

縁結びの神様で知られる出雲大社をあとにして私たちは出雲市駅へ戻り、ここから夜行の鈍行列車で京都へ帰ることにしていた。山陰本線を夜通し走る客車列車の夜行は、もちろん硬くて狭いシートで、空調もない。夏の暑い夜だったので、走ると風が入ってくるが、同時に虫も去来する。トンネルでは排気がこもって車内は曇ったようになる。そこでブラインドだけは閉めて、真っ暗な中を走っていった。餘部の鉄橋を渡ったあたりまでは記憶していたが、そのあとは全く記憶が無い。目が覚めると梅小路の機関区が見え、京都駅山陰線ホーム(たしか0番線だったか)に到着した。
夜の闇の中を、カタコトと走る客車列車の走行音は、今でも懐かしい。当時、流行り始めた携帯式の音楽プレーヤーでこの音を録音したことがある。客車列車の車内アナウンスに使われるチャイムは、ディーゼル列車や電車のそれとは違い、いい響きだった。扇風機が曇った車内の空気をむなしそうにかき混ぜ、薄暗い蛍光灯が木製の座席を照らしていた。山陰本線はこのような郷愁を誘う列車の宝庫だった。だが今ではどうなっているのだろうか。テレビドラマ「夢千代日記」に出てくるような裏日本の、行き場のないような哀しみも、坦々と走る列車の走行音によってさらに増幅された。そう言えば餘部鉄橋から列車が転落し、多くの死者を出した事故もこのあと何年か後に起こった。




九頭竜湖駅はまた、かなりローカルな駅だった。夏の強い日差しが照りつける中を、やがて一台の列車が到着してわずかな客を降ろし、そして私たちは再びローカル線の乗客となった。最初の少しの区間を除けば、平凡な福井の田園地帯を北上する。再び睡魔に襲われ、やがて福井駅に到着した。
福井から米原経由で向かった京都は今朝通った区間である。その区間を走る快速列車は、何とも都会的な感じで私を田舎のモードから都市のモードへと切り替えさせた。もっとも米原までの北陸本線の区間は、乗客も少なく私は冷房の聞いた車内で、心地よく睡眠をとった。福井駅で買ったアイスクリームが、とても美味しかった。
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