それにしても「ナブッコ」というオペラほど聞いていて胸を熱くするオペラはない。ヴェルディの出世作品は、若々しさとエネルギーに満ちあふれ、これでもかこれでもかと音楽が湧き出す。第1幕の冒頭の合唱を聞くだけで、私は胸が熱くなる。エルサレムの民衆は、迫りくるバビロニア人に怯えつつも、ザッカリーアの主導のもと、結束は固い。
Tutto Verdiシリーズのうち、私が今回見ることのできた最後の作品は、2009年にパルマで上演された舞台のものであった。ここで主題役ナブコドノゾルは、またもやレオ・ヌッチが歌っている。何もナブッコまでと思ったが、一度は見てみたい気もするし、それに何と言っても娘(フェネーナのほう)の可愛さあまり改宗までする父親の役である。バビロン捕囚の物語も、何か身近な家族の愛の物語になってしまうあたりはさておくとして、その音楽の圧倒的な迫力に、今回も酔いしれる結果となった。
指揮はミケーレ・マリオッティという若いイタリア人だが、彼はリッカルド・ムーティのように力強く、しかも音楽を軽やかにドライブする。パルマの劇場のオケがこんな音だったのかと思う。素晴らしい指揮者である。一方、合唱団はエキストラと思われる人も多くいて今回は登場箇所が多い。何せあの「行け我が思いよ」もあるのだから。
第1幕で早くも登場する奴隷の娘アビガイッレは、ドラマチックな太い声と高音から一気に低音に下るヒステリックな歌唱が必要な難役である。その役はディミトラ・テオドッシュというソプラノ歌手によって歌われていた。名前からギリシャ人ではないかと思われるが、彼女は見事な歌いっぷりで、観客を大いに沸かせた。特に全体の白眉、第2幕のアリア「かつて私も」は、この不遇な女性の生い立ちを思うと泣けてくるくらいに見事であった。
アビガイッレはこと自分の出自や、恋敵でもある妹フェネーナの話題になると、心がいきり立つ。その感情の変化が歌に現れるのだが、そのあたりの表現は見事だった。
このシリーズでは幕が開く前に様々なビデオ映像が挿入されるのだが、「ナブッコ」では珍しくオーケストラ・ピットの映像を流していた。序曲はとても素晴らしい作品なので、その伝統的な収録方法は好ましい。ダニエレ・アバドによる演出は、古典的なもので、悪くはなかったが、雷の一撃のシーンと偶像が崩れ落ちるシーンは、もう少し派手でも良かったと思う。特に後者はあまりにわかりにくいのだ。
一方「行け我が思いよ」のコーラスでは、イタリア第二の国歌とも言われる名旋律がとても印象的である。ここで合唱は歌詞が聞こえないくらいに、しかし多人数で、あくまで静かに歌う。そしてこの合唱が終わると、待っていたかのようにViva Verdiの掛け声なども聞かれ、本場の演出である、ここはアンコールかと思ったのだが、それはなかった(もしかしたらビデオでは削除されたのかも知れない)。
全体に大変充実した舞台で、見応え充分であった。もっとも素晴らしかったテオドッシュウのアビガイッレやヌッチのナブコドノゾル、それにジョルジュ・スリアンによるザッカリーアの他に、イズマエーレを歌ったテノールのブルーノ・リベイロ、フェネーナのアンナ・マリア・キウーイも、悪くはなかった。ただ、このビデオを上映した東京都写真美術館のホールは、音響的に十分とはいえない。加えて暖房のスイッチを切っているのか常に寒く、後から入ってくる客を前の席に誘導するなどサービスが悪い。
しかもオペラは通常1回ないし2回の休憩時間を挟んで上演されるので、それを一気に見ることになると集中力を維持するのに一苦労である。休憩時間もない上に、寒いのでトイレにも行きたくなるし、映画だというのにワインを飲みながら、ということもできない。このような状況であるにもかかわらず1作品あたり2800円もするというのはいただけない。私はもうこの企画にはあまり魅力を感じなくなってしまった。
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