2012年2月5日日曜日

ヴェルディ:歌劇「ドン・カルロ」(The MET Live in HD 2010-2011)


「椿姫」や「フィガロ」を見ているだけで「オペラが好き」などと言っているのがいかに恥ずかしいことか、そう思った。なぜなら「ドン・カルロ」こそヴェルディの、いやイタリアオペラの最高傑作ではないかと思ったからだ。いままで知らなかったことが悔しかった。それほどこの作品は、ずしッとした感動を残した。

 「ドン・カルロ」を初めてきいたわけではない。私のCDラックにはサンティーニ指揮のスカラ座のスタジオ録音3枚組があり、買った時はもちろん、最低1回は聞いたはずである。だが、ヴェルディ中期の作品を好んで聞いていたその時期は、あのブンチャカブンチャカのメロディーがほとんど登場しないこのような作品を、何かとっつきにくいものだと感じていたようだ。対訳なし、音声のみ、ということもあったと思う。だが、その後しばらくたって「オテロ」を見た私は、ヴェルディの作風が年を経るごとに進化し、ワーグナーに匹敵するものになっていったことを如実に知ったのである。

そう、この作品は丸でイタリア版のワーグナーの如きである。重い歌が絶え間なく続き、バレエも子供も登場しないばかりか、低音の歌手を多数必要とし、中にはバスの二重唱などというものもある。上演時間は4時間以上に及び、全5幕、しかも場面は異端審問の時代のスペインというから、暗い。

超一級の歌手を6人も揃えるのは、メトのような大規模な歌劇場でしかできないし、そのうちの一人が低調でも、さらには指揮者が凡庸でもこの作品は成立しない。ただその割には、過去に多くの録音があり、ビデオ作品も多い。人気があるのだろうが、この作品の魅力を語れるようになるには相当な聞き込みが必要だろうと思う。

 さて今回のメト公演だが、まず主題役を歌ったのはアラーニャで安定した歌いぶりである。そのカルロと恋に落ちるエリザベッタはロシア人のポプラフスカヤ。だが彼女を妻にするのは、何とカルロの父でスペイン国王フィリポ2世で、当たり役のフルラネット。彼は悪役だが、その悩みは深く時に人間性に溢れる。第2幕の後半はその心情の吐露が印象的で、なるほどヴェルディの人気にはそのような現代に通じる部分にもあるように感じられた。

ヴェルディの作品全体を貫くテーマ、心の葛藤はこの作品のテーマでもある。「そこから解放されるのは天国でのみ」という幕切れのパッセージは非常に印象的だ。登場人物の全てが、何らかの形でそのような不完全な人格である。つまり失敗もすれば嫉妬もする。だから時代設定が古かろうが、場所が異国だろうが、見る人はみな自分の心情に重ね合わせて物語を楽しむことができる。

歌や音楽が、その一挙手一投足に合わせて感情を高め、事あるごとにフォルッティシモや超高音の音階に達する。メロディーが複雑でもその異なった心情が重なると、調和し昇華され見事なハーモニーを醸し出す。時には伴奏が消えるような時でも、美しい歌声の競演は緊張感を絶やさない。
第3幕の異端審問のシーンは、有名な合唱曲を伴い見どころは多い。だがここでも歌の複雑な見せ場の連続である。手が震え今にも倒れそうな高齢の宗教指導者が現れても、見事な低音の歌声で他を圧倒するし、カルロの親友ロドリーゴが犠牲となて死んでゆくシーンは、可憐なソプラノの歌手の死亡シーンにありがちな歌詞を、何とバリトンが演じる(「わが最後の日」)。

 それにしてもこの作品の見どころは、フィリポ2世である。「彼女は私を愛したことがない」といった名アリアは、このような作品を理解するためには幾分人生経験を踏まねばならぬことの証だろう。息子に背かれ、妻にも疎んじられ、国民には反抗される国王は、世界の半分を支配する勢力を持ちながらもひとり苦しむ。ヴェルディの作品は、この後には「アイーダ」「オテロ」それに「ファルスタッフ」だけである。

指揮者、ネゼ=セガンについてひとこと。この若手の指揮者は大変な有望株である。「カルメン」の時はやや強引で音楽との調和が欠けているようにも感じられたが、それは録音のせいだったのかも知れない。ここでの指揮は引き締まっているうえに歌手の自主性を尊重しており、緊張を保ちながらも安心して歌えるようだ。そのことがこの舞台を名演たらしめたことは確かだろう。

(2011/09)

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