
ニューヨークのメトロポリタン歌劇場は、私が実演で見たオペラ(と言ってもそう多くはないが)の半数以上を占めており、そして現在でも進行中の「The Met Live in HD」シリーズでは十数作品以上に上る作品を鑑賞している。私はこのオペラハウスでオペラに目覚めたと行っても良く、そういえば初めて見たオペラ映画「トラヴィアータ」もメトの演奏だった。
丁度今シリーズの第1作であるドニゼッティのオペラ「アンナ・ボレーナ」を見てきたところだが、その興奮を記す前にこれまでの鑑賞作品を振り返っておこうと思う。なぜなら今回の「アンネ・ボレーナ」は、私の独断に従えばメトの演奏史上に残るであろうほどの成功だったと思うからである。
1989年3月、学生だった私は卒業旅行という口実で米国に渡り、ニューヨークで駐在員をしていた伯父の家に泊まりこんで一週間のニューヨーク生活を送った。このときは郊外の伯父の家からメトロ・ノースという近郊電車で1時間程度の距離を行ったり来たり。オペラの終わる夜半過ぎの終電車にゆられて帰るため、カーテンコールもそこそこに劇場を後せざるを得なかった悔しさを良く覚えている。それもそのはずで、この時に見たヴェルディの「オテロ」はメトの演奏史に残る名演、指揮はあのカルロス・クライバーだったからだ。オテロにドミンゴ、デズデモナは確かリッチャレッリだった。
1995年の春になって、私は約1年に及ぶニューヨーク生活が始まったのは、彼の地での駐在生活を送ることになったからだ。私は大いに喜び、ほぼ毎週、いや時には毎日のようにコンサートに足を運んだ。天井桟敷の席はパーシャル・ビューなら十数ドルで当日券が買えた。私が見た最初の作品(1994-1995年シーズン)はヴェルディの「椿姫」で、この時は中耳炎を患って片耳しか聞こえないというハンディを背負っていたが、それも今となっては懐かしい思い出である。
秋になって新シーズンが始まった。そのオープニングはやはりゼッフィレッリ演出の「オテロ」で、この時の指揮はレヴァイン、タイトル役にドミンゴ、デズデモナはフレミングだった。この時の公演はDVDでも発売となり、私はもちろん入手した。
このシーズンは、他にもいろいろな作品を見た。思いつくままに書くと、ヴェルディの「仮面舞踏会」、J.シュトラウスの「こうもり」、モーツァルトの「魔笛」、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、プッチーニの「蝶々夫人」と「トゥーランドット」、そしてロッシーニの「セヴィリャの理髪師」であった。
それぞれに印象的だったが、ヘルマン・プライの歌うベックメッサーや、トゥーランドットのゲオルギューなどが思い出に残る。トゥーランドットはゼッフィレッリの演出でその豪華な舞台には目を奪われたが、何ともオカマ・バーのような踊りに違和感も残った。一方、「魔笛」は今の妻となる女性との思い出深い最初のデートだったが、チケットをダフ屋から手に入れて二階席中央の高いシートを奮発した。指揮はペーター・シュナイダーで古典的な演出。冒頭の大蛇のシーンで、子供じみた演出に笑い声を上げた彼女の横顔が印象的だった。
1996年に帰国してからは残念ながら海外でオペラを見る機会はない。だが、2007年より始まったThe Met Live in HDシリーズは、映画館という環境ながら字幕付きの高音質でオペラの楽しさを堪能できる。幕間のインタビューも楽しい。私はそのような作品から、すでに下記の作品に触れた。
ベッリーニ:歌劇「夢遊病の女」
マスネー:歌劇「タイース」
オッフェンバック:歌劇「ホフマン物語」
ビゼー:歌劇「カルメン」
プッチーニ:歌劇「ボエーム」
プッチーニ:歌劇「西部の娘」
ドニゼッティ:歌劇「ランメルモールのルチア」
ドニゼッティ:歌劇「ドン・パスクワーレ」
ロッシーニ:歌劇「オリー伯爵」
ヴェルディ:歌劇「イル・トロヴァトーレ」
ヴェルディ:歌劇「アイーダ」
ヴェルディ:歌劇「ドン・カルロ」
ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」
ワーグナー:楽劇「ヴァルキューレ 」
そうだ。このThe Met Live in HDシリーズの最大の魅力は、やはりなんといってもメトロポリタン歌劇場の雰囲気に浸れることだ。私のとってそこは、思い出のたくさん詰まったところである。登場する歌手や舞台装置の裏方の誰もが、ニューヨーカー風の早口でインタビューを受ける。そのやりとりに、多忙な中で最高の質を極めるニューヨークの都会的センスを感じる。
これらの映像は誠に私のクラシック音楽鑑賞の幅を広げ、新たな境地に至った感じだ。一般的にも有名なこれらの作品を知らずに老いてゆくことは、人生における損失であるとさえ思った。特に昨年より始まった新演出による「指環」を見ていると、生きていて良かったと思えてくる。もちろん忙しく余裕のない毎日なら、そういう時間もなかっただろう。昨年までの私がそうだった。だが今年は、できればほとんどの作品を鑑賞しようと思っている。
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