2020年3月8日日曜日

ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」(2020年3月7, 8日びわ湖ホール、オンライン配信)

新型コロナウィルスの流行がいよいよ世界的なパンデミックの様相を呈しつつある中で、数多くのイベントが中止や延期を余儀なくされている。クラシック音楽の公演も例外ではなく、3月に予定されていたびわ湖ホールにおける楽劇「神々の黄昏」も影響を受けることになった。4年前から順に「ニーベルングの指環」を上演してきた同ホールでは、いよいよその最終公演となる今回のチケットも早々に完売、世界から集まった歌手や地元の合唱団も加わって練習に余念はなかったことだろう。

ところがこの騒動である。 政府の場当たり的な中止要請のあおりをくらい、ホールの公演は中止される方向となった。しかし総工費1億6000万円をかけた本公演は、すでにリハーサルも終えており、中止するにはあまりに忍びない。毎日新聞によれば、館長は滋賀県庁にもかけあったそうだ。その結果実現したのは、無観客で上演するというもの。そして舞台の模様はビデオに録画して編集し、字幕付きDVDで発売することになった。ここまでなら、わかる話だろう。だが、それに加えて本公演は何とYouTubeでライブ配信することにしたというのである。

私は大阪の生まれだから、関西で行われるオペラ公演、しかも空前の規模を誇る「指環」となると東京からでかけてでも見たいという思いはあった。一時期住んでいた三鷹出身の沼尻竜典が指揮をする。彼は私と同い年でもあるので、日ごろから活躍を期待している。数年前、横浜で上演された彼の「ワルキューレ」を見たことがある。がなかなか良かった。しかし2万円以上する席を購入し、かつ期日を合わせて大津にまででかける予定を立てることは、あまりに敷居が高かったのも事実である。それが無料で同時に見られるというのだから、見逃す手はない。

連日の「自宅隔離」状態である上に、この週末は天気が悪く寒い。こんな時は自宅でワーグナーに浸るにはもってこいである。さっそくChromecastでPCを自宅のテレビに接続し、さらに音声のみアンプで増幅してスピーカーに接続、13時の開始を待った。すると何とすでに3000人以上が待機しているではないか。びわ湖ホールの客席数は1800だから、すでにそれを上回る人数が配信を待ち構えている。その数は次第に増え、幕が上がる頃には1万人を突破、これは「ジークフリーのラインへの旅」を過ぎても減らず、とうとう6時間にも及ぶ巻き切れまで続いた。

私はクラシック音楽を愛する一人の人間として、このような試みは大歓迎だし、不運にも中止となりかけた本公演のストリーミング配信の様子を書き記すことによって、ほんのわずかでもその試みへの賛意を示すことができればと考え、ここに感想文を残すことにした次第である。

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公演は2日連続行われ、1日目と2日目ですべてのキャストが入れ替わる。指揮は沼尻竜典指揮京都市交響楽団。演出はミヒャエル・ハンペ。キャストを書き記す代わりに、公演のチラシをコピーして貼らせていただいた。なお、今回のビデオは発売される予定のDVDとは別のテイクとされ、字幕もない。カメラは舞台を固定して映すだけで、歌手の細かい表情を見ることはできなかった。だが、ワーグナーの楽劇にそれ以上の演出は不要だろう。なぜなら最上級の音楽がそこに存在するからだ。歌と音楽、それに舞台全体を見渡す視点さえあれば、ワーグナーの舞台は十分楽しめる。

13時になると映像配信が始まった。えんじ色の幕が全体に映し出され、舞台下に指揮者が登場。こちらに向いて会釈する。やがてタクトが振り下ろされると、オーケストラの第1音がなった。変ホ長調の和音。舞台には満点の星空が映し出される。幕が上がるとそこは炎に燃える岩山。3人のノルンが登場して一気に「指環」の世界に入ってゆく。この時の感慨は、前3作を見てこなかった時でも深いものがある。いまからワーグナーを聞くのだという期待は、3重唱によって30分かけて次第に高まり、やがて感動的なジークフリートとブリュンヒルデの出会い。そして別れ。愛の二重唱はもはやこれが最後。そしてジークフリートは、指環をブリュンヒルデに託しライン川へと旅立ってゆく。

最初の舞台転回のシーン。ライン川が現れ、そこに船で漕ぎ出す映像が舞台いっぱいに広がる。やがてギービヒの館が現れる。窓の外はライン川と山々。この風景が次第に暮れ、夜となる。アルベリヒを父とするハーゲンの、指環略奪の策略が話し合われるシーンは、不吉にして重い。再び舞台は転回。タイムリーに登場したジークフリートは忘れ薬を飲まされてしまう。ブリュンヒルデの愛を忘れたジークフリートは、グートルーネに一目惚れ。グンターのためにブリュンヒルデを誘拐する謀略に乗せられる。このようにして指環を奪おうとするのだ。

舞台はまたもや転回し、草木も眠る丑三つ時。満月があたりを照らす中、再び岩山へ。ここに登場するのはブリュンヒルデと妹のヴァルトライデである。丁々発止のやり取りにも耳を貸さないブリュンヒルデ。指環は渡されない。そこにグンターに扮したジークフリート。指環は彼によって、ブリュンヒルデから奪われる。

休憩は30分。静かにカメラは休憩時間の表示を映すだけで、簡素にして無音。この感じがとてもいい。ワーグナーの劇に、他の要素はまったく必要がないことを制作者はわかっている。

再び幕が開き、第2幕が始まった。ギービヒの館の前で、舞台はオペラティックに展開する。「指環」の中では少し浮いているが、これはちょっとしたアクセントになっているといつも思う。長大な2つの幕に挟まれて、物語は一気に進行する。男声合唱も混じりホイホー、ホイホー、ホホー。二組の結婚式。ジークフリートの急所は背中だとわかると、今や復讐を誓うブリュンヒルデも加わって、ジークフリート暗殺が計画される。壮絶な三重唱からドラマチックな緊張をはらんだ音楽は、一気に終わる。

ここで興奮の坩堝と化した観客は、ブラボーの嵐となるところだが、無観客のびわ湖ホールは静かなままだ。だが私は、バイロイトで収録されたブーレーズの「指環」を見たときと同じ感覚を抱いた。無観客だと音楽も集中力を増す。京響もなかなか好演しているし、沼尻の指揮も緊張感を失わない。個々の歌手にいついては、もはやこのような公演にコメントをしなくてもよいだろう。どの歌手も迫力があって、欠点を感じないのは驚異的なことだ。私はまったく不満はなかった。にわか作りと思われたストリーミング配信の音声も、うまく歌手とオーケストラが混ざっていて、これはなかなかいける、というのが正直な感想。日本人歌手が多いので、顔がアップで映るとやや興醒めだが、常に固定されたカメラからは細かい表情を窺うことはできない。そのことがかえって見る者を落ち着かせ、物語に集中させる。

カメラが切り替わることもなく、字幕もない上演は好感が持てる。ただこのようなストリーミング配信のひとつの欠点は、家庭のリビングルームを長時間占拠してしまうことだ。30分以上たっても配置が変わらない舞台を熱心に見続ける私に、ワーグナー嫌いの妻はあきれ顔だし、息子は紙芝居かモノクロの時代劇を見ているようだと漏らす。この状態が夕食の時間にまで続く。しかも2日間も!でも2日目の舞台は、1日目に比較して、より良い感じがする。カメラも若干近め。キャストはすべて異なるにもかかわらず、舞台はさらに緊張を増し、オーケストラも次第に巧くなっていったように感じた。

さて第3幕である。雨模様の窓の外は暮れてゆく。電灯もつけず暗い中でテレビだけを観ている。舞台に映し出されたのは森の中を行く映像。やがてライン川の畔になったところで幕が開き、3人のラインの乙女の重唱が始まる。とうとう第3幕まで来たという感慨がわいてくる瞬間である。

ハーゲンの計略にひっかかり、弱点の背中を刺され、不慮の死を遂げるジークフリート。ここのシーンは「指環」の中での最大の見どころである。音楽に加えて演出も見せどころだ。ハンペの演出は全体的に典型的でわかりやすい。葬送行進曲に乗って葬儀の列が続くというもの。やがてブリュンヒルデは自己犠牲を歌い、ヴァルハラ城に火を放つとすべてが崩れ落ちる。炎が舞台に燃え広がり、やがてそれはラインの川底へ。壮大な物語は、滔々と流れる音楽の中に消えてゆく。このシーンについては、もはや何も語ることを必要としないだろう。

上演が終わると、無観客の中でカーテンコールが始まった。ちょっと寂しいが、ビデオの向こうにいる1万人以上の視聴者に対し、何度もお辞儀をする出演陣。その顔には充実した表情が感じられた。

これで本公演は幻の「指環」にならずに済んだ。いやそれどころか、無料で全世界にライブ配信を敢行した功績は讃えられるべきだろう。力演の出演陣には最大限の拍手を送りたいし、こういう試みは今後、新しい形でのオペラ公演の先駆けとなるかも知れない。ライブ配信すれば、それなりの数の聴衆がいる可能性があるということだ。会場で見る客のチケットに加え、少ない金額を払えばライブ配信を観たいと思う人も多いだろう。やる価値はある。難解なワーグナーの地方公演の緊急予告でも評判だったのだから、事前予告すれば、もっと多くの人が見るかも知れない。

感染症の蔓延という異常事態の中で上演された「指環」。世界の終焉を描いた舞台は、尋常ではない緊張感をもたらし、我が国の音楽史上に名を残す試みとなったことは疑いがない。それが成功だったとすれば、一筋の光明ではないかと思う。このような時にこそ、芸術が価値を持つということも。丁度ヴァルハラ城が沈んだラインの川底に、あの救済の動機が流れるように。

2020年3月6日金曜日

モーツァルト:「フリーメイソンのための葬送音楽」ハ短調K477(479a)(クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

モーツァルトが1785年に作曲した「フリーメイソンのための 葬送音楽」は、わずか8分程度の(演奏によってはもっと短い)曲ながら、厳粛なムードに溢れ、旋律は重々しく憂いに満ち、それでいて一種の明るさも感じさせる秀逸な作品である。その理由は、ここにグレゴリオ聖歌の諸要素をちりばめているからと言われている。

私は昔、ブルーノ・ワルターによるモーツァルトの管弦楽曲集というLPを買って、その中に収められていた「フリーメイソンのための葬送音楽」を初めて聴いたことは先に書いた。この演奏は今もってこの曲の代表的な録音である。久しぶりに聞いていると、ワルターにしかできないような、慈しむような、深いため息の出るような演奏である。しかしながらこの短い曲は、そもそも録音がそう多いわけではなく、滅多に演奏されることもないから、私も長い間、聞くことはなかった。

最近になって(と言っても90年代のことで、30年近くも前になってしまったのだが)クラウディオ・アバドがベルリン・フィルを振って入れた交響曲の何曲かのCDに、この曲が挟まれていた。この曲は、そういう形でしかリリースされないので、わざわざこのために買う、というものでもない。従って、偶然耳にすることになったのだ。そういえば昔、ワルターの演奏で聞いたなあ、などと思いながら、「パリ」交響曲が終わっても再生停止をためらっていたら、何とこの演奏が初めて聞くような新鮮さに溢れているではないか。

クラシック音楽の演奏と言うのは不思議なもので、もともとの曲が持つ要素に付け加わって思いもかけないような相互作用をもたらす。すべての聞き手に、というわけでもないのだが、いい演奏はいいタイミングで演奏されると、それが化学反応を起こし、さらに相乗効果によって増幅され、曲自体の魅力を超えるのか、そもそもの魅力が引き出されるのか、そのあたりはよくわからないのだが、いずれにせよ普段聞いてきたものとは全く違う印象を聞き手に与える。この偶然の出会いは、実演だけでなく録音された演奏でも生じる。だからクラシック音楽は面白い。

アバドはベルリン・フィルを指揮して録音した「フリーメイソンのための葬送音楽」 は、丸でついでに収録されてように目立たないが、その演奏はスキっと新鮮で透明感があり、かつての演奏にはない魅力が感じられる。このアバドの演奏に触発されて、他にも数々の演奏を聞いてみた。ケルテスやベームのような往年の名演奏もあるが、昨年亡くなったペーター・シュライアーによる演奏(シュターツカペレ・ドレスデン)の元気の良い演奏や、ノリントンの滅法早い演奏(なんと3分台)などが見つかった。その中で、ヘレヴェッヘによる演奏は、なぜか合唱が入っており、独特の雰囲気がある。これは丸で教会にいるような厳かな気持ちになり、気が引き締まる特別な印象を残す。

しかしアバドの持つ、より自然で、それでいて適度に引き締まった演奏は、かえって聞くものの心を打ち、自己を見つめる気持ちにさせる。その丁度良いバランスは、他の演奏からはなかなか感じられることはなかった。

モーツァルトは亡くなるまでの7年間をフリーメイソンの会員として過ごした。フリーメイソンのための音楽は他にもあるし、あの歌劇「魔笛」についてはその関連性がしばしば指摘されている。だが難しい話はさておき、この音楽は短いながらも美しく、数多くの低音用木管楽器が使われて、それらの上に乗った弦楽器が波うつように心に押し寄せてくる様は、あの「レクイエム」にも通じる厳かな気分にさせるものである。

2020年3月5日木曜日

モーツァルト:セレナーデ第13番ト長調K525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団)

モーツァルトが1787年、父レオポルトの死の直後に作曲したセレナーデ「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は、知らない人もいない程有名な曲である。モーツァルトという名を知らない人がもしいたとしても、この曲はおそらく耳にしているだろう。例えば私は数か月に一度、友人と東武東上線の大山駅前商店街へ食事に行くが、この電車の池袋駅における発車音楽が、「アイネ・クライネ」の第3楽章のメロディーである。

私が記憶する限り最初に聞いたクラシック音楽もまた、「アイネ・クライネ」だった。おそらくは小学1年生くらいの頃。我が家にあった貧弱なステレオ装置でドーナツ盤のレコードをかけた。45回転。そこで流れてきたのは、ゲオルク・ショルティ指揮のイスラエル・フィルが演奏する「アイネ・クライネ」だったことが判明している(録音は1958年)。

その後、中学生になって初めて自分のお金で買ったレコードが、また「アイネ・クライネ」を含むモーツァルトの管弦楽曲集だった。指揮はブルーノ・ワルター、演奏はコロンビア交響楽団。ちょっと厚ぼったい古い録音だったが、近所の小さなレコード屋にもそれは置かれていて、しかも廉価版だった。友人と放課後に待ち合わせて買いに行き、家のステレオ装置で順に聞いていった。このレコードには、「アイネ・クライネ」のほかにいくつかの歌劇の序曲等が収録されていた。

慎重に針を下ろして順に聞いていくたびに、深い感動が押し寄せてきた。序曲の中では初めて聞く「劇場支配人」序曲や「コシ・ファン・トゥッテ」序曲の溌剌としたメロディーに、逐一この曲もいいなあ、などと友人と話しながら、一曲ずつ聞いていった時の新鮮な気持ちは今でもよく覚えている。録音の良し悪しなどは関係なく、むしろモーツァルトとはこういうものかといった感動は、初めて自腹を切って買い求めた興奮と混ざって忘れ難いものだった。

その最初にセレナーデ「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は収録されていた。ワルターの演奏は、冒頭の部分で、一瞬溜を打つようなところがある。このわずかな「間」が忘れられない。ワルターという指揮者は、なるほどモーツァルトをこういう風に演奏するのか、これがまさしく本物の味わいなのだろう、などと友人たちと話した。

第2楽章の深くしっとりとしたアンダンテも、ゆったりと時にテンポを変えて色を付ける。音楽というのはこういう風に演奏するものか、などと奇妙に納得した。第3楽章のトリオに至っては、何かさわやかな風が吹いてくるように覚えた。第4楽章のアレグロ、そこでもまた一糸乱れないアンサンブルは私たちを惹きつけた。あまり何度も聞くとすり減るからと、半透明のシートがおれしわくちゃにならないように丁寧に入れて、さらに盤が曲がらないように注意しながら棚に仕舞った。思えばCDにはそのような愛着が沸かない。CDでも盤面を汚さないようにという思いはあるが、あの溝を見ただけで曲のどの部分かがわかるようなLPレコードの味わいはない。例え録音され再生可能となった音楽でも、限りあるはかないものであることを思わずにはいられないからだ。

モーツァルトがどのような動機でこの曲を書いたのかは、実はわかってない。私が驚くのは、こんな簡素な曲が晩年に作曲されていることだ。童心に帰ったように、こんな小品をモーツァルトは書いた。だがこれは私の勝手な気持ちだが、子供のような無邪気さで聞くけるかと言えば、そうではない。なぜかこの曲は楽しくない。第1楽章の有名すぎるメロディーも、今となってはほとんど聞くこともない。世界中の音楽家が演奏しているが、あまり元気よく演奏されるのも好きではない。だからこの晩年のワルターの演奏が、今もってしっくりくる。

なお、このワルターのディスクの最後には「フリーメイソンの葬送音楽K477」が収録されている。この曲だけは深く悲しい音楽だが、初めて聞いた時にも「こういう音楽もあるのか」と思ったものだ。この演奏はワルターでなければ味わえないものを持っているが、なかなか他の演奏に出会うこともないし、演奏会で取り上げられることもない。だから長らく忘れていた。それが最近になって、ある演奏がきっかけでこの曲の新たな魅力を発見した。そのことについては、次回に書くことにしようと思う。

2020年3月4日水曜日

モーツァルト:協奏交響曲変ホ長調K364(Vn:オーギュスタン・デュメイ、Va:ヴェロニカ・ハーゲン、ザルツブルク・カメラータ・アカデミカ)

モーツァルトの5つのヴァイオリン協奏曲はすべて10代の頃の作品で、簡素にして軽快で朗らか。ヴァイオリンの歌うメロディーが風に乗って、さわやかなメロディーが横溢する魅力的な作品には違いないが、後年に見るような深い悲しみは感じられない。もともとヴァイオリンの明るい楽器の性質上、それは致し方がないと考えていたのだろうか。けれども、パリからの帰還後、ザルツブルクで作曲されたヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K364は、二つの弦楽器の魅力を、それまでにない手法で引き出している。

この作品でモーツァルトは、ヴィオラというやや目立たない楽器を、ヴァイオリンにも比肩し得るパートに仕立て上げたている。例えば、通常はオーケストラのヴィオラ・パートをヴァイオリンと同様、二つに分離している。また独奏については、次のように記されている。
独奏ヴィオラは全ての弦を通常より半音高く調弦すること(スコルダトゥーラ)を指定している。独奏ヴィオラのパート譜は変ホ長調の半音下のニ長調で書かれている。弦の張力を上げることにより華やかな響きとなり、更にヴィオラが響きやすいニ長調と同じ運指になることで、地味な音色であるヴィオラがヴァイオリンと対等に渡り合う効果を狙ったのである。(Wikipediaより)
このため、同じ程度の技量を持つヴァイオリン奏者とヴィオラ奏者が交互に同じ旋律を弾くと、同程度に存在感を持ち、まさに協奏しているという感じになる。そして協奏交響曲という性質上、オーケストラにも同じ程度の存在感が与えられている。

とはいってもこの曲のオーケストラの編成では、弦楽器を除けばオーボエとホルンのたった2種類の管楽器が付け加えられているにすぎない。にもかかわらず、時折これらの楽器が加わる様は、聞いていて非常に印象的である。弦楽器もピチカートを用いて、これらの楽器を浮き立たせているあたり、なかなか憎い。

長い序奏から独奏楽器が混じりながら、スーッと入って来るあたりも実に麗しい。メロディーをまずはヴァイオリンが、続いてヴィオラが交互に繰り返すから、その対比が楽しい。時に独奏やオーケストラはテンポをわずかに落とし、流れがたゆたう。第1楽章の展開部では、その傾向が一層顕著である。これは楽譜にも書いてあるのだろう(どの演奏も同じだから)。でもやりすぎてももたれるし、そうでなければ素っ気ない。この微妙なバランスは、奏者の息が合っていないと上手くいかないだろう。室内楽的な呼吸が必要である。

この曲の第2楽章は、夜に聞く孤独なラジオのように非常にロマンチックである。もしかしたら、これがベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲にも引き継がれた弦楽器を独奏とする協奏曲の、いわば新局面ではなかったかとさえ思えてくる。長く11分余りに及ぶこの楽章を含め、規模の点でも他にない長さである。特に弦楽四重奏のような後半部分は、下手な演奏で聞くとちょっとつらい。

私がこの曲を初めて知ったのは、我が家にあった一枚のLPからで、独奏がギドン・クレーメルとキム・カシュカシャン。それにニクラウス・アーノンクールが指揮するウィーン・フィルが加わる。アーノンクールの演奏、いや古楽器奏法によるモダン楽器の演奏、というのは初めての経験だった。いつもと違うウィーン・フィルの響きに戸惑いを覚えたものの、第1楽章冒頭の独特のアクセントが病みつきになった。だが今から思えば、全体的にやや不完全な感じも否めない。

もう少しオーセンティックな演奏も聞いてみたいと思っていたところ、新譜のCDが発売された。 独奏がイツァーク・パールマンとピンカス・ズーカーマン、ズビン・メータ指揮イスラエル・フィルというもの。この演奏は、オーケストラも含めいずれの楽器も低くチューニングされており、非常にジューイッシュな演奏で好き嫌いが分れるような気がした。どことなく即興的でもあり、オイストラフやスターンなどの往年の名盤を意識してはいるが、新感覚には程遠いものだった。

そもそもこの曲の第2楽章アンダンテは、過剰にロマンチックに演奏すべきではないと思う。なぜなら第3楽章との対比において、あまりにバランスが悪いような気がするからだ。深く沈んだ演奏が終わると、何とも拍子抜けがするほどに快活なメロディーが流れてくる。この問題を解決するには、少しの期間が必要だった。2000年に入り、とうとうこの曲の理想的な演奏が登場した。フランス人のオーギュスタン・デュメイとオーストリア人のヴェロニカ・ハーゲンを独奏に迎えての一枚は、室内楽的な精緻さの中に、抑制の効いた即興性に満ちた、類まれな完成度を誇っていると言える。

カメラータ・アカデミカを指揮しているのは、ヴァイオリンの独奏を兼務するデュメイである。どういう指揮ぶりかは耳だけではわからないが、オーケストラの自発性がないとこういう演奏にはならないのは明らかで、そういう意味でこの演奏は、まさに理想的な協奏交響曲である。ヴィオラのヴェロニカ・ハーゲンは、ハーゲン四重奏団のヴィオラ奏者で、技量的にも申し分ない。

しっとりと落ち着いた第1楽章、夜の部屋で聞くレトロな第2楽章、一転して快活となる第3楽章の理知的な戯れ。どの瞬間をとっても新鮮な感覚に満ち溢れた演奏である。

2020年3月3日火曜日

モーツァルト:交響曲第41番ハ長調K551(カール・ベーム指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

日本にまだ4つしか民放FM局がなかった私の中学生時代(1980年前後)、民放でもクラシック音楽の番組が制作されていた。その日はどういうわけか、普段は聞かない土曜日の朝7時台の番組を聞いていた。夢うつつのままベッドにもぐりながら、手を伸ばしてラジオのスイッチを入れ、当時来日して評判だったカール・ベームの演奏を取り上げるのを聞いたのである。

来日ライブではなく、その日はレコードの再生だったと思う。曲はモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」で、これはベームの十八番と言える曲。ベルリン・フィルの演奏だったか、新しいウィーン・フィルのものだったかは定かではない。そしてその曲が流れることを知っていたのは、今では廃刊となったFM雑誌によってだった。ベームの「ジュピター」を聞けるのだから、さっそくエア・チェックとなったわけである。

だが中学生にとって朝はつらい。ラジオのスイッチを入れたものの、準備していたカセット・テープのスイッチONが放送開始に間に合わず、仕方なく私は惰眠を貪りながら、再び眠りに入った。ところが、である。あのゆったりとした第3楽章が、頭上に置いたスピーカーから聞こえてくると、私は電流が体に流れるような気持に襲われた。目がぱっちりと覚め、そのあと第4楽章のコーダまでの間中、硬直した体を横たえながら、ベームの「ジュピター」に聞き入った。エーゲ海の島に降り注ぐ満点の星空のように、その音楽は私を宇宙へと誘った。なるほど、これが「ジュピター」か、と私は感動し、学校へと急ぐ時間はおろか、その日一日中、この音楽が耳から離れることはなかった(「ジュピター」を聞いたのはこれが初めてではない)。

ベームの演奏の凄さは、このような音楽を「ただ」その音楽に語らせることである。一見武骨に見えるその中から、稀にとてつもない神がかり的なものが引き出されてゆく。それは聞き手と演奏者の魂のサイクルの偶然の一致からもたらされるのだろうか。ブルックナーの音楽のように、そういう瞬間が存在した。少なくともその日の私には、後にも先ににもただ一度だけの奇跡的な時間が存在した。

ベームの「ジュピター」は2種類あって、古いベルリン・フィルとの全集の中の一枚と、後年ウィーン・フィルを指揮してのものがある。指揮者の高齢化に伴って、より自然にゆったりとオーケストラに主導権を委ねているのが後者である。私の好みだけでなく、客観的に見ても断然素晴らしいのは前者、すなわちベルリン・フィル盤だ。1959年の録音だが、とても良い。ただひとつだけ残念なのは、今では当たり前の繰り返しが省略されていることだろう。

第40番では使われなかったティンパニやトランペットが使われている。ハ長調の特徴を生かして、冒頭から壮大で華麗な曲である。ここで音楽はしばしば休止を挟む。その呼吸感が、初めて聞いた時から印象的だ。止まって、そして一気に広がる音楽は、すべての楽章に亘り、命を吹きかけられて推進力を持って突き進む。「ジュピター」は木星。バーンスタインの指揮したニューヨーク・フィルのレコードのジャケットには木星の写真が付けられていたのを思い出した。

第2楽章の深々としたメロディーは全体の白眉だという人も多い。アンダンテ・カンタービレ。もっと歌ってもいいのだが、ベームは武骨にそっけなく進む。でもそれが、今の感覚に合っているようにも思う。つまりポルタメントなどの細工は少なく、それが現代的で好ましい。やはり休止して広がる弦楽器に、孤独で悲しいが毅然と自己を見つめる厳しさを感じる。

第3楽章はメヌエットとはなっているが、もはやこれは舞曲ではなく、聞かせるための三拍子だろう。ベームの演奏は遅いが、そのゆったりとしたなかにも宇宙が広がる感覚は、この演奏の中心的な部分だと思う。上記に書いたように、私はここで雷に打たれた。第3楽章の最後の音が、そのまま第4楽章の最初の音につながってゆく。

第4楽章の高度で複雑なフーガについては、もう何も語ることができない(リヒャルト・シュトラウスは「天国にいるかの思いがした」と書き残している)。どんな演奏で聞いても、ここの部分は白熱し、圧倒的な感覚に見舞われる。曲の力があまりに「凄い」ので、演奏の良し悪しや好き嫌いは意味をなさない。ただただあきれるほどに深く、そして大きい。まさに峻厳なる「ジュピター」である。

モーツァルトの「三大交響曲」は、モーツァルト音楽の集大成と言ってもいい。彼が獲得したすべての要素が詰め込まれている。この後に交響曲を作曲しなかったモーツァルトは、わずか3年ほどして帰らぬ人となった。あまりに早い天才の死だったが、すべての仕事をやり遂げたと言われても信じてしまう。そんな生涯だった。

2020年3月2日月曜日

モーツァルト:交響曲第40番ト短調K550(ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団)

新型コロナウィルスによる感染拡大の影響で、重苦しいムードが続いている。宅勤務ともなれば朝から妻の愚痴を聞かねばならず、仕事の能率は低下の一途をたどる。日本の住宅事情では広い書斎を持つサラリーマンなどほぼ皆無だから、同様の状況は全国に広がっていると推測できる。ここに登校禁止となった息子が加わると、もはや最悪の状況である。ひとり逃避するわけにもいかない。

そんなとき、しばし仕事を中断してイヤホンで聞くモーツァルトの音楽がどれほどの癒しになることか。「走る哀しみ」と小林秀雄が表現したト短調交響曲は、そんな心情を一層鎮めてくれる。もはや誰も認めてくれる者もいなくなった天才は、激減する収入になすすべもなく、寒さにうち震えながら妻の愚痴や子守りにも耐え、どこで披露するかも定かでない珠玉の作品を作り続けたのだから。

私はウィーンのシュテファン大聖堂裏手Domgasse 5にあるモーツァルトの家(Mozarthaus)を訪ねたことがある。200年以上も前に建てられたアパートは今もそこにあり、普通に人が暮らしている。その中の一室が、モーツァルトが実際に暮らしていた部屋で博物館になっているが、これはモーツァルトが暮らしたウィーン市内の約10か所のアパートのうち、現存する唯一のものだそうだ。ここに彼は1784年から1787年まで暮らした。コンスタンツェとの結婚の2年後から、「三大交響曲」が作曲されれる前あたりということになる。

この家を見た私の感想は、案外狭くて暗いというものだった。大都会ウィーンの中心部にあるので、それは仕方がないのだろう。日の当たらない部屋で、子供の泣く声も常に聞こえてきたかも知れない。そんな状況がモーツァルトの音楽にどのような影響をもたらしたかは、よくわからない。

交響曲第40番は彼のたった二つの短調で作曲された交響曲のうちのひとつで、いずれもト短調。その第1楽章はモーツァルトの中でも最も有名なメロディーである。これを聞いた人は、「これがモーツァルト」と頭に刻印が押されるくらいのインパクトを受ける。私もその例外ではなかった。

日本短波放送(現ラジオNIKKEI)の長寿番組「私の書いたポエム」のテーマ音楽がこの曲である。ある日、いつものように短波放送を聞いていたら、雑音の中からK550が聞こえてきた。このメロディーを、私はすでに知ってはいたが、どういうわけかその時に聞いた音楽が未だに忘れられない。誰の演奏かもわからない(勝手にワルターだと思っている)。中学生の頃だった。日曜日の夜に、アナウンサーの大橋照子と長岡一也がリスナーから届く詩を朗読する番組は、放送開始から45年もたつが今でも続いている(久しぶりに聞いてみたところ、ここでのK550はポップス調にアレンジされたものだった。これがかつてもそうだったかはわからない)。

ト短調交響曲をレコードで聞いてみようと思ったのは、そのあとくらいだった。第1楽章以外の部分を聞いてみたかったのだ。我が家にはただ1種類のレコードがあった。すでに擦り切れそうなほど再生されたせいか、プチプチと鳴る雑音に混じってスノーノイズまで入っているそのレコードは、ジョージ・セルの指揮したものだった。キビキビとした第1楽章は、それまで聞いたことのあるこの曲のどの演奏よりもすらすらと流れてゆく。ルバートを聞かせたロマンチックな演奏が多い中で、これは私に新鮮な感動をもたらした。

第二楽章も淡々としているが、その中にほのかに見え隠れする情緒は、いつもは退屈だと感じていた緩徐楽章も素敵な曲に聞こえた。そして第3楽章では、左右に分離した弦楽器が一方は高い音を、もう一方は低い音を奏でるアメリカ風ステレオ効果によって、構成力のきっちりとしたメヌエットが手に取るようにわかり、とても印象的だった。演奏はそのままフィナーレに突入し、セルの一点の曇りもない音色と、まるでメトロノームで測ったかのようなリズムで最後まで淡々と駆け抜ける。

セルのモーツァルトはこのように、一切の妥協を許さない完璧な音作りで、その中にこそ宿る音楽への真摯な態度が、曲の持つ本来の魅力を飾ることなく表現し、その中に秘められた情感をも炙り出す。いまでは少なくなった質実剛健の演奏だと思う。第4楽章の激情的な音楽も、淡々と演奏されるとかえって胸に突き刺さる。

以来、様々な演奏でこの曲を聞いたが、実際にはなかなかしっくりくる演奏がない。曲の評判とは逆に、いい演奏が現れないのはどうしてか。同様の感想を持つ聞き手も多いようだ。モーツァルトの曲でも交響曲第40番ともなれば、いつのまにかコレクションを紹介するブログの書き手も多い。いくつかを読んで、その推薦盤を調べて見たが、みなさんいろいろ書かれていて興味深い。まだ聞いたことのない数多くのディスクがあるが、私は今もってセル一択である。

2020年3月1日日曜日

モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調K543(ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管弦楽団)

モーツァルトの交響曲を順に取り上げている。気が付くともうあと「三大交響曲」を残すのみとなった。ケッヘル番号は500番台に入り、いわゆる「晩年」の作品に突入したことになる。といっても36歳で夭逝したのだから、「三大交響曲」が作曲された1788年はまだ32歳である。だが35番以降の作品の充実度は、目を見張るほどに進化している。とりわけ最後の3つの交響曲については、神業とも言うべき水準の作品であることは素人にも明らかである。

いわゆる「三大交響曲」、すなわち第39番変ホ長調K543、第40番ト短調K550、及び第41番ハ長調K551がどういう理由で作曲されたかは明らかではない。また生前に初演されたのかも不明である。謎めいたその理由について、研究者でなくとも理由を探すことは興味がある。だがこれまで定説になったものは、ない。にもかかわらず驚くべき完成度を誇ると同時に、その作曲期間はわずか4か月。しかもそれぞれの作品が、異なった趣きを持ち、様々な方向に光を放っている。

モーツァルトはこの時期、すでに作曲家としての評判は落ち、移り気の早いウィーンでは予約演奏会もできなくなっていたと言われている。モーツァルトが音楽史に名を残す理由は、オペラ分野を除けば、このような逆境にも関わらず芸術的志向を強め、必ずしも大衆受けをするわけではない作品を作り続けたことにある、と思う。これはピアノ協奏曲だけでなく交響曲においてもそうだった。例えば楽器編成から考えて、この3つの交響曲を同じ日に演奏することを前提にしているとは考えにくい。「三大交響曲」に見るモーツァルトの新しい作品への探求の結晶は、プロの音楽関係者を意識してか、誰にでもわかる単純なものではない。あらゆる音楽的試みを駆使し、それまでの知識や経験を総動員している。

この第39番では、珍しいことにクラリネットが多用されている。第2楽章のカンタービレにおいても弦の後で鳴っているのが聞き取れるし、終楽章でもフルートやファゴットに混じって時折顔を出すが、もっとも明確にわかるのは第3楽章のトリオだろう。クラリネットが使われる代わりにオーボエが省かれている。 そのことが全体にまろやかなスパイスを与る結果となっているが、全体的には構造がしっかりしした作品だと思う。冒頭の序奏の和音は、まるで神の啓示が現れるような荘重なもので、時に不協和音を交えて厳かに奏でられるメロディーを聞くだけで、私などはモーツァルトに「圧倒」される。

第1楽章のほとばしり出る主題と、トランペットも交えて繰り返される音楽の骨格は、私が初めて聞いた演奏がジョージ・セルの指揮だったこともあってな極めて印象的だった。おそらく親しみやすさという観点では、この交響曲は最高峰ではないかと思う。

初春の昼下がり。最近、私は明るい陽射しに誘われて近くの小径を散歩しているが、今日はこの第2楽章を聞いている。ぽかぽかした陽気が、実によく合う。まだ肌寒く、ときおり物悲しい気持ちになる日本の春には良く似合うなあ、などと感心していると第3楽章に入った。ここはそれまでに聞いて来た交響曲の単なるメヌエットとはとても異なる。リズムを刻む3拍子を、セルはキビキビと切れ味鋭く、一切の妥協を許さない。けれどもクラリネットが入っているせいか、ポルカのようにどこかのんびりとした風情が漂う。

私が現在、もっともよく聞いているのはジェフリー・テイトが指揮した全集の中の一曲である。CDでデビューした頃の演奏で、首席指揮者をつとめていたイギリス室内管弦楽団を振っている。弟がこのCDを買ってきたとき、そのプロフィールに「クレンペラーの再来」などと書かれていたのを思い出す。確かに車椅子に乗った指揮者という側面もあったが、隅々に及ぶ音の広がりや安定感、それでいて飾り気のないアンサンブルなど確かに共通点も多いなと思った。

その全集は80年代に完成し、どの曲をとってもすこぶる完成度が高く、いまもって最も優れたモーツァルトの交響曲全集と思う。そして嬉しいことには、この演奏あたりから繰り返しをきっちりと行っていることだ。このブログで取り上げたこれまでのモーツァルトの演奏は、ワルターであれスイトナーであれ、LP時代の名演には違いがないが、収録時間の関係で繰り返しが省略されるのが慣例だった。音楽評論家の故・宇野功芳氏は「全神経を集中して提示部を聴き終え、さてその次は、と胸をはずませていると、いちばん初めに戻ってしまう。これでは緊張力が急になくなる。」(「宇野功芳のクラシック名曲名盤総集編」講談社)と書いているが(交響曲第38番「プラハ」のジェイムズ・レヴァインの演奏について)、 私は一般的にはそうは思わない。いい演奏はいつまでも聞いていたいからだ。

CD時代の演奏の標準は、特に終楽章であっても楽譜の指示通りに繰り返すことだから、むしろ古い演奏を聞いていると「あれ、もう終わってしまうの?」と思ってしまう。セルやベームの歴史的名演奏が、明らかに損をしていることになる。第4楽章のまるで行進曲のようなメロディーは、初めて聞いた時から大好きな曲である。このテイトによる演奏も、終楽章の再現部をきっちり反復しており、長い。でも演奏が素晴らしいので、大変喜ばしい。もちろん緊張が失われることもない。

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