
たしかに「ランスへの旅」から採用された歌が多く、その歌手や合唱、それに舞台や衣裳まで含めると相当のお金のかかる作品であろうと思われる。だが初めて接したその舞台は大変素晴らしかった!
私はここで、ただ素晴らしかったという形容詞しか思いつかないのだが、それは音楽も素敵だし、歌は次から次へと美しく、ストーリーは楽しくて演技もうまい。あっという間の3時間だったのである。
やはりロッシーニはいいなというのが最初の感想だ。ベニーニの指揮が歯切れよく軽快であることに加え、オーケストラと歌の録音のバランスも悪くない。だからめくるめくロッシーニの世界を堪能できるのだ。しかも晩年の作品だけあって、音楽が大変充実しており不足感がない。これは先日見たドニゼッティの「ドン・パスクワーレ」にも言えることだが、作曲者の面目躍如といったところで、スタイルの確立した音楽を使ってその醍醐味を味わわせる。
私にとってロッシーニは、数々の序曲集に加えて歌劇「セヴィーリャの理髪師」を実演で(やはりメトロポリタン歌劇場)、歌劇「チェネレントーラ」をCD(シャイー)とビデオ(アバド)で見て以来である。ディスクで聞くロッシーニも録音が良いと大変素敵だが、実演で聞く音楽の生き生きした感じは、聞くたびにぞくぞくする。
早口言葉で何人もの重唱となるあたりは、私はイタリア語の特権だと思っていたが、これは何とフランス語である。その点が大変珍しい。台詞はほとんどなく歌が続くのだが、そのすべてが陽気で幸福感に満ちている。これはこれで他の作曲家にない世界である。
観客も楽しげに笑っているが、音楽が推進力を持っているのでオペレッタのような馬鹿騒ぎにはならない。それでも第2幕のベッドでのシーンは魅せる!物凄く練習したであろうが、それを完璧にこなしてこそ客席も安心して見ていられるものだ。標題役を歌うフローレスも「悲劇より喜劇の方が難しい」と言っているが、これは誰に聞いても同じ意見だろう。
そのフローレスは開演の半時間前に出産に立ち会っていたというからそれも驚きだが、この作品はもしかしたら「連隊の娘」と同様に、フローレスのためにあるような作品だと思った。男性が女装したり、ソプラノが少年の役をしていたりと、ややこしいがそれもストーリーの面白さの一部である。さらに劇中劇であることも演出の妙味を味わえる。
フローレスと大変な歌声のソプラノ、ディアナ・ダラムウ、イゾリデを歌ったジョイス・ディドナートの3人は、他の劇場でも競演するベスト・トリオである。これにレーズマークの歌うラゴンド夫人を加えた4人が、次から次へと歌いに歌い、そして観客は酔いしれた。期待せずにでかけたが、終わって見るともっとも見ごたえのある上演だった。
(2011/09 東劇)
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