2008年、ヴェルディゆかりの地パルマで上演された「リゴレット」を収めた映像を、中央区にある銀座ブロッサムホールへ見に出かけた(2013年11月30日)。この舞台の素晴らしさをどのように例えればいいのだろうか。少なくとも私の少ない経験では、過去における最高の「リゴレット」であり、これまで見てきたものは一体何だったのかと思うほどだ。あまりに素晴らしくて、何をどう表現していいかわからないし、ともすればその完璧さ故に、記憶にも残りにくい。
ここで表題役は、このたびのスカラ座来日公演でも「リゴレット」を歌ったレオ・ヌッチが歌っている。演技も歌唱も現在望みうる、そして過去に照らしても最高の歌い手が、60代にして歌った記録である。ハンディを負った道化師としての不遇の立場と、それがもたらすコンプレックスや卑屈さ、愛娘を前にした心の弱さなど、千変万化するヴェルディならではの心理描写を、あくまで力強く、心を込めて歌い上げる様子は、見ていて鳥肌が立つ。そのリゴレットを何千回と歌っているので、随分前から数多くの録音や録画が出ている。当たり役である。
そのリゴレットだけであれば、他にも優秀なディスクがあるが、この舞台はそれだけでない。まずジルダを歌ったグルジア出身のソプラノ、ニーノ・マチャイゼは、私は初めて見たのだが、それは何とも美しく、そして素晴らしい。ヌッチと組めば丸で本当の親子のようである。第1幕で可憐さのまま登場する彼女は、第2幕で父親の心情との間に揺れる二重唱を、ほぼ完璧に歌い切る。第2幕最後の「復讐だ」のシーンは、ヌッチのリゴレットと最高のコンビを見せる。沸き立つ拍手に応え、2人は幕の下りた舞台の前に改めて姿を見せる。
ここで2人は満面の笑みを浮かべ、物語そっちのけでアンコールを歌う。すでに歌い終えた歌だから、もう何も恐れることはない。圧巻のアンコールは会場を拍手の渦に巻き込む。抱き合って喜ぶ2人はオーケストラを讃える。パルマ王立歌劇場のオーケストラを指揮するのは、イタリア人の若手、マッシモ・ザネッティである。要所要所を締め、速めに指揮をするかと思えば、歌うところでは歌う。いい指揮者である。
もう一人の主役マントヴァ公爵は、細身の若者フランチェスコ・デムーロである。彼の声は若い時のパヴァロッティのように軽やかで艶があり、しかもルックスがいいと来ているから申し分がない。これでは往年のパヴァロッティの映像も色あせてしまう。やはりマントヴァ公はイケメンである必要がある。そのことによって舞台がより引き立つと同時に、わかりやすくなる。いや、それだけでない。この舞台の成功を支えているのは、演出のステファノ・ヴィジオーリによるところ大である。
舞台はオーセンティックながら、必要以上のものを表現しない。それによって歌手を引き立てる。だが細かいところがよく考えられている。第3幕の四重唱は、少し上部に作られたスパラフチーレの家の前方が開放され、その前にリゴレットとジルダが立つ。両カップルは、本当は壁で遮られているが、そんなことはわかっているので、ホームドラマのような舞台の方がかえって余計なものがなく、好ましい。
その四重唱では、ここ一番の役、マッダレーナ(メゾ・ソプラノのステファノ・イラーニ)と殺し屋スパラフチーレ(バスのマルコ・スポッティ)が加わる。だが彼らは決して脇役の出来栄えにとどまっているわけではない。いや、モンテローネ伯爵や女中ジョヴァンナに至るまで印象に残る。こんなに完成度の高い舞台があるだろうか。
もしかするとそれも演出の効果なのかも知れない。ジルダは第3幕で髪型を変え、容姿が一気に大人びる。ジョヴァンナは女中ながら、まるでジルダの姉のようである。いつも日本語の字幕を追っているにもかかわらず、今回ほどストーリーが頭にすっと入ってくることはなかった。歌心に溢れ、カンタービレは十全に歌い、声は若々しく、オーケストラにも張りがある。熱狂的な拍手でカーテンコールに立ったヌッチは、その動作がまだまだ若々しく、笑うと愛嬌のある素敵なおじいさんである。
陰惨な舞台でも演者はみな明るく、リゴレットがヴェルディの作品でも歌を重視して書かれた作品であることをよくわからせてくれる。この作品は、トロヴァトーレと同様に、歌を味わうオペラである。私のオペラ鑑賞体験において、この舞台は決定的な感銘をもたらした。両手を挙げて推薦するビデオである。
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