2013年2月10日日曜日

ドニゼッティ:歌劇「マリア・ストゥアルダ」(The MET Live in HD 2012-2013)

ドニゼッティの「女王三部作」といわれるうちのひとつ「マリア・ストゥアルダ」は、輝かしいMETの歴史においても何と初演であるという。これは昨年の「アンナ・ボレーナ」もそうで、METはドニゼッティに少し冷たかったのか、それとも観客が好まないからなのいか、よくわからない。ちなみにもう一つは「ロベルト・デヴェリュウ」というもので、これは来シーズンの演目となるようである。

滅多に上演されず、従ってあらすじも知られていないオペラだが、全3幕の登場人物は少なく、場面もそう複雑ではない。だが、いきなりこのオペラをみるのではなく、やはり歴史的背景を知っておいたほうが良い。そしてその話は、「メアリー・ストゥアート」としてよく知られ、数多くの文学作品や映画になっているものである。ドニゼッティはシラーの原作を独自にアレンジして、このイギリスを舞台とした暗い物語を、オペラ・セリアに仕立てあげた。

背景に関する記述をMet Live Viewingのホームページ(松竹)より、出典を明示した上で一部転載しようと思う。

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「現在のイギリスは、16世紀には、南部の新教(現在のプロテスタント)を信仰するイングランドと、北部の旧教(カトリック)を信仰するスコットランドという二つの王国が、宗教や領土をめぐって対立していました。そんななか、スコットランドで、ジェームス5世と旧教国フランスから迎えられた王妃マリー・ド・ギースの間に生まれたのが、メアリー・スチュアートです。生後6日で父親が逝去し、スコットランド女王となったメアリーは、その後、幼くして未来のフランス王妃となるために、フランスに渡り何不自由ない幸せな青春時代を過ごしていました。

一方、イングランドでは、メアリーの大叔父にあたる専制君主ヘンリー8世が、すきあらばスコットランドの侵攻を企んでいました。このヘンリー8世は、オペラ《アンナ・ボレーナ》(英語:アン・ブーリン)にも登場したとおり、世継ぎの王子が生まれないことを理由に王妃と無理やり離婚し、旧教と決別してまで、愛人のアン・ブーリンと再婚。その二人の間に生まれたのが、エリザベスです。(《アンナ・ボレーナ》でも赤毛の少女が登場していましたね。)しかし世継ぎを産めなかったアン・ブーリンも、濡れ衣を着せられヘンリー8世に処刑されてしまいます。そのため、エリザベスは庶子として不遇な少女時代を過ごすことになります。

メアリーはフランス王妃となりますが、王がすぐに死去し、19歳で混乱の祖国・スコットランドに帰国することになります。一方、イングランドでは、ヘンリー8世の逝去後、姉弟たちが死亡するなか、エリザベスが王位継承者として即位。しかし、彼女がヘンリー8世の庶子であったことを指摘し、チューダー家の正統な血筋にあたるメアリー・スチュアートこそが正統な王位継承者だという派閥が出てきます。エリザベス1世が議会に嫡子と認められても、王位継承を主張するメアリーに対し、エリザベスは大きな敵対心を抱くようになります。

スコットランドに帰国後、メアリーは再婚するも不幸せな結婚となり、夫の殺害疑惑や別の男性との不倫疑惑・再婚など様々なスキャンダルのあと、祖国を追われる身となります。メアリーはイングランドのエリザベス1世に助けを求め、エリザベスもメアリーを受け入れますが、宗教対立など多くの火種をはらむメアリーを軟禁状態におきます。自分の権力と自由を取り戻そうとするメアリーは、エリザベス1世の暗殺事件計画の陰謀にも巻き込まれ、謀反の罪で、死刑宣告を受けます。」
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上演後の感想は「素晴らしい」の一言につきる。ベルカントの世界がこれほど見事に再現された最大の理由は、表題役マリア・ストゥアルダを歌ったメゾソプラノのジョイス・ディドナートに尽きる。彼女は登場したその時点から、最後の幕切れまで完璧であった。歌声といい、ドラマ性といい、さらには悲劇の主人公たる演技に至るまで、これほど見事に演じたのを知らない。オペラの醍醐味がこれほどにまで伝わるのは、何を置いても彼女の歌に尽きる。

彼女の宿敵、エリザベッタは南アフリカ出身のソプラノ歌手エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァーで、彼女は役になりきるため頭髪を丸刈りにしたという力の入れよう。その甲斐もあって第1幕のシーン全般と、続くマリア・ストゥアルダとの壮絶な女同士の対決のシーンは息を飲むほどの素晴らしさであった。彼女はマリアに比べて年齢が少し上であるという史実と、前半と後半での10年の時差があるということを表現することに、演出のデイヴィッド・マクヴィカーはこだわったとインタビューで答えている。それに見事に衣装の変化を合わせたところは、(インタビューの通り)このオペラの見どころだったといえるだろう。

男性陣の3人は、いずれも脇役に徹していたように思われる。ロベルトを歌ったポレンザーニは、他の作品で魅せるテノール歌手の出番ほどには目立たないように工夫していたのではないかと思われた。そのことがかえって、主役の二人を際立たせる結果となった。それはタルボ役のマシュー・ローズもまたしかりである。HDシリーズですっかりお馴染みのデヴォラ・ボイトによるインタビューは今回も興奮に満ちて楽しく、ゲルブ総裁自らのインタビューも交えて映画での見どころも満載であった。

指揮のベニーニは、このようなオペラを振ると素晴らしい。メリハリがあって力の入った切れ味は、レヴァインを彷彿とさせた。このオペラのまたひとつの成功の理由は、ベニーニの指揮である。

ロッシーニのようなコミカルな場面も、カラフルなバレエも、そしてヴェルディのようなドラマチックな展開もないという地味なオペラも、このような素晴らしい歌唱と指揮が重なると見応え十分となる。これこそメトならではのものだと思う。であると思えば思うほど、この作品がこれまで一度も上演されて来なかったことが不思議に思えてならない。

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