我が国やヨーロッパでも近代化するまでは圧政と恐怖の社会だった。丁度Tutto Verdiシリーズの「マクベス」を見た前の日に、北朝鮮で反革命分子として、領主の側近が粛清されるというショッキングな事件が起こったが、そのことによってオペラも妙に生々しく感じられた。北朝鮮で本当にクーデターの未遂があったのかは不明である。だが11世紀のスコットランドでも、側近を皆殺しにして将軍に上り詰めたマクベスは、気がついてみると全てを敵に回したいた。
「マクベス」における恐るべきクーデターの首謀者は、マクベス夫人である。マクベスとマクベス夫人だけがこのオペラの主人公で、その他の登場人物はテノールのマクダフを含め、少しの歌しか歌わない脇役に過ぎない。この2人の心理的葛藤を描くシェークスピアの戯曲を、ピアーヴェの台本によってオペラ化したヴェルディは、入念なリハーサルのもとそれまでになかった舞台を作り上げた。しかも後年になって大きな改訂を行っており、初期の作品ながら完成度は高い。
始まりの音楽は第4幕でも演奏される夢遊の場のもので、一度聞いたら忘れられない趣がある。そして一気に観客は物語の中に吸い込まれていく。しかも次々に繰り出される音楽と早い物語が、うまく融け合って唐突感がない。このしっくりくる感じが娯楽作品中心だったオペラをシリアスなものにした。
第1幕でマクベスとバンクォーは魔女たちから2つの予言を聞く。その予言を聞きつけたマクベス夫人は夫に国王の殺人を迫り、国王は殺される。この間30分もかからない。さらに続く第2幕でも、今度は夫人も手伝ってバンクォーを暗殺する。だが小心者のマクベスは、良心の呵責にさいなまれる。宴の席で亡霊を見たマクベスは、周りから疑いをかけられる。
さてマクベスは、レオ・ヌッチであった。このバリトンはもはやイタリアのスターである。彼はマクベスの弱い性質を浮き彫りにし、国王として威厳と殺人の恐怖に怯える錯綜した感情を見事に表現する。一方のマクベス夫人はシルヴィー・ヴァレルというソプラノで、彼女は美しいながらも魔性をちらつかせ、見ていて違和感はない。2人の強力な歌手が揃ったので、舞台で大活躍する合唱団とバレエ、それにオーケストラも強力なサポートを惜しまない。指揮はベテランのブルーノ・バルトレッティで手堅い運び。
第3幕ではその合唱とバレエがなかなか良い。この作品がパリで上演されたことをよく物語っているが、決してやり過ぎの感はなく、かといってそれなりに舞台に色を添える。第2場になって再び予言のシーン。そうか、このあと舞台は最後のクライマックスへとつながってゆくのか、と期待が膨らむ。
その第4幕は何と言ってもマクベス夫人の発狂のシーンが、聞き手を集中させる。されにはマクベス自身も、不気味な予言通りマクダフに殺される。スコットランドの民衆はパーナムの木として暗喩されており、ここに国王の地位を得たものの全てを失い、自らも命を失うマクベスの壮絶な物語が幕を下ろす。
舞台は何やらおかしげな空襲のシーンで始まったが、そんなことは最後まで関係が不明であった。いつも舞台上で劇を見ている人が大勢いて、彼らは何一つ言葉を発しない。つまりこれは劇中劇という設定である。だがそのことにどのような意味があるのかもよくわからない。さらには魔女たちが何と洗濯場の女達である。これまた意味不明。つまりリリアーナ・カヴァーニの演出にはよくわからない点が多い。
それを補う歌手の素晴らしさで、見応えはあった。なおバンクォーはバスのエンリコ・イオーリ、マクダフはテノールのロベルト・イウリアーノ、いずれもイタリア人と思われる。2006年のパルマ王立歌劇場でのライヴである。意外に少ないこのオペラの映像作品としては十分合格点だと思うが、それはドラマとして異彩を放つオペラを、ありのままに表現したことによるところ大であると思われる。
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