2018年2月24日土曜日

NHK交響楽団第1879回定期公演(2018年2月10日、NHKホール)

マーラーの交響曲第7番は何度聞いても、作曲者のアイロニーが炸裂している、と思う。ゆるやかで沈痛な表情を持つ第1楽章を聞けば、これはやはりあのマーラーの、闇深く孤独で死の淵を彷徨うような表情、神経質で完璧主義、起伏のある精神状態と子をも失う悲劇に見舞われた極限の悲しさ・・・そのようなものが反映されているのだと思うだろう。

だって副題に「夜の歌」などとなっており、「亡き子を偲ぶ歌」や「悲劇的」な第6番を経てマーラーは、とうとう気が狂ったのではないか、というわけだ。しかも主題はホ短調。チャイコフスキーが第5交響曲を書いた調性である。

聞き進むと、その思いは一層強くなる。第2楽章の夜の闇、第3楽章に至ってはグロテスクなスケルツォで、「優雅に踊る男女の姿は」やがて「魑魅魍魎が跋扈する光景に置き換えられる」(公演のブックレットより)。

だが本当にそうだろうか?ちょっと冷静に考えてみると、第4楽章あたりから雰囲気が変わって来る。「セレナーデ」と題された夜の音楽は、珍しいマンドリンの音色に合わせて室内楽的な精緻さと、優美な表情を併せ持つ音楽に変化している。

この思いは第5楽章の気違いじみた狂乱の音楽で確信に変わる。これはもしかしたら、マーラーが書いたおそらく唯一の楽天的な音楽ではないか?そう考えるとこの曲がわかってくるような気がする。絶頂期にあったマーラーが、短期間のうちに仕上げた第7番は、10曲ほどある交響曲のなかでも、異彩を放っている。聞き手を翻弄し、混乱させ、それがパロディだと気付くまで、少々時間がかかる。第6番から第8番に至る一連の作品は、マーラーの個人的な3つの悲劇とは真逆の、音楽的には極めて充実した作品群である。

この時期のマーラーは、少なくとも音楽家としては絶頂期にあった。一リスナーとして想像すると、やはり年齢を重ねることで、自信がついてきたのだろう、などと下世話なことを考えてしまう。だがそうでもしないかぎり、この第7番は理解しづらい。

NHK交響楽団が2月の定期公演でこの曲を取り上げるとわかったのは数日前であった。首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィのマーラーとなれば、これを聞かない手はない。私はここ半月ほど、心理的には腑抜けの状態になっていて、何か新しいことをする気になれない状態が続いていた。それは仕事上のいざこざが極限に達し、新しい担当を約束されながらも、公にはそのことが明確されないもどかしさに起因しているのは明白であった。お正月から年度末までのシーズンは、新しい生活に生まれ変わる不安定な移行の時期で、それはまた別れ、そして出会いのシーズンでもある。

私はこの曲に関する3つの個人的エピソードを交えながら、何をしたらいいのかわからない、やや混乱したの状況にあるときに聞くには丁度良いと以前に書いた。数年に一度あるかないかのような、このような状況が、再び私を襲っていた。 まだ寒い2月の陽気の中で、私は「夜の歌」がまさに相応しい曲に思えてきた。そうなったら聞くしかない。しかも今回は奮発してS席を確保。2階席の前の方で、久しぶりのコンサートを味わった。

定期公演の解説書にはヤルヴィ自信が次のように書いている。「私自身、当初『夜の歌』を分かりにくいと感じていました。しかし、風変わりで意外性に満ちたこの曲に整合性を求めることをやめ、音楽そのものに耳を傾けた途端、作品が自然と語りかけてくれるようになりました。」これはまさに私が経験してきたことと同じである。そして余裕を持ってこの曲を聞くと、もしかしたらそれこそがマーラーの皮肉を込めた現代社会への思いだったのではないかと思えてきたのである。

ヤルヴィとNHK交響楽団によるこの日の演奏は、唖然とするような見事さで一気にこの曲を弾き切った。テンポは総じて速く、第1楽章ではやや緊張感が見られたが、引き締まった筋肉質の音楽が姿を現すと、夜のセレナーデから饗宴の終楽章まで興奮の坩堝と化した。数年前、デイヴィッド・ジンマンによる指揮でN響の本作品を聞いたが、その時とは圧倒的に違う指揮者とオーケストラの信頼関係に根差した表現が、聞き手を心の底から圧倒した。捉えにくい曲が、ひとつの完成された曲として鳴っていた。

NHKホールにヤルヴィが登場して何年かがたったが、NHK交響楽団は最近特に素晴らしい演奏をする。ヤルヴィの第8番「一千人の交響曲」が演奏されたら聞きに行こうと思っていたが、これはもうすでに終わっていたようである。そして次週のフォーレ「レクエム」などは売り切れとなっている。むべなるかな、と感心した一夜。興奮冷めやらぬまま渋谷駅へと向かう聴衆の列に、再び冬の風が吹きつけて来た。


2018年2月15日木曜日

武満徹:ギター曲集(G: 鈴木大介)

大きな山場を越えた後の、安堵感とも喪失感ともつかない茫然とした日々を過ごしている。それまで続けてきた習慣をやめるわけにもいかず、毎日寒い夜道を散歩する傍ら、いつものように音楽を聞いている。ここ数日聞いているのは、特に何かのこだわりで選んだわけではないが、たまたまWalkmanに入れて持ち歩いていて、どういうわけかこれまで聞くことのなかった曲などである。そして今日は、その中から武満徹のギター独奏曲集ということになった。

武満の音楽を聞いて思うのは、どうしても日本的なるものの様式、あるいは情景である。例えば、少し積もった雪が風で飛ばされ、残った部分に模様ができる。その動と静の感覚。あるいは木々の梢が風に揺れ、規則的ではない規則とでもいうような動き。そこに出来るリズムやメロディーは、自然に崩れつつも、また別の形を偶然つくり、美的で繊細な平衡を保つ。俳句、草書、枯山水。どれも自然に逆らわず、かといって整合するのでもない。いわば自然の中での調合。そんな感覚を音楽で追及したのではないか、ということだ。

「ギターのための12の歌」をまず聞くと、そこには慣れ親しんだポピュラーな曲が、ギターの静かな音に編曲されて「鳴っている」。「ロンドンデリーの歌」、「オーバー・ザ・レインボー」、「サマータイム」といった欧米の曲に続いて「早春賦」が現れるかと思いきや「ヘイ・ジュード」、「イエスタデー」のようなビートルズ・ナンバーまでが登場する。脈略はないが、どの曲もメロディーが途切れる。メロディーの途切れは、西洋音楽に親しんだ聞き手を裏切る。だが、ここに提示されているのは、音の持つより根源的な感覚である。

形而上的に日本文化を論じるのは学者に任せておこう。このCDには、家族が寝静まった深夜に、ひとり聞く音楽に相応しい何かがある。すべてから解放されて自由になれる時間は、聞き手に無限の楽しみを与えてくれる。だから「時々、むしょうに武満徹の音楽を聴きたくなる。その強い気持ちは、ちょうど都会生活に疲れて、森や海に行きたくなる衝動に似ている」のだ(細川俊夫、CD解説書より)。私がここ数日、武満徹のギター曲を聞いている理由が、まさにそのように解説されているのを読んで、妙に納得してしまった。

収録されている最初の曲「森の中で」は、北米の各地の名前が付けられている。だがここでもやはり、静と動、陽と陰、といったものを感じてしまう。いやそういうのはよそう。都会生まれ、都会育ちの私にとって、すぐに思い浮かぶ「森」の情景は、旅行時のものくらいしかない。例えば、沖縄の国頭村。3月に出かけたとき、もう初夏の陽気の中で飲んだコーヒーが忘れられない。

この「森の中で」は、収録された中では最後の作品で、その最初の曲の初演が何と1996年2月29日となている。この日は武満の死亡した日ではなかっただろうか?そう思ったのは、まさにこの日、私は当時住んでいたニューヨークで小澤征爾の指揮するウィーン・フィルの公演を聞いたからだ。直前に友人の訃報に接した小澤は、聴衆に断ったうえでバッハの「G線上のアリア」を指揮した。プログラムになかったこの演奏は、指揮者の希望で拍手を断り、長い黙とうが捧げられた。直後に演奏されたマーラーの「復活」は、大変な名演奏であった。

解説書によれば、武満はギターをこよなく愛した作曲家で、生涯にわたってギター音楽を作り続けた。このCDに収められた作品を辿ることで、武満の音楽の「深い源泉」に触れることができる。それは、構造化され発展する音楽とは対極にある、不規則で断片的な音の不安定な重なり、その中から紡ぎだされる直感的なかさなりリズムと時間進行を持つ独特のハーモニーである。


【収録曲】
1. 森のなかで
2. ギターのための12の歌
3. フォリオス
4. 不良少年
5. ヒロシマという名の少年
6. エキノクス
7. すべては薄明の中で
8. ラスト・ワルツ

2018年2月4日日曜日

ジュリアーニ:ギター協奏曲第1番ハ長調作品30、第3番ヘ長調作品70(G:ペペ・ロメロ、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーチン・イン・ザ・フィールズ)

今年は1月末から特に寒い日が続いていて、関東地方でも凍てつく寒さである。毎日朝の気温は氷点下となり、おまけに20センチもの大雪が降った。半世紀ぶりの低温記録は2月に入っても続き、1日にはまたもや雪が降り出す始末。この悪天候の中、受験生を抱える我が家では連日早朝から、試験、帰宅、合格発表という緊張した毎日が続いていた。

けれども耐えに耐え、ひたすら信じ続ける丸で闘病生活のような日々にも、ようやく一つの光が見え始めたのは、天候が少し回復した3日のことだった。まだ気温は低く空も曇ってはいたが、薄日が差し、風も少し穏やかだ。道端に残った雪の塊も、もう2週間もの間溶けずに固まっているが、それでも少しずつは小さくなっているように思える。

気が付けば節分、そして立春である。朝久しぶりに音楽を聞きながら、運河沿いの街を散歩した。雲の合間から差し込む白い光が水面に反射し、その上をカルガモが散らばってのんびりと浮かんでいる。風の強い夜などは、身動き一つしないで縮こまっているのとはずいぶん違う光景だ。まだ吹く風は寒いが、何かゆったりとした光景に、この寒さも峠を越えた感がある。

ウィークマンでたまたまジュリアーニのギター協奏曲第1番を聞いていた。伸びやかな伴奏と古典派の形式に合わせて進むギターのコードが、吹く風と合わさって心地よい。第1楽章のアレグロ・マエストーゾに合わせ歩みを進めながら、今年の冬を振り返っていた。例年にない寒さも、よっやくここにきて春の香りがかすかに感じられるのではないか。それに合うような、穏やかで落ち着いた曲である。

第2楽章のシチリアーノは、後年のレスピーギが書いた「リュートのための古風なアリア」を思わせるが、あのような憂愁を帯びた感じはなく、あくまで古典的である。そして第3楽章はうきうきとしたポロネーズとなっている。

マウロ・ジュリアーニはベートーヴェンと同じ時代に活躍したギターの名手であり作曲家である。 ナポリ生まれだがウィーンで活躍し、いまでは3つのギター協奏曲が知られている。リュートの流れを組むギターは、せいぜいこの時代までは協奏曲にも使われたが、音楽の規模が大きくなるにつれて、オーケストラとの競演の舞台からは姿を消していった。ギター協奏曲は、私も長年、ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」を除けば、ヴィヴァルディの珍しい作品くらいしか思い浮かばなかった。

ギター協奏曲第3番は規模もやや大きく、いろいろ聞きどころの多い曲である。第1楽章はなぜかブラームスのハンガリー舞曲第7番などを思い出す。少しおかしみを込めたような表現は、独奏楽器が登場するまでの間、一通り主題を奏でる。ティンパニの堂々とした響きが奏でる壮大な部分と、室内楽的に精緻な部分がミックスするギター協奏曲の面白さが体験できる。

第2楽章はモーツァルトのピアノ・ソナタK311を思わせる旋律に驚くが、考えてみるとモーツァルトもジュリアーニも、同じ時期にイタリアとウィーンを行き来しながら活躍した作曲家である。そして第3楽章もどこかで聞いたことのあるような音楽で、親しみやすい旋律が続く。ポロネーズ。

ヘンデルやモーツァルトのようにドイツの作曲家がイタリアで音楽を学び、同時にイタリア生まれのロッシーニなどがウィーンで活躍した時代。ウィーン古典派がその隆盛を誇る19世紀の初頭の音楽は、私の場合、春を待つこの時期に聞きたくなる音楽でもある。

2018年1月31日水曜日

モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K595(P:クリフォード・カーゾン、ジョージ・セル指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ギレリスによるこの曲の演奏が私の個人的なベスト盤であることは先に書いた。そしてその状態を変えたくないとも思っている。同時にそれは、この曲を気軽に聞けなくさせてしまっていると言っても良い。だから、そういう特別な演奏ではなく、もっと気軽に聞きたいときにどうするか、という問題があった。

K595は天国の音楽で、夭逝したモーツァルトを象徴する音楽、と私は思っている。その演奏は繊細で、そっと人の心に寄り添いながらも、一面で醒めた部分がそれとなくないといけない。このような演奏としては、何をおいてもカーゾンの演奏を思い起こす。実際そのレコードは、モーツァルトの演奏史上の名演と言ってもいいほどの評価である。

彼は第20番と第27番をベンジャミン・ブリテンの指揮で、そして第23番と第24番、それに第26番「戴冠式」をイシュトヴァン・ケルテスの指揮で、それぞれ録音している。前者が1970年の録音で、この2曲を収録したCDが世に名高い。

だが私はまたしてもこれらの演奏を聞いたことはなく、ここではカーゾンが1964年に演奏したものを取り上げることになった。録音はブリテン盤の6年前だが、リリースされたのは2000年頃で、録音嫌いだったカーゾンとしても特に遅い、死後20年近く経ってからのリリースだったと言うことになる。

ここで驚くべきことには、この録音はDECCAの正規の録音だということで、名プロデューサーのジョン・カルショーの名前が記載されているし、何と伴奏がジョージ・セルとウィーン・フィルという贅沢なものだということである。演奏は実際、その名に恥じない名演であると思う。

セルはクリーヴランド管弦楽団との演奏のように、すべてが機械のように正確、というわけではないところが興味深い。ウィーン訛りの、ややテンポが動く様子が第1楽章からわかるが、カーゾンのピアノが入ってくるとピタリと合わせ、きっちりと、しかし無機的にならず、言わば質実さの中にこそ宿る澄まされた感性がモーツァルトの孤独感を強調している。

この状況がもっとも良く表れているのが第2楽章で、クラリネット協奏曲と同じ時期に書かれた曲の「しみじみと語りかける演奏は涙なくして聞けないほど(2005年のライナー・ノーツより)」である。

私は最近数多くの街道歩きや散歩を繰り返し、その間中、音楽を聞くことが多い。ギレリスの演奏は、澄んだ夜に聞くととてもいい。それに対し、セルの伴奏によるカーゾンの演奏は、日中の陽気の中で聞くのが好きだ。だがどちらの演奏も第2楽章になると、時間が止まり、どこか違う世界に漂うような感覚に襲われる。静かな音楽なのに、その他の雑音が耳に入らなくなる。消え入るような小さな音にも、そうとは感じさせないながらも確固たる感覚が宿っている。つまり他の者を寄せ付けないほど悟りきったゆえに自由で豊かな心象が感じられるのである。名曲ゆえに名演奏は多い。けれども、この感覚が表現されている演奏には、なかなか出会うことができない。

2018年1月27日土曜日

モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K595(P:エミール・ギレリス、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

真っ白いキャンバスにひとひらの蝶。私がこのモーツァルト最後のピアノ協奏曲からイメージするのは、このような光景だ。もし自分が亡くなったら、告別式で流して欲しいと思った曲、それがこのK595である。いまから16年以上前、生死の間を彷徨うことになる大病を患った。いつ終わるかもわからない治療が始まるという時、入院前にCDを何枚か持っていこうと思い、迷わず選んだのがこの曲だ。その思いは今でも変わっていない。

演奏も決まっている。ソビエトのピアニスト、エミール・ギレリスがベームと組んだ一枚。オーケストラは勿論ウィーン・フィル。1973年、ドイツ・グラモフォンの録音。カップリングされた「2台のピアノのための協奏曲」とともに数少ないギレリスのモーツァルトだが、これがこの曲の中では最高の名演に入るのではないか。ここで私は、ベームがバックハウスとともに録音したこの曲の、またひとつの最高峰とされる演奏を聞いたことがない。だが少なくとも現時点では、その必要がない、というか、これ以上の演奏に接するのを避けているというのが正確な表現か。

だから、これは極めて個人的なこだわりのある演奏である。だがそれと同時に、客観的に見ても、この曲の持つ特別な意味と感覚を、ひときわ優れて表現していると思う。穏やかで清らか、静謐で、それでいて表情の子細な変化に微妙に寄り添う音楽への慈しみ、そして生に対する愛おしみ。モーツァルトが死のわずか11か月前、友人のクラリネット奏者のために書いた曲は、予約演奏会のために順風満帆の作曲生活を送っていた頃とは全く違う、いわば個人的な思いのこもった曲だと信じたい。

つぶやくように繊細なピアノの音色は、決して大きな音を出すことのないオーケストラの全体やソロに合わさると、急にその表情を変える。モノローグの隙間にそっと現れる光と影の移り変わりに、聞き手は心をぎゅっと締め付けられる。そしてモーツァルトの凄いところは、それをまるで子供でも弾けそうな簡単なフレーズでやってのけるところだ。余計な装飾音はないほうがいい。

第1楽章。そっと南風が吹いてくるように始まるオーケストラは、ときにぷっつり途切れる。最初聞いた時は、どうしてそうなるのかわからなかった。でもまたその風は、同じようにやわらかく吹いてきて、やさしく頬を撫でる。だがこれは冬の音楽である。春のような音楽にしてしまうのは良くない。少し冷たい風、ちょうど今頃の季節である。

第2楽章のピアノが、独り言をつぶやくように、おもむろに主題を弾き始める時、得も言えぬような心の安らぎを覚える。同じメロディーを繰り返すオーケストラは、ピアノと同じ気持ちでここを奏でる必要がある。ピアノとオーケストラは平行して同じ感覚で歌い、両者は共にひとつの平和な世界に入ってゆくのだが、決して交わることはない。人と人がどんなに愛し合っても、分かり合うことがないように。ピアノの音はオーケストラからは独立しており、そのことが聞くものの孤独感を強める。だが決して淋しくはなく、そう思うことで、いっそ幸福に満ちているのがこの曲の持つ不思議な力だ。

第3楽章はもう諦観の境地である。この吹っ切れたような遊びの感覚は、まるで子供の時代の断片的な光景を回想するかのようだ。もしかしたら死の直前は、そのような感覚になるのだろうか。いや、こういうことを書くのはやめておこう。これはひとつの想像に過ぎないのだから。音楽をどう聴こうと勝手である。だがこの曲を「天国の門」と呼んだアインシュタインの言葉を知るようになるより前から、私はこの曲をまさにそのようだと思っていた。

ギレリスのピアノとベームの伴奏は、このような感覚にピッタリで、これとは違う演奏に出くわすことにためらいを感じている。この曲の壊されたくないイメージを、私はこれからもずっと持ち続けて行くだろう。だから、この演奏が持つ要素を欠いた演奏に出会うと、私はほっとする。そしてこの曲や演奏について、何かを書くことほど勇気のいることはない。ギレリスによるK595は、そっとしておいてもらいたい個人的な宝物である。

「春への憧れ」は、命への憧憬である。だからこの曲は、まだ春が遠い冬の、よく晴れた日に似合うと思う。丸で今日の東京のような日だ。そして今日1月27日こそ、まさにウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの誕生日である。

2018年1月25日木曜日

モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番ニ長調K537「戴冠式」(P:内田光子、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管弦楽団)

無機的だとか、出来損ないだとか、手抜きだとか、何と言われようと私は「戴冠式」と呼ばれるピアノ協奏曲が好きである。理由はいくつかある。まず第一にとても親しみやすく、聞いていて飽きないということだ。特に聞いていて疲れない。第二に、おそらく誰が演奏してもそこそこの演奏になると思う。そして第三には、この曲の持つ伸びやかな楽天性と、行進曲のようなメロディーが好きだからだ。

だからこの曲はシンプルで、簡単すぎる。つまりは深みに欠ける、と言われる。だがまさにそれゆえに、私はこの曲を好む。そもそも考えてみれば、いつから音楽を難しく聞くようになったのだろうか?クラシック音楽は、考えなければわからない、頭で聞くべきだと言われる。私もそう思う。理由は簡単で、そのように作曲されたからだ。ちゃんと頭を使って理解するように作られた音楽。だがそのような難しさ・・・芸術性を持つのはベートーヴェンの中期以降、マーラーまでではないか。

モーツァルトのすべての音楽はそれ以前に作曲された。この時代はまだ、音楽は感性で聞けば良かった。そしてそれは20世紀なって復活する。すなわち音楽が、本来の音楽に戻ったと言ってよい。19世紀の音楽はそういう意味で特殊である。その時代に作曲された「クラシック音楽」は、それゆえに面白い。

モーツァルトの音楽を19世紀を経たあとで聞いている。そしてそこにあるのは、まだ音楽が難しい衣をまとっていなかった時代の光景だ。天衣無縫、天真爛漫な音楽は、そのように聞けばいい。その証拠に、この「戴冠式」というタイトルが付けられた音楽が作曲された時、モーツァルトは失意と絶望のどん族にあった。

予約演奏会のチケットが売れないから作曲ができない。作曲ができないから演奏されない。そういう日々が続き、この曲はたまたま フランクフルトで行われた神聖ローマ皇帝レオポルト2世の戴冠式で演奏された。だからこういうタイトルがついている。

クラシック好きがしばしば陥るつまらない問題は、音楽に必要以上の解釈を付け加えようとすることである。これを回避するひとつの方法は、演奏家と同じような音楽的知識をもつことだ。なぜ「戴冠式」はニ長調か、はたまた第2楽章に左手のパートがない問題をどうするのか。

だがそんなことは専門家に任せておけばよく、モーツァルトの研究者なら追及する価値があるのだろうが、リスナーとしては何もそこまでしなくてもこの曲は楽しい。第一冒頭からうきうきするメロディーだし、第2楽章はこんなに簡単なメロディーが、何でこんなに美しいのか、と信じられない。そして第3楽章は再び愉悦の連続!

何を隠そう私はこの曲でモーツァルトのピアノ曲を知った。それはヘブラーの演奏する「戴冠式」だった。こんなに素敵な曲が、何て楽しいのだろう!だがそのLPレコードに書かれていた解説には、信じられないことが書かれていた。「この曲は音楽的価値に乏しく、従って他の作品からは一段低いとみなされている」 云々。もちろん「それはモーツァルトという天才作曲家のレベルでの話だが」とか何とか断ってあったとも思う。だが子供の私には信じられなかった。「えっ、どうして?こんないい曲が?」カップリングされた第27番よりも、実際のところ印象的だった。

だから私は自分の小遣いで2番目に買ったCDが、内田光子の演奏するこの曲の新譜だった。もっとも私はこのイギリス生まれウィーン育ちの日本人ピアニストをよく知らなかった。メジャー・レーベルで、全曲録音を進行中の彼女は、海外での方がよく知られた音楽家だった。私の買ったCDも輸入盤だった。

当時私はまだ「レコード芸術」などという雑誌をたまには読んでいて、そこに連載されていた吉田秀和氏のエッセイなども目にしていた。あまり深く読むことはなかったのだが、その月はどういうわけか、このCDを取り上げていて、私は深く読み込んだ。そして内田光子のピアノのことが詳しく書かれていたのを覚えている。第2楽章の装飾音の付け方が独特で、それは賛否あるようなのだが、この第26番に関する限り私はとてもチャーミングだと思う。ちょっと失礼な言い方かも知れないが、やや知が勝る彼女の音楽に対し、このモーツァルトの簡単な音楽は、よく中和され似合っている。

テイトはここで実によくやっている・・・とかいうフレーズに私はこの演奏の購入を決意した。伴奏の良さは、見逃せない要素だからだ。もっともいい演奏は多い。第一に思い出すのはペライアで、同じオーケストラを弾き振りしている。もしかするとこちらの方が完成度は高いかも知れないが、録音が硬い。第二にはヤンドーのナクソス盤。誰も褒めないが私は気に入っている。そしてカザドシュはそうとは気づかないほどの卓越したテクニックで第3楽章などとても速い。ヘブラーは明るく陽気。そしてグルダのアーノンクール盤は、これだけ聞き古してもなお新しい風を吹き込むことができることを証明した。

こんな魅力的な曲の評価がどうして低いのか、私にはよくわからない。

2018年1月22日月曜日

モーツァルト:ピアノ協奏曲第25番ハ長調K503(P:リチャード・グード、オルフェウス管弦楽団)

ピアノ協奏曲第25番を初めて聞いた時、壮大でとても力強い曲だと思った。特に第1楽章の冒頭は、それまでにない広がりを持ち、明るく前向きで、そして流れるように華麗である。ハ長調、というのがその理由のようだ。この調性を持つモーツァルト作品としては、何といっても「ジュピター」の異名を持つ交響曲第41番K551が思い浮かぶ。そして戴冠ミサ。

鳴り響いたオーケストラは何か劇の幕開きのようである。音階は上下に階段状に上がったり下がったりしながら、ほれぼれするような自発性と輝きを放つ。私はベートーヴェンの「皇帝」のピアノ協奏曲などのモデルになったのではないか、などと想像してみたりするのだが、意外なことにこの曲を実演で聞く機会は少なく、そして録音もどういうわけか少ない。

私がモーツァルトの20番以降の作品で、最後に触れたのもこの第25番であった。なぜだろうか。これも私の個人的感想でしかないが、どうもカラフルな第1楽章に比べると、残りの2つの楽章は少し地味である。それでも私は、第2楽章を最近好んで聞いている。例えば昨日は、中山道を熊谷から深谷まで歩いたのだが、まるで春のような陽気の中、田園地帯を歩きながらこの曲を聞いていた。蝶々が飛んできそうな、そんな気分にさせられる瞬間があった。静と動の妙味とでも言おうか。遠くに北関東の山々が見える。

その時持ち歩いた演奏は、リチャード・グードによるもので、この曲を含めピアノ協奏曲を10曲集めた5枚組のCDは、なかなか素晴らしい出来栄えである。グードと言えばベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集がすこぶる有名だが、そのグードがオルフェウス管弦楽団と競演して、すばらしく完成度の高いライヴを繰り広げていた90年代後半の記録である。ベートーヴェンを得意にしているピアニストによる第25番というのが、なかなかいい。

実際この第25番と第23番は出色の出来栄えで、第23番は1981年の古い録音も収録されている。オルフェウス管弦楽団は指揮者のいないオーケストラであることから、これは弾き振りというわけではなく、室内楽的にお互いの呼吸を合わせた結果の演奏である。ところが音楽が小さくなったり、息苦しくなったりしていない。それどころかこの第25番に相応しい堂々とした風格も感じさせる。まさに驚異的というほかない。そしてグードのピアノのほれぼれとするテクニックは、能動的で安定感のある伴奏に乗って、ストレートな音楽を表現している。それが第25番にこそ相応しいのだ。

ベートーヴェンがこの曲をどう聞いたかわからないが、想像するに技巧派ピアニストとしてモーツァルトの後継たらんとした彼は、モーツァルトの音楽をよく研究したに違いない。第20番に彼のカデンツァが残されていることからも、それは明らかだ。だがベートーヴェンがウィーンで活躍を始める頃、すでにモーツァルトの人気は凋落し、早世してしまう。モーツァルトのピアノ協奏曲第25番は長年埋もれたままとなり、モーツァルト自身ピアノ協奏曲からは遠ざかってしまう。無機質と言われる「戴冠式」と、そして天国のつぶやきである第27番を除いて。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...