交響曲第76番から第78番の3曲は同じ時に出版されているので、1つの作品群とみなすことができる。そして第77番はその前の第76番とは対照的な曲である。第76番のはちきれるような快活さに比べると、第77番はしっとりと落ち着いた趣きに感じられた。
ロイ・グッドマンの演奏は、しかしながら決して重くなったり引きずったりはしない。それどころか非常に楽天的で健康的である。それはここでもうしろでチェンバロがポロンポロンと鳴っているからであろう。この表現がこの曲につきまとうものかどうかはよくわからない。なぜなら別の演奏で聞くと、また違った感じがする。表現の幅が広まり、曲の様々な側面が現れていくのもまた、聴き比べの面白さではある。だがこのような目立たない曲では、どれくらいそういうことができるか。
第2楽章などはさらにしっとりとして、通奏低音がバロックのような雰囲気を出す。だがアダム・フィッシャーの演奏で聞くと、それはまた随分違う。第3楽章についても同じで、速度が倍くらいに遅い。好みでは、私はグッドマンの快速演奏をとる。都会的で楽しい。だがグッドマンの演奏は繰り返しも多く、演奏時間は長いようだ。
第4楽章は冒頭が平凡に思えるが、展開されていくと快速のまま突入するフーガもあり、木管の重なりは何かモーツァルトのようでもある。創作の確かな筆致が、生きた息使いを感じさせる。ハイドンは乗りに乗って作曲を進めていたのではないかと想像してしまう。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
新日本フィルハーモニー交響楽団第671回定期演奏会(2026年6月12日サントリーホール、佐渡裕指揮)
コンサート直前のプレトークで佐渡は、このマーラーの交響曲第3番第1楽章冒頭のメロディー(ホルンの重奏)が、ベートーヴェンの交響曲第9番を下敷きにしたブラームスの交響曲第1番第4楽章のメロディー(直前まで全国ツアーで演奏していたそうだ)と、調性こそ異なるもののほぼ同じであると語った...
-
現時点で所有する機器をまとめて書いておく。これは自分のメモである。私のオーディオ機器は、こんなところで書くほど大したことはない。出来る限り投資を抑えてきたことと、それに何より引っ越しを繰り返したので、環境に合った機器を設置することがなかなかできなかったためである。実際、収入を得て...
-
ヨーロッパの夏は日本同様かなり蒸し暑い日もあるのだが、それは長くても数日程度であり、夜になると涼しい風が吹いてくる。基本的には湿度が低いので、我が国のちょうど梅雨入り前の乾いた夏の日が良く似ている。 ベルリオーズが31歳の時に作曲した代表的な歌曲集「夏の夜」を取り上げるのはもう...
-
1994年の最初の曲「カルーセル行進曲」を聞くと、強弱のはっきりしたムーティや、陽気で楽しいメータとはまた異なる、精緻でバランス感覚に優れた音作りというのが存在するのだということがわかる。職人的な指揮は、各楽器の混じり合った微妙な色合い、テンポの微妙あ揺れを際立たせる。こうして、...

0 件のコメント:
コメントを投稿