2012年6月30日土曜日

ハイドン:交響曲第48番ハ長調「マリア・テレジア」(フランス・ブリュッヘン指揮ジ・エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団)


おそらくは王妃の歓迎式典のために作曲された実用本位の曲で、これまで続いてきた実験的要素は鳴りを潜め、ここではハイドン本来の祝祭的雰囲気が満開となっている。ハ長調にティンパニまで加わる編成は、どこか「ジュピター」を思わせるという向きもあるが、確かに第3楽章などはそういう感じで、聞いていて飽きない。

ハイドンの交響曲を聞いていて感じるのは、ホルンの重みである。この作品でもホルンが各楽章で大活躍する。そして弦楽器。第1楽章のアレグロから実にきびきびとしてしかものびやかに開放弦満開の雰囲気に聞き惚れる。

目的や用途に応じて、作品のムードを変えることなど、プロの作曲家にとって当然のことだったのだろう。だから、各作品の趣旨を無視してこれがいい、これは退屈だ、などと言うのは少し軽薄のようにも思う。けれどもこの曲のあたりを境にして、これからはむしろ「聞かせる」音楽が増えていく。ハイドンの昇進に伴って、オペラや劇音楽にも進出した結果、音楽に広がりが出てくることに加え、音楽の大衆化が進行し、ハイドンはますます人気作曲家となっていくからである。モーツァルトも新天地ウィーンで活躍を始め、18世紀の後半は、いよいよ古典派音楽の隆盛期を迎える。だがここにはまだ「芸術」という二文字は存在しない。それは19世紀に入ってベートーヴェンが「エロイカ」を書くまで待たねばならない。

2012年6月29日金曜日

ハイドン:交響曲第47番ト長調(フランス・ブリュッヘン指揮ジ・エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団)


長いトンネルを抜け、明るい長調の世界へ戻ってきたような印象。続けて聞いてくるとこの曲は何とも晴れやかで可愛らしい。交響曲の進歩もこのあたりでようやく、モーツァルトやベートーヴェンでお馴染みの世界に近づいてくるような気がする。けれどもまだまだ試行段階にあったようだ。

この曲は「パリンドローム」とも呼ばれる。その理由は第3楽章にある。ここのメヌエットは、「逆行」と言われる手法が用いられている。メロディーが終わると、今度はそれを後ろから前へ演奏するのだ。確かに意識して聞いてみるとそのことがわかる。だが、曲として美しいかと言われると答えに困る。やはり少し変な感じ。それを含めて楽しむべきだろうか。

輝かしい出だしの第1楽章、モーツァルトを思わせるような第4楽章は確かに素敵だが、第2楽章は長く、しかも少し変なメロディーだ。そういう数々の歪な側面を持ったこの曲が、取り上げられて聞かれることは大変少ないだろうと思うのもまた事実である。たとえモーツァルトのカッサシオンやセレナーデが、この曲の影響で作曲されているのかも知れない、と想像することは楽しいが。

演奏は手元にある中では、刺激的なA=フィッシャーではなく、落ち着きのあるブリュッヘンの演奏がいいと思う。

2012年6月28日木曜日

ハイドン:交響曲第46番ロ長調(アダム・フィッシャー指揮オーストリア=ハンガリー・ハイドン・オーケストラ)


ハイドンという大作曲家が残した作品ということで、いくつかの演奏が幸運にも出回り、それゆえにまあ聞いてみることもできる作品にすぎないなあ、などと勝手に思いながら第1楽章を聞き終える。ここのところの四十番台の交響曲は、どれも不協和音を伴った疾走するような出だしで始まることが多く、なるほどこれが「疾風怒濤」の言われなのか、と思ってしまうが、実は何の関係もない話らしい。梅雨の蒸し暑さに加わって、降りそうで降らない雨の日が何週間も続いていることを嫌でも思い起こさせるような音楽に少々辟易してしまう。いったい、これは本当に長調に作品なの?

けれども第2楽章に入って、少し落着きを取り戻し、意外に気持ちがしっくりくるなあ、などと勝手なことを考え始める。耳が慣れてくるのだろうか。シャープが異様に多い調性は、やはり不協和音を感じさせるのだが、第3楽章のメヌエットはなぜか落ち着く。

最終楽章に入って、音楽はいよいよこれまでになかったハイドンらしさを見せる。音楽が止まったかと思えば、また始まる、というような、後年の作品によく見られるような雰囲気が初めて登場するのである。このような、新しい仕掛けが散見されるという意味で、この交響曲は貴重なのかも知れないが、単独で聞くにはやや骨が折れる、というのが正直な感想。

ホルンの音が耳にこびりついて、しかもメロディーは印象に残らない。それも承知でこの作品を作ったのはもしかすると、これはハイドンの野心作ということか。A=フィッシャーの速い演奏で。

2012年6月27日水曜日

モーツァルト:交響曲第25番ト短調K183(ニクラウス・アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス))


1773年、3度目のイタリア旅行から帰郷したモーツァルトは、夏の2ヶ月間をウィーンで過ごし、数々の音楽的薫陶を受けたとされている。その中にハイドンの交響曲が含まれていたのは想像に難くない。ハイドンの交響曲第39番は、前にも触れたように4本のホルンを用い、ト短調で、しかも作風が劇的である。このような作風は、おそらく当時のちょっとした流行だったようで、若いモーツァルトがそのような作品をひとつ書いてみようか、と思ったとしても不思議ではない。というわけで、この25番の小ト短調は生まれた(のだろう)。

さて、初期の小規模で試作的な多くの作品と異なって、モーツァルトの交響曲ではこの25番が断トツで充実した作品となっていることは周知の事実である。クラシック音楽を聴き始めた頃は、映画「アマデウス」でも使用されたこの曲の冒頭を初めて耳にして、モーツァルトも実はこのような過激な作品を作曲していたのだ、という事実(歌劇「ドン・ジョヴァンニ」などを聞けば明らかなのだが)に少なからずショックを受ける。モーツァルトは「走る悲しみ」などと単純に理解できないものがある。いやそもそも絶対音楽をそのように形容すること自体に無理があるのではないか。

けれども、この曲は私にとって長い間、「苦手な曲」としてありつづけてきた。聞いていてちっとも楽しくないのである。いつも神経を逆なでされ、切羽詰まった挙句、早く早くと急かされているような気がしていた。この演奏に出会うまでは。

2006年のモーツァルト・イヤーになって、アーノンクールがウィーン・コンツェントゥス・ムジクスを指揮した初期交響曲の5枚組が発売されたのだ。この中に、25番が含まれていた。私はこのCDから、手紙の朗読部分をカットしてすべてをiPodに収録し持ち歩いているが、ここで聞ける作品集は、それがモーツァルトのごく若い時期に書かれたものであるとは到底想像できないような充実ぶりである。小ト短調も初めて聞くような新鮮さである。そしてこの第2楽章を聞く時、やはりこれはモーツァルトの音楽だなあ、と背筋がぞくぞくする。やっとこの曲の真価に触れたような気がした。おそらく演奏のレベルが作品に追いつき、そしてそれを超えたのだろう。

2012年6月26日火曜日

J. C. バッハ:交響曲ト短調作品6-6


当ブログのハイドン・プロジェクトは、目下1772年を進行中だが、1773年に進むまでにどうしても聞いておきたい曲があった。それがJ. C. バッハによる交響曲ト短調である。これは、モーツァルトの交響曲第25番(小ト短調)に影響を与えた作品として、ハイドンの交響曲第39番とともに引き合いに出される作品だからである。

東京中のCDショップを回ってこの作品の入ったCDを探したが見つからず、タワーレコードのオンラインショップでようやく見つけたSACDは、発売元が倒産したとかでいつまで待っても入荷しない。もう諦めかけていたところ、6月になってようやく手元に届いた次第である。この間、しばしハイドンはお休みしておりました。

さて、あの音楽の父バッハの末っ子であるクリスチャンは、父の作風とは随分違う。それもそのはずで、15歳で父の死を迎え、その後イタリアに渡って独自の作風を確立し、ロンドンにおいて名声を博したことからもわかる(この軌跡はヘンデルと同じである)。父の時代とはもはや異なり、すでに新しい音楽の時代を迎えていたことを十分感じ取った息子は、、ここロンドンで旅行中のモーツァルト父子と出会い、モーツァルトは大きな影響を受けたということである。

ドイツとイタリアの双方の音楽が程良くミックスした感じの作品は、モーツァルトにとっても新鮮であっただろう。この作品を聞くとそういう感じがする。けれども小ト短調における様式上の影響は、ハイドンによるところが大きいような気がする。それは4つのホルンを使っている点である。モーツァルトは、ハイドンがそうしたように4本ものホルンを用いることによって、短調の旋律を際立たせている。ハイドンとJ.C.バッハによる2つのト短調作品がモーツァルトによってブレンドされたとすれば、この2つの作品が見逃すことのできない作品に見えてくる。ただ、モーツァルトの手によるト短調は、私の感想としてはとても暗い、まるで憂鬱な作品に聞こえる。ハイドンもJ.C.バッハも、それは少し違っていて、そういう息苦しさはあまり感じない。同じト短調でも表現の結果が少し違っているのは発見であった。

演奏は、エーハルト指揮によるコンチェルト・ケルン。1988年の録音ながら、非常に新鮮で鮮烈。こういういいCDがレコード会社の倒産によって絶版となってしなうのは大変惜しい。

2012年6月25日月曜日

ハイドン:交響曲第45番嬰ヘ短調「告別」(ヨス・ファン・インマゼール指揮アニマ・エテルナ)


ハイドンの数多ある交響曲の中で、おそらく「驚愕」と並んで最も有名なエピソードに満ち、実際そのような音楽であるこの「告別」は、しかしながら、CDで聞いてもよくわからない。最終楽章でどのような楽器がどういう順番で退出するか、それはビジュアルには伝わらないからである。
 だがDVDの時代になって、ようやくこの作品の真価が問われるチャンスがやってきた。本年正月のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートで、ハイドン・イヤーを記念して異例にもこの作品が演奏されたのは、大変喜ばしいことだった。そして、ハイドンが少しは市民権を得たのではないか、と嬉しく思ったのは私だけではあるまい。

ただここで演奏されたのはこの曲の一部にすぎない。実際には疾走するような第1楽章とそれに続く長い第2楽章が、この曲のもう一つの特徴を表しているような気がする。何か切羽詰まって、息苦しささえ感じられるその音楽は、専門的には珍しい調性の故(嬰ヘ短調!)などと言われるのかも知れないが、梅雨の鬱陶しい季節に聞くと、その効果は倍増する。

インマゼールの古楽器奏法による演奏ならひとしおで、不協和音もある第2楽章は延々と続くような感じさえするのである。

多くのことが語られ、人気も高い曲のようだが、どうも私はこの曲をそれほど楽しめない。それほどにまでしてこの曲を書いたハイドンは、夏季の滞在が長引く鬱屈とした気持ちを表現したかったのではないか、と思えてくる。

2012年6月24日日曜日

ハイドン:交響曲第44番ホ短調「悲しみ」(ヨス・ファン・インマゼール指揮アニマ・エテルナ)



この曲が「悲しみ」あるいは「哀悼」などと称されるには理由がある。ハイドン自身が自分の葬儀ではこの曲を奏でて欲しいと言い、事実その緩徐楽章(は第3楽章である)が演奏されたのである。108曲の交響曲を筆頭に数多くの作品を残したハイドンには、もっと後年の充実した作品がいくらでもある。それを差し置いて、それほどにまで愛着を惜しまなかったこの曲がどのような曲であるか、興味のあるところだ。

同時に、短調で書かれたこの曲は、いわゆる疾風怒涛期の傑作とされている。そのせいか、続く45番「告別」とともに録音も多い。今回、特別に選んだのは、2003年にリリースされたヨス・ファン・インマゼール指揮アニマ・エテルナによる素晴らしい一枚。なぜかこの組み合わせによる交響曲は、これしかリリースされていないようだ。

第1楽章の出だしは、やはり短調特有のほの暗い雰囲気に満ちている。ハイドン版走る悲しみ、という感じだが、落着きを持って進行するので聞きやすい。続く第2楽章はメヌエットで3拍子。第1楽章を受けてそれを深めるような楽章。

第3楽章になって緩徐楽章となる。心がしみ込んでいくような曲だが、若い日を思い出しながら静かに踊るような気品があり、決して陰鬱ではない。今風の古楽器奏法による演奏では、こういう楽章を早くさらっとやってしまう。その心地よさは今となっては引き返せない魅力なのだが、ハイドンの思い入れを体験したいと思う向きにはもう少しこってりした演奏の方がいいのかも知れない、という気がしないでもない。

第4楽章は再び速くなって、一気にフィナーレを迎える。この43番交響曲は、目立たないが全体によくまとまった、安心して聞いていられる曲に思えた。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...