2012年7月21日土曜日

ハイドン:交響曲第68番変ロ長調(クリストファー・ホグウッド指揮エンシェント室内管弦楽団)

第1楽章は実にすがすがし曲で秋の涼しい朝に最適である。第1主題が終わって第2主題?に入る時にファゴットと思わしき楽器がブーンとうなり続ける。2度までもそれは続く。ハイドンのユーモアがこの頃から顕著になっていくのだろうか。とにかくこの曲を聞きながら最寄りの駅までの数分間の徒歩が何とも心地よい。

第2楽章はあまり特徴がないので、この曲はこれで終わりなのかと少し心配になる。耳元のイヤホンが鳴り終わる頃に電車が到着。いつもの通勤電車に乗った。ここで第3楽章が始まった。弦楽器で刻みながら、ゆったりと流れる音楽は気品がただよう。ハイドンのもっとも美しい音楽に入るのではないかとさえ思う至福の時間が流れる。窓からは明るい朝の日差しが入ってくる。2駅を通り、そろそろ終わりだろうか、と思ったが嬉しいことに終わらない。4分以上が経過、さらに繰り返しが始まる。いい音楽が続くことが嬉しい。電車はもう何駅も停車している。そろそろ終わりかな、そう思って手元のiPodを確認するが、おお、なんとまだ3分の1が残っているではないか!またもや反復?延々と弦楽器の刻みが続く。ダンスがなかなか終わらない。電車はもう5駅も通ったのに。ちょっと長すぎるんじゃないの?まあいいか。飽きてきた、とは思いたくない。でも変化に乏しい。ちょっと指揮が間違っているんじゃないの??

品川を出た時に始まった第3楽章がようよく終ったのは渋谷を出た時だった。ようやく終楽章が始まる。待ちかねたように速いリズムで快走する。電車に乗った気分に合っているような感じがするのはホルンとファゴットの響きが何か警笛音に似ているからだろうか。結局降りるべき新宿駅に到着したとき音楽が終わった。

2回目に聞くときには長大な第3楽章を覚悟して聞いた。そしてますますその音楽が好きになった。けれども第3楽章だけが何ともいびつである。それにどういう意図があるのかは、ハイドンに聞いてみないとわからない。誰か知っていたら教えて下さい。

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