
1791年、ハイドンはようやく自由な身となって大都会ロンドンへ招かれ、熱狂的とも言える大成功を収めた。数々の試行錯誤を経てウィーン古典派の交響曲スタイルを確立し、齢60にして大々的にそのお披露目をする時が、ついにやってきたのだ。それまでの集大成として、大規模なオーケストラを前に筆致も確かなものだったのだろうと思う。ゆるぎない自信と安定性が感じられるその作品の中でも、ハ長調の第98番はとりわけハイドンらしいと私は感じている。
マルク・ミンコフスキの演奏で聞く第1楽章では、思ったほど速いテンポではなく、3拍子の第1主題もどちらかというとかっちりとしている。ショルティとセルの演奏も持っているが、敢えてこの二つの演奏と比較すると、第1楽章は春の嵐のショルティ流ではなく、楷書風のセル流と言えばわかりやすいか。序奏などは非常に重厚である。
第2楽章には、ヴァイオリンの珍しい奏法(スル・ポンティチェロ=極端に駒よりの部分を弓で弾く。倍音のみが強調される)が用いられているようだが、素人には区別がよくわからない。一方、繰り返しがないと言われる第3楽章のメヌエットは、メロディーが歌うようで大変親しみやすい。中間部でヴァイオリンのソロがすうっと浮かび上がる。特にこのミンコフスキの演奏では、ここが強調され特に印象的である。
最終楽章のプレスト・アッサイは、今度はショルティ風にミンコフスキの突風が駆け抜ける。アンサンブルがしっかりしているので決して上滑りにならない。ミンコフスキのハイドンは2009年になって華々しく登場し、新風を吹き込んだ。停滞しがちなハイドン演奏の駒をさらに一歩進めたかのようだ。ここでの一連のロンドン交響曲の演奏は、どれをとっても新鮮な驚きと共感に満ちている。
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