この作品は、めずらしいことにハ短調で書かれている。短調の作品としては、12曲のロンドン交響曲中これだけで、その前ということになると、パリ交響曲の第83番ト短調「めんどり」、第80番ニ短調、第78番ハ短調、第49番へ短調「受難」、第45番嬰へ短調「告別」、第44番ホ短調「悲しみ」、第26番ニ短調「ラメンタチオーネ(嘆き)」などとなる。ネガティブな標題が短調作品の性格を物語っている。でも招待されたロンドンで、どうしてこのような交響曲を書いたのだろうか?
それはおそらく、あまり明るい作品ばかりだと面白くないと思ったからではないか。少し違う色合いの曲を混ぜることによって、全体としての総合的なまとまりがよくなり、他の作品が引き立つというものだろう。ハイドンの多彩さを強調する意味で、モーツァルトの第40番などと並び、異色の作品として取り扱われる・・・と思ったかどうかはわからない。だが、どういうわけかこの作品はあまり人気がなく、よく知られていない。
そういう作品だからこそ、一生懸命聞いてみたくもなる。第1楽章の序奏のない冒頭が印象的で、「この曲は短調である」と主張しているようだ。どちらかと言えば劇的な感じがするだけで、曲が悲しいわけではない。第2楽章も暗くはない。第3楽章のメヌエットは、それ自体楽しい。トリオの部分でチェロの独奏が見られ、ここが特に印象的だった。
ジョージ・セルの演奏が、少なからぬ数の古典派作品の演奏において、ある時期まで極め付きの名演を誇ったことは疑いがない。一昔前、 クリーヴランド管弦楽団を指揮して録音された一連の演奏は、録音の硬さから生じる無味乾燥とした響きという見当違いの批判を押しのけてしまうほど、一糸乱れぬパーフェクトな演奏だった。どんな作品でも手を抜くことなく、ブラームスであれモーツァルトであれ、高水準の技術的完成度を誇るその様子は、しばしばアメリカの鉄鋼業とモータリゼーションの恩恵による豊富な経済力を思い起こさせ、その結果として勝ち取られた高い芸術性をも示していた。ボストン、シカゴなどと並び、ここにもヨーロッパに比肩しうるオーケストラがあるという事実は、一時期のアメリカの黄金時代の象徴であった。
セルによるハイドンのディスクは、何度装丁を変えて発売されたかはわからない。発売されるたびに音質は良くなった。モダン楽器によるかくもきびきびとした演奏が、すでにこのころ存在していたことに驚かされる。すなわち、個々の楽器が完全に分離して聞こえ、それが楽譜に忠実な速さで生き生きと演奏されるシーンである。その後オリジナル楽器が流行し、高い技術水準とトレーニングによって可能となった表現が、すでに実現されていると言えば言い過ぎだろうか。
第4楽章フーガは、初めて聞いたときモーツァルトの「ジュピター」の終楽章を思い出した。「ジュピター」は1877年の作品だから、もしかしたらこの曲を聞いたハイドンは、自分でも得意とする大規模なフーガを配した交響曲作品を、この時にも書こうと思い付いたのかもしれない。そういえばハイドンがモーツァルトの死を知ったのは、第1回目のロンドンの滞在中であったという。ハイドンの人生の中にすっぽりと入るモーツァルトの人生は、ハイドンから影響を受け、やがてハイドンを追い越し、そしてついにはハイドンに影響を与えた・・・などと想像してみたくなる。
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