平日とは言え夜の上映時間ならサラリーマンが大勢いても不思議でない。ところが銀座にある映画館には10人程度しかいない。500人ほども入る映画館にたった10人である。そこで私は真ん中の席に陣取り、いつものようにどっぷりとスクリーンに見入ることになった。
三角関係のないドラマは、青春小説をオペラにしたようなところがあって、何となく見るのも恥ずかしいくらいなのだが、それがプッチーニの甘く切ない音楽に乗ると、第2幕あたりからは見る方も感情が移入してしまう。もっともその時にはすでにミミとロドルフォが惚れあい、有名なアリア「私の名はミミ」や「冷たい手」などは歌い終わっているのであるが。
パリの屋根裏部屋を舞台にした映像は、舞台の制約を打ち払い、特に第2幕のカフェのシーンは見ごたえがある。少年の歌声や軍隊の行進もあって、華やいだクリスマス・イブの雰囲気はプッチーニの音楽がどのように構成されているかを良くわからせてくれる。第3幕の別れのシーンは、2組の男女が一斉に歌う雪中のシーンだが、1組はののしり合い、もうひと組は愛情を感じつつも別れてしまう切なさを、それぞれ歌っている姿が二重に映され、大変楽しめると同時に印象的だ。
第4幕になって病に伏すミミを、若い芸術家たちが見舞うシーンは泣ける。ここにはオペラにつきものの嫉妬に狂う三角関係も、ヴェルディによくある葛藤もない。みんないい人なのね、と思うとそれはそれでまた、大いに泣けてくるから音楽の力とは不思議なものだ。夢を追いつつも若者特有の焦燥感と虚無的な生活に、突然薄幸なミミが現れて一時の恋に落ちるも、友人たちに見送られながら息を引き取っていく青春ストーリーが、それでも新鮮な後味を残すのは、登場人物がみな若いからだろう。
裕福ではないが友情に厚いこれらの愛すべき登場人物を見ながら、自分にもそういう時期があったなあ、などと思ったりする。若者にしかない特権で、彼らはクリスマスから冬にかけての数か月をともに過ごす。共通の思い出として残るこれらの生活もまた、彼らの掛け値のない財産なのだろう。
プッチーニの音楽は、他のオペラと同等かそれ以上の完成度を見せている。そのことがこのオペラの成功の理由の一つである。指揮のベルトラン・ド・ビリーとバイエルン放送交響楽団とによるオリジナル・サウンドトラック(ということはオペラ全曲録音だが)は、Deutsche Grammophonからリリースされている。なおマルチェッロはジョージ・フォン・ベルゲンでなかなかいい。私は好感を持った。ムゼッタはアメリカ人のニコル・キャベルで、最初は韓国人かと思った。
「口パク」である上に、甘ったるい音楽。少し無理のあるストーリーなのになぜか泣いてしまう。オペラというのは不思議なものだと改めて思った。
0 件のコメント:
コメントを投稿