2012年2月7日火曜日

ドニゼッティ:歌劇「ランメルモールのルチア」(The MET Live in HD 2010-2011)

現在最高のプリマ・ドンナはネトレプコかデセイか?ドニゼッティのオペラ・セリア、すなわち悲劇的な結末を迎える作品の中でもとりわけ人気の高いこのオペラは、その最大の見どころがいわゆる「狂乱の場」と呼ばれる第3幕のシーンである。ここを歌うのはルチア役のソプラノで、その長さは15分にも及ぶことは、いまさら言うまでもない。ネトレプコは2年前のシーズンでメトで同じ演出により歌っているから、これは時を隔てた2人の競演ということになる。

私もマリア・カラスのCDで何度も聞いてきたのだが、では他に何か有名なCDはと聞かれてもすぐには答えられないし、もとより全体をきっちりと見たこともない。有名なオペラなのに、それに触れずに老けてゆくのは何とつまらないことかと思う。そこであらゆる弊害を乗り越えて、何としても一度は見ておきたい。実演はなかなかかなわないから、ここはMet Live in HDなのである!

 東日本大震災後の公演で、案内役のルネ・フレミングはそのことにも触れている。いつものようにMaestro to the pit, please!」で始まる舞台は18世紀のスコットランド。ルチアは兄エンリーコの意向を無視してエドガルドと恋仲となる。兄は政略結婚を企画、ルチアはエンリーコとの結婚式で泣く泣く署名をしてしまうが、エドガルドがそれを知って激怒。ルチアは徐々に精神不安定となり、結婚当日にエンリーコを殺し自らも発狂して死んでしまう。それを聞いたエドガルドは自決する、というシリアスなもの。

だが歌は初期のヴェルディの作品を思わせるような朗々としたカンツォーネの連続で、重唱も多く合唱も効果的。とにかく聴衆は「狂乱の場」を待ち望んでいるので、それまでの幕はむしろ主役級の男性二人の見せ場となる。ひとりはルチアの兄エドガルドで、彼は「世間に忠実過ぎた」とバリトンのデジエは語っている。このデジエはなかなか好演しているが、それと合わせて司祭のライモンドを歌う韓国人クワンチュル・ユンがまた見事である。男の二重唱など毛嫌いする人もいるが、第1級の歌手が歌うと凄い。

デセイのルチアはどうだったか。私は上記のような体験しかないので評価が主観的になるのだが、歌は俄然素晴らしいと思う。だが、狂乱の場の演技は今一つ迫力が足りないと感じた。悪く言えばうまくまとめすぎている。取り乱している役を、彼女は計算通りに演じている。

第1幕でもやや声が出にくいところがあり、彼女のベストコンディションではなかったのだろう。幕が進むにつれて歌声は良くなったが、どことなく演技に色気がないのは、調子が悪かったからか、あるいは精神を病んでいく女性を演じるからか、あるいはあまりに緊張を強いられるからか。そう、その可能性が高い。物凄いストレスは、幕前にインタビューをするのが可哀そうなくらいだ。だがそういうそぶりを見せないところはやはり大したものだ。

そのデセイのCDを私はすでに持っている。ベッリーニの歌劇「夢遊病の女」である。彼女はここでアミーナを歌っている。私はこの時以来の彼女のファンだったので、一体どういう演技をする歌手か、今回見てみたいと思っていた。私が抱いていたイメージとは少し違ったが、それでも狂乱の場の後半のシーンは息もつかせない演技で聴衆の喝さいを誘った。来シーズンのヴィオレッタ(椿姫)が大いに楽しみである。

エドガルドを歌ったカレーハは、ホフマン物語でも標題役を歌ったマルタ出身の若いテノールだが、大変素晴らしい。狂乱の場が終わってから始まる彼の独演は、ルチアの陰に隠れてやや歩が悪いが、なかなか大したものである。だから彼にもアルフレード(椿姫)を期待したいのだが、いかがだろうか。

なお、Met Live Viewingでは他の作品も紹介される。次の演目であるロッシーニの「オリー伯爵」に出演するフローレスまで出演する。贅沢な話だ。指揮はサマーズ、演出は女性のジマーマン。どちらも無難な出来栄え。

(2011/09 東劇)

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