2023年12月31日日曜日

プロコフィエフ:交響曲第1番ニ長調作品25「古典」(クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団)

クラシック音楽の演奏にも流行というのがあるようで、近年頻繁に演奏されるようになった曲がある一方で、かつては良く演奏された曲が滅多に聞かれない、といったことが起こっている。プロコフィエフの「古典交響曲」もまたそのような作品ではないかと思う。最近は大規模な難しい曲ばかり聞いていたので、年末のちょっとした時間に息抜きになるような作品はないかと思いを巡らしていたところ、そうだ「古典交響曲」があると思ったので取り上げることにした。もっとも大晦日の今日は午後7時20分から11時40分まで、今年恒例のバイロイト音楽祭収録演奏のトリを飾る「パルジファル」の放送があるから、その前にあまり重い曲は聞きたくはない。

「ハイドンがもし今生きていたらこういう作品を書いたのではないか」という風に考えた若きロシアの作曲家は、まったく独自にわずか15分の交響曲を作曲した。愛すべきこの先品は2管編成、第1楽章アレグロ、第2楽章ラルゲット、第3楽章ガヴォッタ、第4楽章フィナーレの4つの楽章から成っている。溌剌としてメロディーも印象的な作品は、ストラヴィンスキーらのいわゆる「新古典主義」のさきがけとも言えるような時期に作曲された。

私が初めてこの曲を聞いた時、もう一つの条件があるように思った。それは「もしハイドンがロシア人だったら」というもので、この作品は少なくともプロコフィエフならではの作風がみなぎっており、それはまさしくロシア音楽の流れに基づくものであろうと思ったからである。ただそういうことはどうはでもよく、かわいらしく親しみやすい音楽は、短いながらもクラシック音楽を聞く楽しみを存分に味わわせてくれる作品である。

私の家にはエルネスト・アンセルメによる演奏のレコードがあったのだが、記憶が正しければこのレコードはちょっと変わった大きさで、LPよりも小さくいわゆる「ドーナツ盤」よりは大きなものだった。かなり再生回数が多かったのだろう、このレコードは擦り切れつつあった。その後私は「カラヤン・デジタル名演集」というタイトルの1500円の新譜レコードが発売された時、このレコードを買った。その中に「古典交響曲」が入っていた。

しかしカラヤンによる「古典交響曲」の演奏は、より後になってベルリン・フィル恒例の「ジルヴェスター・コンサート」で演奏されたものが、鮮烈な印象を残すものだった。この時のプログラムはこのあとにチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番で、独奏はまだ10代だったエフゲニー・キーシン。祖父と孫以上の年齢の開きのある演奏に興味津々聞き入った。カラヤンはもう満足に歩くことができず、ゆっくりと舞台そでを進む老人と彼を気遣う若者が登場する長い時間、カメラはズームを最大に引いてこのシーンをカムフラージュした。

そのプログラムの前半に演奏された「古典交響曲」は(ピアノ協奏曲第1番でもそうだったが)、もう体のコントロールがきかなくなりつつあったカラヤンを知り尽くしたベルリン・フィルが力で押し切ったような演奏で、重厚で十分なエコーもあり、そこそこ切れもある不思議な演奏だった。映し出される各奏者は、いつものように向こうからライトで照らされて体をゆするとそれが見え隠れする。元旦早朝の生放送をVHSのビデオに録って何度も見た。見ていて楽しい演奏というのが、カラヤンのビデオだった。

それに比べると、CDで発売された80年代初頭の演奏は無理なく整理された演奏である。悪くはないのだが、どことなく醒めた感じがする。私の印象により残っているのはアンセルメの後を継ぐシャルル・デュトワの演奏以外では、クラウディオ・アバドがヨーロッパ室内管弦楽団を指揮したもので、これには「ピーターと狼」の余白に収録されたものである。アバドのぜい肉をそぎ落とした指揮はプロコフィエフ作品によくマッチしており、ピアノ協奏曲を始めとして名演奏が目白押しである。この「古典交響曲」でもリズム感に溢れて刺激的であり、さらっとラルゲットやガヴォッタを通り抜けると、目一杯の速い速度で一気に快走するフィナーレに唖然とする。アバドの楽し気な指揮姿が目に浮かぶようだ。ヨーロッパ室内管弦楽団の巧さも特筆すべきものだと思う。

今年も残りあと7時間余りとなった。歳を取ると毎年新しい正月を迎えるたびに、よくここまで来れたものだという思いが強くなる。そういえば今年は飯守泰次郎の「ロマンティック交響曲」を聞いた。今年逝去したこの指揮者の最後の演奏会となったものだった。一方、オペラ「紫苑物語」で瞠目させられた作曲家西村朗も、若くして急逝してしまった。そのほかにはソプラノ歌手のレナータ・スコット、坂本龍一、そして谷村新司といった人も帰らぬ人となった。久しぶりに明るい年の瀬ではあるが、淋しい気分でもある。合掌。 

2023年12月13日水曜日

日本フィルハーモニー交響楽団第756回東京定期演奏家(2023年12月8日サントリーホール、カーチュン・ウォン指揮)

カーチュン・ウォンが日フィルの首席指揮者に就任してから、彼のコンサートが目白押しである。私も初めて演奏を聞き(マーラーの交響曲第3番)、にわかにファンになってしまった。どんな名曲であっても常に新鮮な発見をさせてくれそうな予感がする。極めて微細な部分までを体全体を駆使して表現する様は、見ているだけでも楽しい。そして12月の東京定期公演なる演奏会も、若きマエストロの独断場であった。私は数日前に日フィルからメールが来て、まだ多くの席が残っていることをたまたま知り、8日(金)のコンサートのチケットを買った。今回はその表情豊かな指揮姿を真正面から見てみたいという思いに駆られ、普段はまず買わない舞台裏のP席を取った。だが客席は4割にも満たない状況。ちょっとショッキングだったが、それは見事な演奏会だった。

プログラムはウォンが精力的に取り上げていきたいと語ったアジアの作曲家、特に今回は我が国の代表的な作曲家である外山雄三と伊福部昭の作品が前半に並んだ。まず外山の交響詩「まつら」。この曲を聞くのは初めてだが、ウォンは15分足らずのこの作品を、丁寧に演奏した。1982年に日フィルによって初演されたこの作品は、佐賀県松浦地方に伝わる音楽をベースにしているという。夜明けの静かで厳かな情景に始まり、祭囃子も聞こえてくる日本的情緒を前面に表現した作品で、あの有名な「管弦楽のためのラプソディー」を思わせるようなところがある。P席から見ると打楽器がすぐ下に陣取って、残念ことに一部が見えない。

実のところ外山雄三は私が初めて聞いた指揮者で、それは親に連れられて行った大阪フィルの「第九」であった。小学生だった。古い大阪フェスティバルホールの3階席後方で、ティンパニの音が視覚とずれて聞こえたのを覚えている。その外山も今年逝ける音楽家となった。指揮者はカーテンコールに応えながら、楽譜を高らかに持ち上げ、作曲家の死を悼んだ。

舞台は長い時間、準備のための小休止となった。ピアノの次に大きな楽器が、アップダウンするサントリーホールの左奥から舞台中央に移動されたのだった。マリンバは小学生の頃、音楽室に置かれていた楽器だった。私の通っていた小学校は普通の地元の公立学校だったが、音楽の先生が大変ユニークな方で、通常の授業は一切行わずただ学生に楽器を触らせた。その中に大きなマリンバ(といってもプロが使う大きなものではなかったが、それでも当時80万円はすると言っていたような気がする)、ザイロフォン、パーカッション、ベースなどまで揃っていた。小学生は毎日、昼休みになるとこれらの楽器の争奪戦が行われ、勝者が順にこれらを演奏するのだった。

そのマリンバである。マリンバがオーケストラと共演する曲は珍しい。プロは畳以上の大きさのある広い鍵盤を右に左に移動しながら、4本のバチを持って演奏する。そのバチも曲の途中で様々な長さのものに交換する。指揮者がやや横にずれ、舞台正面に陣取ったマリンバを演奏するのは、「日本を代表する打楽器奏者」池上英樹である。指揮者とともに舞台に現れると、伊福部昭の名曲「オーケストラとマリンバのためのラウダ・コンチェルタータ」が始まった。P席から見る奏者は、向こうを向いてはいるがそのバチさばきが良く見えてなかなか面白い。

この30分程度の曲は、よくあるように急=緩=急の3つの部分から成っている。北海道生まれの作曲家は、外山のような伝統的な日本風情緒を押し出すようなことはしない。むしろ北方の大地を思わせる広がりと、そこから湧き出すような土俗的リズムが顕著である。その中から「ゴジラ」の音楽が生まれた。それが音楽的にどういう意味を持つか、詳しく説明するだけの知識はないが聞いていて面白いことは確かである。カーチュン・ウォンはこの曲に前半の重心を置いていたのは明らかで、時に野蛮とも思われるようなリズムを軽快に刻む。私はマリンバの演奏の良し悪しを評価する知見を持たないが、よくもあんなに複雑なバチを暗唱した上で間違わずに弾けるものだと思った。この大きな楽器を演奏するには、楽譜を見ている余裕はないのである。

コーダの部分は長く続くリズムに合わせて聴衆が体中が揺さぶられた。その興奮の様子は録画され、早くもテレビマンユニオンのサイトで観ることができる(https://members.tvuch.com/member/)。ただ視聴には一つの公演につき1000円もかかる(しかも90日しか見ることはできない)。私は実演を見たわけだし、ビデオで観る音楽は所詮その時の感動を超えることはない。音楽はライブにこそ意味があるのだ。だからビデオ視聴はもう少し安くてもいいのではないかと思う。なお、マリンバ独奏のアンコールは、マリンバ用にたいそう味付けされた「星に願いを」だった。

休憩を挟んで演奏されたのは、本来この公演を指揮するはずだったアレクサンドル・ラザレフの十八番、ショスタコーヴィチの交響曲第5番であった。ショスタコーヴィチの全15曲に及ぶ交響曲の中で最も有名であり、かつ明快な音楽である。かつてショスタコーヴィチの音楽などまだ珍しかった頃でも、この第5番だけは良く演奏された。私の実家にもレナード・バーンスタインが雪解け時代のモスクワに凱旋した際に録音された公演のライブ盤があったし、コンサートでもマリス・ヤンソンスの演奏を聞いている。親しみやすい音楽なのだが、その意味するところは複雑だ。結局何が真実かよくわからないまま、批判の矢面に立たされていたショスタコーヴィチの名誉が、ソビエト社会で回復する。

ただカーチュン・ウォンの解釈はプログラム・ノートに書かれているように、共産主義体制によって人間性が圧迫され、政治との軋轢と絶望の中で聞こえる悲痛な叫びや恐怖、絶望、その果ての孤独といったものに覆われている音楽だという。舞台上のマリンバに代わりピアノ、チェレスタ、鉄筋など打楽器が所せましと並び、2台のハープも加えた様は壮観である。私は普段見えないピアノの鍵盤を見下ろす位置に座っている。このオーケストラの中の鍵盤楽器奏者は、チェレスタも演奏する。ここから見る一番奥に、コントラバス奏者が10人以上いる。

演奏はほぼ完璧と言ってもいいものだった。オーケストラの技術的な観点だけではない。加えて音楽的な完成度という意味で、これ以上望めないレベルだった。カーチュン・ウォンの表現が恐ろしく明確で、それに応えるオーケストラ。日フィルに望みうる最高レベルの演奏だった。そして先日のマーラーいい、今回のショスタコーヴィチといい、このコンビで聞く音楽の充実度は、聞いていて歓喜の声を上げたくなるほどだ。第1楽章の冒頭だけで何十回と練習を繰り返したとか、弦楽器のボウイングを分けて演奏したとかといった技術的な噂も聞こえてくるが、そういったことを感じさせないほどにこなれている。余裕さえ感じられたと思う。それでいて白熱の名演、なかなかできるものではない。

このゆとりある完璧な演奏スタイルが、上記のようなショスタコーヴィチ音楽の暗く非人間的な負の側面をどれほど十全に表現しえたかはわからない。むしろ明快で単純な勝利への音楽と感じることもできるような気もする。このあたりは聞く側の主観にも依存するのでいい加減なことは言えないのだが、音楽の持つ多様な側面を感じるのも技術的完成度ゆえのことだろうとも思う。

第1楽章の何かが始まるような戦慄、第2楽章の無機的な舞踏を経て第3楽章の孤独の極限がこれほどまでに明確に聞こえてことはなかった。終楽章の沸き立つ行進は、精緻な中間部を経て大きく再現され、コーダでの打楽器を含むトゥッティへと導かれる。一気に自然な形で進むので、あっけにとられているうちに終わってしまった。アーカイブのビデオで再度見てみたいと思う。客席こそ空席が目立ったが、熱心なファンが止まってしまった拍手をパラパラと再開し、それが何分も続くうちに次第に増えていった。オーケストラが退場しても指揮者だけが呼びもどされた時、やはりこの演奏は多くの人の心を打ったのだと合点した。

カーチュン・ウォンの演奏会はこれからも多く組まれている。その中にはマーラーの交響曲第9番も含まれる。有名曲であっても何か新しい発見のある演奏に、来年も触れ続けていきたいと思った演奏会、ついに私は来春から始まるシーズン前半の定期会員チケットを購入してしまった。

2023年12月5日火曜日

ラフマニノフ:交響曲第1番ニ短調作品13(ヤニック・ネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団)

白内障を患ってから活字に触れる機会がめっきり減ってしまった。それでもここ数日の未読の新聞をこの機会に読もうとして、何部かを旅行に持ってきた。福島へと向かう東北新幹線の満員の車内で書評などを読む。新しい小説との出会いはこのようにして得られることも多い。勿論耳の方は、スマホから流れるクラシック。冬景色のみちのくは私をロシア音楽、とりわけラフマニノフへと誘う。

雲が低く垂れ込み、そのわずかな隙間から青空が映える。進行方向左手の二人席は朝日も当たらず、北向きのクリアーな景色が好きだ。北関東の山々が次第に近づき、その山麓が少し色づいている。そんな景色を眺めながら、今日はラフマニノフの最初の交響曲第1番を聞いている。演奏はカナダ人ヤニック・ネゼ=セガンが指揮するフィラデルフィア管弦楽団、演奏は2019年(ドイツ・グラモフォン)。

ある作品が初演されたものの大きな不評を買い、後になって評価されるようになることはよくあることで、この作品もまたそのような経緯を辿った。後に有名となる才能ある作曲家にはほぼ一般的な経過とも言える。その洗礼をラフマニノフも受けた。ただ彼が受けた酷評は、あまりにもひどいものであったようだ。その後作曲の筆は途絶え、4年以上に亘ってそれは続いた。だがこの作品への思いは大きく、晩年の最後の作品「交響的舞曲」にも引用されている。このCDは、この「交響的舞曲」をカップリングしており、こちらの方も名演である。

今日乗っている列車は「なすの」郡山行きだから、新幹線の各駅に停車する。小山や那須塩原といった駅に停車する列車は1時間に1本しかないから、10両編成の車両は出張のサラリーマンでいっぱいである。埼京線と並走する大宮までの間、私は第1楽章を聞く。大宮で結構な人数の客が乗ってくるまでのこの区間は比較的空いている。

これほどにまで酷評された音楽を一度聞いてみたいと思った。ラフマニノフの交響曲は第2番が断トツに有名だが、今年生誕150年を迎えて、何度かは演奏されているようだ。

第1楽章の冒頭は3連符を含むおどろおどろしい出だしである。このメロディーは、実は続く以降の各楽章の冒頭でも繰り返される。これがこの曲の統一的なモチーフというわけだが、各楽章の性格は実に異なっていて、様々な要素がてんこ盛りである。第1楽章はフーガを伴う推進力のある部分が登場するかと思えば、木管のソロだけの静かな部分もやってくる。互い違いに進みながらも、まあこの楽章は聞けると思った。寂寥感を湛えたロシア風のメロディーは、あのラフマニノフならではのものである。

列車はかつて住んでいた大宮市(現、さいたま市)を抜けていく。住宅街が途切れ、田園風景が広がってくる。演奏は第2楽章に入っている。第2楽章はスケルツォ風で、目だった変化こそ少ないが、3拍子の駆け足の音楽がずっと続く。続く第3楽章は緩徐楽章。ここはしっとりと味わい深いので、何度も聞いてみるとだんだんその良さがわかってくる。

第4楽章が始まって再び主題が現れると、今度はファンファーレを伴った行進曲になる。祝祭的なムードと性急で不安定な和音を織り交ぜながら進む。木管ソロと打楽器が組み合わさるラフマニノフの真骨頂である。これが後年ジャズの要素にも結び付く。45分にも及ぶ曲がようやく終わろうとする頃、派手に銅鑼なども打ち鳴らされていったん静かなムードに戻って溜を打ち、最後はティンパニが鳴って突如終わる。

一般にある曲を「わかる」ようになるためには、そうなるまで聞き続けるしかない。クラシック音楽は最初から誰でも簡単に親しめるわけではないので、そういう努力をしなければならない。なぜそういうことをしてまで音楽を聞き続けるか?それは「わかった」時の嬉しさが大きいからである。ただここで「わかる」というのは、大いに主観的かつ曖昧なことであって、そのレベルには実際限りがない。だから一愛好家としては「わかる」イコール「楽しめる」とでも捉えておくのが良いだろう。そういうわけで、私もラフマニノフの交響曲第1番を何度も聞いてみたところ、これは大変カッコいい曲に思えてきたから不思議である。最初は支離滅裂で、それこそ初演時に評論家がこき下ろしたものを読んで納得したのだから、当の作曲家にしてみればいい加減なものであろう。

だが、よくよく考えてみるとこれは若き天才作曲家の野心作なのである。いくら最初の交響曲とはいえ、初演時の指揮は何とグラズノフである。注目されないはずはない。そもそもまだ駆け出しの若者の作品を、サンクトペテルブルクの音楽界は満を持して迎えたことになる。そこで歴史的な不評を買った。だがこれを額面通りに受け取ってはいけない。私見だが、これは当時の重鎮たちの嫉妬ではないか、と思うようになった。才能ある若者は、それを臆せず見せびらかしたからかもしれない。このことが原因でラフマニノフはうつ病にかかり、しばらく作曲から遠ざかったにもかかわらず、チャイコフスキーに並ぶロシア最大の作曲家のひとりになった。

ラフマニノフ生誕150年の今年、ラフマニノフの曲が数多く演奏された。私もいくつかに出かけようと思っていたのだが、プログラムに上ったのは昨年の終わりから今年前半にかけてが多く、私は迷っているうちに行きそびれてしまった。今シーズンのプログラムの中心は、来年生誕200周年を迎えるブルックナーへとすでに移っている。

ラフマニノフの交響曲第1番はユージン・オーマンディによって西側に紹介された。オーマンディと言えばフィラデルフィア管弦楽団から豪華絢爛な音色を引き出した指揮者として有名である。その後「フィラデルフィア・サウンド」はヤニック・ネゼ=セガンに引き継がれた。

間近に迫った寒い冬を前に、つかの間の落ち着きを楽しんでいるような陽気の中で、宇都宮を出た列車は、那須連山を遠くに仰ぎながら快走している。今年の秋はひときわ暑かった夏のおかげで、さぞ紅葉が見事だろうと思っていたら、気温の高い日が長く続いたせいで色づきが遅れ、しかも急に寒くなったことで葉が散ってしまった。山々はいくぶん赤い感じがするが、その奥の山々は山頂付近がすでに冠雪している。いつのまにか雲は消え、その連山に光があたってまぶしい。

東京からわずか1時間。今回の旅の最初の目的地、新白河も間もなくである。

南湖公園(白河市)

2023年11月16日木曜日

シベリウス:交響曲第7番ハ長調作品105(パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団)

シベリウス最後の交響曲第7番は、短いながらも味わいに満ち、様々な要素が凝縮された愛すべき作品である。シベリウスのすべてがここに詰まっているような気がする。この第7番こそシベリウスの交響曲の最高峰だという人が多いが、私もそれに同意したい。1924年に初演されたが、シベリウスはこのあと20年以上もの残りの生涯に、次なる交響曲を残すことはなかった。

単一楽章だが4つの部分に分けて聞くことができる(いくつかのCDでは、この4つの部分を別のトラックに分けている)。演奏はシベリウスの第一人者とされるパーヴォ・ベルグルンドによるものを聞いている。ベルグルンドの演奏を絶賛・評価する人は多い。私もどこかで取り上げようと思っていたが、とうとう最後の交響曲になってしまった。ベルグルンドには、3種類の交響曲全集が残されているが、私が聞いてるのはそのうちの2番目、ヘルシンキ・フィルを指揮したEMI盤である。録音は1984年。

ヘルシンキ・フィルは、私が初めて聞いた外国のオーケストラである。オッコ・カムという指揮者がこのオーケストラと来日し、全国各地を回りながらシベリウスの作品を演奏した。当時中学生だった私は、学生席というのをプレイガイドで購入し、友人とともに大阪フェスティバルホールへ出かけた。交響詩「フィンランディア」に始まり、第2番、そして第5番という有名曲の日だった。シベリウスの交響曲を聞くのはほとんど初めてで、家にあったカラヤンのLP(フィルハーモニア管)を慌てて聞いてメロディーを頭に入れたが、何か素気ない演奏に聞こえたのは録音が古かったからだろう。

ヘルシンキ・フィルというのも初来日で、1982年2月のことであった。この時の記憶は今でも残っている。しかし演奏についてはよく覚えていない。ただこの演奏の模様は民放FMで放送され、のちにCDにもなっている。おそらく名演だったのだろう。しかしヘルシンキ・フィルという団体は、北欧では最も長い歴史を誇るらしいが、当時はほとんど無名だった。技術的にも日本のオーケストラとあまり変わらないレベルに思えた。少なくとも私がその翌年に聞いたイスラエル・フィルなどとは大きな落差があった。特に弦楽器の厚みは当時の日本のオーケストラと同様やや薄かった。だがシベリウスの交響曲に関する限り、それはそれでフィンランド独特のムードを表現するに遜色はなく、それがゆえに私には不満はないどころか、初めて聞く来日オーケストラに随分と興奮した。思えば当時は、1回1回のコンサートが一大事で、私はそれこそ前日、いやそれ以前からそわそわとしていたほどだった。

そんな思い出のあるヘルシンキ・フィルと、ベルグルンドはシベリウスの交響曲全集をデジタル録音した。ここで聞ける温かく、ふくよかな表情に満ちた演奏は幸せな気持ちにさせてくれる。他の表現も可能だと思うが(実際、カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏は、ロマンチックなうねりが終始続いて圧巻である)、これはシベリウスの演奏のひとつの標準ではないかと思う(1回目の全集は聞いたことがなく、3回目のヨーロッパ室内管弦楽団との演奏は、より新しい録音でシャープに聞こえる点が好ましいと思うかどうか)。

さて、交響曲第7番は次第にクレッシェンドする上昇音程から始まる。良く聞くと後ろでティンパニが鳴っており、ここを大袈裟にドラマチックに表現する指揮者もいるが、ベルグルンドはさほどでもない。静かで厳かな最初の部分が続いて、緊張が頂点に達すると、まるで分水嶺を超えたようにピチカートで音程が下降する。ここの表現をいかに印象的にやるかが私のひそかな聞き所なのだが、ベルグルンドは目立たない。やがてスケルツォ風とも言える次の部分へと入ってゆく。

この交響曲で終始活躍し、かつ印象を残すのはトロンボーンの演奏である。時に厳かで、時に広い空間を想起させるこの金管楽器の響きは、ベルグルンドの演奏で聞くと(録音のせいもあるが)どこか温もりがあって、北欧の厳しい自然がほっこりとしていることに安堵する。ハ長調というのが大地の広がりを見せるが、例のごとくそこに色はない。このようにこの作品を北欧の自然と結び付けて聞くのは勝手だが(シベリウスはいつもそうしたくなる)、かといってこの曲は標題音楽ではない。様々な要素が混じりあっているため、短いながらも単純な想像の域を超えてしまうところが、この曲の魅力だと気付く。わずか20分余りに長さの中に、多くの音楽的要素を内在させつつ非常にシンプルで無駄がないところが、この曲の凄いところだ。

シベリウスの交響曲について書くことは、大変労力のいる作業だった。どの作品もその魅力を文章にするのがとても難しいと思った。これが標題音楽だったら、その具体的事物について理解し、そこから音楽に入って行ける。だが交響曲だとそうはいかない。しかもその作品はいずれも骨格ある形式を有してはいないどころか、極めて自由な筆致で書かれている。演奏もどういうものを基準にするとよいのかよくわからない。シベリウスを得意とする指揮者がいる一方で、まったく演奏しない指揮者も多い。シベリウスは演奏者を選ぶ作曲家だと思う。

2023年11月11日土曜日

シベリウス:交響曲第6番ニ短調作品104(サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

ロシア周辺に位置する国々は様々な形でこの大国の干渉を受け、時には戦火を交えている。フィンランドもまたその例外ではなく、1918年にロシアから独立するまではロシアの一部だった。交響曲第6番はこのような時期に作曲された。シベリウスという作曲家は、フィンランド独立の歴史と切り離して語ることはできない。しかし音楽自体からはそうした背景を感じるようなものではなく、むしろ他の多くの作品と同様に北欧の自然を映したような、純粋で透明感の漂う作品である。私はこの作品こそ、親しみやすく音楽的にも充実した作品として認識を新たにした。

第1楽章は清涼感の漂う静かな序奏で始まる。この感覚が非常に美しい。一気にシベリウスの世界に入ってゆく。やがて木管楽器が孤独感を醸し出すメロディーを吹き始める。寂しいのだが湿度は感じられない。その中から速い主題が現れて疾走するような部分に転じる。この変化していく部分が大変きれいで素敵だと、初めて聞いた時に思った(それはカラヤンの演奏だった)。この主題こそが第1主題で、それまでは前奏だと思っていたのだが、実は第2主題だそうである。

細かくリズムを刻みつつ、大空の中に太陽が昇っていくような雰囲気は、真っ青な大空を眺めているようなイメージを私に抱かせる。この作品にはハープが使われている。飛び立つ白鳥のようなアクセントを加えながら、速い音楽はやがてゆっくりと落ち着きを取り戻し、あっけにとられるような終わり方をする。

第2楽章に入ると木管楽器がゆったりとしたメロディーを吹き始め、氷上の白鳥はしばし一休み。物憂い表情も見せるが、後半小刻みなミニマル音楽風メロディーに速度を上げたかと思うと、次第に明るいメロディーへと移っていく緩徐楽章である。この楽章もあっけなく終わる。

3分余りと短いが凝縮されたようなスケルツォ風第3楽章を経て終楽章へと入ると、同様に速いがより深刻で切羽詰まったような感じになる。ここで頭角するのがコラール風のメロディーで、途中から次第に明るさも垣間見えるあたりは祈りのような部分でもある。この作品は、すべての楽章で静かに終わるのが特徴だ。

イギリス人指揮者にシベリウスを得意とする人は多いが、サイモン・ラトルもまたその一人だろう。私はまだ彼が30歳の若手だった頃、フィルハーモニア管弦楽団と来日した際にシベリウスを聞いている。この時は第2番の交響曲だったが、あっけにとらわれるような高速の演奏だった。あれから40年近くが経過したが、この間に2組の交響曲全集をリリースしている。私がこのたび聞いたのは、このうちの後の方でオーケストラはベルリン・フィルである。

ベルリン・フィルの機能性を最大限に生かしつつ、ラトルらしい集中力と迫力を感じさせながらオーケストラをドライブしている。この作品の作風に、ラトルの演奏がとても合っているように感じた。

2023年11月7日火曜日

辻本玲チェロ・リサイタル(2023年11月4日、Hakujuホール)

NHK交響楽団の首席チェロ奏者を務める辻本玲のチェロ・リサイタルを代々木にあるHakujuホールで聞いた。オーケストラ作品やオペラが専らの私が室内楽のコンサートに出かけるのは珍しいので、そのことから書き始めなければならない。

今から5年余り前の2018年4月、私はピエタリ・インキネン指揮日本フィルの演奏会に出かけた(https://diaryofjerry.blogspot.com/2018/05/6992018427.html)。その時私はワーグナーの「指環」をオーケストラのみによるダイジェストに編曲した「言葉のない指環」(ロリン・マゼール編)を聞いたのだが、その中に大変印象的にチェロ弾く人を見つけた。普段はそのうようなことをしないのだが、私はそれが誰であるかをプログラム冊子で確かめたほどだった。ほどなくして私の高校の同窓会が東京で開かれ、何とそのチェリストが卒業生のゲストとして招待されていることを発見した。それが辻本玲だったのだ。

急に身近に思えてきた彼の演奏を、同じように素晴らしいと感じた人も多いのではないかと思う。そして2020年には何と、日フィルからNHK交響楽団に移り、今ではテレビ中継もされる定期公演などで良く見かける。高校の同窓会誌に彼を応援する会のことが掲載されていたのを発見したのは今年。私の親の世代が中心の会だが、私もさっそく会員になった。その会報(メルマガ)には、彼の出演する演奏会がリストアップされている。そして一度、リサイタルでもと思っていたところ今回のコンサートを発見、急いで席を確保した次第である。

毎年何度か、リサイタルを開いているようだが、今回の会場はHakujuホールというところで、私も初めて出かけた。原宿や渋谷から歩くこともできるが、最寄りは代々木公園駅である。休日ともなると人通りが多いこの界隈には、お洒落な飲食店が立ち並び、外国人の姿も多い。11月とはいえ、季節外れの暑さが続く今年は、晴天が続いている。私は原宿のカフェで時間を調整し、遅れないように会場に入った。以下、その時の感想文で会報に投稿したものを転記することとしたい。

私は辻本さんのリサイタルも、Hakujuホールに行くのが初めてでしたので、行き先を間違えることもなく、出口で迷うこともないように万全の準備をして出かけました。ところが会場へ着くとその入口に張り紙が掲示されており、何とピアニストが沼沢淑音さんから大伏啓太さんに交代、それにともなってプログラムの一部が変更になるとのことでした。

もともとのプログラムは、ハイドン(古典派)からシューベルト(ロマン派前期)を経てラフマニノフ(ロマン派後期)に至る素敵なプログラムを期待していたのですが、お怪我をされてとのことで、繊細な楽器を操る芸術家にはこういうこともあろうかと思った次第です。

シューベルトのアルペジオーネ・ソナタの代わりに演奏されるのが、しかしグリーグのチェロ・ソナタイ短調と書かれており、同じ国民学派の音楽を堪能することもできるということで、それはそれで期待が高まりました。 
ハイドンのディヴェルティメントニ長調という曲を聞くのは初めてでしたが、私は全交響曲を聞きとおしたこともある大好きな作曲家で、骨格のあるかっちりとした中にも、それとなく技巧的な部分もある作風に惹かれています。短い作品でしたが、たっぷりとした辻本さんのチェロに聞きほれました。マイクを持って大阪弁の辻本さんが、ピアニスト交代に至った経緯などを説明し下さりました。直前のことだったので、短い期間にプログラムをやりくりしたのは大変なことだったと推察します。しかし次のグリーグはまるでブラームスのように濃い作品で、北欧のリリシズムを期待していると裏切られる結果となりました。 
Hakujuホールは私にとって、ちょっと残響が多く、特にピアノの音がダブって聞こえるようなところがああるような気がしますが、次の「ヴォカリース」とチェロ・ソナタト短調に関しては、私は作品と演奏に没頭し、そこで展開されるロシアの響きにうっとりとする時間でした。 
晩秋(といっても今年は暑いですが)ほどラフマニノフが似合う作曲家はないように思います。それは私がかつて岩手県をドライブしていた時、紫波町にあるレコード収集家の「野村あらゑびす記念館」に向かっていた時でした。11月の寒い日ににわか雨が降り、そのあと見事な虹が現れたとき、ラジオからラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が流れてきたのでした。濡れて鮮やかに蘇った紅葉に青空と途切れる雲、晴れたと思ったら小雨が交じるその向こうに、広大な平野と山々が見えました。岩手はラフマニノフ、というのが私の思い出です。演奏会の2日前の日経コラムに、その岩手出身の宮沢賢治とクラシックに関する記事が載っていたのを思い出しました。
辻本さんも出かけたことがないところを想像しながら音楽を演奏する、というようなことを話されましたが、私はチェロと岩手とラフマニノフが結びついており、なんかそんな変なことを考えながら、演奏を聞きました。
アンコールには、今回演奏されなかったシューベルトから「アヴェマリア」を、さらには定番のピアソラ作曲「オブリヴィオン」を演奏されました。いずれも思いに満ち深々としたた演奏で、秋の快晴の昼下がりを堪能した一日でした。そのあと妻と伴に渋谷まで歩き、日本シリーズ観戦のお供に夜の総菜を買って帰ることができました。 
2023年11月2日 日本経済新聞夕刊

2023年11月4日土曜日

東京都交響楽団第985回定期演奏会(2023年10月30日東京文化会館、オスモ・ヴァンスカ指揮)

今年はシベリウスの作品を重点的に聞いてきた。7曲ある交響曲(「クレルヴォ」を入れると8曲)のううち、前半の2(3)曲はまだ若い頃の作品で本当のシベリウスらしさに欠け、第3番は過渡的とされている。第4番は暗く陰鬱な作品だ。交響曲作曲家としてのシベリウスの真価が発揮されるのが第5番からとされている。シベリウスの後期の交響曲第5番、第6番、第7番はほぼ同時に着手された。

この3つの交響曲を同日に演奏するコンサートがあることを知ったのは、直前のことだった。シベリウスを得意とする第1人者のひとり、オスモ・ヴァンスカが都響の定期に登場するのである。コンサートは1回限り。しかも月曜日の夜で場所は東京文化会館。こんな玄人好みの演奏会は、さぞ閑散としているのだろうと思った。実際、当日券を含めチケットは全席種発売中。東京文化会館というのはトイレや席が狭く、あまり快適とは言えないが、アクセスが良い(改札口から30秒!)ことと、音響がさほど嫌いなほうではない(ただし前の方)。そういうわけで1階席脇後方のB席を買い求め、仕事が終わってから上野に駆けつけた。

驚いたことに会場には沢山の人が詰めかけていた。そして9割以上の席が埋まっていたと思う。我が国ではシベリウス・ファンが結構多いが、それにしてもヴァンスカは人気があるということだろうか。何でもこの日のプログラムは、コロナ禍で2度も延期になったものだそうだ。そしてヴァンスカは都響にこそ初登場だが、これまでに東京でシベリウスの名演を成し遂げてきている。ただ私は縁がなかった。10年以上前の2008年に読響の定期演奏会で聞いたことがあったが、その時はベートーヴェンの作品ばかりで、それはそれで大いに評価が高かったものだが、実演にはさほど心を動かされなかった記憶がある。得意のシベリウスではどうか、と期待が高まる。

7時になってメンバーが舞台に登場し、最初のプログラムである交響曲第5番の冒頭が鳴り響いた時、これはちょっと怪しいなと感じた。いつもの都響の切れがなく、音色にも彩がない(もともとシベリウスに色はないのだが)。練習不足か、それとも過度の緊張によるものか。この曲の間中、弦楽器は惰性的で管楽器はしばしば不安定。2つの楽章を合わせて改訂された第1楽章は失望のうちに通り過ぎ、ピチカートが印象的な第2楽章が少し心に残る程度。もっとも第3楽章は少しダイナミックになって、音色の微妙な変化が味わえる演奏になった。

東京文化会館のトイレはひどく、いつも長蛇の列ができる。しかもそれが二手に分かれて階段を何階分も上ることになる。再開されたバーカウンターに行くと、何とワイン1杯が800円もする。かつてはそんなに高かったかと思う。だから閑散としている。この会場には傘置きもないので、雨が降ると大変である。傘を席の下に置くと(そうするしかない)、通るときつまずきそうになるからだ。まあ今日は快晴で、傘の心配はなかった。

期待外れの前半を終えて後半が始まった。すると何と、見違えるような音色に変化したオーケストラからは次の交響曲第6番の冒頭から、一糸乱れぬアンサンブルが聞こえてきたのだ。第1楽章冒頭の静謐な音色が微妙な変化を重ねつつ、やがてトレモロが姿を現し、速いメロディーになってゆくところが私は好きだ。それにしても何という変貌ぶりなのだろうか。前半とはまるで違うオーケストラのように聞こえる。いや、前半が酷かった。都響の本領がここへきて発揮されたということだろう。

交響曲第6番は、そういうことで実に素晴らしい演奏だった。おそらくこの曲に、今回の演奏会の力点が置かれていたのだろう。私はシベリウスの魅力に改めて感動した。第2楽章に至っては、第1楽章でパッとしなかった木管楽器も腕を振るう。私は最近スウェーデンの作家、ヘニング・マンケルの小説を読んだばかりなのだが、そこで随処に語られる北欧の寂寞の表情を想像した。この作品でのみ登場するハープの音色が、色のついた温かみを感じる。

スケルツォ風の第3楽章を経て宗教感さえ漂うとされる第4楽章。それでも曲はあっけなく終わる。全体を通して同じように静かな調子は、初めて聞くと戸惑いも多く印象に残らないのだが、いい演奏で聞くと味わい深い作品だと改めて思った。勿論、会場の拍手は前半よりも多かったと思う。

続けて演奏された交響曲第7番もまた、実にいい演奏。私はこの曲の魅力に初めて気づいた。わずか20分余りの曲は、交響曲と呼ぶにはあまりに自由な形式である。ヴァンスカはこの曲もまた、大いに思いを入れて指揮していたように思う。都響のアンサンブルの美しさは、私の好みから言っても、このデッドなホールによく合っていた。配られたプログラムの解説には「重大なハ長調の大地の上で神秘的にきらめくオーロラのようである」と書かれているが、まさにそのような演奏だった。

様々に変化する曲の構成も、白く幻想的なシベリウス独特のキャンバスの上で繰り広げられる。時に室内楽的な佇まいも、あっけにとられたように終わる。指揮者は随分長い間タクトを下ろさない。静まり返った客席は、その瞬間を楽しんでさえいる。満足したのだろう。次第に湧き上がる拍手とブラボーの中を、ヴァンスカはソリストたちを順に立たせてゆく。おそらく3割ほどの人が、熱心なシベリウスのファンだったのだろう。そして今宵の演奏の良さがわかったと見える。オーケストラが退席してもなお、鳴りやまぬ拍手に応えて舞台にマエストロが登場すると、より一層大きな歓声が沸き起こった。

もうすぐ寒い冬が来ると思いたいが、ここのところの日本列島は季節が逆戻りしたかのような暑さである。来年春の上野の音楽祭のブックレットが出来上がって、会場に配置されていた。これを取って行く人が多いところを見ると、上野におけるクラシック音楽のファンも、それなりに固定的に存在するのだろうと思う。だからこのホールは、客席やトイレを改装して欲しいと思う。まあそんなことを考えながら、家路についた。

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