第65番は作曲年がさらに遡って1769年とも推定される。それはエズテルハージ時代の中でも「疾風怒濤」期の交響曲というわけだが、確かにそのような雰囲気であり、そして何とも可愛らしい曲である。何の変哲もない曲に聞こえるが、かといってつまらない曲というわけでもなく、私はこの曲を聞きながら少し眠ってしまった。耳にとても心地がよかったようだ。演奏が優れたものだからそう思ったに違いない。
その演奏・・・フランス・ブリュッヘンの指揮するジ・エイジ・オブ・エンライトメント・オーケストラで、この時期の交響曲を聞いてきたが、これが最後になる。この5枚組の愛すべきCDはほとんどが1990年台の後半に録音された。収録曲の中で一番番号が若いのが、第26番「ラメンタツィオーネ」であり、1768年とされている。それだとこの65番とあまりかわらない。最新のハイドンの研究によりもっとも最初と思われるのは、34番の1763年頃ということである。これは実に最初の短調の交響曲である。
このCDの収録順は、録音時間の都合もあり作曲年代順とはかなり異なる。40番代と50番代のほとんどに、26番とこの65番を加えたものがほぼStrum und Grangの交響曲ということになる、と覚えておくのがいいかもしれない。
この時期の交響曲を聞いてきた率直な感想は、何かとても疲れた、ということである。それぞれの曲が決して楽しみのために書かれたわけではなく、様々な試みが聞き手に反応を迫る。実験台にされているようで、ひとつひとつが挑まれた勝負のように重みがある。ハイドンはつぶさに、それが聞き手にどのような印象を与えるかを記録していたような気もしてくるのだ。
トンネルを抜けて交響曲のスタイルが確立し、時代の変化や楽器の進歩も加わって、後半の交響曲は俄然深みを増してくる。だがその先駆けとなる「パリ交響曲」まではまだ十数曲残っている。「オペラ創作」時代とか大衆迎合の時代などと呼ばれる比較的平穏な時期は、有名な曲こそないものの、ひとつひとつが幸福感に満ち、耳に心地よい。ハイドンの名声を確固たるものにした壮年期とも言うべき曲の数々ということが言えるだろうか。
次の第66番は1786年の作品とされており、1732年生まれのハイドンはこの時46歳である。
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