2012年2月9日木曜日

ヴェルディ:歌劇「イル・トロヴァトーレ」(The MET Live in HD 2010-2011)

メトのトロヴァトーレと言えば、88年にパヴァロッティを迎えてレヴァインの指揮したレーザー・ディスクがあった。この公演は確かに興奮したが、同じ頃にみたボニゾルリのヴェローナ(野外)での映像と比較すると、オペラとしての面白さは後者に軍配が上がるように思われた。ただキャストを前面に押し出した豪華な公演はブラボーの嵐となり、カーテンコールには紙吹雪の舞ったシーンが印象的だった記憶がある。

それから少し遡ると、私が初めて見たトロヴァトーレはテレビによる藤原歌劇団だったかの公演で、アズチェーナがコッソット。この公演は素晴らしく、オペラは歌であることを思い知ったものだった。

 コッソットがアズチェーナを歌うCDは沢山ある。その中の一つが有名なスカラ座のセラフィン盤で、ここではステッラがレオノーラを、ベルゴンツィがマンリーコを、そしてバスティアニーニがルーナ伯爵を歌っている。歌の素晴らしさも然ることながら指揮の良さが光る演奏だが、私も多分にもれずこの演奏でトロヴァトーレの魅力を知った一人である。ドイツ・グラモフォンがスカラ座に乗り込んで、60年代の栄光の数々をスタジオ録音したうちのひとつである本演奏は、もう1つの誉れ高い名盤であるシッパーズのEMI盤、メータのRCA盤と並んでこの作品の代表的なものだ。

 私のトロヴァトーレ体験は、最近になってカラヤンのウィーン国立歌劇場カムバック公演の映像がリリースされたことにより、十何年ぶりかに再び見事な歌声に酔いしれる結果となった。ここでカラヤンは、しばしばぴたり歌に寄り添い、音楽に緩急をつけながら見事に舞台をドライブしていく。言わばカラヤンのもう一つの職人的な側面を見ることができるのだが、ここでアズチェーナを歌っているのがやはりコッソットだった。

さてそのコッソットの時代が過ぎ去って、アズチェーナの当たり役は、今やザジックに移ってしばらくたつと言ってよい。何と20年以上も前の上記のレヴァイン盤ですでに、このメゾソプラノはトロヴァトーレの影の主役を演じている。複雑に入り組んだストーリーは、何度かおさらいしても新たな発見があるが、どちらかと言えば隠された部分にこそ本作品の焦点が置かれていることを考えると、やはりアズチェーナとルーナ伯爵こそが公演の優劣を決める重要な役割であると思う。

アズチェーナにザジック、それにロシアの人気バリトン、ホヴォロストフスキーという豪華な組み合わせにより、2011年5月のメトの公演は一大イベントと言っていい成功だったと言える。もちろん、レオノーラを歌ったラドヴァノフスキーも素晴らしい。彼女は、ヴェルディの要求するあらゆる要素を巧みに使い分け、とりわけ難易度の高い第4幕の30分に及ぶカヴァレッタやアリア、重唱の続くシーンを、大変な集中力で乗り切った。ルーナ伯爵は容姿も格好がよく、もちろん歌声が素敵にいいため、聴衆の人気をさらっている。

実はルーナ伯爵とマンリーコは兄弟である。だがジプシー社会で育った弟は、その事実を知らないばかりか恋敵として兄に殺される運命だ。マンリーコの容貌は、どちらかと言えば血気盛んな若者の魅力が高貴さを覆い隠すことになるのだが、そのどちらもが必要とされるのでやはり大変な難役だろう。パヴァロッティは役足らずだったし、ドミンゴも高いベルカントの歌声に問題があった。本公演ではイタリア人のアルヴァレスが無難に歌いきったので、目立った不満もないため総じてこの公演は高いレベルに達し得た。

指揮者のアルミリアートはレヴァインの代役だったようだが、レヴァインの音楽づくりとは対照的だったと思う。レヴァインのようにやや強引に物語を引っ張る指揮だったら、本公演がこのような高い水準に達したか疑問だ。彼はひたすら歌手を盛り立たせることで、影の立役者を演じた。音楽がだれることもなかった。

回り舞台を上手く使った演出は、この複雑なストーリーを理解しやすく、かつ緊張感の高い状態に保つのに効果的だった。アップで映る歌手の競演とスリル満点の3時間は、あっと言う間に過ぎ去った。私はついに一度も足を組むことすらなく、ひたすら舞台に釘付けされたのだ。興奮冷めやらぬ幕間の休憩までの数分を、無駄のないインタビューでクールダウンしてくれたおかげで、私は適度に興奮を癒すこともできた。圧倒されっぱなしのメト・ライブは、これまででもっとも素晴らしいものだった。

(2011/09 東劇)

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