
オペラ映画の場合、けれども、実際の上演にはない魅力があるのは否定することができないのは確かである。この「トスカ」の場合、その映像は舞台を飛び出して、実際に存在する建物を使ってロケされているからである。「トスカ」のように、1800年のローマ、それも本当にある建物が舞台となっているわけだから、そういう演出も可能だったのだろう。その舞台は各幕に1箇所づつ存在する。
第1幕:サン・タンドレア・デッラ・ヴァッレ教会
第2幕:ファルネーゼ宮殿
第3幕:サンタンジェロ城
これらはローマ市内の比較的近い場所に存在するため、Google Mapを使えば簡単に場所を確認できる(こちら)。
登場人物が比較的少ないのも「トスカ」に有利に働いている。すなわち主要な人物は、歌姫トスカ(ライナ・カヴァイヴァンスカ)、画家カヴァラドッシ(プラシド・ドミンゴ)、スカルピア男爵(シェリル・ミルンズ)、それに政治犯アンジェロッティ(ジャンカルロ・ルッカルディ)である。カヴァイヴァンスカは美貌でトスカそのものの容貌だし、若きドミンゴも素晴らしい。ミルンズの悪役もまたイメージそのものである。口パクながらこれだけのキャストが揃うと、映画としての見栄えは大層いいといわなければならない。演奏はブルーノ・バルトレッティ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、合唱はアンブロジアン・シンガーズである。
だが実際の建物を使うと、それ以上の効果がでないのも確かである。例えば第1幕の最後のシーンはテ・デウムを歌う大聖堂のシーンとなるが、それまでにも教会内部が多く写されるので、ここでの圧倒的な感動は少ない(と私には感じられた)。また第2幕のファルネーゼ宮は、何も実際である必要はないかも知れない。ここでは執務室とその奥で繰り広げられる拷問、さらにはトスカによるスカルピアの暗殺というドラマチックなシーンの連続だが、そうであるためにはそうしやすいような道具の配置を行った方が、演出上の効果は高いと推測される。
屋上に出ると、そこではすでに夜が明け、舞台は明るい。朝のローマ市内が良く見渡せるその中で、死刑が執行されえるのだ。この緊迫感はちょっとしたものだ。空砲と信じていたトスカは、倒れこんだカヴァラドッシが本当に打たれたのを見て仰天し、やがて殺人犯を追ってくる警官たちに囲まれてとうとう城から飛び降りる。実際のサンタンジェロ城を使ったロケだからこそ迫力のあるシーンに、しばし釘付けとなる。
このサンタンジェロ城は当時は牢屋として使われていたが、今では博物館になっている。私も今から20年ほど前に、ローマを旅行しここを訪れた。廊下を回りながら屋上へ出ると、正面にヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂が見え、その光景は息を飲むほどに美しかった。
主役がいすれも凄惨な死を遂げるこのオペラでは、死のシーンが4回も登場する。これほど血なまぐさいオペラを、身なりの良い老婦人方が大挙して上映会にお出でになっておられたのもまた、この催しの見どころであった。ただ40年近く前のカラー作品だけあってやや色褪せて見える映像と、どうしても効果に乏しい録音は、これがやはり映画であることを認識してしまう。歌唱とオーケストラが重なるような場面では迫力が不足し、歌唱力が響かないのだ。何度も言うように、これはそういう実演で接するオペラには及ばない欠点と、実際の上演では実現できない利点があることを理解して見るものだろうと思う。
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