ハイドンの数多ある交響曲の中で、おそらく「驚愕」と並んで最も有名なエピソードに満ち、実際そのような音楽であるこの「告別」は、しかしながら、CDで聞いてもよくわからない。最終楽章でどのような楽器がどういう順番で退出するか、それはビジュアルには伝わらないからである。
だがDVDの時代になって、ようやくこの作品の真価が問われるチャンスがやってきた。本年正月のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートで、ハイドン・イヤーを記念して異例にもこの作品が演奏されたのは、大変喜ばしいことだった。そして、ハイドンが少しは市民権を得たのではないか、と嬉しく思ったのは私だけではあるまい。
ただここで演奏されたのはこの曲の一部にすぎない。実際には疾走するような第1楽章とそれに続く長い第2楽章が、この曲のもう一つの特徴を表しているような気がする。何か切羽詰まって、息苦しささえ感じられるその音楽は、専門的には珍しい調性の故(嬰ヘ短調!)などと言われるのかも知れないが、梅雨の鬱陶しい季節に聞くと、その効果は倍増する。

多くのことが語られ、人気も高い曲のようだが、どうも私はこの曲をそれほど楽しめない。それほどにまでしてこの曲を書いたハイドンは、夏季の滞在が長引く鬱屈とした気持ちを表現したかったのではないか、と思えてくる。
0 件のコメント:
コメントを投稿