2016年2月15日月曜日

ハイドン:交響曲第94番ト長調「驚愕」(ジギスヴァルト・クイケン指揮ラ・プティット・バンド)

ハイドンの交響曲の中でおそらくもっとも有名なのが、この第94番である。俗に「びっくりしンフォニー」などと呼ばれるその理由は、わざわざここに書き記すまでもない。私がクラシック音楽に興味を持ち始めた70年代、学生向けに様々な音楽を紹介した書籍は、まず交響曲の章から始まることになっていて(私はこの区分が嫌いである)、その最初に登場するのは「交響曲の父」ハイドンの作品から2曲、すなわち「驚愕」と「時計」であった。LPレコードは多くがこの2曲をカップリングしており、それ以外の曲はほとんど知られていないという状況だった(熱心な聞き手のみ「軍隊」とか「太鼓連打」なども知っていただろう)。

「驚愕」という日本語を知ったのもこの時である。クラシック音楽というのは、わざわざ難しい言い方をするものだと思った。そして解説を読むと、必ずといっていいほど第2楽章の音響効果について触れている。曰く居眠りを始めるご婦人方を起こしてやろうと、ハイドンはピアニッシモからいきなり大音量を鳴らすという機知に富んだアイデアを思い付いたというのである。優雅で気品に満ちたメロディーは、最初の数小節をヴァイオリンのみで始める。誰もが一度聞くと忘れることがないようなハ長調のメロディーは、そのあと、わざわざ音量をさらに小さくして繰り返す。その音は徐々に消えていき、もう聞こえなくなったと思えるような静かな旋律が終わるや否や、全楽器がいきなりフォルティッシモで主和音を鳴らすのだ。

実は面白いのはこの後である。オーケストラは何事もなかったかのように、そのまま後半のメロディーをエレガントに奏でる。そして私はそのあとに4回繰り返される変奏に心を奪われた。変奏曲の面白さを味わうのは、この曲がまた適していると思う。そしてリズムがはじける第3楽章。クイケンの古楽器の演奏で聞くと、メヌエットは爽快そのもである。ここはアレグロ・モルトなので速い演奏が正しい。小気味よいリズムに心を揺らしていると最終楽章では流れるように進んでいく。ハープシコードが通奏低音を響かせているのも新鮮である。モダン楽器の厚ぼったい演奏で聞いてきた聞き手は、古楽器によるすっきりした演奏で、またこの曲の魅力を再発見する。

2016年2月10日水曜日

ハイドン:交響曲第93番ニ長調(コリン・デイヴィス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)

このブログのハイドン交響曲シリーズは、長い間中断していたが、いよいよ最後の段階に入る。第93番から最後の第104番までを「ロンドン交響曲」という。これらの交響曲にはハイドンの残した交響曲のもっとも素晴らしいものが凝縮されており、充実した味わいと完成度の高さで、それ以前の交響曲よりもずっと人気が高い。したがって録音も多い。

ハイドンがロンドンに招かれたのは幸運だった。それまでエステルハージ公に長く仕えてきたハイドンにとって、ようやく田舎から脱出し自らの才能を公に披露する機会となったからだ。1790年、58歳の時である。この話を持ち掛けたのは、ヨハン・ペーター・ザロモンという人で、彼は2度ハイドンを招いている。よってこの期間につくられた「ロンドン交響曲」を「ザロモン・セット」とも呼ぶ。

ハイドンは1791年から翌92年にかけてと、94年から95年にかけての2度ロンドンを訪れた。交響曲第93番から第98番までの6曲が第1期、第100番から第104番までの6曲が第2期の作品である。私は1792年のロンドンからの帰途、ボンに立ち寄った際にまだ若かったベートーヴェンに出会い、ウィーンでの師弟関係を築く最初のきっかけとなったことに興味を覚える。この出会いがなければベートーヴェンがその後の音楽の突破口を開くことはなかったと思うからだ。

ハイドンは持病を患いながらも1809年まで生きる。ハイドンが没したとき、ベートーヴェンはすでに39歳であり、 もちろんモーツァルトはすでに亡く、シューベルトは12歳であった。古典派からロマン派に移る激動の時代をハイドンは生きたことになる。しかしハイドンは古典派の父であり、その作風はこの晩年の交響曲群でもその域を出ることはなかった。

交響曲第93番は、そのようなハイドン晩年の入り口にふさわしい風格を備えている。そう思ったのは私が、コリン・デイヴィスの演奏を聞いた時だった。第94番「驚愕」や第101番「時計」などの表題付き交響曲とは違い、どちらかというと地味な存在である。そのためどのような音楽かわからなかった。ところが聞き始めてすぐに、この音楽の虜になってしまったのだ。おそらく演奏が素晴らしかったからだろう。デイヴィスの厳格ともいえる指揮に一糸乱れぬアンサンブルで聞かせるコンセルトヘボウ管弦楽団は、黄金のコンビと言ってよいほど完璧なリズムとアクセントに加え、「いぶし銀」の音色と気品を持っていた。フィリップスの芸術的な録音によって、この音楽の魅力が余すことなく収められている。

第1楽章の序奏からその魅力はよく伝わってくる。だが3拍子の主題が勢いよく流れだすと、じっとしてはいられないような気持になるのだ。第2楽章のゆったりとしたメロディーも中間部に至ってはダイナミックで飽きさせず、第3楽章のメヌエットがまた襟を正したくなるような楷書風の演奏である。飾り気なくグイグイと進む。第4楽章の高速感とその間に見え隠れする楽器の重なりは、今日親しんでいる交響曲像に近い。

第2楽章の終わりでファゴットが大きな音を出す。おならではないかと一瞬思う。それはつまり、「驚愕」などにも込められているハイドンのユーモアなのだろうと思う。

2016年2月7日日曜日

NHK交響楽団第1829回定期公演(2016年2月6日、NHKホール)

銀座でMET Liveを見たあと地下鉄に飛び乗り、渋谷のNHKホールに来た。18時から始まる定期公演を聞くためである。N響の演奏会は今年これが早くも3回目である。いつもの3階自由席を買おうと思ったらなんと売り切れである。こういうことは非常にめずらしい。仕方がないからD席を3600円を払って購入し、長い階段を駆け上る。

公演の最初の演目はマーラーの「亡き子をしのぶ歌」、独唱はマティアス・ゲルネ。 ゲルネの声は、その大柄な風貌からは想像できないほど繊細で美しい。私はシューベルトの「冬の旅」を聞いて以来、その表現の深さにCDを衝動買いした。ゲルネは大きな体をゆすりながら、二人の子を相次いで亡くしたマーラーの深い悲しみを表現した。その姿は3階の席からも見て取れた。

休憩をはさんでいよいよブルックナーの交響曲第5番が始まる。今日のコンサートは中高年の男性が多い。自由席には学生の姿も目に付く。そして3階席の最上部と両端だけは、わずかの隙間もなく埋まっている。みなブルックナーを聞くためである。

オーケストラの配置が興味深かった。チェロが本来のヴィオラの位置に座り、その奥にコントラバスがいる。このことで普段は右側から聞こえる低温が、左からの高い音に混じるのだ。つまりこの曲では左右の音の分離が打ち消されている。意図してブルックナーの音が、全部混じったような音になったのだ。ここで上段に並んだ金管楽器が合わさると、オーケストラがまるでひとつの楽器のようになるのだろう。金管セクションはこの長大な曲の間中、ほとんどミスをすることなくきれいなアンサンブルを披露した。いや金管だけでなく木管楽器も、そして中央最上部から打ち下ろすティンパニーも、N響の充実ぶりは最近特に目を見張るものがあるように思うが、今回の演奏もまたその一つと言える。ただ音については上記の配置の影響で、いつもとは少し異なるように感じた。

私はかつてのN響のくすんだ音が蘇ってきたように感じた。ヤルヴィの音楽はもっと風通しが良いにもかかわらず統制が取れている、という印象だったが、果たしてブルックナーとの相性はいいほうなのだろうか。

こういったことを考えるうえで、いつも問題になるのがブルックナーの音楽そのものについての、聞き手の感じ方の違いである。一方でブルックナーを称賛し、神の音楽だと崇める人がいるかと思えば、長年のクラシック・ファンの中にもブルックナーを毛嫌いする人がいる。それほど感じ方が両極端なのだ。ブルックナーの交響曲第5番は、そんな中でも最もブルックナー臭い音楽ということになっており、実際、私の場合はこの曲を生で聞くのは初めてであった。

私は特定の音楽のみを聞くような聞き方を好まないので、これまでできるだけ重複を避けるようにコンサートへ足を運んできた。今回の演奏会もそうで、ブルックナーと言えばこれまで聞いたことがあるのは、第4番「ロマンチック」、第6番、第7番、第8番、第9番、それにミサ曲というところである。ここで第4番、第6番を聞いたときには、私は心の底からブルックナーの音楽が美しいと思った。いずれもN響の演奏である。そしてそれぞれの終楽章に至っては、私は心からこんな綺麗な音楽はほかにない、とさえ思ったものだ。そうそう、第7番、第9番の時も悪くはなかった。

こういうことがあって、私の場合は、 熱狂的なブルックナー・ファンになる最初の入学試験には合格したものの、その後についてはまだまだといったところである。そしてブルックナーのむつかしいのは、演奏を極端にまで選ぶということだ。「いい演奏」で聞くととてもいいのに、そうでない場合は全くもってそうではない。これも多くの人が言っている。そして世評の高い指揮者、有名な売れっ子指揮者の演奏が、後者、つまりつまらない部類に入ることが多い一方で、ほかの曲ではさして見向きもされない指揮者が、突如として頭角を現す・・・これも多くの人が語っていることだ。

では、どういう演奏がいいというのだろうか。Webで検索し、いろいろな人の意見を調べてみる。こういうことが手軽にできるようになったのも、インターネット時代のいいところだ。ところがそこに登場する演奏は・・・ああ、何ということか・・・チェリブダッケだのクナッパーツブッシュだの・・・定評ある録音としても、せいぜいヨッフムとカラヤンが姿を現すだけで・・・カラヤンを取り上げていればまだいいほうで・・・ヨッフムともなれば正規録音でないものまでもが多数登場し・・・そして悲しいことに、それらの演奏は、今では現役で聞くことができきないものばかり・・・つまり、すでに逝去した指揮者の残した録音なのである。

現役の指揮者の録音というものがないのかと言えば、そうではない。事実私が所有して気に入っているティーレマンの演奏は、これを評するブログにあまり出会ったことがない。私はなるべく最近の演奏を聴きたいほうなので、これはとても残念なことである。そして今回聞いたヤルヴィもまた、すでにフランクフルト放送交響楽団を指揮して録音しているではないか。

前置きが長くなってしまったが、そのようにかつての古い録音でしかその魅力を語れないのでは、とても残念な気がする。私は音楽は第1に生のものだと思っているので、そうだとするとブルックナーの素晴らしさに今ではほとんど触れることができないことになる。そうは思いたくないので、私は今回聞いたヤルヴィのブルックナーについて、より肯定的な感想を記したいと思うのだ。だが悲しいことに、私の今の経験と知識では、それを満足になすことができない。正直に言えることは、これまでほかの演奏で味わった、ブルックナーの神髄に少しでも触れるかのような気持ちには、ほとんどなれなかったのである(終楽章の最後で少しは感じたが)。

第2楽章と第3楽章は続けて演奏された。その間中もオーケストラは十分鳴っていたし、一糸乱れぬアンサンブルであったと言っておこう。長いコラールのフィナーレもそれは見事であった。だが圧倒的な拍手が沸き起こる一方で、早々に席を立つ人が少なからずいた。 そのことが今回の演奏を端的に示していたように思う。両者を分けたものは一体何だったのだろうか。そして私はどちらかと言えば後者、つまり感動を持たなかったほうに入ると思う。私のブルックナー音楽の進級試験は、また落第だったのか、それとも評価に値しない演奏だったというべきなのだろうか。

2016年2月6日土曜日

ビゼー:歌劇「真珠採り」(The MET Live in HD 2015-2016)

アジアを舞台にした古いオペラ作品というと「トゥーランドット」と「蝶々夫人」くらいだと思っていた。古いといってもプッチーニが活躍したのは明治時代だから、もうそのころにはアジアの情報がヨーロッパに直接伝わっていた。だから中国や日本が物語の舞台になったとしても、もはや違和感はなかっただろう。ところがビゼーのオペラ「真珠採り(Les Pêcheurs de perles)」は、なんとセイロン島が舞台なのである。

ビゼーのオペラと言えば「カルメン」のみが断トツで有名で、その音楽は知らない人など誰もいないくらいに有名であり、しかもそのような親しみやすいメロディーが延々と続くという、オペラ入門にはまさにうってつけの作品である。この作品はスペインのセヴィリャ郊外を舞台にしていて、たばこ工場で働くジプシーの女にストーカーとなってまとわりつく純情な青年の物語ということもあり、とても人気がある。

これに対し「真珠採り」 という作品が存在することくらいは知っていたが、その音楽や歌は聞いたことがなかったし、ましてその物語の舞台が、インド大陸南端の島だとは想像してもいなかったのである。METの舞台で取り上げられるのはなんと100年ぶりであり、前回の公演にはエンリコ・カルーゾーが歌ったというから大変なものである。指揮はイタリア人ジャナンドレア・ノセダ、演出はイギリスの映画監督ペニー・ウールコックである。

指揮者がタクトを振り下ろすと青い海中の情景が舞台一面に広がった。上からダイバーが下りてきて泳ぐ。真珠を採るという作業は、わが国では海女さんの仕事である。私も伊勢賢島でその様子を見た。彼女たちは素のまま潜り、貝を拾い上げては桶の中にそれを入れていく。貝の中で生成される真珠は、他の宝石とは少し異なる。昔は養殖などされていなかったから、真珠を採ることはたやすいことではなかっただろう。そして命がけである。だから真珠採りとして生計を立てる人々の間に深い信仰があった(ということになっている)。対象はインドの神だが、尼僧がいて修道院で暮らすあたりはちょっとおかしい。

短いが圧倒的な印象をもたらす冒頭のシーンは、特注された装置によってつりさげられたアクロバティックな演技によるもので、そのからくりは幕間に詳しく紹介される。そのシーンが終わると舞台は村人の集会の場面である。暗い中に金色に光る灯が適当に配置され、異国情緒を醸し出す。村人の中からズルガ(バリトンのマウリシュ・クヴィエチェン)が領主に推挙される。彼には権力が与えられるが、そこに登場するのは旧友のナディール(テノールのマシュー・ポレンザーニ)である。男同士の二重唱「神殿の奥深く」が美しく魅了し、拍手は早くも最高潮に達する。この二重唱は本当にきれいだった。

やがて巫女を乗せた船が登場。彼女は純潔と信仰を誓うことを宣誓させられるが、ナディールはそのヴェールを被った女性がかつて思いを寄せていたレイラ(ソプラノのディアナ・ダムラウ)であることを発見する。アリア「耳に残るは君の歌声」である。このメロディーは「真珠採りのタンゴ」としても有名だそうで、私もYouTubeなどで聞いてみた(アルフレッド・ハウゼ楽団)。

異国情緒にあふれ、ビゼーの美しい音楽に満たされたこのオペラは、まるで真珠を探すように指揮をした、とノセダは語っている。だが第2幕となると一転、三角関係のもつれは3人の人生を狂わせる。その有様はフランス魂満載の身勝手な自尊心に満ちたものだ。高層ヌーラバット(バス・バリトンのニコラ・テステ)の命で寺院(といっても今回の上演版では第1幕と舞台はさほど変わらない)にこもっているレイラをナディールが訪ねてくる。彼女と駆け落ちするためだ。しかし寺院の見張りに見つかりつかまってしまう。盟友ズルガはナディールを助けようとするが、その相手が自分も恋心を寄せるレイラだと知ると一転、二人を処刑することにしてしまうのだ。ドラマチックな音楽である。

第2幕が終わって第3幕までの間、逆巻く海の画像が流れている。その中から浮かび上がったのは、古い高層アパートである。カルカッタか香港のような街の画像がどうして登場するのだろうか。そしてそのあと始まる第3幕の第1場は、何とズルガのオフィスである。一面に書類を収納した書棚の前にはパソコンもある。ズルガはテレビを見ながらビールを飲んだりするのだ。この時代錯誤的シーンは、意図して挿入されている。そのことで見ているものをまるでヴェリズモ・オペラを見ているような錯覚にとらわれるのだ。音楽はまるでヴェルディのように豊穣である。慈悲を請うため現れたレイラにズルガは告白するが、彼女は今でもナディールを愛しているのだった。

アパートの画像を経て再びセイロンの村。とうとう処刑が行われることになった。鎖につながれたナディールとレイラを、あろうことかズルガは逃がしてやる。村に火を放って村人たちを立ち退かせたその隙に、である。ズルガはかつて自分を救ってくれた恩人が、何とレイラであることに気付いたからだった。レイラの首にかけられた真珠の首飾りがその証だったのだ。息絶えるズルガ。

この作品は丁度2時間程度と苦にならない長さでありながら、美しい音楽に満たされ聴きどころが満載で、あまり上演されないのが不思議である。そう感じさせるのは今回の歌手陣が総じて素晴らしかったことと、それにエキゾチックな演出が見事だったからだろう。

2016年2月5日金曜日

映画「ロイヤルコンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」(2014年、オランダ)

ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団が創立125周年を記念して行った世界各地での演奏旅行を追ったドキュメンタリーという触れ込みで、この映画の上映が始まったのは1月末だった。新聞に広告も掲載され、この手の映画としては評判だと思った。大所帯のオーケストラの世界旅行ともなると興味深い映像も数多く見られるのではないかと思い、丁度会社を休むタイミングがあったので妻と見に行った。渋谷のユーロスペースという映画館である。

映画は日本人向けに撮影されたインタービューから始まるが、英語が拙いうえにありきたりのコメントばかりでしかも長い。早く本編に入ればいいのにと思った。

コンセルトヘボウの舞台で音を合わせる打楽器奏者から始まるこの映画は、私が前もって想像したような映画ではなく、世界各地で虐げられてきた人々と音楽とのかかわりを描いたものだ。その都市とは、南米のブエノスアイレス、南アフリカのジョハネスバーグ(ヨハネスプルク)、それにロシアのサンクト・ペテルブルク(いやソ連のレニングラードと言うべきか)である。それぞれの街で、貧困、差別、圧制に苦しんだ3つのエピソードを軸にドキュメンタリーは展開される。

共通するのは音楽に対する深い思いである。アルゼンチンのタクシー・ドライバーは、クラシック音楽が現実の世界から逃避するためのものだと語る。オーケストラ・メンバーの家族や同僚との会話や移動のシーンなどがふんだんに挿入される。

次に向かったアフリカで、音楽学校を主宰する黒人の老人は、人種隔離政策によって困難を極めたバイオリンの習得について語りだす。私がもっとも心に残ったシーンは、その男性が話すメニューインとの出会い、そしてバイオリン奏者を志したと語るエピソードである。背後に茶色の国土、そこを行きかう女子生徒。彼女は話す。音楽がどれほど生活に潤いを与えているか。そのままオーケストラの公演シーンとなり、「ピーターと狼」やジャニーヌ・ヤンセンを独奏に迎えたチャイコフスキーの作品などが演奏される。

3番目の訪問国ロシアでのエピソードはもっと冷酷だ。コントラバス奏者はショスタコーヴィッチの交響曲について語る。その演奏に重なるように登場した老人は、母親と妻をすでになくしている。話は帝政ロシアが革命によってソ連と名を変える時代にまでさかのぼる。理由もなく秘密警察に父親を連行された彼は、そのまま強制収容所へ送られ、さらにはナチスの侵攻によってドイツでも抑留生活を余儀なくされる。「これが私の人生だった」と涙ぐむシーンは、見ているものをくぎ付けにする。

オーケストラは、ヴェルディのレクイエムやマーラーの交響曲第2番のフィナーレを演奏する。指揮はマリス・ヤンソンス。演奏会場に彼の姿をカメラはとらえる。音楽は人の心に安らぎを与え、救いの手を差し伸べる。そのことがこの映画の主題だ。世界中で音楽によって助けられている人がいる。コンセルトヘボウの世界旅行を追いながら、この映画の主題は音楽の持つ力についてである。それは直接人を助けられないかもしれない。けれども人はまた音楽なしでは生きていけないのだ。

この映画の心地よい裏切りは、オーケストラの楽団員を静かに追いながら、次第にそのような深刻なエピソードを淡々と追うことだろう。世界各地の会場で出会う聴衆の中に、いくつものストーリーが隠れている。そのことを掘り起こそうとしている。だから下手にタイトルをつけないほうがいい。日本語のチラシには、「世界第1位のオーケストラ」などと書かれているが、そのようなことはもはや関係ないし、この映画の言いたいことではない。

カメラの視点は楽団員と聞き手の間を行き来する。その間に関連性を見出すこともできないわけではないか、どちらかといえばつぎはぎの印象を残す。作者の視点が定まらないと思うのは、そのような時だ。挿入される演奏が効果的かと言われれば、そうだともいえるがもっと効果的にすることが可能だったのではとも思う。総じて感じるのは、ちょっと中途半端な構成である。これはテレビのドキュメンタリー・レベルであると思った。日経の金曜夕刊に映画評が掲載されるが、その際の5段階評価に倣って星をつけるとすれば、★3つ程度という感じか。ただこのような映画は珍しい。監督はエディ・ホニグマン。

2016年2月4日木曜日

モーツァルト:ピアノ協奏曲第13番ハ長調K415(P:ダニエル・バレンボイム、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

この曲の特徴は、ハ長調のモーツァルトだということである。雄大で飾り気のない出だし。第11番や第12番にはなかったトランペットとティンパニが加えられている。だからというわけではないが、この作品はバレンボイムの指揮とピアノ、ベルリン・フィルの最新版(といっても90年代後半の録音だが)で聞くことにした。さすがに壮大で迫力のある演奏である。ピアノも堂に入っていて、達人の円熟味を感じる。ベルリン・フィルの自発的なアンサンブルに乗って、立派な演奏に仕上がっている。録音もいい。

第2楽章は丸で映画音楽のようだ。情報量の多いバレンボイムの演奏で聞くと、安定感のあるロマンチシズムといったものが感じられる。これに対し第3楽章は、初めて聞いたときハイドンの交響曲のようだと思った。アレグロの音楽が突如中断したかと思うと、そこに静かな部分が展開されるのだ。それは何回か繰り返される。この部分、短調で書かれているようだが、このまま先へ進みたい気分を抑制して静かに語りかける。壮麗に始まるこの曲は、意外にも静かに終わる。

この第3楽章は、ひとつのテーマが繰り返し現れるその間に、違ったメロディーが挟まれる。このような、最終楽章によく使われる形式がロンド形式である。A-B-A-C-A-D...という感じである。この曲の第3楽章もまたロンド形式だが、その挟まれる部分がこの曲の場合、短調となってメランコリックに響く。初めて聞いたとき私は正直なところ、その違和感をぬぐえなかった。第1楽章と第2楽章の風格に対し、何か中途半端な感じがしたのだ。だがそのことも含めて、この曲の特徴であると思う。

2016年2月2日火曜日

モーツァルト:ピアノ協奏曲第12番イ長調K414(P:ラドゥ・ルプー、ウリ・セガル指揮イギリス室内管弦楽団)

モーツァルトのピアノ協奏曲第12番は、第11番より前に作曲された。このためバレンボイムなどのCDでは、12番が先に収録されている。まあけれども、そんなことはどうでもよい。第11番から第13番まではモーツァルトのウィーン・デビューを飾る作品でもある。予約演奏会を開催し、自ら演奏して曲を披露し、そして楽譜を出版する。資本主義社会では当たり前の音楽の商品化は、おそらくこのころから始まった。モーツァルトは(間違いがなければ)世界最初のフリーランスの作曲家であった。

自信があったのだろうと思う。ザルツブルクの司教と決裂しなければ、私たちは今でも天才の作品をこれほど多く楽しむことはできない。フリーとして組織を飛び出すことは、勇気のいることだ。だが彼はそれをやってのけた。

モーツァルトはこの作品群について 「むずかしすぎずやさしすぎず、音楽通はもちろん、そうでない人もなぜだか満足」できるような作品にしたと手紙に書いている。この頃の彼のマーケティング戦略は、完全に聴衆を意識したものだった。管楽器抜きの弦楽四重奏編成でも演奏できるように作曲されていもいるらしい。当然のことだろうと思う。都会に出てきたばかりの若者なのだから。

第1楽章は自然でのびやかな作品で、ピアノはそうっと入っていく。さわやかな風が吹き抜けていくようだ。これに対して第2楽章は何かとても繊細で、静かな曲だと思った。資料によるとここの主題は、作曲時に亡くなったJ.C.バッハの作品からとられているという。モーツァルトはJ.Sバッハの息子でバロックから古典派への橋渡し的存在となったJ.C.バッハを尊敬していたという。だとすればこの曲は、モーツァルトによるJ.Cバッハへの追悼音楽だったのではないだろうか。

この作品を第21番K467とカップリングしているのが、「1000人にひとりのリリシスト」と言われたラドゥ・ルプーである。1974年の録音だから、まだデビューして間もない頃である。ルプーの演奏で聞くこの曲の演奏は、とても新鮮であるということだ。

なおこのCDで指揮者を務めるのは、イスラエルの指揮者ウリ・セガルである。私は大阪出身だから彼が大阪センチュリー交響楽団の指揮者であることをよく知っていたが、実演を含め一度も演奏を聞いたことがなかった。こんなCDの伴奏をしていたのだと、今更知って驚いている。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...