2013年6月24日月曜日

ホアヒンへの旅-バンコク③

私にとって二度目のバンコクは、1989年の夏であった。ギリシャへのトランジットで1泊をバンコクで過ごすことになり、旅行会社が手配してくれたホテルに泊まったのだ。そのホテルはマッカサン駅という少しはずれの、周りには何もないようなところにある高層ホテルで、そうは言っても中級の、パッとしないホテルだった。私はそこからあてもなく歩き、インドラリージェントという高級なホテルに着いた。まだバンコクに数えるほどしか高級ホテルのなかった時代、このインドラリージェントは下町の中では高層の、つまり目立つホテルだったが、まわりは浮浪者などが屋台のまわりに多くいて、あまり綺麗だとは思わなかった。

そのインドラリージェントが、大通りの向こうに見えた。チットロム駅を背に北を向くと、右手にはZENという超高級モール、その中に伊勢丹が入っていた。伊勢丹は、かつては大通り、すなわちラチャダム通りを挟んだ右手の、寂れた建物にあったはずだ。私はそこでテニスラケットを買ったのを覚えている。広大な土地が生まれ変わろうとして工事中だったが、その工事は数年後もそのままで、一体この街には発展というのがあるのかと思ったほどだ。だが、そこが今や高級ショッピング街であり、そこを抜けていくと、運河を越えて庶民的なエリアに到達する。

プラトゥーナム市場という、衣料品を扱う大規模な問屋街がそこにはあって、中東やアジア中から買い付けにやってくる商人で賑わっているという。私は賑やかなところも大好きなので、チットロムからわざわざ歩いてやってきた。もちろん20年前の面影を追いながら。

いつものように多くの店を訪ね、フードコートで安価な食事をしたが、考えてみればどの店も同じようであった。ただ飽きるというのではなく、そうなればなったでまた別の店や建物に向かい、疲れたら屋台かフードコートで休む。この繰り返しでバンコクは何日いても飽きないようになっている。

だがその日はもうバンコク滞在の最終日であった。明日には厳冬の東京へ帰らねばならない。今日はチャオプラヤ川の夕陽を見て最後の一日を締めくくろう。そう考えてホテルに戻り、私たちはシャワーを浴びた後、アジアティックと呼ばれる比較的最近完成した郊外型のショッピングセンターへ出かけた。

ここはホテルから至近の距離にあり、船で行くことができる。そしてそこにはまたもやお店。さらには観覧車までが併設されている。船着場に着いて、小奇麗な、そのままでは日本と思ってもいいくらい、いやもっと活気に溢れるショッピングモールには、レストランも数多くあって、今日は金曜日の夕方でもあり、数多くの人出である。観覧車に乗ってバンコクの風景を眺め、少しお店を巡っているとちょうどいい時間になった。夕暮れに近づいたことを察知してさきほどの船着場へ出てみると、そこにはすでに大勢の人がいる。思い思いにカメラを構えるその先には、夕焼けに染まる見事なバンコクの空が広がっていた。

チャオプラヤ川にかかる橋と行き交う船。穏やかな水面に茜色の空が反射している。息を飲む光景だった。夕焼け空は少しづつ赤みを強め、雲の合間からは太陽の白い光が漏れていた。これがバンコクの、目逃すことのできない絶景である。私はまたバンコクの夕陽を見ることができたことに感謝した。写真をとり、船着場を離れるとそこにはテレビのクルーがいて、アナウンサーが本番前のリハーサルを繰り返していた。

どこかで見たことのある人だと思ったら、それはNHKニュースウォッチ9の大越キャスターであった。日本との時差は2時間なので、もうすぐ1月4日の夜九時(日本時間)である。スタッフに日本語のわかるショッピングセンターの広報担当がいて少し話すことが出来た。日本への留学経験もある彼女は、ここの新しいショッピングセンターが好調なアジア経済の象徴的な場所であることなどを語ったが、まだ日本人客も珍しい新しい街に、NHKがお正月最初の生中継を行うということで、私の気持ちは高まった。

生中継の間中、私たちはチャオプラヤ川を吹き抜けるそよ風に吹かれながら、通りにテーブルを並べて週末のディナーを楽しむレストランの賑わいに浸った。中継が終わり、スタッフ一同で記念撮影をするというのでシャッターを切るのを手伝い、私たちは軽く最後の夕食を済ませると、そのまま歩いてホテルに戻った。

子供が寝ると夫婦で川沿いのホテルのバーに出かけ、夜の川を行き交う長大な輸送船などを眺めていた。 1月のバンコクは、暑すぎず寒くもなかった。バックパッカーだった自分が記憶に焼き付いている蒸し暑さと排気ガスのバンコクではなかった。快適な旅行をしているという実感が、かえって年の経過を感じさせた。

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