
「指環(リング)」は私にとって、思い出の深い作品である。まだ大学院生だった頃、NHK-BSの試験放送が開始され、パトリス・シェローが演出する「指環」のビデオ作品(Unitel)が放送された。それはもう何度目かの放送だったが、その時は1幕ずつ毎晩放送されることになり、「ラインの黄金」のみ1日、残る作品は全部で9日間、確か平日のみで2週間、計10日間という大規模な放送計画だった。
私は確か夜の8時頃に始まる放送時間に合わせ、学校やアルバイトから帰宅し、夕食などの全ての作業を済ませ、リビングルームを閉め切り、テレビをオーディオ装置につないで大音量の設定とし、電話もシャットアウト、家族もいない環境下に身を置いた。思えばこれが今日までで最初で最後の「指環」体験であった。ストーリーはその時解説を読み、聞く音楽はほとんど初めてだった。ギネス・ジョーンズやドナルド・マッキンタイヤといった歌手もほとんど知らなかったし、シェローによる物議を醸した演出上の斬新さにも無知だった。
だがこの体験は、個人的に大成功だった。私は少なくともこれによって、ワグネリアンには成り損ねたものの、リングの壮大な物語を一応は理解し、そしてその音楽と歌に驚くほどの感動を覚えた。このときの放送はVHSテープにすべて標準モードで録画したが、それを再度見ることはなかった。それはこのような空間を持つことが、以後の私の生活でもはやできないからだった。
社会人、いや学生でも、ある程度充実した音楽的空間と時間、すなわち大規模な再生装置と長期にわたる静寂が確立できなければ、おおよそワーグナーの音楽に浸ることなどできない。ましてリングのチケットとなると、本場バイロイトのものだど何年も前から売り切れているし、たとえ出かけることができても1週間をドイツに滞在するだけの財力と体力が求められる。
そういうわけで、リングはかなり敷居の高いオペラだが、それだけ見ごたえのあるのも確かである。DVDやCDで聞くには、やはりそれなりの覚悟もいるし、問題はお金ではない!時間と空間こそが、そして聞く者の心のゆとり、それが長続きしないといけないのである。
メトロポリタン歌劇場は、昨シーズンから今シーズンにかけて新演出の「リング」を順次上演することになった。指揮はジェームズ・レヴァインだが、今年の「ジークフリート」はファビオ・ルイージに交代することが決まっている。20年程前に発売されたビデオも評判だったが、私は見たいと思いながらも見ていない。その後、来日公演で入手したNHKホールでの「ワルキューレ」のチケットは、両親にプレゼントした。
だが、時が経ってこういう幸運にも巡り合えるのだから、生きているということはそれだけで価値があるのかも知れない。さっそく私はもうほとんど忘れかけたリングのあらすじを目下確認中である。序夜の楽劇「ラインの黄金」は休憩なしの2時間半である。字幕があるのは嬉しい。かつて見たライン川の海底と地上とを丸でエレベータのようなもので行き来するシェロー演出の舞台の光景が忘れられない。今回はメト史上初の3Dを多用したものとなるそうである。いまから楽しみである。
ニーベルング族の小人アルベリヒが3人の乙女よりラインの黄金を奪うまで、あと15時間・・・。
(2011/09)
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