エステルハージ侯爵家に副楽長として雇われたハイドンは、1766年の楽長・ヴェルナーの死去に伴って、楽長に昇格する。この頃からより多様な音楽の作曲を任されるようになり、楽団は大規模化してゆく。交響曲においてもハイドンの創作により多様な工夫がみられるこの時期を一般に疾風怒濤期と呼ぶことが多い。
この時期の最初に位置する代表作品が26番の交響曲で、「ラメンタチオーネ」と言う。イタリア語の辞書によれば、これはグレゴリオ聖歌などに見られる「哀歌」のことで、実際、この作品はその旋律を下地としているらしい。
ただその「哀歌」自体を知らない私としては、ああそうなのか、と思うだけなのだが、実際、手元にあるグレゴリオ聖歌のCDを見ても、どこが引用されているのかよくわからなかった。ただ、全体の曲の雰囲気はどこかほの暗く、弦楽器の刻みに合わせて歌われるオーボエやホルンのメロディーは、狭い音域の中を上がったり下がったり、やはり受難曲の雰囲気を醸し出す。

私は、疾風怒濤期の演奏をフランス・ブリュッヘンの指揮するエイジ・オブ・エンライトゥメント管弦楽団による素晴らしいCDで楽しんでいる。ハイドンが交響曲というスタイルを確立するまで試行錯誤を続けた軌跡を、この演奏でおつきあいいただきたい。
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