2016年2月5日金曜日

映画「ロイヤルコンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」(2014年、オランダ)

ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団が創立125周年を記念して行った世界各地での演奏旅行を追ったドキュメンタリーという触れ込みで、この映画の上映が始まったのは1月末だった。新聞に広告も掲載され、この手の映画としては評判だと思った。大所帯のオーケストラの世界旅行ともなると興味深い映像も数多く見られるのではないかと思い、丁度会社を休むタイミングがあったので妻と見に行った。渋谷のユーロスペースという映画館である。

映画は日本人向けに撮影されたインタービューから始まるが、英語が拙いうえにありきたりのコメントばかりでしかも長い。早く本編に入ればいいのにと思った。

コンセルトヘボウの舞台で音を合わせる打楽器奏者から始まるこの映画は、私が前もって想像したような映画ではなく、世界各地で虐げられてきた人々と音楽とのかかわりを描いたものだ。その都市とは、南米のブエノスアイレス、南アフリカのジョハネスバーグ(ヨハネスプルク)、それにロシアのサンクト・ペテルブルク(いやソ連のレニングラードと言うべきか)である。それぞれの街で、貧困、差別、圧制に苦しんだ3つのエピソードを軸にドキュメンタリーは展開される。

共通するのは音楽に対する深い思いである。アルゼンチンのタクシー・ドライバーは、クラシック音楽が現実の世界から逃避するためのものだと語る。オーケストラ・メンバーの家族や同僚との会話や移動のシーンなどがふんだんに挿入される。

次に向かったアフリカで、音楽学校を主宰する黒人の老人は、人種隔離政策によって困難を極めたバイオリンの習得について語りだす。私がもっとも心に残ったシーンは、その男性が話すメニューインとの出会い、そしてバイオリン奏者を志したと語るエピソードである。背後に茶色の国土、そこを行きかう女子生徒。彼女は話す。音楽がどれほど生活に潤いを与えているか。そのままオーケストラの公演シーンとなり、「ピーターと狼」やジャニーヌ・ヤンセンを独奏に迎えたチャイコフスキーの作品などが演奏される。

3番目の訪問国ロシアでのエピソードはもっと冷酷だ。コントラバス奏者はショスタコーヴィッチの交響曲について語る。その演奏に重なるように登場した老人は、母親と妻をすでになくしている。話は帝政ロシアが革命によってソ連と名を変える時代にまでさかのぼる。理由もなく秘密警察に父親を連行された彼は、そのまま強制収容所へ送られ、さらにはナチスの侵攻によってドイツでも抑留生活を余儀なくされる。「これが私の人生だった」と涙ぐむシーンは、見ているものをくぎ付けにする。

オーケストラは、ヴェルディのレクイエムやマーラーの交響曲第2番のフィナーレを演奏する。指揮はマリス・ヤンソンス。演奏会場に彼の姿をカメラはとらえる。音楽は人の心に安らぎを与え、救いの手を差し伸べる。そのことがこの映画の主題だ。世界中で音楽によって助けられている人がいる。コンセルトヘボウの世界旅行を追いながら、この映画の主題は音楽の持つ力についてである。それは直接人を助けられないかもしれない。けれども人はまた音楽なしでは生きていけないのだ。

この映画の心地よい裏切りは、オーケストラの楽団員を静かに追いながら、次第にそのような深刻なエピソードを淡々と追うことだろう。世界各地の会場で出会う聴衆の中に、いくつものストーリーが隠れている。そのことを掘り起こそうとしている。だから下手にタイトルをつけないほうがいい。日本語のチラシには、「世界第1位のオーケストラ」などと書かれているが、そのようなことはもはや関係ないし、この映画の言いたいことではない。

カメラの視点は楽団員と聞き手の間を行き来する。その間に関連性を見出すこともできないわけではないか、どちらかといえばつぎはぎの印象を残す。作者の視点が定まらないと思うのは、そのような時だ。挿入される演奏が効果的かと言われれば、そうだともいえるがもっと効果的にすることが可能だったのではとも思う。総じて感じるのは、ちょっと中途半端な構成である。これはテレビのドキュメンタリー・レベルであると思った。日経の金曜夕刊に映画評が掲載されるが、その際の5段階評価に倣って星をつけるとすれば、★3つ程度という感じか。ただこのような映画は珍しい。監督はエディ・ホニグマン。

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